第二十四話
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あらためて。
聖域に訪れたわたしたち一行は、今度は長蛇の列で待ち時間を過ごすことなく、中に通されていた。これこそリリが望んだ勇者の職権乱用なのか、はたまた聖女さまの手引だったので聖女さまの乱用なのかはわからないが。まあ、どっちでもいい。
案内されたのは、聖女さま専用の個室だった。どうやら彼女の自室ってわけではないらしく、室内に生活感は皆無。あるのは女神さまを象った像が中央に。他は本棚やら、祈祷用の祭壇といった、なんともつまらなそうな部屋である。
その感想を抱いたのはわたしだけではないらしく、ドラゴン少女アイシャも憮然としている。いや。アイシャはいつもこんな顔か。
リリこそ、真面目くさった部屋は大嫌いなはずだが、彼女はもう百点満点の笑顔。おもちゃ箱を与えられた子どものように屈託のない表情で、室内をキョロキョロと眺め回している。聖女さまの個室に、心底喜んでいるようだった。ベタ惚れしすぎじゃない?
「女神さまについて少しお話したら、本堂のほうにも向かってみますか? 勇者さまならば、本堂で女神さまの力を何か感じられるかもしれませんから」
特に予定もないので、わたしたちは聖女さまに従うことにした。
聖女さまは本を片手に、語り出す。教師も似合いそうな風格である。
聞かされたのは、まあ予想通りというべきか。
歴史の授業のような内容だった。なので、わたしはふ~んって感じで聞き流すだけ。はっきしいって、てんで理解できなかった。わたし、お勉強嫌いだしね……。
やれ何年に何代目勇者が平和を治めただとか。女神さまが初めて現れたときの伝承だとか。そんなの聞かされたって、人生でなんの役にも立たないってば。勉強を避ける言い訳みたいな感想しか抱かないもんね。
リリだけは目を輝かせて、聖女さまの授業を聞き入っていた。まあ、リリは話ではなく、聖女さま本人に興味を持っているだけなんだけど。
それからマリアとレーネは真面目だからか、しっかりと頷きながら聖女さまの語りを理解しているアピールをしていた。わたしだけ、暇人みたいだな。アイシャは話を聞いているのか別のことを考えているのか無表情すぎて読み取れない。わたしだけが、聖女さまの話ではなくって、みんなの様子を観察していた。
退屈な時間が終わり、今度は、昨日も通った裏手の森へと向かっていく。
さすがにもう魔物の気配は微塵もなく、温かな森が出迎えてくれた。
コボルトは何匹か逃げたけれど、残党もいないみたいだし、報復とかもないようだった。巡回してくれてるハーピーとか騎士団たちが処理してくれた可能性もあるね。
森を進むと、本堂とやらがお目見えになった。
昨日は森の途中で引き返しちゃったので、わたしも初見である。
辺りは、遺跡、と形容するのが適切だろうか。太古の昔には、この場所に街でも栄えていたのか、地面には石畳のようなものが存在していた形跡がある。
そして、蔦の絡まった扉付きの建造物が、ぽつんと聳え立っていた。小さめの塔のようなものだ。
わたしは、なぜか郷愁に駆られていた。
以前、訪れたことがあるような感覚。初めて聖女さまと目が合ったときの気持ちによく似ている。
やはりわたしが、女神さまの力を授かったからだろうか。自分の体の中に眠っている細胞が、故郷に歓喜しているみたいだった。
わたしが奇妙な表情をしていたからか、マリアに強く手を握られてしまう。別に、怖がっているわけではないので、明るい顔に塗り替える。
「そう緊張なさらないでください。先程お見せした像と同じものが祀られてあるだけですから」
聖女さまは頻繁に訪れる場所だからか、慣れた手付きで入り口の鍵を開けていた。聖域の管理人である彼女は、専用の鍵を唯一所持しているらしいのだ。
塔の内部は、これまた歴史が感じられる内装だった。いつ崩落してもおかしくないほど風化しているはずなのに、どっしりとした安定感があって、謎めいている。これもまた、女神の加護、というやつなのだろうか。
