空中での体の使い方
続きです。
アンさんと一緒に始めて依頼を受けてからさらに数日が経った。
ボクの身は修行にかなりのめり込んでいて、その影響かすぐに素振り五千回を三十分でできるようになった。
今は一秒間に六回の連撃ができ、ステップも前後左右八メートルまで移動できるようになった。
「まさかこんなに早く成長するなんてね・・・。まだ半月経つか経たないかって言うのに・・・。ノア君が真面目だからかしら?」
「アンさんの教え方が上手だったからです。ボクは幸せ者ですね!」
ボクは素直な満面の笑みを浮かべて真っ直ぐ言う。
アンさんは、一瞬驚いたように、それでいて少し頬を赤く染め、ボクから視線を逸らした。
「ほ、褒めても何も出ないわよ・・・」
照れ臭そうに小さく言うアンさんが可愛く見える。
美しくかっこいい凛とした師匠とのギャップのせいなのかもしれない。
「・・・なに、ノア君のその目は・・・なんだかこそばゆくなってくるわ」
アンさんはそう言うと一呼吸置き、今日の修行について話し始めた。
「今日から回転とひねりをやってもらうわ」
「回転とひねり・・・それって空中で舞うように攻撃するやつですよね?」
思い出すのは初めてアンさんを見た時だ。
あの時、美しく空中で舞っていた。
それは人間離れした身体能力で、一朝一夕で身につけられる技術ではない。
「そうよ。体のしなやかさが必要だし、ステップにジャンプも加わって難易度は高くなるわ」
「でも、身につければ・・・あの美しい剣術をボクも身につけられるんですよね?」
あの美しい剣術を・・・。
そう思うだけで身体の内からワクワクと歓喜のような高揚のような、色で表すなら情熱の赤色と幸福の黄色だ。
「ノア君は直球で褒めるわよね。私の剣術を、美しい。って・・・。でも、何度もあまり真っ直ぐ言われると流石に恥ずかしいわ」
「え・・・でも、本当のことですから!誰が見てもそう言いますよ?」
「はいはい、そうね。褒めるの終了」
アンさんは頬を指でかきながら、ズバッと言った。
そして話は戻り。
「まずはノア君に前宙とバク宙をできるようになってもらうわ」
「前宙はできます。バク宙はどうすればできるんですか?」
「前宙はできるのね。バク宙をやったことがないのなら、バク転からにしましょうか。身体強化と少しのコツを掴めば、今のノア君ならすぐに使いこなせるわ」
ややあって、ボクはアンさんに言われた通り、身体強化を常時発動したままバク転の練習を開始した。
結論から言うとバク宙まで一時間でできるようになった。
「アンさんの言う通りでした・・・というか、ボクってここまで身軽に動けるようになっていたんですね!」
ボクは身体強化を軽視していた。
身体強化のおかげで素早く動けるし、高く跳ぶことができる。
それに素振りやステップ、アンさんとの模擬戦、その他諸々の修行がボクの自力も伸ばしている。
それが少しずつだが実を結んでいるのだ。
「そうよ。素振りもステップの修行も、その全部がノア君の力になってるわ。でもーー」
アンさんは、でも。と続けて。
「慢心は絶対にしないこと。ノア君がやってきた修行は私の剣術にとって基礎の基礎、一番大事なの。だから絶対に蔑ろにしないこと。いいわね?」
「はい。基礎が大事・・・肝に命じておきます」
「その心がけ一つでまだまだ成長できるわ。さて、そろそろ本題のひねりに入りましょう」
「ひねるということは横回転・・・ですか?」
「正解よ。前宙とバク宙が縦回転ならひねりは横回転になるわ。空中で攻撃する場合、縦回転は重い一撃を出すのに向いていても、連撃には向いてないわ。だから横回転の回転の運動エネルギーを利用して連撃をするの」
アンさんは続ける。
「まずは私がやってみせるわ」
アンさんはお手本を見せると言い、ボクから少し離れて軽く準備運動をした。
「それじゃあ・・・いくわよ」
アンさんは地面を、ダンッと蹴った。
空中でアンさんは、ギュッと体をひねる。
