第9話「落ちこぼれは部室の整備をする」
どうにか今週中に部員は集まった。
後は生徒会の承認を待つだけだが、これだけやって無理なら俺はめでたく退学できるし、却下したいならどうぞどうぞ。
――と思っていたが。
「ええ~っ! 生徒会に承認されたぁ!」
「ビデオゲーム甲子園までは様子を見るそうだ。この通り、判子も押してある」
「今日が学校最後の日だと思ったんだけどなー」
「今日は金曜日だ。つまり、今週中に部員を集めて部活を成立することはできたわけだ。だから退学はしないでくれ。私はお前と一緒に充実した学生生活とやらを送ってみたい」
「……しょうがねえな。部活が続いている内はそうするよ」
「ふふっ、私は嬉しいぞ」
凛花が目を輝かせながらそう言うと、肩を落としていた俺に抱きついてきた。
豊満で柔らかい胸が俺の腕に襲いかかる。今の今まで女子に抱きつかれたことなんて全然なかった俺は心底戸惑っている。こればかりは慣れるのに骨が折れそうだ。
ふと、俺が周囲を見渡すと、生徒たちが俺たちをからかうような目で見つめている。
「――凛花、ちょっと離れてくれ」
「そうはいかない。私はお前のボディガードだぞ」
「恥ずかしいんだよ」
俺はそう言いながら彼女を元の席に戻した。
学校自体が目立つと殴られるゲームだってことをこいつは理解していない。だからなるべく目立たないようにして、いつの間にか退学という安全なルートで退避しようと思った。
この計画は凛花によって脆くも崩れ去った。家事をやってくれるのはありがたいんだが、何だか普通の人になるためのレールに誘導されている気がする。
放課後――。
俺たちゲーム部の6人は部室へと案内された。
顧問は高島先生が担当してくれるそうだ。理由は管理する必要がないからであるとのこと。そりゃゲームしてるだけの連中を管理する必要なんてないわな。せいぜい下校時刻になったら帰宅を促すくらいか。
高島先生に案内され、俺たちは夏のビデオゲーム甲子園に出場することを条件に開かずの間と呼ばれている部屋を部室として使わせてもらえることに。
「うわっ……めっちゃきたねえじゃん」
部室は埃まみれで机も椅子も最後に使われてからかなりの時間が経っている。
ここにゲームやテレビを持ってくればそれなりに楽しめそうだが、まずはここを掃除しないと今にもくしゃみが出そうでたまらない。
「贅沢言わないの。とりあえずパソコンとテレビはこの段ボール箱に入ってるのを使って。それとインターネットを整備できるように手配してるから、まずはここの掃除と整備を済ませてちょうだい」
「は、はい」
やけに準備が早いな。それ自体は助かるけど、何か裏がある。
俺たちは近くのロッカーにある放棄や掃除機や雑巾などを使い、このゲーム部の部室となるこの部屋を掃除していった。
俺は凛花の指示で凛花と一緒に水に濡れた雑巾を絞って窓拭きをしている。
「あのさ、これもうお前が部長でもいいんじゃねえか?」
「何を言っている。元々は陽登と守山で始めるはずだった部活だ。どちらかが部長を務めてしかるべきだと思うが」
「じゃあせめて副部長はお前がやってくれよ」
「案ずるな。もう提出してある」
ホントにこういうところはそつなくこなすんだな。
掃除の機会は今日だけでもう2回目だ。
自分の部屋とかは全然掃除しないけど、こうも汚すぎるのはさすがに許容できん。
最終下校時刻は午後6時。この時間までに掃除と設備を全部整えろなんて、高島先生も無茶なこと言うよなー。こんなの今日中に間に合うわけねえじゃねえか。
――えっ!? もう部屋が綺麗になってる。
凛花の適切な指示によってあっという間に掃除が終わり、もう設備を整える段階まできている。周囲はまるで軍隊の兵士のようにテキパキと作業を終わらせ、次の指示を待つ者までいる。
床は光沢が出るくらいにピカピカに掃除され、机も椅子もびっしり人数分揃っている。
「よし、後は机と椅子の設置を北条と穂南、テレビの設置は陽登と私でやる。東雲と葛西はここからネットに接続できるようにしてくれ」
「「「「は~い!」」」」
みんな凛花の手足のように動き、当たり前のように従っている。
