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5/9

鬼/2

『もう、またゲーム持ってきて。食べる時くらい止めなさいってずっといってるでしょう? 成績だって落ちてるでしょう?』

『そうだぞ、食べるときくらいやめろ』


 当時はうんざりしていた口うるさい両親と共に、ただ食事をとるだけの光景。

 夢の中の自分が、それがよくわからないがたまらなく手が届かないものだと思ってしまって涙を流す。


『って、どうした……? 何かあったのか……?』

『え? 本当にどうしたの? 大丈夫? ……何かあるなら話しやすい方にでいいから話せない?』


 そんな自分を、心配する両親の姿。

 なんでもないよ、と口にすることはできずに、光に包まれていく。


「……」


 体から感じる異様なだるさと痛み、寂しさに包まれながら俺は目を覚ました。

 しばらく見なかったような、懐かしい、目が潰れてしまいそうな夢を見た。


 ざわざわという森の小さすぎるざわめき。

 命のというものが灯だとすれば、それは知っているものに比べてあまりにも小さく頼りないものだった。


 ただ、それは泣きそうになるような温かさでもある。

 異様なだるさと痛みを押して、立ち上がる。


 あぁ――声にならない声。


 わかる。


 あぁ――!! そう叫びだせるなら叫んでいただろう。


 魂で理解できるとでもいえばいいのだろうか。

 酷く馴染むのだ。


 体はこんなにも拒絶されているように痛むのに。

 心はどうしたって、この光景に歓喜を覚えずにはいられなかったのだ。


 肉体と相反するように、心が迎え入れられているように不自然さを感じない。涙が流せるなら滂沱の涙を流していたことだろう。

 満たされた郷愁の念をぐっと味わい続けていたが――それを痛みが邪魔をした。

 起きて、自覚してから――どんどんと強くなる痛み。


 毒でも食らってるみたいだな、と思った。

 向こうでくらったことのある症状にどこか似ていた。


 自分自身が削られていくような痛みはまさに毒のよう。人なら発狂必至だろう。

 耐えることができるのは、自分が化け物だからだと思うと笑えてくる。

 戻ってこれたのに、化け物のままだったことに少し落胆を覚えている自分にも。


 転生というご都合主義のような出来事があっても、物語のような素敵なストーリーは俺にはなかったらしい。

 体は見事に鬼のまま。それが与えられた現実だった。


 だから、この結果だってわかっていたはずなのに落胆する自分にも笑えてきたのだ。

 もし、と思っていた自分に。

 もしかして、元の世界に戻ったら体もそうなってるかもしれない、なんて。


 帰りたいと思っていて、転移か何かが起こるというご都合主義が起きたって――そこまでなのだ。それ以上、都合のいいことは起きない。これだって奇跡みたいな事なのだ。

 きっと、自分は運が悪いだけであることなんて、わかっていたはずなのだ。

 その転移だろうものだって、自分のためにおこったものではないことくらい。


 希望があれば、次に次にと思ってしまう。笑えてくる。そんなところはかわらない――

 いや、戻ってこれたからか。昔に精神的に近づいている気がする。


 化け物であることを忘れることはないが、それでも随分と人間らしい思考をしているものだと自嘲する。

 化け物であることに慣れていない頃からずっと、すり減り続けていたものが戻ってきたしまったかのようだった。

 手慣れた振りをして――単に、蓋をしていただけかもしれないと思うと更に笑い話だ。


「……」


 さて、状態から察するに、最悪このまま放置すれば恐らく死ぬ可能性が高い。

 問題は、この世界の人間を食ったところで補填が効くかということだとか、そうしたとして見つかって、どこまで逃げられるのかということだとか――大体からして、帰ってきた今、そこまで人外のまま生きる価値があるか? ということも考える。


 状態の確認をできる限りやるために、己の体に集中する。人である時よりそれは余程精密にできる――この体は、中身と違って本当に優秀なのだ。

 そうしてみれば、原因の一つはどうやら化け物としていた世界にあった――その世界の全ての生き物が生きていくために当然として摂取していた()()が――今いる世界の空気中には無いようだった。魔力とか、向こうでも誰にも確認できないから勝手に俺は呼んでいたがいうなればそういうものだと思う。体で自分色のそれに切り替えるために必要なもので、そこら中に当たり前にあったはずのものだ。

