第2話「落ちこぼれは目付け役に困っている」
凛花と出会ったのは10年前だった。
あの時から俺は凛花に守ってもらうほど弱い立場だった……だがある日を境に俺は自分に憶病になり、気づけば落ちこぼれになっていた。
それは凛花が遠くへと引っ越してからだった。
自分を守ってくれる存在がいなくなった俺は丸腰だ。だからずっと自分を守ってくれる友達を望んでいたが、凛花は俺が思っていたのと何かが違う。
下校してもう家の前だが、凛花は相変わらず俺と並行しながら歩いている。
俺の家はおんぼろ一軒家で2階まであるが、部屋はそんなに広くない。
「じゃあ俺、家ここだから」
「ああ、知っている」
俺は別れを告げると、ため息を吐きながら家の扉を開けた。
「はぁ~」
「何か困ったことでも?」
「!」
後ろから嫌な気配がしたので、俺は顔を玄関の扉の方へと向けた。
そこにはさっき別れたはずの凛花が無表情のまま佇んでおり、家の扉が閉まると同時にこっちを向いたまま内側から鍵をかけていた。
「――って何でお前まで家に入ってきてんだよっ!?」
「お前のボディガードだからだ」
「あのなー、ここは俺の家だぞ」
「厳密に言えば、ここはお前の父親が借りている家だ。そして私はお前の父親から既に同居の許可を貰っている。これを見てみろ」
凛花はそう言いながら左ポケットから可愛らしいスマホを取り出していじっている。右ポケットは財布だな。こういうところは俺と一緒か。
彼女はドヤ顔を決めながらスマホ画面を俺に見せた。
メールの相手である俺の親父があっさりこいつに同居の許可を出していた。
『あいつ1人じゃ心配だからしっかり面倒を見てやってくれ。それと陽登が学校をサボってないかちゃんとチェックしてくれよ』
あのクソ親父……やっと俺1人になれると思ってここまで引っ越してきたってのにっ! 一体何考えてんだよっ!? これじゃ不順異性交遊じゃねえかっ!
俺はまだなりたての男子高校生だぞ。どうしてこうなった。
俺は両親と仲が悪かった。いつもいつも口を開けば学校へ行けだの勉強しろだのガミガミうるさいのが嫌で嫌で仕方なかった。そこで俺は高校へ行くことを条件に実家を飛び出し、親父名義でこのおんぼろ一軒家を借りた。
あわよくば途中で高校をフェードアウトして、あとは月々の仕送りでのんびりと生活しようと思っていたが、親父はとんでもないお目付け役をここへ送り込んできやがった。
「はぁ~、嘘だろぉ~」
俺は思わずその場に肩を落とした。チャックの閉じているショルダーバッグをその場に放置したまま2階にある自分の部屋へと弱々しい歩みで戻ろうとする。
「待て」
冷静な口調で凛花が俺を呼び止めた。
「何だよ?」
「家に帰ったらまずは手洗いとうがいだろ」
「ボディガードに指図される筋合いはねえよ」
「お前の親父さんからお前の生活習慣を整えるために指導するよう言いつけられている」
「おいおい、冗談ならもっと面白いこと言えよ」
「冗談ではない。指導に従わない場合はお仕置きしても構わないと言われている」
「俺に人権はないんですか?」
「お前にあるのは生存権だけだ。分かったらさっさとやれ」
「は……はい」
彼女が鋭い眼光を飛ばすと、俺はビビったままその威嚇射撃のような圧に負けて手洗いとうがいを済ませた。これは下手をすればこいつに殺されるんじゃねえか?
