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鬼/1

 自分は誰だろうか?

 その問いに誰が完璧に答えられるだろうか。


 俺は、こうなってしまう前に読み物のジャンルの1つとして人外に転生する、という題材のものを見たことがあった。

 幾多もあるそれらを楽しむことができる方の人間であり、それらを読んでいた頃はどうにも違和感などはなく、娯楽として楽しむことができていた。


 想像したことがある。妄想したこともある。

 しかし、想像することと現実になる事、読むことと成ることは、どうしたって違う。

 違い過ぎることだ。

 現実、我が身にそれが襲い掛かれば――話のように、綺麗に収まりはしないものだと俺は思う。


 きっと、そうなれるのが素質というやつで――そうなれないやつが、くさるほどある物語で光り輝くような物語の中で一文で終わらせられるようなありがちな存在なのだろう。


 ――勇者にモンスターは切り殺されてしまいました。


 みたいな感じに。


「××――!」


 おそらくは、命乞いだろうものをする――人間と呼ぶべき形をした生物の頭を、自らのすっかり変わってしまった大きな腕で握りつぶした。

 なんということはない。

 まるで熟した果実を握りつぶすように呆気なくも簡単にできる。


 みなれた現在の自分の姿をわかりやすくいうならば、鬼だろうか。オーガ、でもいいが、やっぱり鬼といいたい。

 鬼は様々な創作で用いられ、その姿もまた十色であるが――その中でも俺の姿は黒く、筋骨隆々プラスのところどころ硬質的な部分がある……自分でなければ、創作で見るなら、他人事ならかっこいいかもしれない感じのそれ。

 怪物の名に相応しい、見た目以上の知っているような物理法則に反する怪力。身体能力。回復速度。成長性。軽く魔法めいたことまで可能。

 あぁ、まさしく化け物。喋ることはやめてしまったからか、その機能は無駄と体が判断したかだいぶ衰えてしまったが、咆哮やそれに伴う力を乗せることはできるので特に問題はない。


 どうしてこうなっているのか。

 簡単にいってしまえば、当時学生であった俺は突然どこかに飛ばされて――呆気なく死に、転生というものを体験したという数々読んできた小説のような話。死んでから転生するか、転移して死んで転生するかくらいの違いか。


 そこは読み物のようなファンタジーな世界。


 もし、もし転生したのが人で、ゆっくりその世界を知ることができたなら。

 そうでなくとも、転移時点で生きることができて、その文化の中で生きたなら。

 あるいは、魔物等と呼ばれるような化け物にその身が変化したとしても、なんら変わりない人格を保てていたのであれば――そうでなくとも人とコミュニケーションできる成りなんなりの、何か希望があったなら――

 俺にも、自身が読んだような物語を体験する機会を得られたかもしれなかった。


(うまい)


 俺はこの世界の人と呼ぶべき文化を築いている生き物を殺すことに、今ためらいなど微塵もない。

 ただの食事風景。毎日の光景。パンをトースターに入れるほどの、ためらうほうがおかしい行動。


 いや、とはいえ、最初はためらいというものがあったのだ。

 自分という人間がサイコパスであってシリアルキラーの素質があった等とうことではない、はずだ。


 俺は、むしろ前の人生で人を傷つけることを好むような人間ではなかったから。

 だから、これは創作で見るようなそういうためらいであり、自分が人で居続けていると思ったのだ。


 数ある人外転生してきた物語でよく見るように、よく見たように、体が変わってしまっても己たる根本は人間なのだと。

 まだ人であるのだと。


 だが、違う。

 違うのだ。


(足りないな)


