第十五話
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「旅行に出てからまだ二日目なのに、もう色んな出来事が起こりましたね、エステル」
わたしとマリアは、同じベッドの中にいた。
なかなかに汗ばんでいるのは、まあ、そういうことなんだけど。
マリアは疲れているにもかかわらず、わたしとのトークを優先させていた。
単純に、色んな興奮が綯い交ぜになって、眠れないのかもしれない。
もちろん、えっちの興奮ってわけじゃなくて。それもあるにはあるはずだけど、それとは別の……今日は本物のドラゴンを目にしたわけで。しかもその上、勇者のわたしがフルパワーを見せた。まあ、フルのフルってわけでもないから、わたしの力はこんなもんじゃないけれどね。
「マリアは平気? もし、普通の毎日に戻りたかったら、今からでも家に帰っていいからね、わたしは。マリアに合わせるよ」
それがわたしの本心だった。
わたしは、マリアと幸せに暮らせればそれでいいんだ。でも、より、幸福指数が上がるのなら、そっちを選びたい。わたしはそう思って、魔族の国に行ってみたくなったのである。
「エステルって本当に優しいですよね。こんなにも優しいから、女神さまはエステルを勇者さまに選んだのでしょうね」
マリアは、わたしですらシロップたっぷりのホットケーキを出されたと感じるほどに甘々の台詞を吐いてくる。
しかも、ハグのおまけつきだ。
マリアの巨大なおっぱいが押し付けられてくる。素肌どうしなので、ムニュっとしていて柔らかい。ムラムラとしちゃうから、抱きつかれると困っちゃうよね、ほんとに。
「わたしは、マリアにしか優しくできないよ。だから、勇者には相応しくないんじゃないか、ってずっと思ってる。でもね、マリアを守ることができるから、わたしとしては勇者のままでいたいけどね」
「大丈夫ですよ。エステルなら、私にとって、ずっと勇者さまです。だって、私はいつもエステルに幸せにしてもらっていますから。今だって、ほら♡」
といって、マリアはわたしの手を引っ掴むと、おっぱいに押し付けてきた。
い、いきなり何をするんだ、マリア! わたしと二人っきりだと、常時発情期っぽいんだから、マリアってば。まあ、わたしのほうもそうなんだけど。
「ぁんっ、エステルっ……。揉んじゃダメですっ、ほんとに、えっちなんですから」
「いや、だって、マリアが触らせてきたんじゃん。なんでわたしがえっちになるんだよ!」
「触らせたんじゃありませんっ。エステルったら、可愛い顔して、えっちなことばっかり考えてるんですから。私は、心臓がドキドキしているの、確かめてもらいたかったんです」
マリアは鼻を鳴らして力説する。が、妙に火照った空気を醸し出しているのは、わたしがおっぱいを揉んだせいで、感じてしまったからなのだろう。わたしのテクニックも、だいぶ罪深いものだ。
にしてもマリア。鼓動を伝えたいからといって、おっぱいを触らせてくるの、やっぱりえっちだと思うけどなあ。
「ほんとだ、いっぱいドキドキしてるね、マリア。でもね、わたしも一緒だよ。昔から、マリアといると心臓も喜んじゃうの」
「うふふ、私たち、気持ちも一緒ですものね♡ では、こうしたらドキドキも共有できますね?」
言って、マリアはわたしに抱きついてきた。
わたしの胸と、マリアの胸が重なる。彼女のそれは、ずっしりとして重量感たっぷり。わたしの平坦な胸なんて、あっさりと覆い尽くされてしまう。
でもね。むにゅって押し付けられたマリアの胸からは、とくんとくん、って命の鼓動が伝ってくるんだ。
二人で一つになった感覚。きっと、わたしのドキドキも、マリアには贈られているはずだから。マリアの染めた頬を見れば、一目瞭然なんだ。
「マリアって本当にあったかいな……。心も、肌も」
「エステルもあたたかいですよ。ずっと、私だけのエステルでいてくださいね♡」
「マリアもだよ? わたしだけのマリアでいてね……」
「もちろんですよ、あなた♡」
二人の気持ちは昂り、どちらから誘うでもなく、口づけを交わす。
とっても濃厚な、舌を絡めるキス。唾液だって交換した。
当然、この後はえっちに発展するだろう。
