第8話「落ちこぼれは授業をサボりたい」
昼休みが終わったにもかかわらず、1人の女子生徒が堂々とど真ん中の席に座り、うどんをずるずると勢いよくすすっている。
赤い短めのショートヘアーでボーイッシュな印象の1年生だった。
背丈は俺や凛花よりもやや高いくらいか。スポーツをしているのか全身が引き締まっていてスタイルもいいし、そして何より……でかい。凛花や葛西とも良い勝負をしている。
「おっ、お前たちもサボりか?」
「ああ、昼飯を食べそびれちまってな」
「へぇ~。私は穂南真琴。よろしくぅ~」
「俺は霜月陽登」
「私は桜月凛花だ。こいつのボディガードをしている」
「ボディガード? ふふっ、何それ面白そう」
「これは遊びではない。れっきとした任務だ」
「ふーん、ていうか君、掲示板に載ってたゲーム部の人だよね?」
「えっ!?」
俺は食堂の掲示板張ってあるゲーム部の広告を見た。
ゲーム部の宣伝広告にはしっかりと俺の顔が映っている。
「ぎえーーーーーっ! おいっ! 何で俺の顔が映ってんだよっ!?」
「部長がまだ決まっていなかったから、お前を暫定部長として広告塔にしておいたぞ」
「ふざけんなっ! こんなのいじめてくれって言ってるようなもんだろっ!」
「私はそうは思わないぞ。部員を集めるならこれくらいやらないと」
「だったら自分の顔でやれや!」
「ふふっ、あはははは!」
俺たちの話を聞いていた穂南がツボにハマったかのように腹を抱えて大笑いした。
まるで大喜利でも見ているかのようだ。俺たちはお笑いコンビじゃねえぞ。
「ふふふふふっ! 気に入った。私もゲーム部に入る」
「本当かっ!?」
「うん。こんなに笑わせてくれる人たちが部員なら楽しそうだからな」
「俺たちは別にコメディアンじゃねえぞ」
「えー、絶対才能あるよー」
「まあでも、これでようやく部員が全員揃ったわけだ。ゲーム部成立だな」
それはいいんだけど、1つ大きな問題が発生した。
男子が俺だけってどういうことだよっ!
はぁ~、女子だけの軍団の中に俺が入るのは至難の業だ。
男子同士ですらまともに仲良くできなかったってのに、女子だとそのハードルがさらに上がっちまうじゃねえかよぉ~。
「陽登、どうした?」
「女子だけだとなんか気まずい」
「案ずるな。私が一緒にゲームをしてやる。相手がいれば問題ないだろ」
「それはそうだけど……」
「ゲームなら私も好きだ。言っとくけど、素人には負けないよぉ」
「俺もそれなりにやってるから問題ない」
いかん、乗せられちまった。
ていうか腹が減った。何か食べないと気が済まない。
近くにある券売機で食券を買い、俺はラーメン定食を作ってもらった。定食が乗ったプレートをテーブル席まで運んだ。
すると、凛花も全く同じメニューを運び俺の隣に座った。
しばらくの間、俺たち3人はゲームの話題に夢中になった。
「じゃあ私、もう戻るわ」
「おう、じゃあな」
飯を済ませた穂南がスタスタと食堂から立ち去った。
しかし、こうも都合良く部員が集まるなんて逆に怪しいな。
あくまでも推測だが、あの中の誰かが凛花の言っていた助っ人である可能性が高い。何故そうまでしてゲーム部を成立させたのかは分からん。
でもこれでとりあえずの野球部強制入部は回避した。
「お揃いだな」
「お前が揃えたんだろうが」
「授業をサボって昼飯なんて――こんな経験、初めてだな」
「妙に嬉しそうだな」
「こんなに自由奔放に過ごしたことはなかった」
凛花が何かを思い詰めた顔でそう言いながらラーメンをすすった。
俺には彼女は何かに縛りつけられているように思えた。どんな事情があるにせよ俺の知ったことではないが、ずっとつきっきりなのはどうにかならんのか?
