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鬼/5


 木の葉が森に紛れるように。

 隠蔽の力を使う事は、俺にさらなる負担を強いた。

 とはいえ、それほど効力がでるわけでもない。

 短い時間でいい。短い時間でいいのだ。

 ただ、目的を果たすために少しの遅れが出ればいい。


 そうして町に入り、勘のいい人たちから驚愕の目で見られながら進んで――もうすぐ着くと知らせるように、俺は咆哮した。

 俺の声は全て力を持つ。

 紛れる力も解除して、俺は咆哮した。

 興奮作用を持たせるように。

 俺一人では困るのだ。

 目的を果たしたのなら――子供は誰かに任せねばならないのだから。


 子供の気配が小さくなっていく。


 それを、確かに俺は感じ取っていた。

 あぁ、死んでしまうな。

 どうして殺そうとするのだろう。


 色々な感情が去来する。

 また負担が来る羽目になるが、死んでしまっては本末転倒だ――無理やり蝋燭の火より小さく感じる渡した力に、『親』として接続をする。

 そうすることによって――より痛めつけられたことがわかり、これは本能として『身内』が気付つけられたとして勝手に殺意が放たれる。


 強すぎる気配は人を動けなくする。


 次から次いあふれ出てくる殺意をなんとか無理やり抑え込みながら――そうしてようやくたどり着いた。


 ごめんください。


 と丁寧に挨拶もする気もなければチャイムを鳴らすはずもなく、そのまま突撃するように、しかしやりすぎないようにある程度丁寧に拳を振るって玄関を吹き飛ばした。

 轟音と風、色々なモノが飛んでいき、埃が雪のように舞う。


 先にあるのは――転がった子供。

 状態異常になったような、赤らめたような顔をした男女二人。

 死にかけすぎる子供に手を向け、つなげたラインからまた力を流す。

 流しすぎているような気がするが――死ぬよりはいいだろう。


 繋げて近づいたからか、力は減っているというより――奇妙に馴染んでいるようにも思える。

 だから、多分これで死ぬこともないだろう。


『――――!!!!』


 ぽかんとした顔をして状況を把握していない愚鈍な人間に対するように、咆哮をまた一つ落とした。


「ぐぅ……ぁ! んだよぉ! バケモンがぁ! 幻覚じゃねぇのかよぉ!? いてぇよぉ……血がでてんじゃん……」

「痛っ……警察なにしてんの!? つーか、そこに狙いやすいチビがいんだろ!? なんでこんな目に私がっ」


 あぁ、人とはどこも変わらないものなのだろうか。

 いいや――いいや、それだけではないはずだ。

 少しだけ、また悲しくなる。


 俺はこんなにも人に縋りつくようにしているのに、こいつらとかそういう人間は、こんなにも。

 こんなにも容易く、理性あるものであることを放棄する。


 じゃあ獣と変わらないじゃないか。


 己と同種で、己の血を分けた子供さえ玩具にするというのなら。

 それは、人間を食料と見る化け物よりなんというか、ダメな事なんじゃないか。

 ただ遊ぶために攫ってきて弄るような化生とどう違うんだ。

 それじゃ、俺みたいな化け物とどう違うんだ。


 どれだけ。

 どれだけ、馬鹿に。


「ぐぅっ――!」


 畜生、両方ともの頭をそれぞれ掴んで吊り上げる。打ち上げられた魚のようにどうしようもなく呻き暴れるしかできない。

 怒気に満たされても、殺意を抱いてさえ――

 何をしに来たのか。

 そう疑問を己にしてしまう。


 己の気持ちを誤魔化すように、放り投げる。


 畜生二人は壁を破壊するように、しかし死なない程度にたたきつけられた。

 また手加減をしてしまっている。


 それでもやるためにきたのだ――と、そちらに向かう前に子供に目を向けた。


 なんだ? その目は。という疑問。


 繋がっているから、向けられている感情もある程度わかる。一方的に、ではあるが。


 恐怖、ならわかるのだ。

 それも感じているし、そうなる理由もよくわかる。


 感謝、でもわかるのだ。

 自分でいう事ではないが。


 安堵、でもわかる気がする。

 理解はしていないだろうが、本能的につながっているという事はわかっても不思議ではないからだ。命が助かったかもしれない、と安堵するのもわかる気はする。


 だが、なんだろうか。


 それらとは違う。

 とても、嫌な負の感情。


 それは化け物であるからとかいうわけじゃなくて――ただの少年であったころから、聞けば顔をしかめたくなったような類の――?


『――――』


 振り払うように、俺は気付けば視線をそらして畜生二人の元へ足を進めていた。

 やろう。

 殺されかけていた。

 もともとこうするために来たのだ。

 最後に、やったほうが良かったと思う事をやってから終わろう。


 そうして、俺は二人を殺すために手を振り上げた。

 振り上げて――


 恐怖する人間二人を目の前にしたとき、後ろから糸を引っ張られた人形のようにとまってしまった。


 どうして?

 と思う。


 だって、だって違うじゃあないか。

 無抵抗な子供を殺せない事と、確かに友好関係のようなものを結んだもの、しかも同族とはいえぬまでも近くにしたものを傷つける畜生共を殺すことは別のはずだ。

 なのに。


 なのに、こんなにもできない。

 躊躇いすぎたままでいる。


『―――』


 なのに、どうして。

 どうして、俺はそれを、この状況を、()()()いる――?