 食べなければ大量の摂取はできないものではあるが、少なくとも空気中にもあって呼吸するたび少し回復はしても、でていくようなものではないはず。


 しかし、それだけでこうなっているという感じでもない。なんというか、体が捻じ曲がるような感覚はそれだけではないと思う。拒絶されているというか。消耗の理由がそれだけでは説明がつかない。

 複雑にいろいろと、不都合が起きているらしいことくらいはわかる――が、さすがに自己診断だけではそれ以上はわからなかった。解決方法も。


 それでも、一気に死ぬということはなく、まだまだ力を出すのは問題ないようだ。

 ただ穴をあけたように消費し続けている事だけが問題だった。

 今までが蛇口から落ちる水滴なら、現在は蛇口を全開にしたようなものだと俺は認識した。


 よくはわからないが、多分、この世界自体が俺の体(化け物)にとって毒なのだろう。だから、それを無理やり回復するために消耗がより激しくなっている――


 恐らくは、補填さえきけば色々能力が落ちても生きてはいけるだろう――とは思う。問題が絡まってはいるのだろうが、その暫定的に魔力と呼ぶそれさえあれば、色々無茶が効くとんでもな生き物なのだから……希望的観測混じりではあるけれど。


 改めて冷静に自己に目を向ければ、信じられないほどどばどばと何かが減っていくのがわかるから間違えようもない。

 なくなった時が、自分の命が終わる時なのだと誰に言われずともわかる。


 まぁ――何も感じることができなかった異世界で死ぬよりはよほどいい。

 大体、ある主目的は達成しているともいえるのだ。そう考えると体が痛くとも、辛くとも、死が近くとも、気だけはなんだか楽だった。


 とはいえ、それでも俺はだからといって死ぬのをただ茫然として待つつもりはなかった。

 どばどば消費されているとはいえ、一日二日で死ぬわけではないっぽいこともある。


 自分のような種族は、知ってる範囲の化け物の中では上の下あたりの強さでコスパもいい部類の人からするとクソやっかいなやつだったのだ。

 その中でも、自分は恐怖や逃避等の目的で必要以上に鍛える結果になっていたことも作用してそこそこ強い――とはいえ、種族的にはそれでも上の下程度だったが。

 だからというのもあるだろう、辛いうえに弱くなるけれどもそれでもすぐ死ぬという体的の焦りもまだない。


 確かに、痛みとだるさは鬱陶しいのは本音だけれど。


 体は刻一刻と最悪に向かっている。

 しかしなんというか、肉体が『ここに存在することを許さない』とばかりに拒絶されているようなその感覚さえ、異物が排除され、自分の人間を肯定されている気分になってくるのだ。

 痛みを感じるのが、体だけだったからなおさらだ。


 あちらは、魂というか、そういう核というものが明確にあるというかわかる世界だったのだ。だから、なおさら違和感をずっと抱え続けてきたともいえる。だから――向こうでは削られるような感覚だったそれが、今減っていないことも、拒絶されていないこともわかるのだ。


