在りし日の幸福
俺は冴島 湊。
カチリと秒針が0を指し示した瞬間、俺はため息をついた。
「ちょうど今日のノルマも終わったし、定時で帰宅できるな」
荷物を纏めていると部下の1人がこちらに駆け寄ってきた。
「課長!今日も定時上がりですか?」
「うん?まぁノルマは終わらせたからな、俺も帰るんだからお前らも早く帰れよ。じゃないと俺が部下にだけ働かせるろくでなしだと思われるからな」
「そんなこと言って、管理課からの別件を手伝ってるって聞きましたよ?どうせ家で持ち帰った仕事片付けてるんでしょう?」
俺の会社は食料品、運送、デザイン等々手を出していない業種は無いのではないかと言われる巨大企業…の傘下にある不動産管理を行っている子会社だ。
大学在学中に両親が交通事故で亡くなり、学費が払えなくなったところを父の旧友だったこの会社の社長に拾ってもらった。給料は平均的なサラリーマンと変わらないだろうがここまで面倒を見てもらった社長には頭が上がらない。
仕事に精を出しているのは俺のささやかなお礼だ、いつかちゃんと恩返しができるような人間にならねばという思いは社会に出た時から今に至るまでずっと胸に残っている。
「俺はいいんだよ、家で嫁に癒されながらやればすぐ終わるさ」
お疲れ様と挨拶していつもの帰り道でケーキを買って帰る。今日は俺と嫁の結婚記念日だからだ。
自宅のドアを開けるとうちの可愛いお姫様がとてとてと歩いて抱きついてきた。
ケーキを持っていたので片手で抱き止める。
「ぱぱおかえりなさい!」
あぁ、うちの子可愛い。にぱって、にぱって笑っちゃって。天使かな?天使かもしれない、天使だわ。
これがあるから定時あがりはやめられない。
「ただいま結芽、いい子にできたかな〜」
「はい!ゆめいい子にしてました!ままのおせんたくてつだいました!」
俺が結芽の頭をわしわしと撫でると、きゃーと言ってリビングに走っていった。
「おかえりなさい湊くん」
そう言って迎えてくれたのは俺の嫁の結月、シュシュでサイドテールをまとめている超美人さんだ、今年で30半ばだが女子大生と言われても違和感がない。彼女は俺が高校生の時のクラスメイトで就職のために上京してからも通い妻として支えてくれた俺には勿体ない程の良い嫁さんである、誰にも渡さないけど。
ちなみに彼女が身につけているシュシュは高校時代に俺と初デートに行った際に贈ったものである、ところどころ糸が解れてきていたので新しいのを買おうと言ってみたものの「これは思い出だから」と断固拒否された。
まぁ結局新しいシュシュも贈ったんだけど。
その後俺たちは晩飯とケーキを食べて、残った仕事を嫁さんと話をしつつ終わらせて、これまた嫁さんとしっぽりした後に就寝した。
俺はこの時このまま時が流れて、結芽が成長して、旦那を連れてきて、結婚式で泣いて、歳を取って、布団の上で死ぬ。そんな当たり前の幸せな日常がこれから待っていると、そう思っていた。
そう思っていたんだ。
《結芽ちゃんからのお願い》
どくしゃさん!よんでくれてありがとうございます!さくひんのひょうかとぶっくまーくをおねがいします!