俺は重くて大きなテレビのモニターを部屋の奥の中央まで運び、どこからでも見渡せる場所に置くとそのままコンセントを繋ぐ作業をする。ゲームが目的であるため番組などは見れないようにするのも条件に入っている。
後は学校用の任地堂スイッチやプレイスタジオを設置するだけか。
メジャーなビデオゲームを一通り揃えるためには休日を潰して買いに行く必要がある。部費で落ちることを確認してから明日にでも買いに行くか。
「みんなお疲れ。よく頑張ってくれた」
「はぁはぁ、久しぶりの重労働だよ」
「これくらいでへばってどうすんのよ。男子でしょ」
葛西が涼しい顔で言った。今までの運動不足がこんなところに響くとは。
「葛西さんが元気すぎるんだろ」
「あのさー、仮にも同級生なんだからさんづけとかやめてよ。凛花だけ下の名前で呼び捨てなのに私たちだけ苗字でさんづけなんて格下みたいじゃん」
「あっ、そうだー。せっかくだから、これからは部員たちだけ下の名前で呼ぼうよー」
会話に飛び入り参加してきた穂南が弾けるような笑顔で提案する。
「それは良い案だ。みんなそれでいいか?」
「うん、良いと思う」
「私も賛成かな」
「まあ最初に言い出したのは私だから賛成」
「……分かったよ」
既に俺以外の全員が賛成していたこともあり、その勢いに押される形で全員を下の名前で呼ぶ案が早くも可決されてしまった。
こいつらとしては親しみやすくするための意味があるんだろうが、夏を過ぎればほぼ確実に廃部が決まっているこのゲーム部でそれをする意味があるのか甚だ疑問だ。
最終下校時刻の時間がやってくると、俺たちの様子を見にきた高島先生が早く帰るよう促してきたのだが、そこで俺はゲーム機が部費で落ちることを確認し、部員全員とメアドを交換してから凛花と共に帰宅することに。
「はぁ~、なんかめっちゃ疲れた」
「それくらいでへばるとは情けないな。私が鍛えてやろう」
「勘弁してくれよ。ただでさえいつもつきっきりで滅入ってるんだからさー」
「私が一緒だと迷惑か?」
凛花が目を小動物のようにうるうるとさせながら言った。
かっ、可愛い。さっきまでの冷徹な指揮官のような凛花はどこへ行った?
太陽が沈み、周囲が電灯で明るくなっていき、俺の家が近くなるほどに車の交通量が少なくなっていくわけだが、都市部とはいえかなり田舎っぽい場所にある。
「なあ凛花、この前言ってた助っ人って結局誰だったんだよ?」
「企業秘密だ。それに種を明かしたところで、何だそんなことかと思うだけだぞ」
「あの時点でゲーム部の創設は絶望的だった。だから助っ人のお陰だっていうのは分かった。何でそこまでして俺に高校にいてほしいのかは知らねえけど、もう無理はしなくていいぞ」
「無理はしていない。私はあくまでも自分本位に生きているだけだ」
凛花がそう言いながら周囲をキョロキョロと見ており、俺のそばを離れようとしない。
夜遅いのかいつもより警戒心を露わにしている。ここは日本なんだからそうそう事件なんて起きないってのに。
いつもの下校時刻であれば、俺は同時刻にいじめっ子と下校する時、そこで因縁を付けられては殴るけるの暴行を受け、それを親と学校に伝えても全く取り合ってくれなかった。だから俺は終礼が終わると同時にダッシュで下校していた。
あの頃がとても懐かしい。今はそんな心配をしなくてもいいと思える自分がいる。
主にこいつのせいでな――。
「よし、辺りに怪しい人影はない。安心して家に入れ」
「へいへい、分かったよ」
この厳重すぎる警戒をしながらの登下校にも慣れてきた。
俺が家に入った後で凛花が家に入り鍵をかけた。
「今日は昼遅かったから、晩飯は控えめな」
「分かった。なら一品料理にしよう」
俺は手洗いとうがいを済ませて2階の自室へ行った。
この時だけは1人になれる。カーテンや窓を開けるのが禁止なのがちょっと引っかかるけど、それでもやっぱ1人でいる時が1番居心地が良い。
ちょっと前までは1人でいることを当たり前だと思ってたのに、最近は1人きりになれることをありがたく思っている自分がいる。1人は不便だが自由でもある。
俺はつかの間の孤独を静かに堪能するのだった。
気に入っていただければ下から評価ボタンを押していただけるとありがたいです。
読んでいただきありがとうございます。