第一話
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第一章 マリア
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「それじゃあ、いってらっしゃい、あなた♡」
わたしを玄関の戸口で見送ってくれているのは、絶世の美女マリアだ。
マリアは化粧をしていなくても誰よりも整った顔をしていて、胸だってわたしの手のひらには収まりきらないサイズの巨大なもの。そして、性格だって清らかで……非の打ち所のない女性が、わたしのお嫁さんだというのだから、世界って素晴らしい。
マリアはふんわりと波打つ金髪を太陽に反射させながら、不安げにわたしを見下ろしている。
ここは村外れの一軒家。
わたしとマリアは結婚を認めてもらえたため、急遽、二人のための家を建てたのである。
一階建ての小ぢんまりとした、家というよりも、小屋という単語のほうが似合いそうな建物だけど。マリアは気に入ってくれた。もちろんわたしだって、二人の愛の巣なのだから、感動もひとしおである。
村から離れた場所にしたのも、二人で静かに暮らしたい、っていうわたしたちの相談の結果だ。家の周辺には一本の木と、のどかな平原が見渡す限り続いている。
マリアとは結婚して――はや一ヶ月。まだまだラブラブ新婚ふーふ真っ盛りである。
「マリア。そんなに心配そうにしないでよ」
「だって……。エステルのお仕事……危ないんですもの。私は毎日不安です」
「安心してよ。わたしは"勇者"だよ? 危ないことなんてなにもないよ」
玄関にて、わたしを離さまいとするかのように、抱擁をやめないマリア。
毎日のことだ。
わたしは"勇者"として強大な力を授かった。
それは例えば、わたしが天空から地上に激突したとしても、平然としていられるほど肉体は頑丈になったし。ちょっとでも女神の力を込めれば、岩だって砕けるほどには膂力も得た。
以前の、貧弱で何もできなかった少女のエステルは、もういないのだ。
けれど、力を与えられた代償――は言いすぎかもだけど。勇者として成さねばならないこともあって……。
わたしは、魔物の掃討を人々から頼まれるようになっていた。けどそれ幸いと、魔物退治を生業として、生計を立てることにしたのだ。わたしとマリアは女の子ふーふとして暮らすのだから、力のあるわたしがマリアを養わないといけないしね。これも勇者の務めだ。
だけどマリアは、わたしを未だに以前のか弱い女の子扱いしてくる。
まあ、わからないでもないけど。わたしだって、自分の変わりようには驚いているくらいだし。見た目にはなんの変化も訪れていないのだから、ぱっと見では強がっているように思えるのだろう。
「エステルはほら……まだ15歳ですから。変なお誘いに引っかかってしまわないか、不安で……」
心配のタネは、そこか!
わたしは、結局のところ子ども扱いされている事実に、腸が煮えくり返りそうになった。こういうことで腹を立てるのだから、子どもなんだろうけど。それとこれとは話が別だ。
「変なお誘いってなんだよ。ナンパとか、悪徳商法なんかに引っかかるわけないでしょ。わたしはね、15歳なの。もう大人なの。マリアが一番よく知っているでしょ? わたしが大人だって」
「んっ……♡」
マリアは唐突に嬌声を漏らした。
わたしが、マリアの巨大おっぱいを鷲掴みにしたからだ。
とてつもなく柔らかい。握ったら、いとも容易く指が胸に沈み込む。マシュマロを潰しているかのような感触だ。いくらでも揉んでいられる。
「大人な行為、毎日たくさんしているもんね。ベッドの上ではマリアのほうが子どもっぽいし」
「そ、そうですけどっ……。そうじゃなくって……んんっ……♡」
マリアが口答えするので、さらに強めに胸を揉みしだく。シャツの上からでも形が変わってしまうほどに、わたしはマリアの胸をこねくり回していた。突起物が、手のひらに当たる。マリアもすっかり、その気のようだ。
