第十話
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第三章 魔族の国
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「あ、勇者ちゃんたち、きたきた」
よもや日課になりつつある城跡に到着すると、リリたちはすでに地上に出て待ちぼうけていた。
わたしは大荷物を背負ってはいるが、足取りは軽やか。まるで夜逃げするような巨大なリュックではあるけれど、わたしにしてみれば重さなんて感じない。それどころか、緊急時にはマリアだって抱きかかえられるように両手は自由だ。
一方でマリアの手荷物はなし。マリアはか弱い女性だからね。彼女の手は、わたしと手を繋いだり、撫でたり、色んな場所を触ってくれるためにあるのだから。何も持たせるわけにはいかないよね。
「ごめんごめん、マリアがめちゃ丁寧に準備してたから、遅れちゃったよ」
わたしは片手を上げて挨拶する。相手が魔物だというのに、学友と交流しているかのようだ。まあ、わたしにしてみれば、リリウェルたちのことを魔物、ってくくっているわけじゃないけどね。知り合いとの異文化交流みたいなもんだよ。
「もう、エステルったら。エステルの可愛いお洋服、見繕うためだったんですから、しょうがないじゃないですか」
マリアはぼやきつつ、わたしの服装を眺め回し、満足げに頷いている。
わたしの服装は、動きやすさを重視した格好だ。半袖にハーフパンツなんだけど、マリアの趣味全開なため、ところどころ女の子らしさに溢れている。
例えばシャツの柄が淡いピンクだったりとか、パンツのほうは膝上短かめのやつをチョイスしていたりとか。さらには、勇者らしく腰には剣を吊り下げおり、可愛さと格好良さを両立させている。わたしの服装にこだわり尽くしたマリアならではのコーディネートだ。
一方でマリアも涼し気な薄青色の上着にフレアのロングスカートで、長旅、という格好ではない。お散歩気分だ。といっても、着替えは死ぬほど用意してあるし、マリアが疲れたらわたしが抱っこするだけなので、全然問題ナシ。
「あはは、相変わらず仲良いわね、あんたたち。マリアちゃんは、本当に勇者ちゃんのこと甘やかしているのねぇ」
リリウェルの服装も、遠出するからか一新されていた。
フリルの付いた白のシャツとミニスカートで、流行に乗った若者といった感じ。アクセサリーもそこかしかに見受けられる。わたしとかマリアは、ちゃらついた格好をしないだけに、風貌はこちらとは真逆だ。
「うふふ、エステルは甘やかし甲斐がありますから。小さい頃から、こうなんですよ」
マリアとリリ、それからハーピーのサフランも、すっかり馴染んでいる。だからか、マリアも安心しきってわたしのことを自慢しだした。"甘やかし甲斐がある"、っていうことを自慢するのもわけわかんないけど。きっと、マリアにしてみれば自慢なのだろう。マリアの瞳は誇らしげだったし。
「あ~、道理でね。勇者ちゃん、子どもっぽいもんね。ずっと甘やかされてきたんじゃ、しょーがないか」
「わたしは大人だってば! まったく、わたしのこと全然わかってないんだから。どっちかといえばね、マリアのほうが子どもなの。わたしが守ってあげないと、危なっかしいんだよ」
わたしは鼻を鳴らして、マリアを横目でみやる。
この旅だって、マリアからは一時も目が離せないんだろうな。えっち魔族のリリがいるから、手を出されないよう見張っていなきゃいけないし。神経がすり減っちゃいそうだよ。
しかし、わたしの訴えた現実には真実味がないのか、リリは肩を竦めて聞き流してしまう。腑に落ちないなあ。
「マリアちゃんは、勇者ちゃんの昔話、後でちゃんと聞かせてよね。すっごい面白そうだから♪」
一体わたしの昔話を聞いて、何が面白いっていうのか。だけど、話すほうもそれが楽しみなのか、マリアは「喜んで」とお受けしていた。
別に、わたしを話のネタにして盛り上がるんなら、いいけどね。わたし、大人だし。それくらいじゃ怒らないし、むしろ楽しんでくれて、ありがたいし?