亀裂の入った壁、それから足場の狭い階段が上部に続いている。
聖女さまがすいすいと登っていくので、わたしたちも後を追った。
塔の最上階に踏み入ると、オーラがビンビンと感じられる。
ここが、聖域。
女神さまの像と、その前に供物のように捧げられた水晶玉が、太陽のように光り輝いている。
水晶玉からは、確かに女神さまの意志が発せられているような気がした。
わたしは、まるで導かれているかのような足取りで、ふらふらと水晶玉に引き寄せられていく。
そしてそれを覗き込んでみると、脳内に様々な情報が入り込んできて、一瞬、くらっとしてしまった。立ちくらみを覚えたかのような、刹那の出来事だったけど。わたしには、長年を過ごしたかのような知識や体験が、脳に刻み込まれていた。
マリアがわたしの背中を支え、焦慮に満ちた顔で慌てふためいている。フラフラってしちゃったから、心配をかけてしまったみたいだ。
「あ、大丈夫だよ。ちょっと、驚いただけ。なんかね、昔の出来事ってゆーのかな……断片的に、情景が浮かんだっていうか」
「そうだったんですか? 私には、何も見えませんでしたが……」
わたしを後ろから抱きしめてくれるマリアは、訝しげに首を捻っている。
どうやら、わたしだけが、水晶玉の力の影響を受けたらしい。
「さすがは本物の勇者さまですわね。女神さまの意志を、きちんと読み取れたんですのね」
「この水晶玉はなんなの?」
わたしは、未だに頭の違和感に顔をしかめがなら、問いてみる。
先程、わたしの脳内に入り込んできた映像だけでは、水晶玉がいったいどんな代物なのか把握できなかったのだ。
だって、わたしが見たのは――。
女神さま本体と思しき人物が、この地で民に崇められていた部分だとか。
女神さまが、さらにもう一人の女性と、魔物を浄化している場面だとか。
そんなものが部分的に流れてきただけであって。世界の真理とかの知識が流れ込んできたわけではなかった。
「これは、女神さまの遺物です。女神さまが地上で活動をなさっていたときに、地上に残していった物とされています」
「ふぅん……。だから、女神さまの記憶みたいなものが見えたのか……」
けれど、それを見せつけて、わたしにどうしろというのか。わたしが成すべきことの啓示とか、あったわけでもないし。
女神さまの意図がちんぷんかんぷんなのには変わりがなく、わたしは喉に何かが引っかかっているかのような、すっきりしない表情を維持していた。
「勇者さまには、女神さまの記憶が覗けたのですね。どうやら女神さまの力がだいぶ順応されているようですので、もしかしたら女神さまとの交信も可能かもしれません。……確か、勇者さまは、女神さまのこと、気になっていましたよね?」
昨日の話し合いの際に、わたしの素性を聞いていた聖女さまは、隣に並んでくると、一緒になって水晶玉を見下ろした。
わたしは、また変な映像が見えてしまわないか警戒して、迂闊に水晶玉を覗かないようにしている。が。女神さまと交信、って言われると……興味深くはなるね。
「なんか仕組みがよくわかんないけど。女神さまと話せるのなら、話してみたいかも。色々聞いてみたいこともあるし」
「でしたら、水晶玉に向かって念じてください。女神さまの力が、より馴染んでいる勇者さまでしたら、可能なはずです」
「念じる、って言われてもなあ。まあ、適当にやってみるよ」
どうやら、管理者である聖女さまにも原理は不明らしくって、わたしは言われた通り水晶玉の前に座ってみた。
目線を合わせてみる。
今度は、さっきみたいに何かが見えるわけでもなかった。
わたしは、しっかりと深呼吸をしてから、目を閉じる。
本当は、一人で集中したほうがよかったのかもだけど。
マリアにも付き添ってもらった。といっても、手を繋いで隣に座ってもらってるだけだ。けど、それだけで無敵でいられるような安心感に包まれるのである。
意識を水底に落とすみたいにして、静寂に身を任せる。
