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第二十五話

******



 聖域(せいいき)から市街地へ帰るには、森を通って、表向きとされている参拝(さんぱい)用の聖堂を通らないといけない。

 そこには、勤務中だったのか、聖女さまの姿があった。

 リリウェルが(まと)わりついているかな、とも思ったけれど、聖女さまは一人で忙しそうにローブの(すそ)をはためかせていた。


「勇者さま。女神さまとは交信できたようですね。なにか得られましたか?」


 聖女さまはわたしを認めると、足を止めて振り返ってくる。やっぱり、わたしと目を合わせることはできないようで、視線には落ち着きがなかった。大人のお姉さんが慌てている姿って、微笑(ほほえ)ましくなるよね。


「ん、うん。女神さまと魔王さまが仲が良かった話とか聞いてきたよ。聖女さまは何してるの? 一緒にご飯食べる?」


 もう夕暮れだし、お仕事も終わりそうなもんだし。聖堂内のお客さんもほとんどいないし。後は閉館の準備、といったところだろう。だから、ご飯に誘ってみた。マリアと二人っきりでもよかったけど、食事は人数が多いほうが楽しいし。それにデートならば、食材の買い出しのときにすればいい。


「わたくしは、引き継ぎなどがありますから、しばらく時間がとれそうもないのです。すみません」


「引き継ぎ?」


「ええ。わたくしは勇者さまにお(とも)するので、聖堂内のお仕事を引き継いでもらわないといけないのです。今はその、後任の方といろいろ取り決めている最中ですわ」


「あ~……なんか忙しそうなところ、ごめん」


「いえ、いいんです。では後ほど、旅立ちの日程などを詳しく教えていただけると助かります」


 聖女さまは気にした風もなく、マリアにも会釈(えしゃく)をすると、身を(ひるがえ)していった。

 なんか聖女さまって乙女のイメージが強くなっていたけど、普通に偉い役職の人なんだよね。こんなバカでかい教会のトップが旅に出ちゃうんだから、内部はゴタゴタとしているのかも。

 でも。あんなにお仕事に真面目な聖女さまでも、わたしに付いてきてくれるっていうんだから、運命って不思議でいっぱいだ。


 聖女さまを見送ったわたしとマリアは、(うなず)きあって聖堂を出る。

 そして、薄暗くなりかけたマーケットへと足を踏み入れた。


 大都会のお店は千差万別。どこで何を取り(そろ)えればいいのか悩んじゃいそうなので、品物が一点に集中している大型マーケットで買い物することにした。


 新婚の日々と同じような日常。遠方の地にやってきても、それに変わりはなかった。


 買い物を済ませて、ホテルに帰って。部屋のキッチンで、一緒にお料理をする。といっても、わたしなんて野菜の皮むきとか洗ったりしかできないけど。

 マリアと並んでご飯を作るのって楽しいんだよね。

 愛する人との共同作業っていうのは、かけがえのない時間になるから。例えそれがどんなに大変な仕事だろうと、きっと幸せのほうが(まさ)るはずである。


「エステルと二人きりでご飯も、久々ですね」


「あ~。確かに、食事はいつもみんながいたもんね」


 昨日のデートを皮切りに、マリアと二人っきりの継続だ。昨日はこの部屋にみんなが集まっていただけに、二人だとやけに広々と感じる。が、(さび)しいって気持ちは皆無(かいむ)だし、むしろなんかソワソワしちゃうよね。

 だってマリアと二人っきりだと、ご飯食べたらすぐえっちに移行(いこう)しちゃうだろうし。下手したらご飯中でも口移しとかあるだろうし。


 ってゆーか。隣の部屋にはレーネとかアイシャがいるはずだけど、食事を遠慮した、ってことは、わたしとマリア、みんなに気遣われてるんだろうな。まあ、空気読んでもらえるの、ありがたいけどね。


「確か、この先は街が極端(きょくたん)に減っていくんでしたよね?」


「もうだいぶ北上したからね。あったかいベッドもしばらくお預けかもね~」


 マリアの食事を堪能(たんのう)しながら、先のことを考えてみる。

 トリトーネを()つまでには、後数日あるけれど。出発したら、(しばら)くは山脈が続くらしいのだ。

 そして山を越えたら、今度は、夏なのに雪が残るほどの寒い地域である。防寒具や、食材の準備はきちんと整える手はずとなっていた。


 まあそうなってくると人里なんて滅多(めった)にないわけで、ベッドは魔族の国までお預けとなるだろう。マリアとのえっちがなくなるわけではないけれど、安心して(いた)せる期間も残りわずか。なので、みんなが空気を読んでくれたんだと思う。マリアはその辺、理解していなさそうだけど。


