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鬼/4

 それは、親切心のようなものが含まれていただろうか。

 同情だったろうか。

 哀れだったからだろうか。

 それとも思考通りの、最後の実験のようなものに過ぎなかったかもしれない。


「……?」


 最初怯えていたことを完全に記憶の隅に追いやっている様子の子供。

 手招きすれば疑問符を浮かべながらも無警戒によってくる。

 昨日よりも死にかけている子供。


 俺はいわゆる回復魔法のようなものが使える。

 使えるが――いろいろな意味で、この世界ではダメなようだった。


 死にかけの小鳥に、不意に試してみた。

 某かの原因で内臓をはみ出しながらギリギリ生きていた小鳥は、逆再生するようにそれを治めながら傷を修復していき――そのままぶくぶく泡立つように膨れ上がってパンと小気味のいいような音を立てて破裂してしまった。


 三度ほど繰り返してみたが、結果はすべて同じ。

 三度ほどでやめたのは、そのまま続けていれば知的好奇心によるこの実験だけで命が終わることを自覚したからだ。


 この世界は、よほど向こうの世界のものを嫌うらしい。


 いるだけで消耗が激しいのに、得意でない小さな回復でも思いのほか消耗したのだ。

 繰り返したのはその確認の意味もあった。

 おそらく、回復だけではなく、力を消耗するようなもの全てがそうなっているのだろう。


 元からある魔力のようなものの消耗以上に、命そのものが削られるような感覚があった。


 死にかけの子供と、もしかしなくても同じくらい死にかけている化け物。

 類が友を呼んだというにはあまりな対比に笑いたくなってくる。まぁ、うまく笑いもできないわけだけれど。


「なにするのー?」


 かざした手を不思議そうに見てはいるが、恐怖心はかけらもない子供。

 人間なら大丈夫かもしれないから破裂しないのにベットしてルーレットを回そう! ……というわけではない。

 まぁ、その。

 非道さでいえば、似たようなものなのかもしれない。いや、似たようなものどころか、最悪か。


 力を籠める。

 絞り出すようにすると、体の節々が痛む。痛むというか、拷問でもされているかのような痛みが走り回っている。

 そうしてぽっ、と、俺の手から発生させた黒い光に子供は見入っているようであった。


 あちらの人間が見たら顔を一斉に顰めるような光でも、知らなければ綺麗に見えるらしい。


 その光を、子供に流していく。


「わぁ、すごい! いたいがへった!」


 しばらくすれば子供はそうきゃっきゃと喜んだ。

 この光は、俺の化け物としての生命力と魔力のようなもの練ったものである。

 それらが収束してできる石であれば、人らが使う道具になるもの。

 しかし、石になっていなければ――危険視されるものでもある。


 あっちの世界で俺のような存在が生まれるにはいくつかのパターンがある。

 普通の動物がするような繁殖。

 力の溜まっているような場所からの自然発生。

 そして、他の生物の浸食によってのもの。


 この光は、本来三つ目に該当する手段。

 この光を取り入れさせれば、一時的に強烈なる力を手に入れることができるが――その代わり、取り込んだ量や種類に応じて体が変形していき、やがてその姿は化け物になるのだ。


