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第十七話

******


第四章 水の都 トリトーネ


******



 その大地は、かなり清涼(せいりょう)だった。

 気温は、これまで歩んできた土地よりも少しだけ低下しており、空気を肺に取り込むと(すず)やかで気持ちがいい。それに一役買っているのは、周囲に流れている水の道だろう。


 目を()わせれば、至るところに水路が点在している。

 わたしたちが(おとず)れているのは、北の都・水の街と呼ばれるトリトーネという場所だった。


 道程(みちのり)はかなり長かったので、久々の人里である。

 相当に北上したらしくって、まだ夏前だというのに過ごしやすい温度だった。

 

 そして、わたしの目を引くのは、造形美(ぞうけいび)の感じられる町並みだ。

 まるで湖の上に立てられた都市かと思うほど、水路上に建物が連なっている。どうやらそれがセールスポイントらしくって、観光業が盛んな(さか)えた都市だった。


 わたしが(のぞ)んでいた、大都市である。

 もうね、テンション上がりまくり。

 わたしはマリアと腕を組んで、歓声(かんせい)をあげていた。

 人通りの多さ。目を引くお店たち。それから、水路を通るゴンドラ郡。それらがわたしの心を(たか)ぶらせ、瞳を輝かせる。

 隣のマリアも、いつになく目を(きら)めかせ、水都にも(まさ)る美しさを誇っていた。


 わたしの後方には、リリウェルとアイシャが並んでいる。

 リリは特に感慨(かんがい)深そうにはしていないが、アイシャは首をキョロキョロと(せわ)しなく多方向へと向けていた。どうやら、大都市に感嘆(かんたん)する感情は、勇者のわたしと、ドラゴンの少女、同じもののようだ。

 ハーピーは、変わらず街の外で待機。一緒に観光を楽しめないのは、ちょっとかわいそう。早いところ、人間と魔族が仲良く暮らせるようにしないといけないね。


「さてと。あたしはテキトーにブラついてくるから。アイシャのこと、よろしく~」


 リリはそう言うと、わたしたちの返事は待たずして歩き出す。

 彼女の見た目は、通りを歩く若者と比べてもなんら遜色(そんしょく)はなく、魔族とは思えないほど違和感なしに風景に溶け込んでいる。


「ちょ、ちょっと、どこ行くんだよ。この後の予定はどうするの?」


 わたしが呼び止めると、リリは鬱陶(うっとう)しげに振り返った。なんでそんなに面倒くさそうなんだよ。


「どーせ、レーネを待っている間はすることないかんね。テキトーに一週間は遊んでおいで。あたしも、勝手に遊ばせてもらうから。あんたたちと違って、あたしは欲求不満なのよ」


 あてつけのように言い放つリリに反論できなかった。

 だって、わたしとマリアは道中でも(すき)を見てはえっちしていたし。反面、リリはえっちな魔族であるにもかかわらず、夜はハーピーと見回り。しかも、えっちのお相手はおらず。一応、アイシャがいるにはいただろうけれど……手は出していないみたいだ。

 見た目は年頃の女の子であるアイシャなので、ビジュアル面に不満はなさそうだけど。精神年齢はわたしと同じかそれ以下だし。性知識もないからね。下手に手を出して、ドラゴンになって暴れられても困ったのだろう。

 

「え、でも……」


 見ず知らずの街にいきなり放り出されても、わたしとしても困ってしまう。

 峡谷(きょうこく)にあった小さな村とかならまだしも、こんなに大きな都市だと、どこに何があるのかもわかんないし。


 しかし、わたしの戸惑いなどガン無視したリリは、そそくさと人混みに(まぎ)れていってしまった。何がそんなに彼女を()り立てるのか。欲求不満だと言っていたし、人を突き動かす原動力はやっぱり女の子か。いや、リリは人じゃないけど。


 待ち合わせ場所も指定しないでどっか行っちゃうんだもん、合流に問題が起きたらどうしろっていうんだよ。それに、この街で、騎士のお姫様・レーネが来るのを待たないといけない。

 すれ違う可能性も充分(じゅうぶん)にある。割といい加減なんだな、リリも。

 