「エステルは、しばらくゆっくりできるんですよね?」


「うん。といっても、緊急事態がなければだけどね。でも、街の外に変な空気もないし、たぶん大丈夫じゃない? レーネとかハーピーが警備は担当してるし」


「じゃあ、明日は一日中ベッドにいましょうね♡」


 うわっ。マリア、発情してるじゃん!

 目にはハートマークを浮かべているマリアは、今すぐベッドに直行しそうである。

 最近、そんなに欲求不満させてたかなあ? ちゃんと、毎日していたはずだけど……。


 となると、体力はいっぱいつけておかなくちゃ……。

 勇者のわたしに渡り合えるくらいベッドでは強いのが、マリアなのだから。


 わたしは、マリアの手作り料理を大量にかきこんだ。これを見越していたのか、マリアはスタミナのつきそうなモノをチョイスしている。抜け目がないなあ。


「ね、エステル? これも美味しいですよ。どうか食べてみてください」


 テーブルの上には、パーティでも開催されているのか、ってくらいお皿が並んでいて。マリアは、その一つの卵料理を指差していた。

 わたしは、じゃあ、って言ってお(はし)を伸ばそうとして――マリアが先にかっさらっていく。なんだなんだ? 小さい子がやらかすイタズラみたいだな、って思ってマリアのほうに振り向くと。


 マリアは料理を口に含んでいて、わたしに顔を寄せてきた。それは余りにも俊敏(しゅんびん)な速度で。勇者のわたしですら反応できないほどであった。いやまあ。わたしの頭がパニクっていたのもあるだろうけれど。


 だって、まさか本当にマリアが口移ししてくるなんて、思ってもいなかった。

 

 室内には、くちゅっ、っていう(みだ)らな水音が響く。誰もいないから、余計にわたしの耳に残る。


 マリアの口内から、にゅるん、って生温かい食べ物が送り込まれてきて、わたしの口の中でねっとりと絡み合う。さらには、追い打ちといわんばかりにマリアの唾液(だえき)もふんだんに含まれていて。わたしの脳みそは、一瞬でとろけてしまっていた。


 マリア! えっちになりすぎ!


 わたしは何も考えられなくなって、(うつ)ろになった目をしながらぼーっとして、マリアにされるがまま、口移しをされ続ける。

 どうにかこうにか料理を(のど)に流し込むと、マリアが口から離れていく。唾液が糸を伝って、わたしはぼんやりとそれを目で追って。ああ、物足りないなあ、って思って、無意識に口を突き出していた。

 

 (みつ)に導かれる蝶のように、マリアの唇にフラフラと誘われていくと。マリアは、いつもの母性(あふ)れる笑みを浮かべたまま、わたしを迎え入れてくれる。


 今度は口移しじゃなくって、ディープなキス。目が回っちゃうほどの、深海で荒波に()まれているかのような、激しい舌の応酬(おうしゅう)だった。二人ともご飯なんてそっちのけで、夢中でキスをかわす。


 いつの間にかわたしの視界には天井が映っていた。

 マリアに押し倒されたらしい。

 だけど、余計なことは考えさせない、っていう圧力を放つマリアが(おお)い被さってきて。わたしの瞳には、マリア以外、全部排除されていった。


 世界が、わたしとマリア二人だけになったみたいだ。


 マリアに全体重を乗せられたわたしは、完全に彼女にマウントとられちゃってる。

 でもね、マリアの体重が愛の重みのように感じて心地よくって。しかも、マリアの信じられないくらい大きいおっぱいが押し付けられてて。今日はもう何もしないでいいや、ってなって、マリアと口内を(むさぼ)りあった。


 マリア、いい匂いでいっぱいだな。体柔らかいな。マリアの唾液、甘いなあ。

 もうね、マリアのことしか考えられない。


 わたしたちは、絡み合うことしかできない生物のように、夜更けまで淫らに愛し合ってしまうのだった……。

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