手紙
マルタに呼ばれてクリスティーヌが階下に降りていくと、二人の男女は同時に彼女を振り返った。
その視線に何やら憐みのようなものを見て取った彼女は居心地の悪さを感じたが、マルタが椅子に座るようにと言ったのでそれに従った。
クリスティーヌが椅子に座ってすぐ、オーウェンは彼女に一通の手紙を差しだし、開けるようにと催促した。
封筒には上質な羊皮紙が用いられおり、宛名も差出人も書かれていない。
クリスティーヌがこれを開くと、彼女は中に入っている紙に何も書かれていないことに気づいた。
あぶり出しだ、と彼女はすぐに気が付いた。これほどまでに上質な羊皮紙は庶民に手の届くようなものではない。しかしもしこれが帰属によって書かれた手紙であった場合、封筒は紋章のついた封で閉じられているはずである。よって彼女はこの手紙が上流の地位にある人間が何らかの目的のために作成した、機密文書であると気が付いたのだ。
クリスティーヌがこのような貴族のあらゆる風習についても詳しいのにはもう一つの訳があった。マルタだ。彼女がクリスティーヌに与えたありとあらゆる技術の中に機密文書についての内容も存在したのだ。
マルタとオーウェンはクリスティーヌが手紙を確認している様子を注意深く眺めていた。
特にオーウェンにとっては、クリスティーヌが今手にしている手紙の目的とその意図を理解することができるか否かは非常に重要な意味を持っていた。
そして二人はクリスティーヌが台所に消え、燭台を持ってきたときには彼女がどうやら手紙の目的は理解できたようだと悟った。
クリスティーヌは机の上に燭台をおき、それで用心深く開封した手紙をあぶった。
手紙の内容はこうであった。
「これから夕刻までの間に師とその友の指示に従い、課題を終了すること」
師とその友、、おそらくマルタとオーウェンのことだろうとクリスティーヌは考えた。
彼女にとってマルタは母のような存在だが、同時に武芸や学問の面においては確かにマルタは彼女にとっての師であった。それにマルタに対するオーウェンの態度を見ていると、彼らが昔親しい仲であったことは想像に安い。
これだけのことを伝えるためになぜ機密文書をしたためたのかクリスティーヌには見当もつかなかったが、読み終わった手紙をそのまま机の上に戻そうとしたところで、彼女はマルタの「機密文書が届き、それを読み終わったら即座にそれは燃やしてしまいなさい」という教えを思い出し、紙を封筒とともに燃やした。
「お見事。では手紙に書いてあった指示を実行しに行こうか」
オーウェンは満足げにそういうと椅子から立ち上がった。