人生って、女の子同士って、最高だな、って思う瞬間だ。
この素晴らしさをもっともっと広めたいなあ……。レーネとかにも、いいお相手を探してあげよっかな、なんて思うわたしだった。
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次の日。
わたしたちを起こしに来たのは、ハーピーのサフランだった。
まだ、人々が活動を開始する前の早朝。
窓枠を叩いて現れたハーピーは、きょろきょろと挙動不審だ。
まあ、それもしかたない。だって、人間に見つかってしまったら大騒ぎだからね。ドラゴンに続いてハーピーが現れただなんて噂が広まったら、それこそ軍や騎士団が派遣されてしまいそうだ。
しかし、そんなリスクを負ってまでハーピーが遣いに来たっていうことは、リリが手を離せない状況なのかもしれない。
わたしは、眠気が取れない瞼を擦りながら窓を開けた。
ちなみに、ベッドの下に脱ぎ捨てていたシャツを大慌てで着込んでいるし、マリアは寝息を立てたままだ。マリアにはベッドのシーツを深く被せて、丸出しのおっぱいがこぼれないように配慮してあげた。ハーピーにすら、見せたくないからね。マリアのおっぱいを拝んでいいのは、わたしだけなんだから。
「おはよ、なにかあったの?」
わたしは、なるべく声を潜めて尋ねた。
ハーピーも羽ばたき音は最低限に、窓に寄りかかってくる。そして、わたしに耳打ちするように囁く。
「ドラゴンの子が目を覚ましたから、勇者ちゃんを呼びに来たんだよ」
「えっ? 大丈夫そうなの?」
「うん。今のところはおとなしいし、ちゃんとコミュニケーションもとれているよ」
その言葉を聞いて、ホッとする。ハーピーもドラゴンの子については危機を感じていないのか、焦った様子もない。
だけど、わたしを呼びに来た、ってことは、万が一、を危惧しているのだろうか。
「じゃあ、ちょっと待ってね。準備したら行くから、街の外で待っててよ。ご飯の用意もいるでしょ?」
「そうそう。マリアさんに食事を用意してもらいたくって、呼びにきたんだよ。ドラゴンの子、お腹空かせているからさ」
「あ、そういうこと……」
必要なのは勇者のわたしじゃなくって、マリアのほうか。
なんか煮え切らなかったけれど、危険がないのなら、まあいっか……。
ハーピーを指定の場所に待機させてから、わたしはマリアを揺すって起こした。
普段は逆の立場なだけに、ちょっと珍しい。ぐっすり眠っているなんて、やっぱりマリア、疲労は溜まっているみたいだ。
「んぅ……。エステル……? またえっちですか……?」
マリアは寝ぼけながら、とんでもないことを口走る。よかった、ハーピーを追い返してからで。しかも、今のマリアは布団の下では裸だ。妙にドキドキとさせられてしまう。
だってマリア、乱れた髪の毛が顔にかかり、眠たげな表情は憂い感たっぷり。とんでもなく妖艶な状態のマリアだった。
寝起きでムラムラしているのもあるし、一回えっちしてから合流したくなってしまう。
が、ドラゴンの子がお腹をすかせている、という事実がわたしを冷静にさせる。
「マリア、ちょっと早いけど起きれる? ご飯、作って欲しいんだって」
「あらあら、エステルは本当に食べざかりですね」
マリアの意識はまだはっきりしないのか、あくびを混ぜながら呟く。そして、のっそりと上体を起こした。マリアの超巨大おっぱいが、たゆんと揺れながら現れる。わたしはごくりと生唾を飲み込み、薄桜色の突起をガン見してしまっていた。
が、我慢我慢。こんなの生殺しだよ。
「ち、ちがう。わたしじゃなくって、昨日のドラゴンの子が……」
って言って、タイミング悪くわたしのお腹も、可愛い音色を奏でた。
マリアは、愛しげにくすくす、っと微笑む。朝日を背景に、ベッドのシーツを巻きつけて微笑するマリアは、まさに女神。どんな絵画よりも美しい女性が、そこにはいた。
わたしの恥ずかしい腹の虫を聞いたっていうのに、マリアはわたしを嘲るようなことはしない。むしろ、我が子を抱いているかのような、母性感たっぷりの笑みで見つめてくれる。
だからわたしは、照れ臭くなってしまうのだ。
「では、皆さんの分のお食事を用意しないと、ですね。さ、エステルもこっちへ来てください。お着替えしましょうね♡」