 そのためらいは、あくまでも食べるために動物を殺すという事への忌避感でしかなかったのだ。


 ――食べるために猟師が肉をさばくことも、慣れない人間ならば躊躇う事に不思議はないように。


 そのためらいと、人間を殺すことをためらうのとは、また違うものだ。

 俺という人間は――空腹に負けて、初めてその体を2つに切断した時に知識ではなく本能で理解した。

 同種を殺すことと、他種を殺すことには大きな隔たりというものがあるということを。


 俺は、前の人生で意図せずして動物を殺してしまったことがある。命を比べるなと言われたって、多くの人は虫を殺すよりも、どうしても罪悪感を抱きやすいと思う。


 ――その時に感じた『あぁ、やってしまった』というような感覚に、この世界で初めての人型生物の殺害についての感想はよく似ていた。


 鬼と呼ばれるような生物になった己は、この世界の人間を殺しても何も思わない――とまではいかないが、少なくとも慣れればそうそう躊躇う事も無いきものであると。

 今殺した人間という生き物と同じ生物でなくなってしまったのだと、本能で、そして体験を通じて理性でも理解してしまったのだ。


 もう、自分は人間ではないのだと、とてもおいしそうに見える死体を見て、そう思わざるを得なかった。


 殺したときの後悔よりも、殺した後の自覚のほうが衝撃が圧倒的に大きな時点で、どうしようもないのだと悟ったのだ。

 前世というものは、前世でしかない。

 前世人であろうが――今、人でない事実が覆るわけではないのだと。所詮、そんなものは体に左右される程度でしかない――


 どうして、人の意識など残したのだと恨み続けた。今もそうかもしれない。

 どうして、自分なのだと。他人がそうであれと、不幸でアレと呪った事なんてないはずなのに。


 どうして、どうして、どうして!


 どうしてこんな目に合わねばならないのだ!


 思って叫んだ言葉は、咆哮にしかならなかったけれど。


 いっそ、何も覚えていなければよかったのだ。


 ただ、それでも俺は帰りたかった。いやだからこそ帰りたかった。


 元の世界に帰りたかった。


 こんな体でも、もう一度、人であった頃の景色を見たかった。

 今の自分ではきっと化け物扱いされることはわかっていても、帰りたかった。

 元の体に戻れればそれは一番だけど、そこまで考えているとか望んでいるとかそういう話ではないのだ。


 ただただ寂しかった。


 人間と呼ぶべき生物によることもできない。食べねば生きていけないのだ。

 この世界で、化け物と呼ばれるような分類の生き物はその摂取するものも特殊性があるようだった。俺にはよく仕組みもわかっていないが、観察や体験や本能で、()()を摂取するには人間が1番いいらしいという事だけは知っている。この体はとにかく食事が必要で――人を好むし、人のコストパフォーマンスが特にいいと。


 大きく、強い化け物ならばそれをより多く摂取できることは知ってはいたが、種族的好みをおいても、効率を考えるとどうしても人間に落ち着くのだ。だから、この世界の化け物共は人間を積極的に襲うのだという事を俺は理解しているし、またそうしている。


 ただ、一匹の鬼になり切ることもできないままでいたのも事実。


 記憶なんてものがいつまでもあるから。

 いつまでもいつまでも、あるからそれに縋りたくなる。

 縋るから、そのものにいつまでたってもなれない。


 もとより、群れをつくらないらしい生物であることも影響している。それでも、交流すらおぼつかないでいるのは――どうしても前世の、人の認識があるが故であることもまた間違いない事だった。

 同種として見れない部分があるのだ。鬼に対してすら――


 自分は、孤独である。

 勝手にだけど、孤独になってしまった。


 美的センスや本能的なものが俺だったものと鬼になったもので喧嘩でもしているのか、同種にも他種にもそういう魅力を感じ取ることができなくなった事もそれに拍車をかけている。


 俺は、孤独だったのだ。

 とにかくずっと、体のわからない場所が凍えるように寒かった。


 そんな中途半端な生き物になってしまった己がどこにいくのか。

 だから縋るように、ただ、故郷が見いという思いだけが強く強く胸にへばりついたままに生きている。ただここで死にたくなくて毎日を過ごしている。過ごし続けてきた。


 それが、自分にとってきっと最後に残った人間性と呼ぶべきものだったのかもしれない。

 きっと、それさえ手放してしまえば楽になるとわかっていても。


(……なんだ?)


 食べ終えて、次を考えていると、ふと空気が震えるのを感じ取った。

 いや、空気どころではない。空間事震えているかのような異常。


 大きな力の流れ。


(力の流れが不自然だ。森が、死んでいっている……? 大きな儀式でも誰かが行っているんだろうか?)