すると、真っ暗闇の中に、光が現れた。無論それはわたしのイメージみたいなものであって。だけど、その光には、母親の温もりみたいな、柔らかさも感じ取れて。まるで、マリアみたいだな、って思った。
そこに意識を接続してみると、脳に衝撃が走る。例えるなら……機械に電気が流れたときのような、スイッチが入った、みたいな感触だった。
「勇者エステル……ですね?」
「うわっ!」
突然、耳元で囁かれたかのような音声にわたしは驚き、声をあげてしまう。
だって、だって、その声は直接鼓膜を震わせたものではなくって。頭の中に響き渡るような、思念の声だったのだから。
でもね。彼女の声が優しさに満ちているものだっていうのは、耳を通さないでもきちんとわかった。
わたしが神託を受けた時に聞いた声と同じものだし。なんか、安心感のある声だった。
「私の予想通り、たくましくて元気な少女のようですね、エステル」
声をかけられてみて、意外と普通の女性なんだな、っていうのが女神さまの印象だ。
唐突にわたしなんかを勇者にして、それ以来文字通り雲隠れしてしまった、意味不明な女性の言動だとは、到底思えない。
「あのさ。聞きたいことがいっぱいあるんだけど!」
一ヶ月前――勇者になったあの日から、わたしの人生は一変した。
ま、まあ、いいことずくめだったから、不満があったわけじゃないけれど……。何の理由もなしに勇者にされたのでは、引っかかるものがあったのだ。自分の使命なんかもよくわからないしね。
「女神の力に不満でもおありですか? てっきり、あなたの好きな女性と幸せになれる力だと思って授けたのですが」
もしも飲み物でも口に含んでいたら、盛大な滝を吹き出しているところだった。
天に住まう女神さまのことだ、もしかしたら、わたしの私生活なんて全部丸見えなのかもしれない。だって、わたしがマリアのことを昔っから愛していたの、見聞きしたような口ぶりなんだもん。
「いや、まあ。おかげさまで、幸せな生活は送れているけども! なんで、わたしを勇者に選んだの!? わたしなんて、なんの取り柄もないし、面倒くさがり屋なのに」
わたしは、まるでお母さんを相手にしているかのような口の聞き方だった。なんってゆーか、初対面の気がしないのだ。わたしに女神の力が流れているから、血を受け継いだ家族と認識しちゃっている……のかもしれない。
「あなたの気持ちが、私に感動を与えてくれたからです。幼ながらに、女性を愛する心……。しっかりと天にまで届いていましたよ」
うっ。面と向かって言われると、恥ずかしいな。
確かに。わたしは、マリアのことを男性から絶対に守り切る、って物心ついた頃から誓いを立てていた。でも、成長するにつれて、肉体的にはそれが不可能だっていうのも気づき始めて……。そんなときに、勇者に選んでもらって……。
ん。ってことは、わたしの悔しい想いが天にまで届いていたのか。
「で、でもさ。勇者っていえば、世界に影響を与えるほどの重要人物じゃん。わたしなんかで、よかったの? わたしなんて、ただ、マリアのことを誰よりも愛していただけなのに。世界情勢なんかもわかんない、ただの子どもだよ」
「あなたこそが、勇者であるべきなのです。私は女性同士の恋愛を応援していますから」
女神さまと直接顔を合わせているわけではないけれど、確信を持って言える。彼女は、目に一点の曇りもなかったんだろうな、って。
清々しいまでの告白だ。
私利私欲まみれなのは、わたしに似ているな、って思った。それでいいのか、天の神よ。
「なんか、神さまとかって、女の子同士の恋愛を支持してくれてるよね。魔王さまだっけ? あっちも、女性同士のしゃかいほしょーってのがしっかりしてるらしいし」
わたしは、ふとリリから教わったことを思い出して、ぼやいていた。
すると、瞬時に空気が冷え込んだ。突然吹雪いたかと思うほどの、ピリピリっとした、肌が痛いほどの激変である。
わ、わたし、なんかまずいことでも言った?