マリアは自分のことなどいつも後回し。まずは、わたしの身だしなみを整えることから、マリアの一日が始まるのだ。
できるだけ急いで欲しい旨を伝え、わたしたちの今日が開始された。
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昨日買っておいた食材と、調理器具の一式を詰め込んだ鞄を背負ったわたし、それからハーピーの背に乗せてもらっているマリアは、谷底近辺に辿り着いていた。
テントは張られたままだ。
外には鍋がかけられてあって、最低限、何かしらは口にした様子である。といっても、たいした食べ物は積んでいなかったはずだから、急いで支度をしてあげないとね。
「じゃ、マリア。お手伝いできることあったら教えてね」
「はい。お腹に優しいものを作るので、好き嫌いがないかどうかだけ、聞いてきてくれますか? ドラゴンさんも、私たちと同じお食事でいいのかしら?」
マリアは、いつもマイペース。昨晩襲ってきたドラゴンの凶暴な姿なんて、もう忘れてしまいっているのだろう。いや、マリアの脳みそがそこまでお馬鹿なわけじゃないんだけど、ドラゴンの本来の姿が人間だと知って、昨日の暴走は気にしないことにしたのかもしれないね。
「おーい、みんないるのー?」
調理器具を設置して、マリアが準備に入ったのを確認してから、わたしはテントの中に声をかけてみた。
すると、入り口が勢いよく開かれる。わたしの声に自動的に反応したかのような速さだ。
「勇者さま! お待ちしておりました、おはようございます」
出迎えてくれたのは、騎士の女の子・レーネだ。
彼女は、わたしの弟子になったかのような平身低頭さである。腰を直角に曲げ、律儀に挨拶をしてきていた。
なんか、これはこれでやりにくいな。もうちょっとフランクに接してくれてもいいのに。
「えっと、ドラゴンの子は……?」
わたしが聞くと、レーネはいそいそと横に退く。
開いた視界に飛び込んできたのは、色白の少女だった。
その少女を明るい場所でじっくりと見るのは初めてだ。彼女は、儚い印象が漂う美しい女の子だった。
白の頭髪が、より、そう思わせるのだろうか。触れたら砂のように消えてしまいそうなほど、か弱いように見えた。
あの晩に、猛々しくブレスを吐こうとしていたドラゴンとは、とてもじゃないが同一とは思えない。
むしろ、真逆であるとさえいえる。彼女に荘厳さは皆無だし、どことなくぼんやりとしていて虚ろげである。
ドラゴンの女の子は、わたしと目が合うと、首だけでお辞儀をしてきた。
なんだ。普通の女の子だなあ。
それが第一印象だった。
彼女の隣に座っているリリウェルは、相変わらず朗らかとしている。リリのピンク色の髪は、ドラゴンの女の子と対照的で、反発しあっているようにも見えるけど。実際にはいがみ合っているわけでもなく、溶け込めているようだった。
「おっ、勇者ちゃんきたね。マリアちゃんといっぱい楽しんできたの?」
リリは口調も軽く、相変わらずセクハラ発言を厭わない。わたしも、それには馴染んでしまっているので、軽く頷いて流すことにした。
「そんなことよりさ、この子は名前なんていうの? なんかね、マリアが苦手な食べ物はないか聞いてきて欲しいって言ってて。お話できないかな」
わたしもテントに入り込んで、彼女たちの正面にどかっと座った。外からは、マリアの呑気な鼻歌が届いてくる。
ドラゴンの子は、ぼんやりとした空気を継続させたままで、わたしを気にした風もない。
「あー。ほら、自己紹介してあげなさいよ。こっちの子はね、これでも勇者ちゃんでね、あんたの暴走を止めたのよ」
リリがわたしのことを説明すると、今度ははっきりとした視線でドラゴンの子に射抜かれた。
高度な知能を感じさせる、黄金の瞳だった。
居住まいを正した彼女には、ドラゴンの面影があるような気がした。
「あなたが……私を止めてくれたのですか。ありがとうございます……」
「え、いや、まあ……。結構強く殴っちゃったけど……。い、痛くはなかった?」
わたしは変に緊張してしまい、目線を泳がせながら答える。
だって、昨日、もしマリアがいなかったとしたら、わたしはこの子のことを殺してしまったかもしれないし。
