1.きっかけ
「オラッ!早く起きろよノロマ!」
男子生徒が僕の濡れた髪を掴んで顔を上げさせる。周りには数人の男女がニヤニヤとこっちを見ていた。こいつらは僕をいつもいじめているいじめっ子達だ。今日もトイレに呼び出されてリンチされた後、バケツの水をかけられた。
「おい拓海!ゴリラが来たぞ!逃げろ!」
トイレの外で見張りをしていた男子生徒が僕の髪を掴んでいた男子生徒に呼びかける。「ゴリラ」というのは数学の斉藤先生のあだ名だ。なんでも高校時代は柔道で全国1位に輝いた程の実力者らしく、非常にガッチリとした体格とその見た目に違わぬパワーからこのあだ名がついた。
「やべえ!逃げろ逃げろ!あいつに捕まると指導が長ぇんだ!」
いじめっ子達はそのままトイレから飛び出して走って逃げていった。その後を追っていく斉藤先生の「おい待て!さてはまたお前タバコを吸っていたな!」という声とドタドタという足音が前を通り過ぎて行くのを聞き、しばらくして体が動くようになると起き上がってそのまま下校した。
「はぁ〜、今日は結構酷くやられたな.........この靴痕取れるだろうか.........?」
うちの学校は校舎内でも土足のままなので、蹴られたところにはくっきりと靴痕がついているのだ。最悪である。
僕は吉田 陽輝、18歳の高校3年生だ。親は小さな頃に交通事故で死んで居ない。施設で育ったが、高校入学を機にその施設も出たので一人暮らしだ。生活費自体はバイト代と親の遺産で何とかなっている。
何故かは分からないが、昔からよく虐められるので特に心配されず大事にならないこの環境は都合がいいと言えるだろう。
僕はポケットからスマートフォンを取り出すと、耳にイヤホンをつけてダウンロードしてある音楽を再生する。たちまち周囲の音が消えて音楽のみになった。
僕はこの時間が好きだ。音楽の中にいるこの時間だけは周りを気にすることなく、ただ音の海に意識を漂わせることが出来る。
同じ理由で読書やアニメ、漫画も好きだ。作品に没頭すると、他のことは何も気にならなくなる。
いつものように音楽に没頭しようとした時、キーーーンと甲高い音が聞こえてきた。
何故か酷く気になり、イヤホンとスマートフォンをポケットにしまって音のする方へ歩いていき、角を曲がると、そこにはヒビがあった。
比喩でもなんでもなく、空間にヒビが入っているのだ。
「な、なんなんだこれ........って、うお!?」
僕は後ずさりしようとしたが、何故か出来ずに逆にヒビの方に不思議な力で引っ張られている。抵抗虚しく僕はヒビにあっさりと飲み込まれてしまった。
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