 ず、ず、と吸い上げるように一定方向に流れる力。死んでいく跡地。

 この世界でそれがファンタジーな現象を起こすために必要な何かであることは俺にも経験で分かっている。

 それをもってこの力の量は、異常。

 その一言に尽きた。


 この地方を滅ぼしでもするつもりなのか……! と叫べるならそう叫んでいたかもしれない。


 自殺行為だと思った。

 力を大地より無理やり吸い上げている。

 循環も摂理も無視するような、後先考えていないとはっきりわかるような集め方。


 この世界には、人間と動物、魔物と呼ばれる化け物だけでない、所謂精霊等というその属性に根付いているような根源的でどうしようもない、神の如くの存在もいるのだ。


 その怒りを買えば、人間は滅びはしないまでも大打撃を受けるだろう。いや、下手をうてば滅んでもおかしくはない。実際、怒りをかったか一瞬で大きな人の町らしきものが抵抗すら許さず滅ぶさまを遠目からでも見たことがある。

 あんなことができる存在をどうにかできるという傲慢をどうして持てようか、そう思わせるような存在がいるのだ。いて、そういう存在はえてしてこういう行為を嫌う。


 この世界の神と呼ぶかもしれない存在は、人という種族全体を特別扱いするようなことをしていない。


 物語なら定番の魔族と人の争いもあるが、魔族などと戦っている人間からして、それは紛れもない自殺としか呼べない愚かな行為。例え強引に集めた力で魔族との争いで勝利を得ようがその後滅んでは何の意味もないのだから。

 大地の命が突きようが、それでそこにいるものがすぐに死ぬわけではない。

 その恨みも向かう。

 きっと、俺だってそうするだろう。

 地獄ができあがる未来しかない行為なのだ、子供でも分かるほど馬鹿としかいいようのない行為のはずなのだ。

 それでもどこか、この現象を、この馬鹿な行為を、俺は知っているような気がして――


(空間がっ――? やばい――死――?)


 動けない。

 ありえぬ流れを作ったせいであるのか、力を利用した儀式が発動したのかはわからない。


 ただ、空気が裂けた。

 ただ、近くの空間が割れた。


 風景の一部がガラスのようにぱりぱりと割れるように落ちてはさらさらとその欠片が光り輝き溶けていく。

 それは起きている事態にして嘘のような幻想的で美しくもあるきらびやかな破壊の風景。

 そして、そのガラスのように割れたその向こうから――懐かしい匂いがした。とてもとても、懐かしい初めて嗅ぐ匂いがした。


 それが、その場から逃げることを何より自分に拒否させた。


 あ――あぁ――と、言葉にならない感情が頭をめぐる。


 涙がでてくるようだった。体は流してくれないけれど、確かに俺は泣いていた。


 きっと、知っていた。

 それに飛び込むことは自殺行為なのだと。

 この儀式と同じように、結局それは死んでしまう愚かな選択なのだろうと、どこかでわかっていた。

 本能が怯え、やめろと叫んでいる。


「――――!!!!!」


 それでも、跳び込まずにはいられなかった。

 喉が張り裂けるほど叫びをあげて。


 だって、自分は寂しかったのだ。

 だって、俺は孤独だったのだから。


 ずっとずっと、それだけを望んでいた事であったから。

 吸い込んだか、飛び込んだか。

 とにかく、俺はしゃにむにそこに飛び込んだ。


 視界の端。変わるように、なにやら懐かしいような服を着たような――恐らくは過去の俺が着ていたような服で、そのくらいの年齢らしき存在がこちらを同じく見て目を見開いて驚きながらもすれ違うように入っていくのがなんとなくわかったが――それもどうしようもないことだ。


 あぁ――昔見たことがある。異世界転移系のやつ――人外に、転生に、トリップって、そんな色々要素突っ込めばいいもんじゃないよな――君らは、小説みたいに活躍できて、幸せになれたらいいな――


 現実逃避にそんなことを思いながら、意識は暗転した。

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