「まあ、あいつなりに考えてのことですからね……。エステルもあいつの話をしっかりと聞いてくるといいですよ」
どこか、冷たい言動の女神さま。それはまるで、不貞腐れている少女のような言い草でさえあった。
そもそも、あいつ、って呼び方がなんかもうおかしい。
「女神さまは、魔王さまのこと知ってるの? ああ、そういえば、勇者は魔族を滅ぼすために生まれたんだっけ? もしかして、敵対しているとか?」
ついさっき、聖女さまに講釈を垂れてもらったというのに、すでに内容を忘れかけている。
「いえ……そういうわけではありませんが。まあ、ちょっと。対立というか、なんというか。いざこざはありますが。魔族イコール魔王、というわけではないですよ」
わたしが無知なことを責めるでもなく、女神さまは説明をしてくれた。
でも、どうにも女神さまは歯切れが悪い。いくら勘の悪いわたしといえども、ピンときた。だって、女神さまは、魔王、っていうときだけ、感情の起伏が激しいのだから。こんなの、乳幼児にさえバレバレだよね。きっと、女同士の複雑な事情があってのことなんだろう。
「んー、まあ、そうか。でも、昔は勇者が平和を治めていたんだよね」
「太古の地上では、悪しきものが蔓延っていましたから。そのとき、力があるもので協力して、悪を退けたのです」
ああ。さっき、水晶を覗いた時に見えた映像かな。
女神さまと、もう一人が一緒に戦っていたシーン。ということは、魔王さまと力を合わせて悪に立ち向かっていたのが、世界の真実の姿か。確か、聖女さますらも、そんなことは語っていなかった気がするし。事実は、歪曲されて伝わっているんだなあ。
「魔王さまと昔は仲が良かったのに、今は喧嘩してるんだ。ふむふむ。へー。なるほどね~」
わたしは、意味ありげに呟く。
女と女が諍いを起こすなんて、まあ一つしかないよね。たぶん。
特に、女性同士の恋愛を応援している二人が起こしてる喧嘩だもん。痴話喧嘩みたいなやつでしょ。
といっても、数千年近い痴話喧嘩だとしたら、規模は規格外だけど。
「私から、あいつについて語ることはありません。エステルはこれから、あいつのところに向かうのでしょう? 聞きたいことがあるのなら、あいつに聞いてください」
「ま、まあそれでもいいけどね。でも、わたしを選んでくれた理由がなんとなくわかったよ」
女神さまは、女の子同士の恋愛を遠巻きに眺めたかったのだろう。それとも、もしかしたら、自分を投影するために、わたしみたいな子を選んだのかもしれないし。
となると、歴代の勇者たちも、女の子だったのだろうか。
「ねぇ、女神さまの力は万能なの? 例えばさ……その、女の子同士で子ども作ったりとか……できないのかな。って」
わたしは、一転して、もじもじとしながら尋ねた。
馬鹿なことを聞いているのはわかっている。でもね、神に頼らずにはいられなかった。マリアを喜ばせるために。
「難しい問題……ですね」
「うぅ……やっぱり、そうだよね」
「ですが、歴代の勇者の中には、そういう女性カップルもいないことはなかったですよ」
「ほんと!? なんでもするから教えてよ! お願い!」
わたしは、お菓子をせびる童女のようながっつき具合で、女神さまに語りかけていた。もしも実際に会って話していたとしたら、女神さまの服の裾は伸び切ってしまっていただろう。
「……その話も、あいつに聞いてください。私から詳しく語ることはできません」
「ええ!? どーして……。まあでも……魔王さまに教えてもらえれば、マリアに子ども産んでもらえるんだね!」
女神さまは、わたしとマリアの恋は応援してくれているのに、子作りに関しては乗り気ではないみたいだ。魔王さまが関係しているから、なのだろうか。
でも、わたしにしてみれば、希望が見えたってことだし。手放しで喜んじゃうよね。
「あまり、期待はなさらないように。それではエステル、これ以上はあなたの脳に負担がかかりすぎるでしょうから。またいずれ、ゆっくりお話をすることにしましょう」
「え!? もう!? ってゆーか、女神さまには会えないの!?」
「私は地上での役目はありませんから。でも、エステルは私の娘みたいなものです。そのうち、会いましょう」
その一言を最後に、わたしは意識を切断された。軽い鈍痛が脳に走り、フラついてしまう。
同時に、目をパッと開けた。
なんか、変な感覚だ。
夢を見ていた、っていうのが一番しっくりくるだろうか。にしては、えらく体がだるいな。
女神さまは、わたしの脳みそに負担がかかる、って言っていた。遠い場所の女神さまと交信していたから、疲労が溜まってしまったのだろうか。
