第5話「落ちこぼれは逃げ出したい」
今週中に部員をあと3人見つけてやる……とは思ったものの全然見つからない。
ゲーム部に入れなければ野球部でしごかれる未来しか見えねえ。ああいうとこって1年は奴隷、2年は人間、3年は神様っていう諺があるくらい厳しいからなー。
「はぁ~」
「どうしたんだ? 今日はずっとため息ばかりだぞ」
俺は帰宅した後、凛花に作ってもらった夕食を食べた後だった。
彼女からは俺が困り果てているように見えるらしい。
「俺野球部に強制入部になったら退学するから」
「おいおい、陽登のお父さんとの約束はどうするんだ?」
「知るかよ。俺は高校に行くとは言ったけど野球部に入るとは一言も言ってない。だから野球部に入ることが決まった時点で高校自体が俺の守備範囲外なんだよ。お前はキャッチャーにセンターフライまで取りに行かせるつもりか?」
「なるほど、お前の言いたいことは分かった」
「まっ、そういうわけだから、もう高校には――」
「ゲーム部を成立させればいいんだな。私に任せろ」
俺は彼女の言葉に耳を疑った。何が何でも俺を通学させる気らしい。
どうせ行ったって同級生とつるまされるだけだし、いくらこいつが守ってくれるとは言っても、人と会うこと自体がストレスな俺にとっちゃ、さっさとフェードアウトするのが安全策ってもんだ。
――俺は集団の中じゃ全然うまくいった試しがねえ。すぐに仲間外れにされて、気がつけば四面楚歌になりながらの孤独を強要される。
同級生との喧嘩も絶えなかったし、俺みたいな人間は一生外に出ない方が賢明だ。じゃなきゃいつか事件を起こしてしまいそうで怖いとすら思っている。
なのに何故――こいつは俺を通学させようとするんだ?
「どうすんだよ?」
「また親父に相談する。昨日も親父に頼んで転入手続きをしてもらった」
「お前の親父何もんだよ?」
「株式会社ガードエージェントの社長だ。世界中のVIPにボディガードを派遣する会社で、今じゃ業界のトップの走るグループ企業の一角だ」
「そこの令嬢であるお前が何故俺のボディガードになったんだよ?」
「お前の両親に頼まれたからだ」
「てことは、高額な料金を払ってるわけだ」
「いや、私が自ら無料で3年の契約を結んだ」
「はぁ!?」
無料で3年の契約だとっ! ますますこいつの狙いが分からんっ! もしかして俺、やっぱりとんでもねえ巨悪に狙われてるんじゃ?
いやいや、それならとっくに殺されててもおかしくはないしそんな動機もない。
でも自分からってことは、何か重大なわけがあるはずだ。
それさえ分かればこいつをどうにかできそうだな。
「じょ、冗談だよな?」
「冗談ではない。お試し期間だ」
「お試しにしては長すぎる気がするけど」
「私は気の知れた相手と学生生活とやらを楽しんでみたいんだ」
「でも部員が集まらねえことにはどうにもならねえぞ」
「心得ている。それに策もある」
「言っとくけど、親に頼るの禁止な」
「何故だっ!?」
「俺は自力で学校という無理に耐えてるんだから、お前も自分の力でやってみろ」
「私が……自分の力でだとっ!?」
顔を真っ青にしながら背中をのけ反り両手を上げている。
自分でやるのがそんなに大変なことか?
周辺のことは自分でできる見てえだけど、世の中には不可能があるってことをここで教えておく必要があるな。
「――っておい、スマホ使ってんじゃねえ!」
「親には連絡していないから安心しろ。助っ人に連絡した」
「助っ人ぉ?」
「あとの3人は必ず連れてくる。だから学校には行けよ」
「はぁ~」
俺はため息を吐きながらすぐそばにあったベッドに飛び込んだ。
こいつの遂行能力は非常に高い。どんな手を使ってでもやってのけるんだろうけど、頼むからみんな断ってくれぇ~。
翌日――。
「なあ霜月、この2人がゲーム部に入ってくれるってよ!」
俺より少し遅れてきた守山が可愛らしい2人の部員を連れて来た。
1人目が東雲なのは分かるが……もう1人の女子生徒が分からなかった。
金髪のツインテールで可愛い顔立ち、凛花たちと同じ制服、背丈は東雲よりも小さく、まるで小学生のように見える。そして何より……でかい。
凛花に負けず劣らずのスレンダー巨乳。でもこいつ、確か昨日ここにいたよな?
