第10話「落ちこぼれは部員たちと団結する」
土曜日、俺は凛花と一緒にショッピングモールへと出かけた。
理由は他でもない。部室用のゲーム機やメジャーなゲームを買うためだ。
他には雫、焔、友恵、真琴も来てくれた。傍から見ればハーレムにしか見えないが、実際のところはどうしようもないくらいに俺が離れたい気分だった。カップルでもないのに周囲の男子から嫉妬の目で見られる俺の目にもなってくれ。
特に年の近い男子からはすれ違う度に眼光を放ってくる。
もし1人だったらもう御陀仏だったかもしれない。だがその不安を跳ね除けられるくらいの自信が俺の足を歩ませていた。こういう時は自称ボディガードの称号を持つ凛花が役に立つな。
「陽登、どうしたんだ? 気分でも悪いのか?」
「そりゃそうだよ。だって俺、こんなに大勢の人の中を歩くの久しぶりだし、集団の中はマジで滅入っちまうんだよ」
「じゃあ何で高校に進学してきたの?」
友恵がさりげなく真顔で俺に尋ねた。
そんなの俺が聞きてえよ。別に隠すようなことでもないし、俺は全ての事情をあっさりと話した。
一言で言えば親に強制されたわけだが、俺が学歴を重ねるメリットと言えばせいぜいモラトリアムを延長することくらいだ。今にして思えば、半ば逃げの進学となってしまった。
高校進学を断れば親戚がやってる会社に行けって言われたけど、そこはもう過酷な労働環境という噂を耳にしたため、奴隷労働をさせられるならと拒否し、誘導される形で進学させられた。
「一応進学という義務は果たしたから、当初はすぐにフェードアウトする予定だったわけだ」
「要するに、進学も就職もする気がなかったと」
「ほんっと情けないわねー。そんなに集団が苦手なわけ?」
「ああ、もちろんだ。ゲッツーとか三振とかでみんなに迷惑をかけるくらいだったら――いっそのこと参加しないで、世の流れを見守る側に徹する方がいいに決まってる。世の中には就職したり群れちゃいけない人間もいるんだよ。俺みたいにな」
「「「「「……」」」」」
俺がそう言うと、凛花たちが同乗の目をこちらへと向けながら押し黙ってしまった。
やべっ……やっぱこんなこと話すべきじゃなかったな。
「私がお前から離れている間に何かあったのか?」
「……言ってもいいけど、ドン引きするだけだぞ」
「最後まで聞かせてくれ。私たちは同じ部活の仲間だ。部員が困っていたら、悩みの1つでも聞いてやるのも仕事の1つだと思うぞ」
「……」
凛花の言葉を聞いた俺は空を見上げた。
あれは中学の時だった――。
俺は人数が足りないからという理由で中学の野球部に入部させられ、主に8番ライトで他校との試合に駆り出されていた。
成績は最悪と言っていいものだった。俺はチームの三振王だったが、ゲッツーだけはしないように足だけは鍛えるようにしていた。今はどうか知らんが、当時の野球部ではゲッツーを犯した者は犯罪者のように扱われる風潮があった。
だからゲッツーが発生しうる場面では必ず送りバントを心掛けていたのだが、そんなある日、事件は起きてしまった。
地区大会の予選での出来事だった。
格上の中学を相手に勝てるチャンスがある試合だったが、そこで運悪く俺の打順が回ってきた。最終回ノーアウト1塁2塁のチャンスだった。
監督からのサインはなかった。俺はいつものように送りバントをしたが、まさかバントをするとは思わなかったのかランナーのスタートが遅れてしまった上に転がした方向が悪く、まさかのトリプルプレーで試合終了となってしまったのだ。
試合後、俺は全部員から誹謗中傷を受け、トリプルプレーの責任を取る形で退部となった。
それからというもの、俺は全校生徒からの壮絶ないじめに遭い、不登校を希望するも親から拒否され逃げ場所がなかった。
そこで俺は不登校を認めてもらえるまでの間は非行に非行を重ねた。喧嘩を売ってきた生徒を片っ端からボコボコにしたのだ。10人以上との喧嘩を終えた後、俺はようやく不登校を認めてもらえることとなった。もうこの時点で自己肯定感は地に落ちていた。
周りに馴染めず、テストの成績も悪く運動音痴でずっと馬鹿にされ続けた俺は……怒りの矛先を社会へと向けていた自分に驚いた。
やばいのは自分でも分かってる。
このまま集団と関わり続ければ、いつか事件を起こしてしまう。
だから俺は積極的に集団という集団からドロップアウトしようと努力した。なのに俺は進学か就職の二択を突きつけられ、仕方なく進学を選んだというわけだ。苦渋の選択ってこういうことを言うんだろうか。
「俺はそういう人間だからさ、気に入らないなら距離を置いてくれて構わない――!」
ふと、横を見てみれば、凛花たち全員が泣きながら俺に同情の念を寄せていた。
俺は思わず足を一歩引きつつのけ反ってしまった。
全く俺を嫌う様子がないばかりか、凛花はそんな俺に正面から優しく抱きついてくる。
「そうか、そんな事情があったんだな」
「よく分かっただろ。もう夏が終わったら俺のことは――」
「みんな、陽登の高校生活を輝かせるためにも、必ずビデオゲーム甲子園への出場を決めるぞ」
「うん、必ず出場しよ」
「私、陽登と一緒にゲームしたい」
「そういうことなら協力しようかな」
「まっ、こんな奴でも根は良い人みたいだし、高校生活くらいはまともに遅らせてあげたいわね」
えっ……俺完全に可哀そうな奴って思われてるよな?
