第3話「落ちこぼれは同級生に絡まれる」
翌日、小鳥のさえずりと突き刺さるような日光に思わず目を開けた。
「陽登、学校だぞ」
誰かが呼び掛けたかと思えば、仰向けのまま寝ぼけている俺の目と鼻の先にとてつもなく真面目な顔で俺を見つめている凛花の顔があった。
「うわっ! 何だよっ!」
いきなり侵入者が入ってきたかのような反応で一気に目が覚めた。
そういや俺、親父のせいでこいつと一緒に住むことになったんだった。
「朝食はできている。早くうがいをしてから着替えて食べろ」
「お、おう」
彼女に言われるまま身支度を済ませてから朝食を食べた。
ボサボサの髪のままだったが、それでは気が済まないのか、凛花が俺の髪を整えてくれた。寝ぐせなんてその内直るだろうに。
俺は昨日滋賀県内でも屈指の底辺高校に入学したばかりだったが、1ヵ月くらいでフェードアウトしようと思っていたから、序盤は別に遅刻でもいいと思っていた。
まだ4月が始まったばかりだが、俺の中では全てが終わろうとしていた。
小中学校生活の中でいじめばかりを受けていた俺は、はなっから友達作りなんて諦めてたし、いじめられに行くようなもんだとばかり思っている。だから昨日も起きるのが怖かった。このままずっと目が覚めずに夢を見続けていられたらどんなに幸せか。
「今日から授業だろう。何でそんなに落ち込んでるんだ?」
「お前には分からないよ」
「……?」
凛花が目をパチパチと開閉してから首を傾げた。
俺はそんなことには目もくれず、そのまま用意されたベーコンと半熟の目玉焼きを焼いたばかりのトーストに乗せ、それをそのまま口へと運んだ。サクッとした触感がたまらねえ。いつもの朝食より遥かに美味い。
このカフェオレもさっきまで渇いていた俺の喉を潤してくれた。
改めてこいつの万能さには驚かされる。ご丁寧にショルダーバッグには必要なものが入ってるし、いつの間に入れたんだ?
「ぷはぁ……さーて、寝るか」
「学校があるだろ。早く支度しろ」
「やだよ学校なんて。昨日も行こうか迷ってたくらいだってのに、またガキ大将みたいな奴に絡まれたらどうすんだよ?」
「それなら私も同行するから安心しろ」
「また木の上から覗くんじゃねえだろうな?」
「案ずるな。今度は正当な手段でお前をそばから見守ることにする」
「正当な手段?」
俺はわけも分からないままショルダーバッグを背負い、自宅から追い出されるように学校へと向かった。ここ、俺の家だよな?
昨日と全く同じ格好の凛花がキョロキョロと周囲を見渡しながら俺のすぐ隣を歩いている。
「陽登、ここは車が多いから用心しろ。死角から狙い撃ちしてくるかもしれん」
「んなわけねーだろ。俺はいつからVIPになったんだよ?」
「昨日からだ。しかし、よくもまあ私抜きでここまで生きてこれたものだ。私は嬉しいぞ」
「まっ、それはいいけどよ。学校に着いたらもう家に帰れよ。見送りだけで十分」
「それじゃお前を守れない」
そうこうしている内に高校の校門前へと辿り着いた。
周囲の生徒たちは校門を通りながらも奇異な目を凛花に向けている。そりゃそうだよな。1人だけ黒と灰色のボディスーツなわけだし、全身のスタイルの良さが如実に表れている。
そこらを歩いている男子生徒に至っては鼻の下を伸ばしている。分かるぞその気持ち。
「とりあえずここでお別れだ。午後には終わるから心配すんな。じゃあな!」
「おっ、おい! ……陽登」
俺は校舎内へと走りこんだ。ずっとあいつのそばにいたら俺まで変人扱いされる。
もしこれがきっかけでいじめでも起ころうものなら早くも不登校組だ。今は家に親父もお袋もいないから問題ない。
しばらく席に座っていると、1人の黒髪で普遍的なショートヘアーの男子が声をかけてくる。
「よっ、また昨日の女と一緒にいたな。彼女か?」
「そんなんじゃねえよ」
「確か霜月陽登だったよな。俺は守山翔。よろしくな」