なんせ、わたしはこれから魔族と人類の架け橋になるんだからね。魔族のリリが楽しんでくれるのなら、未来は明るいってことだよ。
「もー、いいから早く行こ? 魔族の国は、こっから北にあるんでしょ?」
わたしは憮然として尋ねていた。拗ねてるわけじゃないよ。うん。
リリの話によれば、魔族の国はだいぶ寒いらしい。
魔族たちが寒さに耐性があるっていう理由だけではなく、人類が寄り付かないような場所に建国する必要があったからみたい。
いくら酷寒の地といっても、人間だって普通に暮らせる気温らしいけどね。だから、マリアでも安心。わたしは勇者なので何も憂う必要はないけど。もしもマリアが寒がったならば、全力で温めようと思う。主に、人肌で。
「ま、長旅になるから、よろしくね。夜はあんたたちのために、別々に寝てあげるよ♪」
リリは、こっちの性事情にも気遣ってくれてはいるが、ニタニタといやらしい笑みを浮かべている。覗く気まんまんじゃなかろうか。
反面、マリアは、何に対して気遣われているのか理解できていないらしく、不思議がっていた。マリアってば、天然すぎるよ。
不安はちょこちょこあるけれど、ま、ワクワクのほうが勝っている感じかな。
魔族の国を目指す旅が今、始まった。
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「この辺は何もないんですね」
城跡を発ってから一時間ほどが経過した頃合い。マリアは周囲を見渡しながら、独りごちった。
辺りは平原が続いている。道はあるにはあるけれど、馬車も通っていないし、あまりにも寂しい景色だ。ただ、前方には山脈が窺えているので、この先、山道に向かうのかもしれない。
「あんたたちって世間知らずね~。この辺の地域も見たこと無いんだ?」
先を歩いていたリリとハーピーコンビが振り向いてくる。わたしとマリアは手を繋ぎながら、彼女たちの後を追う形だ。
「そうですね……。私とエステルは、村から出たことはほとんどありませんでしたから。旅行も初めての経験ですよね、あなた♡」
マリアはテンションが高いのか、愛を込めた声音で、わたしに語りかけてくる。いつでもどこでも、ほんわかとした空気のある女性だよ、マリアって。
「旅行は行ってみたいよね、って何度か話してたんだよ。本で読んだりしてさ、都会とか海とか、憧れだなあーって」
わたしは、マリアと結婚する前のことを思い出し、懐かしく感じながらぼやいた。
わたしとマリアは、小さい頃からお布団も一緒。
寝る前には、お布団にくるまれながら同じ本に目を通していたものだ。
……今となっては、寝る前は本じゃなくて、えっちになっているんだけどね。
たまにはのんびりと、マリアと本を眺めるのもいいのかもしれない。
同じことを感じ取ったのか、マリアも過去を思い馳せているようだ。遠いものを見るような瞳で、わたしを上から覗き込んでいた。
「本で見た場所とは違いますけれど、旅行っていう夢は叶いましたね、エステル。エステルは、他にしたいこととかはないです?」
「夢かあ。わたしの夢は、マリアと両思いになることくらいしかなかったからねー。今のところ、したいことは……あ」
わたしは、ふと口を止めた。
今の夢……といっていいのかわかんないけど。マリアは、わたしとの赤ちゃんを切望していて、それは同性同士であるわたしたちには不可能なこと。でも、勇者として異能を授かったわたしならば、マリアの夢も叶えられるかもしれないのだ。
相談相手がいなかったから、ずっと放置していたことだったけれど……。魔族の国って、女の子同士での結婚が普通みたいだから、相談できる女性もいるのかもしれない。
ただ、マリアには言い出しにくいことだ。だって、マリアは今ですら、子どもがデキちゃうかもしれない、って思い込んでいるし。
「どうしたんです、エステル。隠し事ですか?」
わたしが急に口を閉ざしたものだから、マリアは不安がってしまっている。どうやって誤魔化せばいいものか……。
「え、えっと……。今の夢は、マリアとの明るい将来かなって」
「今のままでも充分明るいですのに、おかしなエステル」
マリアは訝しみつつも、詮索はしてこなかった。これは寝る前あたりに、詳細を聞かれそうだなあ。
リリあたりに相談してもいい気はするけれど、二人っきりになる機会はなさそうだし。マリアから目は離せないからね。
「そーいえば魔族ってさ、女神さまのこととかは知っていたりするの?」
「女神さま?」
わたしの問いかけの意図がわからなかったのか、リリは興味なさそうに前を向きながら聞き返してきた。
「うん。わたしに勇者の力を授けてくれた、女神さまのこと。わたし、よくわかんないうちに力もらって、それからお告げとかも聞こえてこないし。しょーじき、謎だらけなんだよね」
こんな本音、打ち明けたことはなかった。マリアも、わたしの話に関心があるのか、聞き耳を立てているようだ。まあマリアは、わたしのことならばなんでも知りたいだけだろうけれど。
「さー? あたしはさっぱりだけど、魔王さまなら知ってるかもねー」
「魔王……。そういえば、魔王がいるって言ってたっけ。魔王と勇者が会っちゃったら、なんか大変なことになりそうだね」
わたしは冗談混じりに言ったけれど、実際、魔王とはどんな人物なのだろう。
リリいわく、魔族の国は"しゃかいほしょー"がしっかりしていて……つまるところ、政策をした魔王さまが良識ある方といったことになる。
魔の王、なんて聞かされたら悍ましい悪者みたいなイメージが付きまとうけれど、やっていることは正反対だ。
「魔王さまは、大の女の子好きだよ。勇者ちゃんは可愛いから、大変なことが起きるどころか、歓迎してもらえるはずだよ。可愛がられすぎて大変にはなるかもだけどね」
女の子好き……。
その単語に過剰な反応を示したのはマリアだけど……わたしは、魔王さまとは気が合いそうだなあって思った。わたしだって自分が女の子で、女の子が好きなのだから、意気投合できるはずだ。
「魔王さんは、女神さまと関係があるってことなのかな。だとしたら、しっかり話は聞いてみたいな……」
「エステルは、自分のことが不安なんです? 私は、どんなエステルでも愛していますからね」
マリアに、よしよし、と頭を撫でられてしまった。
顔がふにゃあってとろけそうになる。
まったく。マリアが子ども欲しいなんていうから、わたしが困っているっていうのに。のんきなお嫁さんだよ、マリアって。




