第二十二話
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そこは、ひっそりとした森だった。日光すらも届かない、鬱蒼とした木々。道は薄暗く、進んだ先に聖域があるとはにわかに信じがたい。それくらい、闇の気配が強そうな森だった。まあ、魔物がうろついているのだから、嫌な感じが漂っているだけなのかもだけど。
「ふ~。戦うのとか、久々ね」
リリは、大きく伸びをして準備運動をしていた。
パーカーのフードを取り払い、短パンからは黒く細長い尻尾がぴょこんと愛らしく揺れている。
周囲にはわたしと聖女さましかいないので、正体を隠す必要がなくなったのだろう。
聖女さまは目を丸くして凝視していた。
わたしとしては、リリの健康そうな太ももに視線が吸い寄せられるけれど、聖女さまはしっかりと尻尾を見据えている。聖女さまってマリアと同じで、えっちなこととか何にも知らないんだろうな。やばい、変な妄想しちゃってる、わたし。
「それでは、こちらです、勇者さま。そして、えっと……」
「あたしはリリウェルだよ。リリって呼んでね♡」
「はい、ではリリさんもこちらに。足元にお気をつけください。結界が切れる範囲になったら、注意いたしますので」
聖女さまは慣れた足取りで森に進軍した。彼女の空気からは、何度も聖域に行き来した様子が垣間見える。安心して、案内を任せられそうだ。
わたしも、少しだけ心の準備をして、後に続く。別に、戦いが怖いわけじゃないけどね。
魔物討伐なんてさくっと終わらせて帰らないと、マリアが心配しちゃうから。臨戦態勢には入っておく。
いつでも剣を抜き放てるように、柄をしっかりと握っておいた。
反面、リリは能天気である。聖女さまにまとわりついているし、ピクニック気分。本当にお偉い魔族なのかと疑いたくもなるよ。
「そういやさ、リリは、どうして魔物がここを狙うのか心当たりはないの?」
わたしの質問に、リリは肩を竦める。随分と投げやりな態度だ。聖女さまとお喋りしていたいから邪魔すんな、ってゆー空気を発露させている。
しかし聖女さまもその話題に興味があるのか、瞳を輝かせていたので、リリも手のひらを翻して嬉しげに語り出すのであった。
「ん~。たぶん、魔族の国が近いから、魔物の生息数も多いんだと思うのよね。別にあたしらが飼ってるわけじゃないけど、やっぱり魔族側のほうが魔物も暮らしやすいはずだし。それに、聖なる力には反抗したくなるんじゃないの? 知能がないやつらってのは」
リリも推測でしかないのか、感想を述べるような口調だ。
リリいわく、意思疎通のできる魔族ならば、人を無闇矢鱈に襲うことなんてしない、とのこと。
どうせ、勇者にわからせられちゃうからね、って補足していた。
だから、人里で暴れている魔物は駆逐してしまっても無問題らしい。そのほうが魔族にとっても助かるんだってさ。
わたしも気兼ねなく本領を発揮しちゃっていいらしいので、女神さまの力を堪能してしまおう。
森の中は暗かったけれど、地面にはちゃんとした道が作られてあって、聖女さまとはぐれても迷うことはなさそうだった。
さらに進むと、道は広くなっていく。辺りを見渡すと、穏やかな景色でいっぱいだった。陽が当たりにくいから薄暗いだけであって、さすがは女神さまを祀る聖域。のどかで、お昼寝でもしたくなりそうな森である。
そこで、聖女さまはぴたりと歩みを止めた。
「勇者さま。結界はここで終わりです――」
当然、わたしも気配を察している。
大群だ。
わたしたちが身構えてから少し遅れて、木々がガサガサと音を立てる。
音の大きさからして、人間ほどの体格だろう。それらはわたしたちを視認したのか、奇声を上げながら飛び出してきた。
現れたのは、人間の子どもくらいの背丈をした、二足歩行の生物だった。
顔は不細工な猿のようで、手には粗末な棍棒を握っている。どう見ても知能はなさそうだけど、武器を扱うことくらいは可能なようだ。
