第二十五話
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聖域から市街地へ帰るには、森を通って、表向きとされている参拝用の聖堂を通らないといけない。
そこには、勤務中だったのか、聖女さまの姿があった。
リリウェルが纏わりついているかな、とも思ったけれど、聖女さまは一人で忙しそうにローブの裾をはためかせていた。
「勇者さま。女神さまとは交信できたようですね。なにか得られましたか?」
聖女さまはわたしを認めると、足を止めて振り返ってくる。やっぱり、わたしと目を合わせることはできないようで、視線には落ち着きがなかった。大人のお姉さんが慌てている姿って、微笑ましくなるよね。
「ん、うん。女神さまと魔王さまが仲が良かった話とか聞いてきたよ。聖女さまは何してるの? 一緒にご飯食べる?」
もう夕暮れだし、お仕事も終わりそうなもんだし。聖堂内のお客さんもほとんどいないし。後は閉館の準備、といったところだろう。だから、ご飯に誘ってみた。マリアと二人っきりでもよかったけど、食事は人数が多いほうが楽しいし。それにデートならば、食材の買い出しのときにすればいい。
「わたくしは、引き継ぎなどがありますから、しばらく時間がとれそうもないのです。すみません」
「引き継ぎ?」
「ええ。わたくしは勇者さまにお供するので、聖堂内のお仕事を引き継いでもらわないといけないのです。今はその、後任の方といろいろ取り決めている最中ですわ」
「あ~……なんか忙しそうなところ、ごめん」
「いえ、いいんです。では後ほど、旅立ちの日程などを詳しく教えていただけると助かります」
聖女さまは気にした風もなく、マリアにも会釈をすると、身を翻していった。
なんか聖女さまって乙女のイメージが強くなっていたけど、普通に偉い役職の人なんだよね。こんなバカでかい教会のトップが旅に出ちゃうんだから、内部はゴタゴタとしているのかも。
でも。あんなにお仕事に真面目な聖女さまでも、わたしに付いてきてくれるっていうんだから、運命って不思議でいっぱいだ。
聖女さまを見送ったわたしとマリアは、頷きあって聖堂を出る。
そして、薄暗くなりかけたマーケットへと足を踏み入れた。
大都会のお店は千差万別。どこで何を取り揃えればいいのか悩んじゃいそうなので、品物が一点に集中している大型マーケットで買い物することにした。
新婚の日々と同じような日常。遠方の地にやってきても、それに変わりはなかった。
買い物を済ませて、ホテルに帰って。部屋のキッチンで、一緒にお料理をする。といっても、わたしなんて野菜の皮むきとか洗ったりしかできないけど。
マリアと並んでご飯を作るのって楽しいんだよね。
愛する人との共同作業っていうのは、かけがえのない時間になるから。例えそれがどんなに大変な仕事だろうと、きっと幸せのほうが勝るはずである。
「エステルと二人きりでご飯も、久々ですね」
「あ~。確かに、食事はいつもみんながいたもんね」
昨日のデートを皮切りに、マリアと二人っきりの継続だ。昨日はこの部屋にみんなが集まっていただけに、二人だとやけに広々と感じる。が、寂しいって気持ちは皆無だし、むしろなんかソワソワしちゃうよね。
だってマリアと二人っきりだと、ご飯食べたらすぐえっちに移行しちゃうだろうし。下手したらご飯中でも口移しとかあるだろうし。
ってゆーか。隣の部屋にはレーネとかアイシャがいるはずだけど、食事を遠慮した、ってことは、わたしとマリア、みんなに気遣われてるんだろうな。まあ、空気読んでもらえるの、ありがたいけどね。
「確か、この先は街が極端に減っていくんでしたよね?」
「もうだいぶ北上したからね。あったかいベッドもしばらくお預けかもね~」
マリアの食事を堪能しながら、先のことを考えてみる。
トリトーネを発つまでには、後数日あるけれど。出発したら、暫くは山脈が続くらしいのだ。
そして山を越えたら、今度は、夏なのに雪が残るほどの寒い地域である。防寒具や、食材の準備はきちんと整える手はずとなっていた。
まあそうなってくると人里なんて滅多にないわけで、ベッドは魔族の国までお預けとなるだろう。マリアとのえっちがなくなるわけではないけれど、安心して致せる期間も残りわずか。なので、みんなが空気を読んでくれたんだと思う。マリアはその辺、理解していなさそうだけど。
「エステルは、しばらくゆっくりできるんですよね?」
「うん。といっても、緊急事態がなければだけどね。でも、街の外に変な空気もないし、たぶん大丈夫じゃない? レーネとかハーピーが警備は担当してるし」
「じゃあ、明日は一日中ベッドにいましょうね♡」
うわっ。マリア、発情してるじゃん!
