第十四話
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わたしとマリアは一旦宿に帰って、野営の道具を取りに戻る。
そして、再びリリウェルと合流してからは、テントを張って、焚き火を囲むこととなった。
昨日までと違うことといえば、やはり人数が増えたことだろう。
レーネも現状に不満を抱いているようで、わたしたちに同行していた。
ドラゴンの行方も気がかりだろうし、魔物であるハーピーのことも気にしているようだ。もちろん、勇者であるわたしとお近づきになりたい、っていう名目もあるのかもしれない。
「それで、リリの考えをそろそろ聞かせて欲しいんだけど」
マリアがみんなに飲み物を配って一息ついたところで、わたしは切り出した。
わたしとマリアは寄り添って座り、対面には騎士の少女・レーネ。彼女の横にはリリとハーピーが座っている。距離は近いけれど、魔物だからといって襲いかかることはないみたいだ。
そして、謎の女の子は、テント内で安らかな寝息を立てている。
リリウェルはわたしのことを見つめた後に、深く頷いた。
焚き火の炎に反射するリリの桃色髪は、艶やかに煌めいている。
彼女のわたしに向ける瞳がどことなく信頼感に満ちているのは、やはり勇者としての実力を見たからだろうか。
「あの女の子の正体はね、きっとドラゴンよ」
「はっ?」
リリウェルが淡々と語るものだから、理解が追いつかなかった。
だって、女の子がドラゴンって、あるわけがないじゃん。体格差、何倍あると思ってるんだ、って話だよ。
「君は何を言い出すんだ! 絵本の読みすぎだぞ!」
わたしが反論をかざす前に、レーネが立ち上がりながらまくし立てた。どうやらレーネは、頭よりも先に行動するタイプのようだ。
対してリリウェルは、レーネを見やると、そっと溜息をつく。煩わしいと思っているのか、子どもを相手にしているかのような、面倒臭さが入り混った吐息だ。
なぜかレーネに親近感を覚えてしまうのは、わたしも、似たような視線をリリに向けられたことがあるからだろうね。
「あんたは黙ってて。もー、お子様が二人に増えちゃって、困りものよねぇ」
やっぱりリリは、わたしもひとまとめに子ども扱いしているようだ。せっかくドラゴンとの戦いで勇姿を見せたっていうのに、意見は変わらないらしい。まあ、多少は実力を買ってもらえてはいるみたいだけどね。
レーネは、ぐぬぬ、と唇を震わせるが、言われた通り腰を落とす。そもそも、レーネにしてみれば、リリウェルが何者なのかもわからないし、口を挟みたくなるのも当然かもしれない。
「エステルは子どもっぽいところが可愛いんですよ。あんまりすぐ大人にならないでくださいね、エステル♡」
マリアは一人だけ、別の空気を吸っているかのように和やかである。わたしを膝上に乗せてきて、後ろからハグをしてくる始末だ。
リリウェルは、わたしたちのイチャイチャには慣れきっており、特に気にした風もないが、レーネだけは気まずそうにしていた。女子同士のイチャイチャを見るのは、初めてなのかもしれない。なら、思う存分見せつけてしまおう。うん。
「そ、それで、リリはどうしてあの子がドラゴンだった、って思ったの?」
わたしはマリアに撫でられながらなので、少し上擦った声で本題に戻した。
レーネは話の内容も、わたしたちのイチャイチャも気になるようで、視線に落ち着きがない。
リリウェルは、そわそわしている騎士の少女など歯牙にもかけず、淡白な夫婦のような説明口調で語りだした。
「ドラゴンは人型にもなれる、って話、聞いたことあってね、それを思い出したのよ。まあ、実際に見たことがなかったから、すぐに気づかなかったんだけど」
「人型にも!? そういえばドラゴンって、言葉通じるんだっけか。んー、でも、その割に、いきなり炎吐いてきたじゃんね。人間っぽさはなかった感じだけど……」
わたしも頭が煩雑になってしまい、話の理解が追いつかなかった。
ドラゴンが人間型になんて。世の中知らないことばかりだ。女神さまについても謎ばかりだしなあ。
わたしが世間知らずで無知な未成年っていうのもあるだろうけれど、それ以上に、世界の真理は複雑なのである。
「あの子は見た感じ、ドラゴンとしては幼いみたいね。だから、ドラゴンの形態になっていると理性が効かないんじゃないかしら。しかも、寝込みを襲われたわけだしね。あんたに」
リリウェルは、あんたに、って言葉と同時、レーネのことを横目でじろりと睨めつける。
リリは、もともと、ドラゴンとは話し合いをするつもりだった。その邪魔をしてきたのがレーネなのだから、割と根に持っているようだ。といっても、意地悪したいわけではないだろうから、ちょっと弄る程度で済むだろうけど。
「しょ、しょうがないじゃないか。民から苦情がきていたんだよ。だって、あんなに大きな竜を見たら、人々は誰しも不安になるものだろう? ボクは英雄だから、民の安心を守らなければならないんだよ」