 途方(とほう)に暮れそうだったわたしを現実に引き戻したのは、マリアだった。


「エステル? とりあえずホテルでも探しますか? それとも、ご飯にします?」


「あ、ああ……。どうしよっか。アイシャはお腹すいた?」


 わたしが振り返って質問してみると、アイシャはふらふらと群衆(ぐんしゅう)についていきそうになっていた。

 (あわ)てて腕を掴む。

 放っておいたら、瞬速(しゅんそく)で迷子になってしまうだろう。

 もし、街中でドラゴンになってしまったとしたら大事(おおごと)だし、注意して見ていないといけないね。といっても、アイシャはお腹が減って我を忘れない限り、暴れたりはしないだろうけど。


「すみません。こっちのほうからいい匂いがしたものですから、つい」


 アイシャは、匂いに釣られた(くせ)に、無表情を一貫(いっかん)している。まあこれでも、表情はだいぶ(やわ)らいだほうだと思う。旅を共にしていると、多少の変化には気づきやすくなるものだ。


 アイシャに合わせて、マリアの(ととの)った鼻もすんすんと動いた。あの鼻にいつもわたしの恥ずかしい箇所(かしょ)の匂いを()がれているんだから、不思議な気分だ。


「確かに、美味しそうな匂いがしていますね。エステル、行ってみましょうか?」


「じゃあ、そうしよっか。途中、よさそうなホテルがあったらそこに部屋を取ろうね」


「はい♪」


 マリアはいつだって上機嫌。旅の疲れも感じさせない。

 長旅ではあったけれど、大半はハーピーの背中に乗せてもらっていたマリアは、体力の消耗は激しくなかった。といっても、毎朝毎晩、全員分の食事を作っていたりして、大変ではあったはずだけど。それでも、マリアも生活には慣れてきたようだ。


 わたしたちは、匂いの元である大通りに向かって歩を進めた。

 そこはまるで、パレードでも(おこな)っているのかってくらい(にぎ)やかで。お祭り騒ぎのように、華やかだった。

 ぶつかりそうになる人の波を(たく)みに避け、アイシャを見失わないように注意して、マリアと腕を組んでデート気分を満喫(まんきつ)する。


 すると、匂いの発生源が出現した。


 アイシャが一目散に駆け出す。

 わたしとマリアは、顔を見合わせてくすくすと笑った。

 だって、普段は無表情でクールなアイシャが、美味しそうなものを見ると犬のようにはしゃぐのだから。


 アイシャが駆け寄ったのは、出店(でみせ)と呼ばれるものだった。


 お外で販売している、食べ物のお店だ。その場で調理して、その場で販売する出店は、大通りでの客寄せにぴったり。

 この出店では、焼き鳥なるものが売られていた。

 焼いた鶏肉(とりにく)に、ソースやら塩やら多様なトッピングが絡まっていて、匂いだけで(よだれ)(したた)ってしまいそうな食べ物である。


 わたしたちは大量に焼き鳥を購入し、隣のベンチでいただくことにした。

 買った量があまりにも多かったためか、お店のお姉さんはおまけをしてくれる。頭に布を巻いて腕まくりしていたお姉さんは、男勝りの綺麗な人だった。


「お客さんたちは、観光かい?」


 気分の良い食べっぷりを見せるアイシャを一瞥(いちべつ)したお店のお姉さんが、屋台から声をかけてくれる。

 わたしも、口元についたソースをマリアに(ぬぐ)ってもらいながら、頷いた。


「ええ、私たち、今日来たばかりなんです。どこかおすすめの観光スポットとか、ホテルがありましたら教えていただけませんか?」


 マリアが、わたしの身だしなみを整えながら応対する。

 お姉さんから見て、わたしたちはどのような関係に見えるのだろうか。どうせ、仲良し姉妹とかにしか思われないんだろうな。


 マリアとお店のお姉さんは、同年代くらいだろう。マリアは結婚指輪を(きら)めかせているし、主婦のように映るのかな。

 お店のお姉さんは、(うらや)むような視線でマリアを見つめていた。

 

