第4話「落ちこぼれは目立ちたくない」
休み時間、凛花は磁石のようになかなか俺から離れようとしない。
そればかりかべたべたと俺にくっついて積極的に話しかけてくる。
さっき東雲に話しかけられてからずっとこの調子だ。しかし突然の転入生であることに加え、その美貌とスタイルの良さからすぐ注目の的になった。
彼女の周囲には男女問わず群がっており、特に男子からは猛烈なまでのアプローチと言わんばかりに質問攻めを受けている。
「ねえねえ、桜月さんの趣味は何?」
「料理と茶道と読書だ」
「じゃあ特技とか何は?」
「剣道に空手に柔道だ」
「好きな男子のタイプは?」
「守ってあげたくなる男だな」
「へぇ~、なんかたくましいね」
それぞれの質問の答えに全員が関心を示している。守ってあげたくなる男ってのはさっきの台詞からして完全に俺のことだ。どうやら俺は守ってあげたくなると思うほど弱い人間らしい。
ボディガードごっこと随分相性の良い性格だこと。
俺はそう思いながら机に突っ伏して息を吐いた。
「桜月ってめっちゃ人気だな」
俺の前の席にいた守山が体を横向けにして話しかけてくる。
「そりゃそうだろ。頭が良くて運動神経抜群で大体何でもできる奴だし」
凛花の特徴とはまるで対照的な俺がこんな説明をしているだけで自分が卑屈に思えてくる。あいつと一緒に住んでいるのが恐悦至極とさえ思えてくる。俺みたいなのと一緒の部屋で寝ていて満足なんだろうか。
一体何の目的で俺に近づいてきたのかが全然分からねえ。
調べようにもあいつはなかなかガードが堅そうだし、とても隙を見せてくれそうにない。昨日直接聞いてみたけど無駄だった。
幼馴染を守るのに理由なんてないとか言ってたけど、なんか裏がある気がするんだよなー。
昼休み、教室内にいた生徒の半数以上が競争するかのように食堂へと走っていく。俺も他の生徒たちに続いて食堂の購買へと出かけようとする。
「陽登、どこへ行くんだ?」
「食堂だけど」
「今日はお前のために弁当を作ってきたぞ。ほらっ」
「ええっ!?」
凛花が俺の机の上に2段に分けられた弁当箱を置くと、その蓋をパカッと開いた。
中には唐揚げ、たらこのパスタ、ミートボールといった俺の好物ばかりが入っており、その下の段には炊かれた白米が入っていた。
「これ、全部お前が作ったのか?」
「当然だろう。私は弁当も作れるからな」
「じゃあ、いただきます」
俺は席について用意された箸をその手に持ち、唐揚げを1つ持ち上げて口へと運んだ。
――美味い。これめっちゃ美味いぞ。外はカリカリで中はジュワッとしてて噛みやすい。こんなの実家でも食べたことねえぞ。
「美味いか?」
「ああ、めっちゃ美味い」
「それは良かった。毎日作ってやるからな」
「毎日はよしてくれ。それにほら、みんな見てるし」
「それがどうかしたか?」
「恥ずかしいんだよこういうの……何というか、その、つき合ってるみたいに見えるし」
「つっ、つき合ってるだと。そ、それはつまり……」
凛花が俺の思わぬ言葉に反応し、赤面しながら乙女のような顔をする。
周囲の男子は野獣のような目で俺を睨みつけている。女子に至っては俺たちをカップルと見なしているのか、噂をするようにボソボソと何かを話している。
俺たち完全に目立ってるじゃねえか。目立ちたくないってのに。
「とにかく、弁当は当分自重してくれよな」
「私は見られていても一向に構わんぞ」
「俺が耐えられねえんだよ。ただでさえ目立ったらいじめの原因になるってのに」
「いじめの原因? どういうことだ?」
おいおい、こいつ学校の常識も知らねえのかよ。
なるべく周りに合わせて目立たないようにするのが学校のセオリーってもんだろうが。目立つようなマネをすればみんな一斉に鬼の首を取ったように叩いてくる。だから人間動物園は嫌いなんだ。
凛花みたいな優秀な生徒にはまず分からねえだろうけど。
「それ美味そうじゃん。俺にもくれよ」
「何を言っている。これは陽登のために作った弁当だぞ」
「まあまあ、別にいいじゃねーか。1個だけだぞ」
「ああ、分かってるって――これめっちゃ美味いじゃん!」