可哀そうみたいな同情とか、正直めっちゃ上から目線に見えて腹立つんだけどな。
でも何だろう。こいつらを責めようって気にはならない。
もう全てがどうでもいい。俺はなるべく早く高校をフェードアウトして、そのまま仕送りだけでのんびり暮らしたい。もう少しでそれが叶うはずだったのに、凛花にそれを阻止されちまった。この自称ボディガードは俺の平穏な人生までは守ってくれないようだ。
「あのさー、俺の話聞いてたか?」
「ああ、聞いていたとも。野球がきっかけで陰キャになったんだろ」
「雑に覚えてんじゃねえ!」
「私は決めたぞ。必ずこのゲーム部でビデオゲーム甲子園を目指すぞ」
凛花たちはそう言いながら円を作り、その中央に右手を重ねた。
すると、彼女たちはあとはお前だけだぞと言わんばかりに一斉にこっちを見た。
「……はぁ~、しょうがねえなぁ~」
俺は彼女たちの勢いに飲まれ、そのまま1番上に遭った凛花の手の上に自分の右手を置いた。
こんなことでいいのか? このままじゃ俺の人生、ずっと世間に振り回されっぱなしだぞ。それで本当にいいのか? 退学するなら今すぐにもできる。だがそれを良しとしない自分もいる。
俺はなんて中途半端な人間なんだと改めて思い知らされた。
俺は凛花たちとゲームコーナーまで行くと、そこには世間に名の知れたゲームが揃っており、既にうちにもあるゲームもあった。ゲームコーナーでパッケージを見るとやりたくなるんだよなー。
「ふふっ、嬉しそうだな」
「ゲームは人間と違って俺を非難しないからな」
「ゲームは人間のようにお前を守ってはくれないぞ」
「守ってくれた人なんて……凛花くらいだよ」
「陽登はもう少し人を信頼するべきだ。一歩前に踏み出してみろ。かつて私の人生を救ってくれたようにな。じゃないと、いつまで経ってもそのままだぞ」
「俺はお前のわがままにつき合ってるだけだ。今の内に夏が過ぎた後のことを考えておけ。あのメンバーでうちのゲーム部がビデオゲーム甲子園に出場できるとは思えないからさ」
「それは出場ができなくなってから言え。私は陽登を信じている」
「!」
俺は恥ずかしくなってそっぽを向いた。顔は梅干しのように真っ赤だった。
何故だろうか。彼女の言葉には今までにない温かみのようなものを感じたばかりか、それが俺の胸に突き刺さってくる。誰かに信じてもらったことなんてなかった。誰も試合をやるためだけの8番ライトを信じるはずがないからだ。
今の俺はただの生徒だが、それでも信頼に値する人間ではない。
そんな俺を無条件に信じてくれているのが嬉しかった。
目からは大粒の涙が出ていた。だがこんなみっともない顔は見せたくない。もう失うものがないってのに何言ってんだろうな。
その後、俺たちは部室用のゲーム機とソフトを買い込んだ。全部俺が持たされたけど。
まあ、こんな集団生活なんてもう体験しそうにないし、いっちょやってやるか。
本作はここで完結とします。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
しばらくは代表作の傍ら短編や10話完結の長編を投稿していく予定です。
気に入っていただければ下から評価ボタンを押していただけるとありがたいです。