目にはハートマークを浮かべているマリアは、今すぐベッドに直行しそうである。
最近、そんなに欲求不満させてたかなあ? ちゃんと、毎日していたはずだけど……。
となると、体力はいっぱいつけておかなくちゃ……。
勇者のわたしに渡り合えるくらいベッドでは強いのが、マリアなのだから。
わたしは、マリアの手作り料理を大量にかきこんだ。これを見越していたのか、マリアはスタミナのつきそうなモノをチョイスしている。抜け目がないなあ。
「ね、エステル? これも美味しいですよ。どうか食べてみてください」
テーブルの上には、パーティでも開催されているのか、ってくらいお皿が並んでいて。マリアは、その一つの卵料理を指差していた。
わたしは、じゃあ、って言ってお箸を伸ばそうとして――マリアが先にかっさらっていく。なんだなんだ? 小さい子がやらかすイタズラみたいだな、って思ってマリアのほうに振り向くと。
マリアは料理を口に含んでいて、わたしに顔を寄せてきた。それは余りにも俊敏な速度で。勇者のわたしですら反応できないほどであった。いやまあ。わたしの頭がパニクっていたのもあるだろうけれど。
だって、まさか本当にマリアが口移ししてくるなんて、思ってもいなかった。
室内には、くちゅっ、っていう淫らな水音が響く。誰もいないから、余計にわたしの耳に残る。
マリアの口内から、にゅるん、って生温かい食べ物が送り込まれてきて、わたしの口の中でねっとりと絡み合う。さらには、追い打ちといわんばかりにマリアの唾液もふんだんに含まれていて。わたしの脳みそは、一瞬でとろけてしまっていた。
マリア! えっちになりすぎ!
わたしは何も考えられなくなって、虚ろになった目をしながらぼーっとして、マリアにされるがまま、口移しをされ続ける。
どうにかこうにか料理を喉に流し込むと、マリアが口から離れていく。唾液が糸を伝って、わたしはぼんやりとそれを目で追って。ああ、物足りないなあ、って思って、無意識に口を突き出していた。
蜜に導かれる蝶のように、マリアの唇にフラフラと誘われていくと。マリアは、いつもの母性溢れる笑みを浮かべたまま、わたしを迎え入れてくれる。
今度は口移しじゃなくって、ディープなキス。目が回っちゃうほどの、深海で荒波に揉まれているかのような、激しい舌の応酬だった。二人ともご飯なんてそっちのけで、夢中でキスをかわす。
いつの間にかわたしの視界には天井が映っていた。
マリアに押し倒されたらしい。
だけど、余計なことは考えさせない、っていう圧力を放つマリアが覆い被さってきて。わたしの瞳には、マリア以外、全部排除されていった。
世界が、わたしとマリア二人だけになったみたいだ。
マリアに全体重を乗せられたわたしは、完全に彼女にマウントとられちゃってる。
でもね、マリアの体重が愛の重みのように感じて心地よくって。しかも、マリアの信じられないくらい大きいおっぱいが押し付けられてて。今日はもう何もしないでいいや、ってなって、マリアと口内を貪りあった。
マリア、いい匂いでいっぱいだな。体柔らかいな。マリアの唾液、甘いなあ。
もうね、マリアのことしか考えられない。
わたしたちは、絡み合うことしかできない生物のように、夜更けまで淫らに愛し合ってしまうのだった……。