俺は逃げるように階段を上がり、自分の部屋へと戻った。
俺の部屋はいつも散らかりっぱなしだ。
ここんとこ春休み中だったこともあり、俺はずっとスマホゲームやビデオゲームばっかでロクに外にも出ていなかった。
しばらくはいつものようにビデオゲームのオンライン対戦を楽しんでいた。
正午を迎えた頃、凛花が俺の部屋をノックもせずに入ってきた。
「陽登、料理ができたぞ」
凛花がまるでお袋のように微笑みながら呼びかけてくる。
「えっ、料理?」
「今日は午前中だけでまだ昼飯を食べてなかっただろ。お前の大好きなハンバーグカレーだ」
「お、おう」
誘われるまま1回へと降りていくと、キッチンの机には2食分の美味しそうなハンバーグカレーが置かれている。
米とルーの割合が絶妙なカレーの上には大きめのハンバーグが乗っており、そのそばには味噌汁にサラダのセットまで揃っている。何だかレストランにでも来たような気分だ。
まるで一流の料理人が作ったかのような素晴らしい出来栄えだ。見た目に関しては文句のつけようがなかった。ていうかこいつ、ボディガードだけじゃなく料理もできたんだな。
「――これ、凛花が作ったの?」
「ああ、お前の両親が陽登の特徴を全部教えてくれたからな。好きな食べ物はハンバーグカレー、苦手なものはピーマン、得意科目は特になし、苦手科目は全部。普段は1人でゲームに没頭しているが集団生活には全くとけ込めない典型的な陰キャのオタクと聞いている」
「余計なことまで覚えてんじゃねえよ。まあいいや、いただきます」
ふむ、見た目は美味そうだが問題は味だ。まずかったら即追い出してやる。
席に着くと、俺の真向かいに凛花が座り、僕が食べるところをニヤニヤした顔で楽しそうに見つめている。そんなに見られると食べづらいんだが。
彼女が固唾を飲んで見守る中、俺はカレーを一口頬張った。
「! ……こ、これは」
「どうした? 口に合わなかったか?」
「……すげえ美味い」
「良かった。満足そうで何よりだ」
「これマジで美味いよ。お前どっかで修業したの?」
「私は高等な教育を受けたからな。料理くらいできて当然だ」
「もしかして、毎日こういう料理作ってくれんのか?」
「もちろんだ。家事は全部私に任せておけ。お前を置いて買い物をしに行かなくても済むように食材は全てネットスーパーで買っている。さっき配送してもらったところだ」
「老人かよ」
ふーん、まっ、そういうことなら泊めてやってもいいか。
朝も助けてもらったし、こいつ案外使えるかもな。
ただでメイドを雇ったみたいで申し訳ない気持ちもある。生活指導はマジ勘弁だけど、それを差し引いても便利な奴であることに変わりはない。
と思っていたのだが……。
俺は夕食も凛花に作ってもらい、この時は麻婆豆腐を作ってくれた。白飯にサラダまでついてきたけど、こいつ本当に何でも作れるんだな。
いつもなら昼も夜もコンビニ飯で済ませるんだが、今日は贅沢な気分になれた。
「はぁ~、風呂の支度までしてくれるなんて、ホントに楽でいいなー」
俺は風呂の湯船に肩まで浸かり、のんびりと機嫌良く過ごしていた。
昼間はマジで変な奴だと思ったけど、収まるところに収まってさえいれば結構良い奴だな。できれば学校も行かずにこのまま楽して生きていきたいなぁ~。
そんなことを考えていると、ガチャッと風呂の扉が開く音が聞こえた。
何事かと思って音が鳴った方向に首を向けてみれば、豊満な胸から下の部分をバスタオルに包み、何食わぬ顔で風呂に入ってきたのだ。
「いやいやいやいや! お前何勝手に入ってきてんだよっ!?」
「お前が溺れないか心配になってな」
「あのなー、風呂で溺れるわけねえだろ」
「陽登、油断は大敵だぞ。私はお前が無事に過ごせるよう常にお前のそばにいる義務がある。だから風呂の時も寝る時も一緒だ――陽登? どうした? 何故顔を見せてくれない?」
ただでさえ透き通るような良い体してるんだから自重しろよな。もし俺の沸点があと1センチ低かったら理性を失って襲いかかってるところだ。
俺はそっぽを向きながら顔を赤くし、一刻も早く風呂から脱出することばかりを考えていた。
「いや、まともに見れねえから。一応俺、男子高校生だし」
「照れたか」
「そーゆー問題じゃねえ!」
結局、俺は凛花に背中まで流してもらい、風呂上がりの後でパジャマに着替え部屋へ戻ると、昼間と同じ姿の上から可愛い赤色のパジャマを着用した凛花が布団を持って部屋へと入ってきた。俺のベッドの隣に布団を敷き、そのままかけ布団をかぶった。凛花専用のボディスーツは何着ものスペアがあり、普通に下着としても機能するんだとか。
いくらボディガードでもここまでされると困るんだよなー。なんかもう不安になってきた。
これからずっとこんな如何わしい生活が続くのだろうかと思い、俺は頭にまで布団をかぶった。
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