その瞬間、目で追えないほどの速度で回転して・・・回転の最後に剣を勢いよく振ると、鋭い風圧が生まれた。
回転を終えたアンさんは、そっと地面に着地した。
「とまぁ、こんな感じね」
あまりの凄さに、ボクは声の一つも出なかった。
「まずはその開いた口を閉じて落ち着きなさい」
アンさんの言葉に頷き、ややあって。
「落ち着いたようね。それじゃあ早速やっていきましょう。まずはひねって一回転できるようになりなさい」
「わ、わかりました!」
ボクはそう答え、ひねりの修行に入る。
アンさんを真似るように、地面を勢いよく蹴り、体をひねる。
横に回転をすること自体は簡単だ。
しかし、着地の時のバランス感覚が難しい。
ひねることで体の軸がブレてしまうためだ。
こればかりはやり続けて慣れるしかない。
「早速苦戦してるわね」
アンさんの言葉を聞きながら、ひたすらひねりの修行を行うのだった。
ひねりの修行から約二時間。
バランス感覚もなんとなくだが掴めてきた。
安定して横に一回転できるようになり、それを見たアンさんが・・・。
「横に一回転のひねりはよさそうね。次は前宙とバク宙と同時にやりましょうか」
「え・・・?ど、同時に・・・」
一気に難易度が上がった気がする。
流石はアンさん・・・スパルタだ。
でも、ひねりを前宙やバク宙と同時に行うことで、回避と攻撃を一緒にできる。
アンさんの剣術を身につけるには必須の技術だ。
「まずは前宙しながらひねる・・・」
ボクは頭の中で自分がそれをしているところをイメージする。
前宙をしている自分と、ひねりって横に一回転した自分を掛け合わせて・・・。
「よし、いける・・・!」
ボクは地面を思い切り蹴り、前宙をする姿勢を取る。
そこにひねりを加え・・・。
「よし!できーーってあれ!?」
体が前にぐるっと回り、横にも一回転した感覚があった。
しかし、前宙の勢いがおさまり、視界は空を見上げた状態だ。
そしてそのまま。
ドサッ
受け身を取れずに、お尻から地面に落ちてしまった。
「ぐぅ〜いったぁ・・・」
ここが草原でよかった。
下が草だったので痛みは小さくて済んだのだ。
「ひねりに意識が向きすぎて前宙の勢いが厳かになったのかな・・・」
ボクは一通り反省点を考え、もう一度挑戦する。
「ひねりはいい感じにできていたから、今度は前宙に意識を少し多めに・・・。ふッ」
地面を蹴り、前宙とひねりを同時に行う。
感覚的に両方ともしっかりと回れていることがわかった。
「成功だーーってうわっ!」
視界が安定すると目の前に一面青々とした草原の地面が見えた。
「へぶっ」
今度は前宙の勢いがありすぎてしまった。
ヘルムを被っていたおかげで顔は怪我をせずに済んだ。
それから跳んで回り続けること約一時間。
ようやく前宙とひねりを安定してできるようになった。
「お疲れさま、ノア君」
きりのいいところでアンさんが水の入った容器を渡して労ってくれる。
「少し休憩したらバク宙の方をやるわよ」
「は、はい!」
休憩が終わるとすぐに、バク宙とひねりの修行に移った。
前宙と違い、難易度が格段に高く、習得するまでに倍以上の時間を労した。
膝や肘には落下した時にできた擦り傷が多く、血もシャツに滲んでいた。
それでも、達成感はとても大きい。
「ノア君、お疲れのところ悪いのだけれど、このライフポーションを傷のできたところにかけなさい」
「ありがとうございます・・・って、アンさん?これからどこか行くんですか?」
ボクにライフポーションを渡したアンさんは、腰に剣を携え、軽装の防具を身につけ始めた。
「そうよ、これから依頼を受けるの。もちろんノア君も一緒よ」
「わ、わかりました」
一度依頼を受けてから、修行がひと段落するとよく依頼を受けに行く。
ボクを見ているだけなのというのが暇ということはわかるが、ボクにとっては結構無茶な依頼のランクを受けることが多い。
アンさんが守ってくれるとは言え、何度か危険な場面があった。
