第四話
「お見事。合格だ」
地上に戻った俺を面接官が迎えた。
隣には30歳くらいのごつい男が立っている。
「学園長の中崎 和也です。途中からですが見せてもらいました。ぜひうちの学園で教師として働いていただきたい」
「倉木です。どうも」
この男が学園長か。
なかなかに若い。そして強い。
「助手がどうのという話を聞きましたが」
「ああ、一人雇ってほしい奴がいます。彼女も探索者経歴はないですが」
「なるほど。腕次第ではありますが、私が認めれば採用は可能です」
腕次第。それならシーニャは迷わず採用だな。
なぜなら学園長たちは、シーニャがすでにこの場にいると気づいていない。
「シーニャ、出てこい」
「呼んだ?」
俺が呼び掛けると、学園長たちの背後からカップ●ードル片手にシーニャが姿を現した。
どんだけ気に入ってんだよ。
「なっ!?いつの間に」
「これはなかなか見事な隠れ方ですね」
驚く面接官と冷静に分析する中崎学園長。
シーニャはずっと俺のそばにいた。
応接室で面接を受けている時も、ダンジョンに案内された時も、キングゴブリンの首を切り落とした時もずっと。
彼女の得意技には、召喚の他に潜伏がある。
異世界では足音も呼吸も体から出る一切の音を消し、時には自らの姿すら消して……俺のベッドに忍び込んできた。
彼女に安眠を妨害されないよう必死になったおかげで、俺は大概の潜伏スキルを見破ることが出来る。
「いや、私はそれなりに腕には自信があるのですが、まるで気が付きませんでした」
「当たり前じゃない。あなた程度の能力で私を見つけようなんておこがましいわ」
ちなみにシーニャ、初対面の格下には厳しい。
こういうところはロリっぽくない。かわいくない。
「それで、私は合格?」
「いいでしょう。2人の採用を決定します」
学園長が拍手とともに言う。
無事に仕事が決まり、俺とシーニャはハイタッチした。
「どうでしょう、学校の中を見学していかれませんか?ちょうどどのクラスも座学を行っている時間です」
「ぜひ」
「ご案内します」
学園長が俺らの前に立って歩きだす。
面接官が慌てて前に進み出た。
「学園長、案内でしたら私が。わざわざお手を煩わせるほどのことではありません」
「大丈夫ですよ、支倉。私も生徒たちの様子を見て回りたいので。あなたは他の仕事に回ってください」
「かしこまりました」
そう言うと、支倉と呼ばれた面接官は反対方向へと歩いていった。
俺とシーニャは学園長について大きな建物の方へと向かう。
「あちらが当学院の第一校舎です。主に1年生が学ぶ場所ですね」
「座学というのは具体的に何を?」
「モンスターの習性、戦闘における策略、ダンジョンの構造など多岐にわたります。1年生のうちは座学を中心にしつつレベルの低いダンジョンで力をつけ、2、3年生で本格的に探索者として生きられるようレベルアップを図るかたちですね」
「まどろっこしいわね。ばんばんダンジョンに放り込めばいいのよ」
「こらシーニャ!」
「ははは。助手さんは見かけによらず荒っぽい方のようですね」
シーニャ流の教育をこの世界でやったら諸々のハラスメントで大変なことになる。
少しずつこの世界の常識というものも教えていかなくては。
例えばダンジョンで人が戦ってる横でカップラーメンを食べないとか。
校舎に入って階段を上り、とある教室の前にやってきた。
ずいぶんと前に俺が通っていた学校と、見た目はそこまで変わらない。
金属製のプレートには「1年C組」と書かれている。
「さあどうぞ。授業の様子を見学していってください」
学園長がドアを開けて中に入ると、その音に反応した生徒たちが振り返りどよめいた。
「が、学園長!」
教壇に立っていた男性教師が慌てて近づいてくる。
「どうにかなさいましたか?」
「いえ、新たに雇った職員に学校を案内しているだけです。構わず続けてください」