「私は父からの英才教育でたくさんの知識や技術や体術を習得させられていた。そんな時に昔のお前に出会い私は救われた」
「救った覚えなんてねえぞ」
「家に閉じ込められていた私を外に出して、今みたいに自由奔放に色んなところを連れ回してくれただろ。あの経験がとても楽しくて、ずっとお前を忘れられなくなった」
「――そんなこともあったな」
「いつか親から自由になれたら、私はお前のボディガードになると決めた。久しぶりにお前の情報を調べてみたら、見事なまでの劣等生になっていて、助けずにはいられなかった」
「どういう意味だよ?」
「そのままの意味だ。あの時お前が私を外に出してくれなかったら、私はずっと外の世界の楽しさを知らないまま生きていたかもしれない。私はそんなお前が――」
勇気を振り絞ったようん表情で凛花がこっちを見た瞬間、5時間目の終了を知らせるチャイムが学校中に響き渡った。
「あっ、もう時間だ。早く戻らないとな」
「……」
残念そうな顔で俺の後をついてくる。そこそこ量の多かったラーメン定食はきれいさっぱり中身がなくなっていた。
俺も腹が減っていたからよく分かる。ていうかこいつも昼飯食べてなかったんだな。
俺はそんな凛花の少しばかりおっちょこちょいなところについ笑ってしまった。
放課後――。
俺たちは職員室で高島先生に部活の入部希望届と部活創設届を提出した。
「先生、無事にゲーム部の6人が集まりました」
「えっ……本当に揃えちゃったの?」
意外と言わんばかりの顔で高島先生が言った。
「ここに部員全員の名前が書かれています。確認してください」
「――確かに6人いるようだけど……創設は難しいかな」
「「!」」
えっ、6人集まれば解決じゃなかったのか?
ゲーム部が創設できないと話にならねえぞ。
「先生、それってどういうことですか?」
「最近は部活が嫌でほとんど何もしなくていいような部活を作って部室を私物化するような偽装部活が出てきているの。近年はそれで部活に対する規制が厳しくなって、生徒会の許可が出ないと部活を創設できなくなっちゃったの。だからちゃんとした目標がないと厳しいかなー」
「目標ならここに書いてますけど」
「うーん、ビデオゲーム甲子園があるのは分かったけど、ゲームって今でも遊びだと思っている人も多いから、一応打診はしてみるけど……期待には沿えないかもしれないわ」
「その時は退学するかバイトを探します。野球がしたくて入学したわけじゃないんで」
「はぁ~、困ったなぁ」
「陽登、生活はどうするんだ?」
「事情を説明して仕送りだけしてもらう。後のことは知らん」
俺は断固として譲らなかった。ゲーム部を創設してそこに残るのが俺が学校へ行く唯一の理由になってるってのに、それができないんじゃどうしようもねえよ。
ていうか俺とおんなじことを考えてる奴が他にもいたってわけだな。
凛花には悪いけど、ここはもう引き下がるしかねえ。
「分かりました。ではこうしましょう。ビデオゲーム甲子園に出場できなかったら、その時は廃部にするということで生徒会と交渉していただけませんか?」
「「ええっ!」」
背水の陣とも言える覚悟の目で凛花が言った。
部活の創設を承認してもらうには生徒会の許可が必要だ。だったら是が非でも生徒会を説得するしかねえけど、随分と大きく出たな。ビデオゲームとはいえ甲子園に出場とかそう簡単にできることじゃねえぞ。
しかも全メンバーの内、ゲームができるのは俺と穂南くらいだし、1人は実家のカフェにいて全然来ない予定みたいだし、このままじゃ夏までしか部活が持たねえじゃねえか。
「お前あんなこと言ってどうすんだよ?」
「どうするもこうするも、ここまで言ったからにはビデオゲーム甲子園に出場を決めるほかはないと思うぞ」
「あのなー、全国には将来のプロゲーマーって呼ばれてるような連中がいっぱいいるんだぞ。数ヵ月程度やっただけで勝てる相手じゃねえよ」
「その時は次の手段を考えておく。私もそう簡単に引き下がる気はない」
「……」
凛花の自信満々なドヤ顔にこれ以上は何も言い返せなかった。
この自信は一体どっから来るのやら。何か策があるんだろうけど、ビデオゲーム甲子園はそんな甘いもんじゃねえぞ。
こうして、俺たちはゲーム部の創設を打診するところまでこぎつけたのであった。
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