「えっと、誰だっけ?」
「はぁ!? 私を忘れちゃうなんてホント最悪」
「あはは。まあまあ、落ち着いて」
「私は葛西焔。あんたと同じクラスよ」
そう言いながら葛西がプイッとそっぽを向いた。
まさか本当に部員を連れてくるとは思わなかった。
これで部員数は5人か、だがドヤ顔を決めている凛花に対して西谷の表情があまり優れないのが俺には分かる。
「守山、どうかしたか?」
「いやー、あのさ、申し訳ないんだけど、俺ゲーム部に入れなくなった」
「ええっ!? 何でだよっ!?」
「実はさー、友達の先輩からテニス部に誘われてどーしても断れなかった。すまん」
守山がそう言いながら手を合わせて頭を下げた。
おいおい、言い出しっぺがこれかよ。
でもこれで部活は不成立だ。そうなれば俺は守備範囲外を理由に退学できるわけだ。まあでも、短い間とはいえ、ちょっとは楽しめたかな。これで俺の集団生活に終止符が打てる。
「凛花、これでまた人数不足だ。残念だったな」
「お前なんか嬉しそうだな」
「気のせいだ。まっ、これでゲーム部の話はなかったということで――ん?」
「「「「「!」」」」」
気がついてみれば、凛花はかなり悔しそうな顔をしながら涙を流し、両腕の拳を強く握りしめながらスカートをしわくちゃにしている。
この凛花の行動にクラス中が彼女に同情し始め、何だか俺が悪いみたいな空気が支配する。
「ちょっと霜月君、謝りなよ」
「えっ、何で俺?」
「桜月さんは霜月君とゲーム部を作りたかったんだよ。なのにそんな言い方ないよー」
「そうだよ、謝りなよ」
クラスの女子たちが凛花に味方し、そればかりか男子までもが彼女に加担する。
状況はまさに四面楚歌。もう何度見た光景だろうか。俺が外に出ると必ず誰かが悲しむ。だから高校に進学するのも反対だったんだ。最低限の生活さえさせてくれれば、俺は何も悪事を働くことなく一生引きこもりで過ごすつもりだってのに。
大体こいつもこいつだ。泣けばどうにかなるとか思ってんのかよ。
「……俺は悪くねえ」
「えっ……」
「俺は元々高校なんて全く行く気なかったんだよ。それをこいつが朝早くから起こすわ、家から追い出すように通学させるわで俺のフェードアウト計画を崩しやがったんだ。これで分かっただろ。俺みたいなのが集団生活をすればみんなに迷惑がかかる――だからもう俺に構うな」
「……」
凛花は何も言い返さず、無気力な顔で下を向いたまま席に座っている。
俺はその場にいられなかった。たまらずショルダーバッグを持って学校から立ち去った。教科書は全て机にしまったままだが、そんなことはもうどうでもよかった。
俺が学校の外に出ると、ホッとしたのもつかの間、凛花が俺の後を追ってくる。
「待て陽登! 考え直してくれ!」
凛花の制止を無視しながら俺は走った。
スピードではまず勝てないと分かっていたが、一刻も早く帰宅することしか頭になく、もうこれ以上の学校生活に嫌気がさしていた。
何をどう頑張ってもうまくいかねえし、クラスのみんなまで敵に回しちまった。
小中学校の時と全く同じ、誰かの気に障ってそれがクラス全体にまで拡大し、あっという間に俺が悪役に仕立て上げられる展開の完成だ。俺はこの事態を恐れていた。
過去のトラウマが一気に脳裏をよぎった。
すると、少しずつ空からポツポツと雨が降ってきた。
「私はその卑屈な性格を変えるために会いにきた」
全速力で逃げる俺の後ろから凛花が走って追いかけながら話しかけてくる。
段々と息を切らす俺に対し、凛花は疲れを見せることなく距離を詰めてくる。俺を学校へ連れ戻そうったってそうはいかねえ。
「きゃあああああっ!」
突然、俺の前方から絹を裂くような女の悲鳴が聞こえた。
慌てて足を止めてみると、そこには全身黒ずくめの通り魔がダガーナイフを持っており、そいつが俺に気づくや否や俺がいる方向へと勢いよく向かってきた。
万事休すか。脱走した自分勝手な学生を裁く鉄槌の音が俺には聞こえた。
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