気まずさが、わたしの内面に沈んでいた。
「首のところ、痛いかも……。でも、こちらが暴れてしまったのが悪いんですから、勇者さんには感謝しています」
言って、彼女は深々とお辞儀をした。
声に感情の機微は少ないけれど、礼儀や、人間としての心はしっかりと携えているらしい。
見た目の年齢は17歳前後? っぽいけれど、内面も同じくらいだろうか。
わたしは、常識を持っているっぽいドラゴンの子に、ひとまずほっとしていた。
「あはは、ちょっと強く、殴っちゃったからね……。あ、わたしはエステルだよ。一応勇者です、よろしく……」
わたしはぎこちなく笑みを浮かべて、手を差し出す。
なんか、初対面の相手には緊張しちゃうんだよなあ。レーネの場合は、相手の方からガツガツと来てくれたから、すぐに打ち解けることができたけど。
ドラゴンの子は大人しい子っぽいし、わたしの人見知りの部分が顔を出していた。
「ご丁寧に、どうも……。私はアイシャといいます」
ドラゴンの女の子――アイシャと握手を交わす。
和解はできた……といっても、わたしたちは別に争っていたわけじゃないけど。
自己紹介が済んでも、アイシャの口調は平坦なままだ。機械かと思うような無機質さである。手のひらも冷たくって、彼女の色白さも相まってか、人形と錯覚してしまいそうだ。
相手が消極的だと、わたしもどう接していいかわからなくなっちゃうなあ。基本的にコミュ障だしね。
「あっ、そ、そうだ。マリア……わたしの奥さんがね、ご飯用意しているんだけど、苦手なモノとかってある?」
わたしは本来の目的を思い出すことで、どうにか会話の糸口を見つけだすことができた。
アイシャは、小首を傾げて不思議そうにしている。
わたしに奥さんがいるの、おかしかったのだろうか。まあ、女の子同士で結婚だと不自然だしね。ドラゴンに、そんな倫理観があるのかは不明だけど。
「好き嫌いはしたことありませんが……。普通の人間さんたちがどんな食事を摂っているのかは……わかりません……」
どうやら、不明だったのは食生活のようだ。
じゃあ、アイシャは何が好みで何が苦手なのか、把握できそうにないなあ。マリアは調理が上手だから、癖のあるモノじゃなければ平気そうかな。
すると、横手から顔を出したのはリリウェルだ。
彼女は、がしっとアイシャの肩を抱いて、距離感の近さをアピールする。アイシャは、特にウザがった様子もなく、かといって好感を抱いている風でもない。マリア以上にマイペースなのか、はたまた感情が欠落しているのか。謎な女の子である。
「じゃ、あたしが食べたいやつでいいでしょ? きっとあんたも気に入るからさ。あたしに任せといてよ!」
リリは、アイシャの耳元ではきはきと喋る。うるさそうだなあ、と思いながら見つめているが、アイシャは無表情を貫く。
リリの女の子に対するフレンドリーさは異常だ。今は、彼女のコミュ力は頼もしいとさえ思える。
アイシャは、リリに押されたのか、はたまた食事に興味がないのか、表情を変えずに首を縦に振った。
反面、リリはアイシャの感情を吸収したかのように、喜怒哀楽が激しい。一見真逆の二人なのだが、それはそれで相性は良さそうだなあ、と思う。
人は、自分に持っていない要素に惹かれるしね。まあ、二人とも人ではないけども。
「はぁ。では、リリちゃんにお任せします」
「よしよし、それでいい。じゃー、マリアちゃんのお手伝いしますか。アイシャも来るのよ!」
リリが立ち上がると、アイシャは彼女に従う。
一晩で、この二人はどれくらい親密になったのだろうか。いくらリリウェルが女の子に手が早いといっても、さすがにえっちはしてないだろうけど。いや、決めつけられたもんじゃないな。どすけべ魔族だし。
わたしは、一人置いてかれたような気分になりつつも、リリたちに続いた。
これは食事をしながら、徹底的に問い詰めないといけないね。わたしたちに必要なのは、会話だ。
その後、マリアとアイシャが交互にぺこぺことお辞儀しあって、ご飯の準備を手伝うこととなった。
メニューは、リリが舌鼓を打ったスープと、後はお腹に優しいサラダだ。
食事の人数が増えて、さらに楽しげなマリアの隣に立ったわたしは、談笑しながら料理のサポートに徹した。