――ひと月前。新婚の初夜は、それはもう激しい夜だった。
その日以来、わたしたちは毎日と肌を合わせている。
うぶで、性的なことを何も知らなかったマリア。
しかし、わたしが彼女に欲望を全部ぶつけた結果……マリアも、淫らな女性に変貌していった。当然、わたしの前限定だけどね。
でもね、いやらしい肉体のマリアを十年近く見てきて、お預けをくらっていたわたしだったんだから。マリアに本能のまま襲いかかっても、わたしのこと責められないよね。わたしのえっちがとんでもなく激しかったとしても、否定はできないよね。
「ほらほら、帰ったらまた愛してあげるから。変な心配はしないでよ」
「ん……はい……。では……今日は30分くらいで、帰ってこれますか?」
わたしは踵を滑らせそうになった。
マリアって本当にド天然な上に、わたしに依存しきってるんだから。しかも、結婚を皮切にして、マリアはわたしを強く愛するようになった。今までのマリアは、わたしの愛し方を知らなかっただけなのだから。恋と肉欲を覚えたマリアは、わたしも驚くほどのラブラブっぷりを披露してくれた。
といっても、わたしだって、マリアとは一時も離れたくはない。
「あのね、マリア。30分じゃ、そのへんの散歩でもして終わりだよ。わたしは"勇者"として、隣町にもパトロールしなきゃいけないの。毎日言ってるでしょ」
「で、ではっ。隣町に行くのでしたら、帰りにお野菜と卵を買ってきてもらえませんか?」
「だから、おつかいじゃないんだってば……」
わたしはげんなりとして、深く溜息をついた。
マリアってば、本当にわたしが他の女の子のお誘いに引っかかってしまうとでも思っているのかな。わたしが魔物をお掃除しに行くの、理解していないんじゃなかろうか。
「でもでも、エステル。いつも約束は守って、早めに帰ってきてくれるじゃないですか。それに……エステルのいない時間、私も寂しいんです……。だから、今日も早く帰ってきてくださいね?」
マリアの潤んだ瞳で懇願されると、甘えたくなってしまう。
そりゃね。わたしだって、マリアと一日中ベッドで愛し合っていたいよ。
しかし、いくら勇者といえども、働かないでお金が入ってくるわけでもなし。世知辛い世の中なのである。
そもそも15歳の少女が、23歳の女性を養っている図、というのもおかしいし。けどけど。マリアは絶対に働かせたくない。世間知らずで、ぼんやりとしたマリアを外に出すのは、そっちのほうが危険でいっぱいなんだから。
「わかったよ。今日は3時間くらいで帰るし、明日はずっと一緒にいる。それでいいでしょ?」
「3時間!? 私はてっきり、1時間で戻ってきてくれるものとばかり……」
マリアは、大切にしていた陶器を割ってしまったみたいなほどの悲壮を顔に滲ませ、わたしを更に強く抱きしめてくる。
まるで、ぬいぐるみを手放すことのできない少女のようだ。
マリアの細腕は想像以上に力強く、わたしを束縛する鎖のように絡めてくる。マリアが胸にわたしを抱え込んだため、豊満なおっぱいに埋もれて窒息してしまいそうになった。ここが天国か。
「あのね、1時間じゃおつかいなんだって! わたしはね、魔物がいそうな場所もパトロールしないと駄目なの!」
「うぅ……わかりました。でも……エステル? 私になにかあったときは、呼んだら戻ってきてくれますよね……?」
「それはもちろんだよ。わたしは勇者だからね。マリアの声ならどこからでも聞こえるよ。愛する奥さんには、誰一人として触らせないもん」
「エステル♡ 愛する奥さんって言ってくれて嬉しい♡ わたしも愛してますよ、あなた♡」
今度は一転して、瞳にハートマークを浮かべながら、わたしのほっぺたにちゅーをしてくるマリア。
初夏が近くなった爽やかな風と一緒になって、マリアのフローラルな匂いが、わたしのほっぺたに押し付けられた。
えっちをしてから、マリアのスキンシップも激しくなったものだ。非常にいい傾向である。
でもね、まだまだ調教したりない!