「うへーい」


 そんな向こうでは嫌悪される光を受けながら風呂にでも入っているような気持ちよさを見せている子供。

 それはそれである種の面白さを感じはするが、一応俺は子供を同じ鬼に変えてやろうと思ってやっているわけではなかった。

 ――正直、状況から察するにそれはそれで面白いと思う化け物のささやきがなかったといえば嘘にはなる。

 が、それでも目的は知的好奇心と……自己満足だ。


 子供を見れば、傷がゆるりとは治っているようだ。

 内部で寄り添うようにある黒い光は――量を調節したこともあって予想通り、浸食以前に体を保持するのに精いっぱいのようだった。


 この分なら、この量であれば恐らく化け物化しきるようなことはないだろう。

 まぁ、他より身体能力が高くなったり、傷の治りが早くなったり治り方が違ってしまったりはするかもしれない。

 それ以上に、もしかしたら化け物になる可能性もないとはいえないし、適合せずに不具合が出るかもしれない。


 それでもしなければ死ぬだけだ、という気持ちと。

 俺は『人間性』に従って子供を助けようとしたのだ、という自己満足のために実行した。


 化け物の本能的な『死にかけているから同種を残さねばならない』という気持ちを知的好奇心に置き換えることでぐっと抑えて、実行したのだ。




 数日間様子を見ていて問題なさそうだった。

 この調子ならもうちょっとだけ入れてやれば、命をつなぐことができるだろうと思い始めたころ、子供はこなくなった。

 一日たって。

 二日たち。

 飽きたのだろうか、と思い。

 あの、どこか執着するような目を思い出した。


 ありえるだろうか。

 あんな堂々と外に出ても助からなかった子供がやっとあえたような存在に、すぐ飽きるなんてことが。

 俺は、無いと思う。


「……」


 とても静かである。

 子供がこない今は、とにかく静かだった。

 ぎしり、と、体が痛む。

 ボロボロだ。

 ボロボロだった。


 家族を思い返した。

 友を思い返した。

 思い返さない日はなかった。


 それでも、やっぱり行く勇気は湧かない。

 静かだ。


 子供はこない。


「……」


 あの子供は、自分にとってどういう存在だっただろう。

 きっと――俺としての最後の短い命の時間に、コミュニケーションらしいコミュニケーションを交わし続けた人間とは。

 ただの最後に向かう己を知るための実験材料だったろうか。

 そういう名前の、現実逃避だったろうか。

 人に諦めを知るための材料だったろうか。

 ただの暇つぶしだったろうか。

 傷があるもの同士の依存関係のようなものだったろうか。

 最後のありがたい小さな慰めであったろうか。

 それとも、ただ己の中の人を知るためのものだったろうか。


「……」


 もう、立ち上がるのも億劫である。

 黒い光を使ったせい――というだけでもないだろう。

 おそらく、俺は軽く見積もりすぎていたというだけだ。ちょっとはしゃぎすぎていたんだろう。主に思考が。

 帰還に浮かれ過ぎていたという事か、それとも――ただまた見ないふりをしていただけか。

 思ったより、この世界に化け物がいる場所というのはなかったらしい。いるだけで、拒絶されていく感覚。子供も俺もかわったもんじゃあない。


 おそらく、もう放置して後数日持つか持たないかくらいしか生命力がない。

 少しでもあちら由来の力を発揮してしまえばさらに短くなるだろう確信。

 そのくらい一気に、あふれ出すようにボロボロになっていってしまった。

 この部分だけ切り取ってみれば、俺は最初に見た子供よりもずっと死に向かっているかもしれない。なにせ、殴られたりしなくても勝手に死ぬほど弱弱しい。今でも簡単に人一人くらいならひねりつぶせるくらい化け物なのは変わっていないのに。ただ命だけが減っていく。


 ――補給でもすれば、別だろうが。


 子供と、それを最初にできなかった感覚が頭にこびりついたままなのだ。

 そのせいかどうか。それをする気持ちには、事ここに至ってもなれなかったのだ。

 今まで、散々そうしてきたくせに。

 ついぞ意味が理解できないままの恨み言が、聞こえてきた気がした。




「……」


 どのくらいか知らないが、意識が飛んでいたらしい。

 更に億劫になった体を押して、立ち上がる。

 命の火は、じっとしていればまだ後少しは持つだろう、と冷静な部分が判断している。そういうことに慣れたから生きていけたのだともいう。


 ――頑張れば、生まれ育った故郷に行くくらいはできるだろうか。


 怖さでずっと躊躇っていたが、事ここに及んでは、魅力的なことだった。

 一目見て死ねるなら、そうでないよりどれだけ幸福だろうかと思った。

 この世界に返ってきただけで上等ではあったが、欲というのは湧いてくるものだ。本当にしたいことは、事ここに至っても怖くてできないくせに。


「……」


 そんな、どこか人間らしさを思ったからだろうか。

 こっちに戻って一番一緒にいた、けれど実際数日でしかない関係の子供を思い出した。

 傷だらけで笑顔の子供を思い出した。

 どこにでもいる子供だ。

 あっちにもいたような子供だ。


「……」


 自分の両親とは、優しい人だった気がする。

 友人も、そうだった気がする。

 言い訳だろうか。これもまた、行くのをためらっているだけの。

 死にかけの子供だった。

 しかし、それだけだ。出会っただけで、助ける義理などはない。その場の同情のような感情混じりの実験で、何事もなければ生きていけるだろう力は渡した。それだけでも、情は果たせたはずだ。

 死にかけているのに、それ以上をして乱される必要があるだろうか。

 そんな義理がどこに存在する。

 自分を助けることもできないものが、他人をどうして助けることができるものか、と。


「……」


 そう、思いながらも――俺は、渡した力を探知するように感覚を走らせた。

 感覚が広がると同時に、何かがちぎれるような音が体の中から伝わってくる。

 ぬるりとする。毒々しい色の体液が流れていることが見なくともわかる。泣きもできないような眼球でも体液は流れ落ちるのだと、向こうでもストレスが溜まった時には変に笑えてきたものだ。

 どうやら、頭の一部も弾けたらしい。いよいよもって、限界だということなのだろう。感覚を少し広げることなど、むこうなら手のひらを伸ばす程度のものだったのだから。

 しかし、そのかいあってとても微小な力をとらえることに成功はした。


 ――ここまで一気に無くなるはずはない、小さく消えそうになっている力を。


 あぁ――やはり、むこうのあれこれはこっちの世界には嫌われているんじゃないだろうか。だから俺も死にかけているじゃないか。

 小さくなっていく力と、今現在死にかけの俺と、それらが被っているようでまた何かおかしくなるが、笑って痛がってをしてロスを生むわけにはいかない。


「……」


 俺は力を振り絞り、飛んだ。

 愚かなことしている。とてもとても愚かなことをしている。

 何かできるとも限らないのに、何をしに行こうとも決めずに走り出したのだ、愚かとしかいいようのない。

 でも、多分、愚かなことをするのが、人らしいんじゃないかとも思った。

 最後にそれが人らしいと思えたなら、それはそれで素晴らしい事なのではないかと。

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