 マリアは、こんな大都市の中でも一際(ひときわ)目立つくらいに美人。どこに出しても恥ずかしくない、最高の嫁である。


「お嬢ちゃんたちは可愛いからね。特別に穴場を教えてあげるよ。ホテルはそこの向かい側の店が安くていいよ。って言っても、うちなんだけどね、ははは」


 出店のお姉さんはかなり気さくなのか、豪快(ごうかい)に笑いながら教えてくれる。

 まあわたしとしては、ホテルなんてある程度清潔(せいけつ)ならばどこでもいいと思っているので、素直に紹介された場所に決めた。このお姉さんもいい人そうだしね。


 焼き鳥屋さんは繁盛(はんじょう)しているらしく、客足が途絶(とだ)えることはあまりなかったけれど、その都度(つど)、お姉さんはわたしたちに情報をくれる。


「あー、後、観光スポットといえば、聖域(せいいき)ってのがあるよ」


「聖域?」


 聞き慣れない単語に、わたしは(たず)ね返した。食事は済んでいる。隣のアイシャは、まだ一心不乱に焼き鳥を頬張(ほおば)っているけど。

 勇者業でお金を稼いでおいてよかった。大食らいがいても、(ふところ)の心配はないからね。

 リリも魔族のくせに、やけにお金は持っていたな。どうやって稼いでいるのか聞いておけばよかった。


「この街では有名なんだけどね、まあ平たく言えば教会みたいなもんさ。綺麗な場所だから、観光スポットとしても人気だよ」


「教会かぁ……」


 わたしは、興味を失ったように、通りを歩く人々に目を向けながら(つぶや)いた。

 教会って単語は、どうにも堅苦(かたくる)しくって、観光をしに行く気になれない。わたし、お子様なのだろうか。

 すると、(かたわ)らから、ふふふ、って春の陽気のような微笑(びしょう)がこぼれた。ついでに、(みつ)よりも甘い香りつきだ。


「エステルったら、わかりやすいんですから。エステルは教会だと退屈しちゃうんですよね♡」


 小馬鹿にされたような台詞(せりふ)なのに、マリアが言うとそうは感じないのだから不思議だ。マリアは、わたしのことがよほど(いと)おしいのか、聖母の笑みをたたえたまま頭を撫でてくれる。人の往来(おうらい)が激しい場所だというのに、(ほお)(ゆる)んでしまうよ。


「はっはっは、そんなに教会っぽい場所じゃなくて、普通に綺麗な建物だから、暇だったら覗いてみるといいさ」


 ま、頭の片隅(かたすみ)には入れておこう。

 その他に、お姉さんは食事処や観光スポット、マーケットの位置などを教えてくれる。

 説明をしっかりと聞き()げたわたしたちは、ホテルに移動することとなった。

 お世話になった相手だし、一週間ほどは、お姉さんの家のホテルを予約する。


 部屋は、一応二部屋とった。

 マリアとえっちしたいから……ではない。(だん)じて。アイシャだって同じ部屋だし。


 しかし、わたしたちがホテルの部屋に入ろうとしたとき、アイシャは自主的に隣の部屋に移動しようとしていた。


「アイシャ、一人部屋がいいの?」


 ドアノブに手をかけたアイシャは、首だけをわたしに向けてくる。彼女の表情からは、何も()み取れない。


「いえ。夜はおふたりの邪魔をしてはいけないと、リリちゃんに教わっているので」


 わたしは(かかと)(すべ)らせそうになった。

 リリめ、純情なアイシャに何を教えているんだよ。とはいえ、気遣(きづか)われて嬉しいような、嬉しくないような。いや。マリアと気兼(きが)ねなくえっちできるから、嬉しいのは嬉しいんだけども。


「あ、ははは……。じゃあ、どこか出かけるときとか、お腹が減ったらノックしてね」


「はい。えっちの最中には遠慮(えんりょ)しますから、ご安心ください」


 わたしは、今度こそ空気を吹き出した。

 一体、何をどこまで聞かされているんだ、アイシャ。えっちなことについて、詳しくわかるのだろうか。しかも教えたのがリリだとしたら、女の子同士のえっちにばかり博識(はくしき)になっていそうだな。


「女の子同士の交尾に興味はありますが、間に割って入ってはいけない、と念を押されていますので」


「うふふ、アイシャちゃんが良い子でよかったですね、エステル♡ エステルは夜だと元気いっぱいですからね」


「も、もういいでしょ、その話は! それじゃ、また明日美味しいもの探しにいこうね」


 かくして、水の街トリトーネの一日は終わりを告げる。

 一週間、食べ歩きするぞー!

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