それらが、わらわらと集合してきて、わたしたちを囲んでくる。ざっとニ、三十匹はいるだろうか。まあ、身に危険を感じないので、ただの雑魚だ。
「リリ、これはなんていう魔物なの?」
わたしは、剣をすらりと抜き放ちながら、リリを横目で観察した。リリも、特に緊張した様子はないようだ。
「んー、コボルトっていう低級なモンスターね。群れて弱いものいじめしかできないはずだけど……なんか暴れたがっているみたいねえ」
どうやら、少しばかり敵の様子はおかしいらしい。
聖女さまも、ここ数日になって急に獰猛になった、とか言ってたっけ。やっぱり、わたしのせいなのかな。だって、わたし、思いっきりコボルトたちに睨まれているような気がするし。低級モンスターにも、勇者の力っていうのはわかるのだろうか。
「勇者さま、お気をつけて……」
聖女さまだけは、緊張に汗を浮かべていた。彼女も、ローブの中からロッドを取り出している。が、甚だ心もとなく見えるのは、気のせいではないだろう。根はおっとりとした女性だからね。
けれど、リリは好戦的な瞳をしているので、聖女さまのことは任せておいてもよさそう。むしろ、わたしが聖女さまを守ったりしたら、余計なことはするな、って怒られちゃいそうだし。
「んっ。それじゃ、勇者さまの力、わからせてあげるよ!」
言って、わたしはコボルトたちの群れに躍り出た。
勢いよく大地を蹴り、跳躍する。そのまま、重さを乗せた一撃を、縦に振り下ろす。
すると、わたしのスピードに反応できなかったコボルトは、真っ二つに裂かれて絶命した。
うわっ、ちょっとグロテスクだな、なんて思ったけれど、亡骸になったコボルトはすぐに煙となって霧散していく。魔物の生態って、よくわからないな。
だけど、消えてってくれるなら、思う存分剣を振るえるってもんだね。
わたしは、大振りで剣を横に薙いだ。当てずっぽうのような斬撃は、軌道上にいたコボルトを数体、まとめて切り裂いていく。
見た目は非力な女の子のわたしがコボルトを一掃していく様は、さぞ奇怪に映るだろう。けれど、わたしは勇者だ。力を誇示するように、果敢に攻め込んでいく。
もちろん、コボルトたちもぼけっと屠られていくわけではなかった。
わたしに向かって、四方から棍棒の雨を降り注がせてくる。わたしはそれを、鬱陶しげに、ハエを振り払うようにして右腕を横に裂いた。
手の甲が熱を帯びる。
わたしの右手は強烈に発光し、周囲は白の世界に包まれた。女神さまの紋章を発動させたのだ。
わたしが放ったのは、神聖なる浄化の炎。扇状に放出されたそれは、わたしの前方にいたコボルトたちを一斉に葬った。地面には焦げ目がつき、吹き上がる白煙が、女神さまの力の凄まじさを物語っている。
なんか、ゴミを掃除しているみたいで、快感だなあ。
わたしがしたり顔で頷いていると、背後からも戦闘の音が聞こえてきた。
どうやら、わたしが化け物みたいな強さだからか、コボルトたちは標的をリリと聖女さまに定めたらしい。
わたしは、いつでも彼女たちを手助けできるように身構えながら、状況をじっくりと観察した。下手に手を出してリリに怒られないようにするため、焦って動かない。冷静なのがわたしだ。
リリは、わたしの予想を上回る戦闘能力を要していた。
コボルトたちの無造作に振り回される棍棒を、華麗に掻い潜っていく。そのしなやかな動きは、舞を踊っているかのようだ。曲芸師のような軽やかな動作で棍棒の下をくぐり抜けたリリは、視線が吸い寄せられる美脚で、コボルトに回し蹴りをお見舞いする。
一体それにどれほどのパワーが秘められていたのか、コボルトは勢いよく吹っ飛んでいき、地面を何度もバウンドして、起き上がることはなかった。
リリは得意満面の笑みを浮かべ、コボルトの群れの中でダンスを続ける。彼女のお尻で揺れる尻尾が、リリの楽しさを表現しているようだった。観客は、次々と放られていく。
わたしも、ぼーっと見ている場合ではないな。加勢してあげないと。
唖然としている聖女さまの背中に、わたしは位置取りをする。
「後ろは任せてね。聖女さまはじっとしていていいからね」
