第一話
「勇者様だ!」
「みんな!勇者様の凱旋だぞ!」
「あの方がこの世界を救ってくださった勇者様か……」
「キャー!勇者様カッコいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!結婚してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
街中の人の感性と尊敬、さらには求婚の絶叫を浴びながら、俺は王都を胸を張って歩く。
ハルト・クラキとしてこの異世界に召喚されてからもう15年。
当時は20歳の現役フリーターだった俺もすっかりおっさんになった。
でもただのおっさんじゃない。
数多のモンスターたちを打ち倒してこの世界を救ったおっさん勇者になったのだ。
「よくぞ帰った、勇者ハルトよ。この国、いや世界を代表して深い感謝を伝えたいと思う」
「ありがとうございます、アルビエル王」
王からの感謝も受け取った俺は、周りの民衆を見渡して途轍もない達成感を感じた。
※ ※ ※ ※
勇者として帰還してから数日後、俺は王宮の一室に呼び出された。
相手はシーニャという、10代前半くらいの幼い見た目をしたロリっ娘だ。
しかし彼女、この世界に俺を召喚した凄腕召喚士だったりする。
15年前に出会った時から全く見た目が変わっていないのだが、果たしてコイツは何歳なのだろうか。
「お疲れ様、ハルト」
「ああ、ありがとう。シーニャ」
シーニャが俺の向かいに座って微笑む。
「15年前にハルトを召喚して大正解だった」
「そりゃどうも。お前のせいで、俺はどれだけ血反吐を吐いたことか」
シーニャに召喚される前、俺は日本に生きるただのフリーターだった。
拳一つで電柱をひん曲がらせるようなツノの生えた空手少女でもないし、どんな異能も打ち消す右手を持っていたわけでもない。
本当に本当に何の能力もない、強いて言えばあと十数年で妖精という特殊属性を得られたかな~というくらいのフリーター。
それが世界を救う勇者になったのだから、もちろんそれ相応の努力をしたわけだ。
この世界には特殊な力があり、それを使ってモンスターたちと戦う。
だがこのスキル、ゲームのようにスキルポイントを消費すればすぐ「スティール!!」とパンツが手に入るような甘いものではない。
試行錯誤を繰り返しながら自分に合った使い方を見つけ、少しずつ使いこなしていく。この作業が欠かせないのだ。
この点、俺には少しの才能があったのだと思う。
スキルの習得スピードも他より速かったし、精度も高かった。
そこへシーニャによる地獄の鍛錬が加わり、勇者ハルト・クラキが出来上がったのである。
「それで……これからどうするの?」
シーニャに聞かれて俺はしばらく考え込む。
召喚時の約束では、世界に平和が戻った時、俺は日本に帰れる約束だった。
しかしこの世界が気に入ったのなら、ずっと住み続けてもいいらしい。
「どうするかな……」
正直、これから王宮でのんびり暮らせるのだと思うと、ここに残るのはかなり魅力的な選択肢だ。
でもここにはアニメもねぇ。漫画もねぇ。コンビニなんざありやしねぇ。
こうしてみると、おらこんな世界いやだ~♪という気持ちにもなる。
ただ日本に戻ったところで快適に暮らせる保証はないんだよな……。
そもそも就職にも進学にも失敗してぼーっと生きてた身だし。
あれこれ頭を悩ませていると、シーニャがボソッと呟いた。
「私は……ハルトに残ってほしい。でもハルトはハルトで、会いたい人がいるんだよね?」
「凜々花か……」
櫛咲 凜々花。
俺の唯一の幼なじみで、ダメ人間だった俺を最後まで見捨てずそばにいてくれた数少ない人間の一人だ。
今ごろ彼女は何をしているんだろうか。
同い年だったから向こうも30代半ば。
美人でいつもモテていたし、ひょっとしたら結婚して子どもなんかもいるかもしれない。
「確認なんだが、俺が日本に帰った場合、もうこっちには戻って来られないんだな?」
「そうだよ。いくら凄腕の私でも、不可能ってものはあるからね」
俺はさらにしばらく考え込んだあと、一つ息を吐いて言った。
「シーニャ、俺を日本に帰してくれ」
「後悔はないの?」
「ない」
「分かった」
シーニャは涙目になりながら、召喚士としてスキルの構築を始める。
「国王様にもよろしく伝えてくれ」
「うん。私たちは絶対にハルトのことを忘れない。だから、ハルトも忘れないでね?」
「約束する。今までありがとうな、シーニャ」
俺は優しくシーニャの頭を撫でた。
ぼろぼろと大粒の涙をこぼしながら、シーニャが愛用の杖を掲げて唱える。
「ひぐっ……うっ……ぐすっ……ゆ……【勇者帰還】!!」
この世界での思い出が、頭の中を走馬灯のように駆け巡る。
そして目の前が真っ白になり、俺は意識を失った。
「……んっ」
意識が覚醒し、ゆっくりと視界が明瞭になっていく。
最初に飛び込んできたのはカップラーメンの匂い。
懐かしい匂いだ。きちんと日本に帰ってこられたらしい。
「よいしょ」
体を起こして肩や首を回してみる。
どこにも痛みはない。至って健康だ。
それにしてもカップラーメンの匂いが強く漂ってくる。
「腹が減ったな」
そう呟くと。
「あ、ハルトも食べる?」
一人暮らしのはずなのに答える声がした。
テーブルの方を向くと、そこでは完璧な異世界の召喚士のコスプレをしたロリっ娘がカップ●ードルをすすっている。
「何やってんだ?シーニャ」
俺が訳が分からないという顔で尋ねると、シーニャはてへっと舌を出して言った。
「【勇者帰還】の構築をミスしてしまいましてぇ〜」
「ミスしてしまいまして?」
「あっちの世界がこっちの世界へ一方的に強く干渉しました」
「分かりやすく言うと?」
「私がこっちの世界に来てしまいました。この世界の構造が再構築されダンジョンやスキルが組み込まれました。そしてここはハルトを召喚した時、ちょうど15年前です」
「……は?」
俺は慌ててスマホを取り出し、インカメで自分の顔を確認する。
お久しぶりスマホ。いや、そんなことよりも……
俺が、おっさんじゃない。
スマホのカレンダーにも確かに15年前の日付が表示されている。
「……【スティール】」
俺はシーニャのすすっているラーメンに向けて手を伸ばした。
瞬間的にカップが移動し、俺の手の中に納まる。
「な、何するの!?返して!?」
ギャーギャー騒ぐシーニャを横目に、俺はただただ呆然とする。
シーニャの言ったことに間違いはないようだ。
現代日本で異世界のスキルが使えた。
ということは……
スマホで「ダンジョン 日本」で検索する。
無数の記事がヒットし、どれもこれも日本にダンジョンが存在することを証明するものばかりだ。
「マジかよ……」
俺はどうしていいか分からず頭を抱えた。
それを尻目に、シーニャは俺からカップラーメンを取り返しすすり始めた。
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