その都度アンさんが魔物を細切れにしてくれいる・・・もしかして本当は戦闘狂なのだろうか?と思ってしまうこともしばしば。
「ライフポーションをかけたわよね?傷はーー・・・うん、問題ないわね。それじゃあ行きましょうか」
ボクとアンさんは冒険者ギルドへ歩いて向かった。
ボクとアンさんは冒険者ギルドにやってきた。
お昼過ぎということもあってか、ギルド内はそれほど混んではいなく、小さな物音や受付嬢さん達のお喋り、他の冒険者の会話などが心地良い。
アンさんと一緒に依頼を受け始めた頃は、ノアが美女と浮気をしている。などと噂が立っていたらしいが、ロライドさんが、ノアの新しい師匠らしいぞ。と言ってくれたおかげで噂もなくなった。
ロライドさんにアンさんのことを伝えた時は、少し寂しそうにしながらも、手放し応援する。と、優しい笑みを浮かべながら言ってくれた。
「なにか丁度良さげな依頼はーー」
アンさんは依頼ボードに貼られている紙を一枚一枚確認していく。
ボクはそれを横から一緒に見ていく。
そして。
「これがいいわね」
アンさんは、一枚の紙を依頼ボードからピッと剥がすと、受付まで持ってい行った。
その間ボクは、ギルドの入り口付近で待ってる。
「待たせたわね」
アンさんが戻ってくると、ボク達は冒険者ギルドを出る。
いつものルーティンだ。
「今回の依頼はなにを受けたんですか?」
「Cランクの魔物、ブラックウルフの討伐よ。なんでも群れからはぐれたブラックウルフが家畜を襲ったらしいわ」
「ということはコッコルスの森ではないんですね」
依頼に記載されている場所は、王都コーラスから南へ五キロほど向かったところにあるとある村の畜産農家の付近だ。
「家畜が襲われたのが一昨日らしいからまだ付近に潜伏しているかもしれないわね」
ブラックウルフ・・・ウルフの上位種でCランクの魔物だ。
ウルフに比べて体が大きく、牙も爪も鋭くなっている。
闇夜のように漆黒の毛と月のような美しい黄色の目から別名ムーンウルフと呼ばれることも。
その別名は一部の魔物を飼うマニアが呼ぶ言葉であるので、ボク達もような冒険者や、一般人は滅多に口にしない。
むしろ、別名を知らない人の方が多いだろう。
「それじゃあ行くわよ」
「はい!」
ボクとアンさんは馬車を借りずに、走って向かった。
修行のおかげか、五キロほどの距離ならこっちの方が早い。
もちろん多少なり疲れるが。
走ること約二十分、目的地の畜産農家のある村まで無事に到着した。
出迎えてくれたのは、この村の村長と数人の村人だ。
「ようこそお越し下さいました」
「出迎えありがとうございます。ですが、歓迎は不要です。私達はすぐにブラックウルフの討伐の向かいますので」
「そ、そうで御座います・・・では、よろしくお願い致します」
ここまであっさりとしたことがあるのだろうか。
でも、ボクでもわかるくらい、ここの村の人達は怯えていた。
早急に対処した方がいい。
アンさんの場合、単にああいう歓迎されるのがあまり好きではない可能性もあるのかもしれないが・・・。
「じゃあノア君、問題のあった場所に急ぎましょう」
「はい!」
「あの農家の人が言うにはこの辺りらしいですね」
あの農家の人というのは、ブラックウルフの被害に遭った畜産農家の方だ。
そしてこの辺りは一面丘で、自然も豊かだ。
しっかりと柵も建てられていて家畜を放牧するには良い場所だろう。
「そのようね。ほらここ、まだ血の跡が残ってるわ」
「本当ですね」
日も経っているので茶色のような黒色のような色に変色しているが、地面がや草に付着していた。
「この血はーー・・・向こうに続いているわね」
アンさんが血痕をなぞるように視線を移動させた。
ボクもそれを追う・・・と。
遠くの小さくだが、岩場を見つけた。
「あの岩場・・・怪しいですね」
「そうね。ブラックウルフに限らず、動物から魔物になっても動物の本能はけっこう残っている。あの岩場は寝床にするにはちょうどいいわね」