「かしこまりました」
男性教師が前に戻り、授業が再開された。
しかし、あからさまに教室の雰囲気が変わっている。
ぴんと張りつめた空気の中、全員の意識が教室の後ろへと向けられているのが分かった。
「この学園は実力主義をモットーとしています。各学年にA~Gまでのクラスがあり、Aが最も優秀なクラスです」
ということは、このC組もそれなりに力のあるクラスということになる。
ただパッと見た感じで将来有望という雰囲気の生徒はいないな。
この世界における“強い”の基準はまだつかみきれていないが、少なくとも学園長クラスまで上り詰めそうな者はいない。
「どう思う?」
「弱いね。ハルトと同じ世界の人だっていうから期待したけど」
シーニャのお目に適う生徒もいないようだ。
「Aクラスも見てみますか?」
「そうですね」
Cクラスをあとにし、2つ隣の教室に入る。
やはり生徒、教師ともに驚き慌てふためいた。
この中崎という学園長が、いかに尊敬を集めているかがよく分かる。
「まあまあだね。可能性を感じるのが何人かいる」
シーニャがぼそりと呟いた。
俺も同意見だ。さすが最上位のクラスというだけあって、さっきのC組と比較しても頭一つ、二つ抜けている。
現状ではまだまだでも、上手く育てば異世界の騎士団で働けそうなメンバーが数人いた。
モンスターの生態に関する授業をしばし見学していると、キーンコーンカーンコーンという昔懐かしいチャイムが鳴った。
授業をしていた教師がすすすっとこちらに近寄ってくる。
「お疲れ様です学園長。こちらの方は?」
「お疲れ様です石井先生。彼らは新たに採用を決定した教師です」
「へ?教師?生徒ではなく教師ですか?」
そういや、俺ってば15歳も若返っちゃったんだっけ。
頑張れば高校生に見えないこともない。
シーニャに至ってはさらに若く見えるロリっ娘だし。
「初めまして。倉木です」
「石井 倫太郎といいます。このクラスの担任です。よろしく」
1年生の中で最も優秀なクラスを任されるということは、彼自身も優秀ということだ。
あくまでも基準はこの世界におけるものだが。
「倉木先生ですか……。失礼ながらお名前をお聞きしたことはありませんね。海外で探索者をやってらしたとかですか?」
「……まあ、それに近いことはやってました」
海外ではなく異世界だが。
「そうですか。同じ職場の仲間として頑張りましょう」
「ええ」
「どうでしょう?海外帰りの倉木先生から見てこのA組はどう映りますか?」
「将来有望な生徒が何人かいますね。まだ全クラスを見てはいませんが、やはりレベルは高いかと」
「そうでしょうそうでしょう」
石井先生は満足げに頷いた。
自分のクラスが持つ力にかなりの自信を持っているらしい。
「ここは入学試験においてトップクラスの成績を残した生徒ばかりを集めたクラスです。他のクラス、特にGなんかとは比べ物になりませんよ」
「石井先生」
饒舌になった石井先生を学園長がたしなめた。
「これは失礼。ですが、実力差が圧倒的なのは確かです」
「まだG組を見ていないんですが、そんなにひどいんですか?」
「ひどいなんてものじゃないですよ。百聞は一見にしかず。実際に確かめられたらどうです?」
「そうさせてもらいます」
相手の実力を実際に見ることなく、噂だけで程度を決めることは時として命取りになる。
A、Cともに順当なクラス分けがされているようではあるが、やはりGもこの目で見なければならない。
横を見ると、シーニャも同じことを考えているようだった。
「G組を見られますか?」
「ぜひ」
「ではこちらへ」
学園長に案内されてA組をあとにし、廊下の奥へと進んでいく。
これから向かうG組がとんでもない“落ちこぼれ”だらけであることを、この時の俺たちはまだ知らなかった。