「あんたのどこが英雄なのかしらねぇ。実力は勇者ちゃんとは比べるべくもないし、英雄どころか無鉄砲だし……。ドラゴン、倒せると思ったの?」
リリはなかなかに辛辣だ。でも、彼女も別に、レーネのことが嫌い、っていうわけではなく、事実を指摘しているにすぎない。
確かに、レーネの実力は不明だし、わたしがいなかったらドラゴンに瞬殺されていたのも本当のことである。
「倒さないといけないんだよ。お父さんは、ボクが女の子だからって、英雄と認めようとしないしね。実力には自信があるから、一人でもやれると思ったのさ」
レーネも存外、神経が太いようで、屈した様子は皆無だ。
「レーネは、騎士の家系ってこと? お父さんはお偉いさんなんだ?」
わたしも、レーネの生い立ちが気になったので質問してみると、彼女ははたと口を噤ませる。
先程もそうだったけど、自分のことについてははぐらかす節があったなあ。レーネの素性は、かなり気になってきた。
「ま、まあ……。勇者さまに聞かれたら、黙ってはいけないよね。んっと……ボクは、これでも王家の一族なんだよ。ほら」
そう言って差し出してきたのは、レーネが所持していた剣だ。柄の部分に紋章が施されたその剣は、儀礼用のものに見えなくはないきらびやかな一品だった。しかも、わたしでさえどこかで見覚えのある紋章だし。
にしても王家って。レーネの雰囲気だけではそうと見えないのに、とんでもなく地位の高い人間なんだなあ。
わたしは勇者なわけだけど、正直言って、地位が向上した気はしない。もちろん、ちやほやされたり、融通は利くようになったんだけど……。王城に招待されたとか、王家の人間と交流があったとかあるわけじゃない。
けれど、レーネは姫ってことになるのかよくわかんないけど、わたしのことは敬ってくれている。実は勇者って偉いのかもしれないね。いや、偉いんだけど。全世界にたった一人しかいないし。自分の周りにはのんびりとしたマリアしかいないから、忘れがちだ。
「王家の人間が、護衛もナシでドラゴン退治? あんた本当に王族なの?」
リリだけはレーネの話に半信半疑なようで、目はじとっと据わっている。
レーネは心外だと言わんばかりに鼻を鳴らし、立ち上がった。
「本当だとも! さっきも言ったけど、お父さんが厳しくって、なかなか認めてもらえないんだよ。だからボクは、こっそり城を抜け出してきたのさ」
「はぁ……。とんだお転婆姫ね、あんた……。そんなんだからお父さんに認めてもらえないんじゃないの」
達観したように嘆くリリに、レーネは歯噛みした。理解を示してもらえないことが、悔しいようだ。
「ボクはこれでも、王国内では一番の剣の使い手なのにな……」
ふてくされたように呟くレーネ。
彼女の年齢で剣の腕前が国でトップだというのなら、たいしたものだ。ものすごい努力を重ねて、膨大なる時間を鍛錬に注いだのだろう。
わたしのように、女神さまから力を授かっただけで人間最強になったのとはわけが違う。ちょっとだけ、レーネに同情してしまっていた。
「それで、あのドラゴンの女の子はどうするの?」
わたしは、話についていけているのか定かではないマリアに髪を梳かれながら問いていた。
ドラゴンの子が目覚めたときに、また暴れだすかもしれないし、はたまた今度は会話ができるかもしれない。万が一、前者だった場合のことを考えるならば、わたしは見張っていたほうがいいだろう。
「人間の状態ならば安定しているし、暫く平気だと思うよ。勇者ちゃんたちは、二人でゆっくり休んできたら? で、お姫様はどうするの? お城に帰らなくって心配されない?」
リリは、焦った様子はなく、事件が解決したかのような冷静な分析をしている。
マリアは、わたしとゆっくり休める、と聞いて、手付きがより優しげなものへと変貌していた。
一方でわたしは、煮え切らないままだ。あの女の子がまた、ドラゴンに変身する可能性は残っているしなあ。
が、わたしの憂慮など気にも留めず、レーネが開口する。
「ぼ、ボクも残る。あの女の子がドラゴンなのかどうか、この目で確かめないといけないからね。それに、もし本当だったとしたら……いきなり襲いかかったことは、謝りたい。ボクだって、無闇矢鱈に命を奪いたいわけではなかったから」
レーネは意外にも、自分の行いを悔いているようだ。というよりも、ドラゴンが人を襲う悪者と認識していたからこその襲撃だったのだろうけれど、真実はそうではなかった。いや。あのドラゴンの心情が汲み取れたわけじゃないんだけどね。それでも、レーネは反省をしているみたいだった。根は騎士道を重んじる真面目な性格なのだろう。
すると、リリも彼女の答えに満足したのか、頷いてあげていた。
わたしとマリアは、リリたちの好意を素直に受け取って、宿に戻ることにする。
この中では一番普通な、一般の女性であるマリアをゆっくり休ませてあげるほうがいいだろうから。それに、マリアを癒せるのはわたしだけだ。
もしも何かが起こったとしたら、ハーピーに伝言役をしてもらうように頼んで、踵を返すわたしとマリアだった。