『……』


 ここにきてようやくわかった。


 俺は、(同種)殺しをしたくないのだ。

 そしてここに来たのは――それを確かめに来たのだ。


 それは、こいつらが鬼畜めいているという意味ではない。


 ああ、なんということだろう!


 何が孤独だ。あぁ、孤独だろうさ。

 俺が、俺こそが、最初からあっちの人間を人間としてみていなかった。俺にとって同じ種類の生き物はあの世界にいなかったのだ!


 何が化け物として生きてきただ!

 化け物としてさえずっと生きてこれなかったのだ!


 人間としてあることも、化け物としてさえあれていなかったのだ。

 見れていなかった。自分自身さえ。

 俺の人間性というものは、はじめからその程度だった。


 人間として人殺しは許されない悪い事だから。


 そうやって教えられてきたから。人の形をしても人でなければ殺せるし、畜生でもそれが人なら殺せない。


 同族殺しは本能的に、他の生物を殺すのとは別に忌避の感情が湧くものだから。

 理性がある人間ならなおさらのはずだから。


 俺は本能で別の生き物だと断じ続けていたのだ。


 最初から最後まで。

 何が化け物だ。

 俺は、ずっとずっと中途半端だ。


 こんなにも混乱して、恥ずかしくもなり。

 しかし、愚かしくもこの期に及んで喜んでいるのだ!


 ――あぁ! こんなゴミ屑を殺すことさえ躊躇う事こそ、俺が人間である証拠なんじゃないか!


 って。こんなゴミ屑でさえ人間であるというのなら、それに悩み、ためらう俺は、そうしながらもそうしにきた俺はより人間じゃないとおかしいじゃないか! とか、そんなことすら思ってしまうのだ。この瞬間に。


 それはなんて、恥知らずなんだろうか。


 それのどこが、『理性ある人間』という生き物なのだろう。

 命を懸けて、俺はいったい何を。

 最後の最後に、貶めるようなことをして。


「お、」


 考えに沈んでいたのは、現実では数秒に満たない時間だったろう。

 それを打ち破って声が聞こえた。

 顔を向ける。


『……』


 やはり、その目は――


「おか」


 あの日のように、何かを握りしめていた。

 その握りしめていた何かを、あの日とは違って、咆哮と共にただ攻撃するようにぶつけてきた。


「おかあさんをいじめるな! ――ばけもの!」


 あぁ、それはなんとも綺麗で純粋な子供心――だったとしたら、俺はもうちょっと救われたかもしれない。


 繋がり。

 本来は同種を増やすための、そして支配するためでもある繋がり。


 それが――今は特別知りたくもない事を教えてくれるのだ。


 それは強く強く思っているからか。

 それとも、俺がただ単に死にかけているからか。


 それは打算だ。


 激情に駆られたような目の奥で黒く光る。

 激情と混ざるようにそれをきちんと後ろから糸を引いている存在がある。


 なんとも理性的である。


 正確には、親を心配しているわけではないことがわかる。

 正確には、俺のことなどどうでもいいのだと心底思っていることがわかる。


 助けに来たんだろ、おせぇんだよ、だからせめてもうちょっと役に立ってくれよ、みたいな自分本位の感情の津波が。


 子供だからとかじゃないんだろう。

 きっと、後から聞いても自覚すらしたがらないだろう。

 そういう類の人間であったということか。


 ふいに、ただの少年だったころ聞いた、時に救助された人間は救助した人間に対して悪意を放つという事を思い出した。


 思えば、恐怖して逃げ出した次の日に都合よく忘れてきたことを、ただ子供だからと片付けるべきでもなかったということだろうか。

 そのことがなんだか少しだけおかしいような、悲しいような。


 つまりこの行動は、ここで親を庇えばもしかしたら。

 どうせこの化け物は自分を殺さないとわかっていて。


 そうだ、『鬼退治でもしたのなら』という。


 無理かもしれないが、やらないよりはチャンスがある――その程度の動機で。


 それは、なんとも、人間らしいというべきなのだろうか?

 子供からして、打算で、期待で、計算で、欲にまみれた存在だった。


 あぁ――欲を優先する鬼のようでもあるけれど。

 人間でありながら、俺を介して異世界の鬼を抱えたこの子供(人間)には、確かにお似合いなのかもしれない。


 負の感情に支配されていた己が、落ち着いていくのがわかった。

 色々あったが、目的は達成できるようだ。

 それがメッキでも、『生かす』ということはできるようだ。


 ここまでできるんなら、親から離れさえすれば、どうとでも生きることができるだろうから。

 『後悔した』とうそぶきながら、自分の為なら次の瞬間その対象を刺せるようなありふれた人間になれるだろう。


 あっちでも見た、命乞いして助かるためなら仲間を差し出したり、助かったと思えば後ろを向いた次の瞬間襲い掛かってくるようなそういう人間の目によく似ているから。


 あぁ、しかしそうならば、やはりこっちもあっちも同じ人間だっということなのだろうか。

 こんなにも殺すことに対する感覚が違うのに。


 がっかりした、というには、あまりに俺だって勝手すぎて。


 だから、きっとお似合いかもしれないとそう思った。

 だから、トモダチと呼べるくらいには似た者同士だったかもしれない、と。



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