こういうときは、ほっぺたじゃなくって、唇にキスしてほしいものだよ。
だからわたしは、軽く咳払いをしてからマリアの透き通るような瞳を見つめた。
「じゃ、いってくるから。マリア、いってらっしゃいのちゅーは、ちゃんと口にしてよね」
「ご、ごめんなさい。……その。口にしてしまったら、体がむずむずしちゃいますから……我慢してたんです。エステルと離れたくなくなっちゃうし……」
もじもじとしながら告げるマリアに、脳が殴打されたのかと思った。
大人なお姉さんの見た目なくせして、とてつもなくキュートなマリアに、鼻血が出そうになる。わたしの嫁、可愛すぎ。
「まったく、マリアのほうがよっぽど子どもっぽいよね。わたしがいないとダメダメなお姉さんなんだから」
「そ、そんなことありません。エステルのほうこそ、私がいないとダメダメじゃないですか。お着替えだって、髪を梳かすのだって、体を洗うのだって、私がしてあげないと何もできないじゃないですか」
痛いところを突かれて、わたしはぐぬぬ、と喉を唸らせた。
わたしの私生活は、ことごとくマリアに任せっきりなのである。だってだって。マリアに甘えると、マリアが何でもしてくれるんだもん。堕落しちゃうのだって、しょうがないじゃん。しかも、マリアだって、わたしの面倒を見ることが心底嬉しいらしくって、率先してやってくれるし。そんなの、マリアに依存するに決まってる。
「だって……小さい頃から、そうだったんだもん。でもね、大人になった今でも、前と変わらないマリアのことが好き。いつもありがと」
「もう、エステルったら、お上手なんですから……。今日はお仕事なんか行かないで、私と過ごしましょうよ?」
マリアにとってはそれが決定事項なのか、わたしの腕をぐいぐいと引っ張って家の中に連れ込もうとする。
怠惰な生活が、わたしを誘惑してくる。マリアって……わたしをダメ人間にさせる才能の持ち主なのだろうか。
あーお仕事するの面倒くさくなっちゃったなー。
わたしみたいな自堕落な女を"勇者"に選んだの、絶対失敗でしょ、女神さま……。こっちとしては、マリアと結婚できたのだから、ありがたいけれどさ……。
わたしは、どうにかマリアの誘いを断ち切るようにして、腕を振りほどいた。
瞬間、マリアの顔は寂しげに曇る。申し出を拒否されたことが、よほど悲しいらしい。わたしの胸もちくりとして、針で刺されたのかと思った。
「わたしだって、そうしたいよ。でも……今日はちゃんと依頼されてるお仕事だから、サボったら迷惑になっちゃうし。それに、お金がないと、困るでしょ。なるべく早く帰るから、おとなしくお留守番しててね」
「はい……。すみません、エステルを困らせてしまって……」
「いい? わたし以外が家に来ても誰も入れちゃダメだよ? それと、何かあったらわたしを呼んでよね。すっ飛んで帰るから」
自分の家の玄関で、何を言っているんだろう、わたしは。お嫁さんにというよりも、自分の娘に言い聞かせているのかと勘違いしてしまいそうだ。やっぱり、マリアのほうが子どもじゃんか、と口をついて出そうになったけど、どうにか飲み込む。
「はい、わかりました。エステルこそ、可愛い女の子にほいほいついていっちゃダメですからね」
「わ、わかってるよ!」
どうにかこうにか、マリアと別れを済ませる。
毎朝こんな感じなのだから、家を出発するときが一日で一番大変だ。
まあ、毎朝ってゆーのには語弊があるか。一日働いて、何日か休む、みたいな生活なんだよね……。だって、わたしとて、なるべくマリアと離れたくないもん。
わたしは勇者という唯一無二の存在なのだから、賃金は決して悪くはない。
できることならば、お仕事なんてサボりたいくらいなのである。やっぱりわたしが勇者なんて、人選ミスだよね。