アンさんは立ち上がると、真っ直ぐ岩場に向かって歩き出した。
ボクもアンさんの後についていく。
岩場までまだ一キロほどあるところで。
「うん、五体いるわね」
「えっ?な、なんでわかったんですか?」
突然アンさんがそんなことを言うので驚いた。
「ああ、それはね。感知っていう無色魔法なんだけどーーって、これはもっとノア君が強くなってから話すわ」
お預けされてしまった。
その時ではないらしいので、気にしていても仕方がない。
今はブラックウルフに集中しないと。
「ノア君は二体やりなさい。私は三体やるわ」
「わかりました」
そして岩場に近づいて行くと・・・。
陰からゾロゾロとブラックウルフが出てきた。
アンさんの言っていた通り、数は五体。
「それじゃあ先に私からやるわ」
アンさんがそう言った瞬間、その場から姿を消した。
アンさんの姿を探し見つけると、すでに二体のブラックウルフの首が吹き飛んでいた。
「早すぎてなにも見えなかったんだけれど・・・」
そしてものの数秒で三体のブラックウルフを倒してしまった。
これぞ一瞬、瞬く間・・・というやつだ。
アンさんが切りかからないことから、手出しはしないと残り二体のブラックウルフも本能で理解しているのだろう。
しかし、逃げることはできないことも本能で理解しているため、狙いはボクに定められていた。
「すぅー・・・はぁー・・・」
呼吸を整えて慎重に二体のブラックウルフと対峙する。
ジリジリと緊張感が漂う。
そして、ボクはステップを連続で使い接近する。
それに反応した一体のブラックウルフがボクの正面から素早く走ってくる。
ブラックウルフが噛み砕こうと正面から跳び込んできた。
ボクはタイミングを合わせ、ステップで横へズレ、同時に剣を素早く数回振り、ブラックウルフを切った。
『ギャンッ』
と、鳴き声をあげたが、どの傷も致命傷までには至らなかった。
ボクの横から回り込んでいたもう一体のブラックウルフが襲いかかってきた。
「くッ」
ボクはそれをバックステップで回避する。
「ーー・・・」
『『グルルルーー・・・』』
再び緊張感がこの場を飲み込んだ。
今度はブラックウルフから攻め込んできた。
一体ずつ連続で攻撃を仕掛けてくる。
「くッ!」
二体のブラックウルフの華麗な連続攻撃をステップでなんとか躱していく。
躱し続けたのは、前宙のタイミングを測るためだ。
『グルゥッガァッ』
一体のブラックウルフが口を開き、鋭い牙で襲いかかってきた。
何度も何度も回避してきた攻撃だ。
「このタイミングッ!」
地面を強く蹴り、ブラックウルフの真上を前宙で跳ぶ。
同時に体をひねることで、空中で一回だけ回転切りをブラックウルフの背中に当てる。
その一撃は深く背中をえぐり、ブラックウルフを倒すのに十分な傷を与えた。
『ガウッ!』
しかし、着地と同時に最後のブラックウルフに飛びかかられてしまった。
ボクは剣をブラックウルフの牙に当て、何とか耐える。
「クソッ!こいつッ、力が強い・・・!これでもくらえッ!」
ボクはブラックウルフのお腹に蹴りを食らわせ、離れさせる。
『グルゥ』
「今度はボクからだ!」
ステップでブラックウルフへ接近する。
ブラックウルフも正面から突っ込んできた。
「ふッ!」
ボクはブラックウルフと衝突するギリギリのところでステップで横に避ける。
ブラックウルフも目が慣れ始めているのか、すぐに立ち止まり、こちらを向くが・・・。
「遅い!はぁッ!」
それよりも早く、ボクはブラックウルフのお腹に剣を突き刺した。
ボクの手に生暖かい鮮血が流れ出てくる。
さらに剣を奥へと突き刺して・・・。
『ギャゥゥーー・・・』
ブラックウルフは力なく地面に倒れた。
「お疲れさま。危なっかしい場面が何度かあったけど、初めてにしては上出来よ」
「ありがとうございます!」
「それじゃあ死体を片付けて農家の人と村長に報告しましょうか」
ボクは恋をした剣術に、確実に一歩ずつ近づいている。