「お、おう。言っとくけど、俺とあいつはただの幼馴染だ」
「へぇ~、あんな可愛い子と幼馴染かぁ~。羨ましいなー」
「あいつとは関わらない方がいい。あいつはボディガードごっこで忙しいからな」
「ははっ! 何だよそれ?」
「んなもんこっちが聞きてえよ」
「なあ、あの子別の高校だろ? 今度紹介してくれよ」
「あのなー」
守山と会話をしていた時だった。このクラスの担任が教壇へと上ってくる。
眼鏡をかけている茶髪のロングヘアーで若くて優しそうな担任だった。名前はもう忘れた。1ヵ月後にはもう一生会わないような連中だし、忘れていても問題ない。
そう思っていた時だった――。
「皆さーん、席についてくださーい」
担任の号令と共に生徒たちがたった1つの空席を残して全員揃うと、さっきまでのざわめきが止んだ途端に教室内がシーンと静かになった。
「えー、まだ入学したばかりですが、今日は転入生を紹介します」
すると、またしても生徒たちがざわざわと小さな声で騒ぎ始めた。そりゃそうだよな。入学式の次の日に転入生なんて普通ありえねえし。
「桜月さん、どうぞ」
「!」
聞き覚えのある名字に俺の全身の肌が小刻みに震えた。嫌な予感しかしねえ。
教室の引き戸が横にガラガラ音を立てながら開くと、そこから他の女子と同様に灰色のブレザーの制服に身を包んだ凛花が淡々とした無表情のまま優雅な闊歩で入ってきた。
「今日からこのクラスでみんなと一緒に勉強する――」
「桜月凛花だ。まず最初に言っておこう。私はそこにいる霜月陽登のボディガードとしてこの高校へと転入してきた者だ。よって陽登の隣に私の席を設けたい」
「「「「「!」」」」」
凛花が俺を指差しながら堂々と俺のボディガードを宣言する。
周囲の生徒たちは何だこいつと言わんばかりの強張った顔で彼女を見つめている。
「そ、それはちょっと……」
担任の弱々しくもおどおどした拒否反応を無視しながら俺の隣の席へと歩いてきた。
「そこの君、私に席を譲ってくれ。隣でなければ陽登を守れない」
「は……はい」
オレンジ色の方に髪が届くくらいのショートヘアーの女子生徒が恐る恐る席を離れ、少し離れた窓際の席へと移動する。
俺の席は縦7列横6列にある席の内、3列目1番後ろの席だった。
凛花は4列目1番後ろの席を譲ってもらう形で俺の隣の席となった。
「正当な手段ってこれかよ?」
「案ずるな。法律違反はしていない」
「そーゆー問題じゃねえ。一体何のつもりだよ?」
「私はお前のボディガードとして精一杯頑張らせてもらうつもりだ。光栄に思え」
可愛らしい微笑みを浮かべながら凛花が言った。
何だかとても嬉しそうだ。ていうか俺は教室内でもこいつに監視されるのかよ。
「え、えっと、じゃあ皆さんが席に着いたところで授業を始めましょうか。最初の授業ですので、簡単な授業の流れを説明して、皆さんの質問を受けて終わりとしまーす」
しばらくして授業が終わる。説明が終わってからは担任のプライベートにまつわる趣味などの質問が後を絶たない。
凛花は嬉しそうな顔で俺に微笑みかけながら席をくっつけてくる。
「あのー、ちょっといいかな?」
話しかけてきたのはさっきのオレンジ色のショートヘアーの女子生徒だった。細身で胸は控えめ、背丈は俺や凛花より少し低めだ。
「いいけど……ていうか誰?」
「東雲雫。昨日自己紹介したのにもう忘れちゃったの?」
「わりい、暗記は得意じゃねえんだ」
「霜月君って、この辺じゃ全然見ない人だけど、どっから来たの?」
「地元は滋賀県大津市。ちょっと訳ありで郊外まで来たんだよ」
「ふーん、桜月さんは彼女なの?」
「いや、ただの幼馴染だよ」
「へー、幼馴染なんだー」
東雲はニヤニヤした顔で俺を見つめた。
なんかますますややこしいことになりそうだ。
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