守山が卵焼きを指で摘まんでそのまま口に頬張った。
凛花は枯れた花のように困った顔で俺を見つめている。
何をそんなに落ち込んでるんだ? たかだか弁当のおかずを1つあげただけなのに。
「なあなあ、さっき部活の希望届を配られただろ。どこにするか決めたか?」
守山が部活動の話を持ちかけてくる。
話は少し遡る――。
さっきの時間に担任から部活の『入部希望届』を1人1枚ずつ配られ、俺たちは今週中にこれを提出することに。
『大津市立近江山高等学校』では部活に強制入部するのが決まりとなっており、アルバイトをする場合や定期テスト1週間前であれば休めることになっている。
俺の机の中には入部希望届が第1希望から第3希望までが空白のまま、これを突きつきつけられる形で他のプリントと一緒にしまってある状態だ。
意外にもここはバイトに関する校則が緩く、それが受験の決め手となった。
他の高校は全部バイト禁止な上に部活は『強制入部』であり、部活が任意の高校は全て俺の学力では入れないガリ勉高校ばかりだった。受験を決める頃にはもう期限が迫ってたし、慌てて勢いでここにしたのはいいけど、いざ部活となると嫌気がさしてくる。
部活なんていじめの温床じゃねえか。俺みたいな陰キャはまず受け入れてもらえないだろうし、早いとこ不登校になって退学したいところだ。
「まだ決めてねえよ。できれば入りたくねえんだけどな」
俺はそう言いながら凛花の弁当を食べ続け、気づけば完食してしまっていた。
「それは俺も同感だ。じゃあさ、俺と一緒に部活作らねえか?」
「部活を作る?」
「ああ。入りたい部活がないなら部活を作っちまえばいい。今ゲームがプロスポーツとして流行ってるみたいだからさ、うちの高校にもそういう部活を作るんだよ」
「お前ゲームで遊びたいだけだろ」
「まあそれはそうなんだけどさー、遊びじゃなくて真剣にやるスポーツとして『ゲーム部』をやるんだったら全然問題ないと思うぜ。どうだ?」
守山が二カッと笑みを浮かべながら提案する。
確かに言われてみればそうだな。ゲームだったら俺も好きだし、他にゲーム好きな人が集まれば放課後まで遊んで過ごせるわけだ。
少なくとも、スポーツを無理矢理社畜のようにやらされるよりはマシか。
ゲーム部とやらを創設した後はバイト先でも探して、そこでバイトをしながら遊ぶ金でも稼いで徐々に学校からフェードアウトしていけばいいか。
「分かった。じゃあ早速――」
「待て。学生の本分は勉強と青春だろう。運動部に入るべきじゃないか?」
「運動部なんてそれこそいじめられに行くようなもんだろ。自殺行為だ。それにゲームだって色んな学習ができる。今のゲームは進歩してるんだぞ」
「そうなのか?」
「ああ、文法とか全部ゲームで勉強したしな」
「頼むよ凛花、どうしてもお前が必要なんだよ」
「! 私が必要なのか? ……しょうがないな。なら私もそのゲーム部とやらに入ってやろう」
凛花が嬉しそうな顔でそう言うと、さっき配られた入部希望届にゲーム部と記入した。ちょろい。
俺たちも同様の作業を行い、職員室まで行って担任に提出するが――。
「ゲーム部ねぇ~。うーん、まあ真剣にやるスポーツということなら別にいいけど、部活は原則6人以上部員が集まらないと作れないの」
職員室の散らかった机の椅子に座ってコーヒーを飲んでいた担任が言った。
6人以上ってことは、俺と凛花と守山の他にあと3人集まらないと作れねえってことか。
弱ったなー。今さらどっかの部活に入る気なんてねえし、野球部は絶対駄目だ。
「そこを何とかっ!」
守山が神社へのお参りのように両手を合わせて懇願する。
「そう言われても、うちは同好会は認めてないし、今週中にあと3人見つけてから提出してね」
「もしできなかったら?」
「うちは特に野球部の部員を募集中だから、野球部に入ってもらうことになるかな」
それだけは絶対嫌だーっ! 冗談じゃねえ。ぜってぇ見つけてやる。
俺は久方ぶりに本気の意を表した。野球部への入部を阻止するために。
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