わたしは、不安げな女性を安心させるように、自信に満ちた声で囁いた。
聖女さまの頷く気配をしっかりと受け止め、じりじりと迫ってきていたコボルトたちに一閃をお見舞いする。それだけで、複数体がかき消えていった。
敵はすでに数えるほどとなっていた。
さほど、時間はかからなくてすみそうだね。
帰ったら何を食べようかな、なんて余計な考えを抱くと、それを咎めるかのように、邪悪な気配が漂い始めてきた。
どうやら、敵にもリーダーがいるらしい。森の奥から、一際強めのオーラが近づいてくるのを感じ取れた。
リリも警戒の色を強めたのか、後退してきてわたしたちの元へ戻ってくる。
残りの数体のコボルトたちは、その隙を見て逃げ出していった。逃してしまうのは不服だったけれど、今はまず、敵のボスとやらのほうが気がかりだ。
大きな足音を轟かせながら姿を現したのは、身の丈3メートルはありそうな巨体だった。
頭部は牛っぽくて、むき出しの上半身は筋骨隆々。手には、わたしの身長ほどはありそうな斧を握っている。さすがに武器を加工する技術はないだろうから、人間から奪ったものだろうか。
「あれは……ミノタウロスだね。ものすごいパワーがあるから、勇者ちゃん、気をつけて」
リリも、さすがに軽口を叩く余裕がないのか、真剣な声で忠告してくれる。
だけど、わたしに緊張感は皆無だった。わたしがキャッチした敵の雰囲気を分析してみると、奴は雑魚と同義。楽勝なはず。
だから、わたしは悠然とミノタウロスとやらに立ち向かっていった。
剣はだらりと右手からぶら下げながら、特に構えるでもなくミノタウロスの間合いに入っていく。
すると、ミノタウロスは、わたしを薪割りの要領で真っ二つにするつもりなのか、大きく斧を振りかぶった。
当然、そんな力任せの動作、避けることは容易いんだけど。
わたしは、あえて力自慢とやらの攻撃を受けてやることにした。
振り下ろされる大斧。強風が巻き起こり、空気が唸りをあげているかのような、唐竹割りの一撃。わたしは、ミノタウロスの攻撃により発生した風圧で短い黒髪をはためかせながら、身構える。
剣の腹を使って、真っ向からガードしようと試みたのだ。
「受けちゃダメ、勇者ちゃん!」
リリの逼迫した叫びも、時既に遅し。
わたしは、ものすごい衝撃に全身を打たれていた。
踏ん張っている両足が、地面に陥没していくほどの強打だ。
しかし、影響があったのは、それだけ。
ガードするのに使用した剣ですら、折れることはなかった。
別に、わたしの剣が名刀とかそういうのではなくって。そのへんで売っていた安物なんだけど。女神さまの力を使えば、どんな鉱石よりも硬くコーティングが可能だ。
それに、斧を受けたわたしの手は、痺れてすらいなかった。
巨躯のミノタウロスよりも腕力があるのが、勇者"エステル"だ。
「力でも、わたしのほうが上みたいだね。それじゃあ、トリトーネの平穏を返してもらおうか!」
わたしは勇者らしい台詞を吠えて、ミノタウロスに飛びかかった。
交錯は一瞬だ。
瞬きの間に、わたしはミノタウロスの背後に佇んでいた。腕は、すでに振り切った態勢。
一拍置いて、ミノタウロスがくずおれていく。巨躯からは血が噴水のように飛び出たかと思うと、やはり魔物の例に漏れず、煙を上げながら消失していった。
ミノタウロスの痕跡がなくなると、森を覆っていた邪悪な気配も去っていく。
周囲は、結界内と同じような、のどかで平穏な森へとなっていた。心なしか、明るさも取り戻しているような気がした。
わたしは、ふう、って一息ついてから、剣を鞘に収める。そして、リリたちに振り返った。
リリは呆然としている。なんか、ドラゴンのアイシャを鎮めたときも似たような反応だったな。隣の聖女さまも、わたしをぼんやりと眺めていた。言葉すらも忘れてしまったかのようである。
「ま、こんなもんかな? コボルト、ちょっと逃げちゃったね。何日かは様子見ないと、ってとこかなあ?」