 死にやすくなってしまっても、それがどうしようもなく嬉しかった。


 ――バカらしいことだ。

 だって、それで人間にも戻るわけでもないのに。死ぬのは怖いままでもあるくせに、死んでもいいかななんて思ってることも。


 どこか冷静にそう思いはしても、それでも楽しいような、口が笑いに歪んでしまうような、そんな気持ちを自分でも否定できない。


「……?」


 さて、どうしようか――状況から考えると楽観的に今後の行動について考え始めたころ、耳が悲鳴のような叫びを拾った。


 タスケテ。


 それは、一瞬理解もできない音の連なりだった。

 ――その短い言葉は――久しぶりに聞いた、俺のよく知っていた言語。


 助けなければ等と考えたわけでもなく――どちらかといえば、それはただのなつかしさであった。

 誘われるように――警戒することも忘れて、そっちに向かったのは、やはりどうしようもなく嬉しかったからだろう。


「……」


 音の発生源に一直線に向かえば、そこには人間の子供と、熊の存在。


 おお、そういえば、普通の熊ってこんな感じだっけ。と、他人事のように思う。

 向こうでも熊っぽいものはいたのだが、なんというか、形は似ててももっとえげつなかったのだ。

 変な感動に包まれてしまった。


 熊に感動しつつも、懐かしい言語を発したのだろう子供にも目をやって――どこか、妙な感覚が走る。


「……?」


 奇妙だった。

 あちらでは、鬼になってこのかた感じたことがない感覚だった。


 それは化け物になって、初めての感覚。しかし、なにか知らないわけでもない、知っているはずとも思っているという不思議なモノ。

 それを飲み込み、分析しようとしたが――時間が待つなどという事をしてくれるわけもない。

 熊は、今にも子供に襲い掛かろうとしていた。


 とりあえず、確認の意味でもどっちも食うか。


 今まで通りの判断でそう思った。

 極めて自然な流れで、ためらいもせずにそう考えた。

 別に、どれだけ懐かしくなろうが嬉しくなろうが――俺は人間に戻ったわけでも、更に別の何かになったわけではないのだから。


「……!」


 まずは、熊。

 そう飛び出した俺に、熊は驚くより前に――その頭をなくした。


 あ、と後悔した時には遅かった。


 熊というのが元々の俺の頭の中では強い動物であったためか、向こうで見てきた熊モドキはもうちょっと強い部類だったためか、それなりに力を込め手放たれてしまった一撃が熊の頭を血煙に変えてしまったのだ。

 頭をなくした体から少し血がぴゅーと飛び上がり、ふらふらとどこかにいきたがるように数歩だけ動いて――後ろにずしんと倒れた。

 頭付近が一番向こうでは摂取効率が良かったから比べたかったという後悔がちょっとだけ湧く。


 まぁ仕方がないとして、切り替え、次は――


 と、いつものように、振り返って同じようにしようとした。

 さて、今度はもっともっと手加減をしなければとナチュラルに考えている部分もあり、余裕もあった。

 冷静な部分で、騒がれて手遅れになる前に手早く処理しようという心も。


 ――次は?

 しかし、手が動かない。


 おかしい。


 なんでだろう……? なんか……()()()()()()


 そんな気持ちが止められない。

 今までと同じでやろうとしたのに、どうしてか強く拒絶が走るのだ。反射的な動作すら抑えてしまうほどの拒否感。


 郷愁の念云々で、とは根拠として小さすぎるように思えた。己の本能として満たさねばならぬという飢えもあるし、今更、それが子供だろうが俺には関係ないはずだった。

 人間が動物の子供を見て躊躇うよりももっと、手慣れた行動のはずなのだ。元々人だとて、今は違うしそういう世界で生きてきたのだから。


 帰ってきて、そんないきなり甘さがでるなどあるわけ――そんな話があっていいわけがない。


 戸惑う。

 幾多の命を奪ってきた、今も熊という生き物をためらいなく、容易に殺しせしめた己の腕を見る。


 熊を見る。

 食えそうだと思う、うまそうとは思う前に――はやく飢えを満たさなければというほうが強く出る。


 子供を見る。

 知識では食えそうだとは思う。

 経験ではきっと補填もあるていどきくに違いないと思う。


 むしろ、熊よりもっと馴染むのだろうという、化け物としての本能がそう確信している。


 それでも――拒否感が引いてくれない。

 なぜかは知らないが、とても嫌で。

 なぜか嫌悪感と忌避が湧くような。


 初めて、化け物として人と相対した時よりもずっとずっと――


「ひっ――」


 怯える声。

 どれだけ呆然としていたか、声がでるまで気付けなかった。

 そして、その声に反応するかのように、ず、と、気付けば1歩下がっている自分に気が付く。


 それを隙と見たか、単に恐怖が限界だったか。

 子供は逃げるために走り出した。


 遅い子供らしいスピードで、ちょっとずつちょっとずつ、化け物の我が身からすればいつでも追いつけるがしかし確実に離れていく。


 それを、どうしてか俺は追いかけることもできずに眺めることしかできないでいる。

 逃がせば、厄介なことになるとわかっているのに。


 俺は、この世界で自分の力がいくらでも通じるなどという楽観はしていない。

 長く生きるには、ともかく潜むなりしてやり方を考えていくしかないのだろうということくらいは考えている。

 それなのに、その思考時間さえなくなる危険性が高いというのに――どうしても、追って始末する気にはなれなかった。

 この気持ちに、この気持ち悪いものに、どういう名前を付ければいいのかただわからないまま動く気になれなかったのだ。

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