にしても、女神さまさ。別れがあっさりしすぎているよ。わたしのことを娘みたいだなんだって言いつつ、さようならも言わないなんて。ま、そのうち会ってくれるみたいだから、いいけどね。
わたしは凝り固まった首と肩を回しつつ、隣のマリアを見やった。
「エステル? 大丈夫ですか?」
「ん、うん。ちょっと疲れちゃったけどね。女神さまと色々お話してきたよ」
わたしの口調が朗らかだからか、マリアも安堵の吐息をついている。だって。マリアと子作りできるかもしれない、っていう土産話つきなんだよ。疲れている場合じゃないもんね。
「エステルったら。長時間も目を瞑って、動かないんですから。寂しかったんですよ……もう」
マリアってば。たかが数分間、女神さまと話していただけなのに、拗ねちゃうんだから。わたしよりも、よっぽど構ってちゃんだよね、マリア。
みんなだって、マリアが意外と子どもっぽいところがあると知って、呆れちゃうはずだ。と思って周りを見渡してみて、わたしは血の気が引いた気がした。
なぜならば、ついさっきまでみんなが揃っていたはずの聖域の最上階には、わたしとマリアしかいないのだから。
わたし、どれだけ集中していたんだろうか。周囲の物音すらもシャットアウトしていたなんて、ぞっとしちゃうよね。わたしは、マリアのことはずっと見張っていないといけないのにさ。
「ちなみに……長時間、ってどれくらい?」
「えと……時計がないので時間はわかりませんが、半日くらいでしょうか? そろそろ陽が落ちちゃいますよ、エステル」
「え!? そんなにっ!?」
わたしは驚愕のあまり、お尻が浮きそうになった。
だって。女神さまと話した時間なんて、たかが数分程度だし。
どれだけ時空がねじ曲がっていたんだ、女神さまとの交信。まあ。とんでもなく遠方にいる女神さまと通じ合ったのならば、時間はかかっちゃうのかもだけどさ。
にしても、半日だなんて。そりゃ、脳にも負担がかかるわけだ。
「エステルったら、眠っちゃっているのかと思うくらい静かで。魂がどこかに行っちゃったように見えて、少し……怖かったです」
まあ、その例えはあながち間違いでもないな。わたしはきっと、魂で女神さまと語り合っていたのだろうから。精神だけが、どこか別の場所に飛んでいった感覚に近い。
「不安にさせちゃって、ごめん、マリア。ちゅっ」
わたしは、未だ寂しげなマリアが愛しくなって、唇に唇を触れさせた。マリア、長時間ずっと寄り添っていてくれてて、唇が少し乾いちゃっている。でもね、わたしの傍から離れないでいてくれたこと、すごく愛されているってわかって。嬉しいんだ。
キスすると、マリアはまるで命を吹き込まれた人形のように体温が上昇し、頬が赤くなっていく。たくさんえっちもしていて、キスなんて事あるごとにしているのに、それでも照れちゃうマリアが可愛い。
「えへへ……。エステルは、女神さまと何をお話してきたんですか? なんか、とっても嬉しそうでしたけど」
マリアははにかみつつ、目を細める。
わたしに付き添ってくれたマリアだってお腹が減っていたり、体が痛くなっていそうだけど、それよりもわたしの話が気になるらしい。
「なんかね、女神さまは魔王さまと仲が良かったんだって! それでね、魔王さまに色々話を聞くといいよってアドバイスもらったんだよ!」
わたしはもったいぶって、子作りのことはまだ伏せておく。
マリアはいつものように、我が子が今日あった学校の出来事をまくし立てているのを受け止めるような態度だ。にこやかに相槌を打ってくれている。
「エステルは不思議な体験をいっぱいしますね。続きは、ご飯食べながらにしますか? エステルってば、お腹が可愛い音を立てていますから♡」
そりゃ、半日も何も食べていなかったら、お腹も空くか。しかも、ただじっとしているよりも遥かに体力を消耗しているし。
わたしは、マリアの手を取って立ち上がった。
「みんなは、どこに行ったの?」
「たぶん、ホテルに帰っていますよ。エステルは、何が食べたいです? 私はどこでもいいですよ」
「ん~……。マリアの料理がいいなあ。一日一回はマリアの作ったもの食べないと、なんか物足りないんだよね」
「まぁまぁ、エステルったら♡ でしたら、お買い物をしないといけませんね」
「デートがてら、買い物しようよ。わたし、マリアとお買い物デート大好きだし」
「うふふ、私もエステルとのお買い物デート、とっても幸せですよ♡」
感極まったマリアは、私の腕に抱きついてくる。
ここが女神さまを祀った神聖なる聖域であることを、忘れそうにもなるよ。でもね、女神さまだって、わたしとマリアの恋を応援してくれていたし、見せつけるのもアリだと思う。
というわけで、わたしとマリアは、夕暮れに染まる聖域の森を抜け、街へ帰還するのだった。