まあ、ホテルは一週間取ってあるし、レーネの合流が予想以上に早かったから、様子見するためにトリトーネに滞在するのも困りはしないけど。パトロールと称してマリアとデートなんかも可能かもしれないしね。
すると、わたしの一声で時が動き出したのか、リリははぁ~っと大げさな溜息をついた。なんだ。なんで、溜息をつかれないといけないんだ。
わたしが不満げな顔でリリを見つめていると、リリは今一度、溜息をついた。
「勇者ちゃんって、本当に規格外ね。ミノタウロスっていえば、魔族内でも危険視される力自慢よ。あたし、勇者ちゃんが木っ端微塵になっちゃうかと思ったじゃん」
どうやら、リリはわたしのことを心配してくれていたらしい。けっこう面倒見がいいもんね、リリってば。
まあ、不安がるのも無理はないか。小柄なわたしが、あんな筋肉モリモリ巨体からの斧の一撃を真正面から受け止めるなんて、想像できないもんね。
「だから、言ってるでしょ、わたしは勇者なんだって。聖女さまも、わたしが勇者だって、認めてくれるよね?」
ぽっと出の牛の顔した魔物になんて、やられるわけないじゃんね。
わたしが同意を促して聖女さまの顔を覗いて――ドキッとした。
聖女さまは、熱っぽい視線をわたしに向けていたのだ。頬を紅潮させた彼女は、マリアを彷彿とさせずにはいられない。だって。いつも、夜、ベッドの中で向けられるマリアの瞳と、瓜二つなんだもん。
べ、別に、わたしが聖女さまに見とれたとかじゃなくって! 好意を寄せられているんだな、って瞬時に理解しちゃったから。どう対応すればいいのか、脳みそがフリーズしかけたのだ。
「あ、あの、聖女さま……?」
「はっ。ど、どうかなさいましたか、勇者さま。……ぽっ」
聖女さまは、わたしと目を合わせるのすら照れてしまうのか、横を向きながらしどろもどろに答える。彼女は恋の経験が浅いのか、緊張感を隠せないでいた。前髪をいじったりして、やけにソワソワとしている。
そんな聖女さまの様子を窺っていたリリも、さすがに異変に感づく。
わたしを、まるで怨敵でも見つけたかのような眼差しで射抜いてきた。
ううっ、どうしてわたしが責められないといけないんだ?
モテる女っていうのは、それだけで罪になってしまうのだろうか。き、気まずいなぁ……。
「い、いや、わたし、勇者として認めてもらえたのかな、って。それと、少し敵を逃しちゃったから心配だよね、って……」
わたしも、意識されているとわかったせいか、しどろもどろになってしまう。うう。こんなの、お見合いでもしているようなギクシャクさだよ。
さしずめリリは、小姑といったところか。い、いや。わたしにはマリアがいるから、浮気とかそういうのじゃないけど!
「は、はい……。勇者さまはとっても素晴らしく……格好良かったですわ……」
もう、こんなの、完全に恋する乙女じゃん!
真面目で優しそうだった聖女さまは、今はもうその辺の年頃の女の子たちに混ざって恋バナしていても違和感なし。急変しすぎなんだよなあ。
「ちょ、ちょっとちょっと! 聖女ちゃん! 勇者ちゃんは、別に格好良くないよ! むしろ、こんな顔してどすけべの、あざとい子なんだからね! 騙されちゃダメよ」
「は、はぁ!? なんでわたしがどすけべなんだよ。リリのほうがどすけべでしょ」
唐突に非難されたわたしは、声を荒げてしまう。
聖域へ続くといわれる神聖な道で、さらには女神さまの遣いである聖女さまの前だというのに、どすけべという単語が行き交うのもどうなのかと思うけど。罵られたら、つい反撃が出ちゃうよね。
「聞いてよ、聖女ちゃん。勇者ちゃんはね、ほら、さっき勇者ちゃんとずっと寄り添ってたあのお姉さんと、毎晩えっちなことしてるんだよ。勇者ちゃんってば、まだ15歳なのに、それはもう変態なんだから!」
リリは、わたしの評価を地に落としたくて必死なのか、聖女さまにあることないことを吹き込んでいく。……いや。あることだけでした。すみません。
しかし、リリに過激な発言を聞かされても、聖女さまは頬をますます赤らめるだけである。恋は盲目とはよくいったものだ。まあ。聖女さまがわたしに恋している、と確定したわけではないけど。概ね合ってるだろう。
「勇者さまは、女の人同士で……?」
「そーだよ。聖女ちゃんにだって、えっちなことしたいって思ってるかもね。しかも、勇者ちゃんはあの人と結婚済みだから、かどわかされちゃダメだよ!」
ぐ、どの口が言うんだ、リリ。しかし、まーなりふり構わないリリっていうのも、必死すぎてなんか可愛いな。よほど、聖女さまのこと、好きらしい。
なんか、申し訳ないな。わたしだって別に、聖女さまに好かれたいと思ってたわけじゃないし。人の好感度って、なにがどうなって上がるのかわかんないね。
ま、まあ。綺麗なお姉さんに好かれて、悪い気はしないけど……。わたしにはマリアがいるしなあ。丁重にお断りしないといけないよね。
「あ、あのね、聖女さま。リリの言ってることをあまり真に受けないでは欲しいけど。マリアと結婚してるのは本当なんだ。お、女の子同士で、変かな……?」
聞いておいてあれだけど、聖女さまなら否定はしないと思った。そもそも、わたしに恋していそうだから、女の子同士を否定することは、自身をも否定することに繋がる。
聖女さまは、かすかに表情を曇らせた。微笑を浮かべているものの、無理して浮かべたような痛ましさがある。うっ。心が痛むなぁ。まさか、わたしが結婚していると知って、失恋のショックでも受けたのだろうか。
「いえ、性別に囚われないところに、深い愛を感じますわ。……勇者さまは、女性同士できちんと結婚式はできたのでしょうか?」
聖女さまは、しかし内面を覗かせない気丈な声で聞いてきた。質問の内容も、なんか斜め上で面食らっちゃうけど。聖女さまは聖職者なだけあってか、メンタル面は強そうだった。
「ま、まあ。村で、ひっそりとだけど、したよ。ドレスとかは……マリアに着せてあげられなかったけどね。でも、指輪の交換とかはちゃんとしたし、満足はしたかな……」
あんまりのろけにならないように言ったつもりだったけど、聖女さまに晴れ間は差さない。うーん。モテる女は、やっぱり辛いね。どうにかして元気づけてあげたいけど、その役目はリリに任せるとしよう。
「ふふ、それならよかったです。聖域では、結婚式なども承っておりますから。勇者さまさえよろしければ、式を挙げるの、お手伝いできるかな、って思いましたの。女性同士の結婚式を挙げることができれば、勇気づけられる民もいるかもしれませんし」
聖女さまは、心も聖女しているのか、民衆のことも考えているようだった。
マリアと、ウェディングドレスを着た正式な式っていうのも心踊るけれど。今はまだ旅の途中だ。けれど、いずれ絶対したいな、って思った。
「じゃあ、そのうちお願いするね。今は、魔族の国へ向かう途中なんだ。だから、その旅が終わったら、また来るかも」
「まあ。魔族の国……ですか。勇者さまは、そんな過酷な旅を……」
聖女さまは何を想像しているのか、わたしに敬愛の眼差しを送っていた。わたしへの好意、まだ些かも失われていないようだ。それは、わたしが勇者だからなのか、それともひとりの女の子としての愛なのかは、不明だけど。
「過酷、でもないけどね。リリの故郷を紹介してもらうだけだよ。そのへんの話、聞きたかったら、みんなと一緒にじっくりとする?」
少なくとも、暫くは魔物が出てくる気配はなさそうだし。
わたしは聖女さまを誘ってお茶の提案をしていた。
さっきはゴタゴタしていて、レーネとも大した会話ができなかったし。みんなで今後の予定も立てるべきだろう。
「ええ、ぜひ、お願いしますわ。勇者さまと、親睦を深めたいですから……。あっ。べ、別にやましい意味ではありませんけどっ……」
聖女さまは、なかなかわたしへの恋を踏ん切れていないようだった。
またしても、乙女の表情を浮かべて、とっさに顔を逸している。
リリだけが、わたしを睨めつけていた。いや、わたしは聖女さまを取る気はないんだけど……。だから、頑張れよ、って心の中でリリを応援しておいた。
なんだか変な空気のまま、わたしたち三人はトリトーネへと帰還していく……。




