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美しい剣術に恋をして

続きです。

翌日。

ボクはライカよりも早く目を覚ました。

風でカタカタと音鳴る窓のカーテンの隙間から薄らと、明るくなり始めた空の光が覗く。

寝室の時計を見ると、午前五時だ。


「んんっ・・・ん、はぁ」


ベッドから上半身を起こしたボクは、腕を真上に伸ばした。


「昨日のことが夢だったらよかったのに・・・」


寝ても頭の中には昨日のことが、途切れ途切れではあるが覚えている。

ボクはベッドから降り、寝室を出る。

寝室を出るとすぐにダイニングキッチンがある。

ここでライカは・・・。


「っ・・・!」


ボクは頭を横に振り、嫌なことを振り払う。

その後、サッと朝食を作り、食べると冒険者ギルドの練習場へ向かった。

ボクとライカは二日に一回、依頼を受けて生活している。

今日は休みだが、このまま家にいると頭がおかしくなりそうでいられなかった。


「この時間はさすがに誰もいないな」


昨日の事を少しでも忘れたい時間が欲しかった。

苦しみを、体を動かして忘れようとしている・・・が。


「ダメだ・・・。全然身が入らない・・・」


二時間ずっと素振りをしているのに、昨日の出来事が、チラッと脳裏に蘇り集中できていないのだ。


「なにか一人でできる依頼でも受けようかな」


ボクは、冒険者ギルドの扉を開け、中へ入る。

王都コーラスの冒険者ギルドは、二階建ての石造りで、入ってすぐの右側には、ロビーがあり、長テーブルと長イスがズラっと並ぶ。

正面には、受付とその左には依頼の紙が貼り付けられている依頼ボードがある。

ロビーと反対の左側には、二階への階段とシャワー室への通路がある。

二階は、ギルドマスター室といくつかの会議部屋がある。

ギルド内の時計を見ると、午前八時になるかどうかのところだ。

都市の冒険者ギルドは、朝早くから夜遅くまでやっているのでありがたい。


「えっと・・・」


ボクはいくつかのDランク以下の依頼を探していく。


「これとこれかな」


良さげな依頼を二つ見つけ、その紙を、ピっと剥がして受付で座って作業をしていた受付嬢さんの元へ持っていく。


「この二つの依頼をお願いします」


ボクは、依頼の紙とギルドカードを受付嬢さんに手渡した。


「かしこまりました。薬草採取とゴブリン討伐ですね」


受付嬢さんはそれを受け取ると、受付カウンターの奥にある大きな魔法具にボクのギルドカードと依頼の紙を乗せ、何やら作業をする。

そして。


「受注完了致しました。お気をつけていってらっしゃいませ」


受付嬢さんに事務的ではあるが、丁寧に見送られる。

ボクは依頼を完了するためにコッコルスの森へ行くのだった。





コッコルスの森に到着したボクは、始めに薬草採取の依頼にあたった。

朝が早いこともあってか、冷たい空気が鼻を突き抜け、頭の中をクリアにしてくれる気がする。

少しではあるが霧のようなものが周囲を覆うが、気にするほどでもない。


「たしかこの薬草は木の根元によくあったはず・・・。あっ、やっぱり!」


今回の薬草は、傷を癒すための回復薬である、ライフポーションの主な材料、ヒポ草の採取だ。

ヒポ草は、日当たりの良い木の根本によく生えている。

それでも条件と場所を選ぶ薬草で、魔素の量が適切な場所でないと生育しない。


「この辺は穴場なのかな?けっこう生えてるぞ」


ボクは次々と対象の薬草を採取していく。

薬草採取の依頼は、駆け出しの冒険者の誰もが通る依頼だ。

採取した薬草は専用の袋の入れていく。


「よし、これで量も十分だろう。次はゴブリン討伐だけど・・・」


薬草袋を見て量も十分と判断したボクは、薬草採取を終える。

その後、ポーションやその他の道具が入っているポーチから、地図を取り出して広げる。

自分の位置とゴブリンがよく出没する場所を調べる。


「こっちかな」


ボクは目標の場所を決めて向かう。

今回のゴブリン討伐は、数を記載していない。

つまり受注者の好きな数を討伐する依頼だ。

ボクのいた場所から対象の場所までは、約三十分と少し時間のかかる距離だ。

そして、歩き続けること約三十分・・・前方に三体のゴブリンを確認した。


「いたいた・・・」


ボクは周囲をキョロキョロと見て、地面に落ちている手頃な大きさの石を拾う。


「安全に奇襲をかけるならこれだよね」


ボクは拾った石をゴブリンに当てるのではなく、そのさらに奥を狙って投げた。


カツンッ


『グギャ!?』


ゴブリンは音の鳴った方を見た。

チャンスだ。

ボクは、後ろから物音を立てずにそっと近づき・・・。


ガバッ


『ーーッ!?』


口を塞ぎ、背中から心臓に剣を突き刺した。


『ーーッーー・・・』


もごもごと、一通りもがき苦しむと、ぶらりと腕が下がった。

ボクは剣をすぐに抜き、そのまま近くにいる一体のゴブリンの首へ剣を通す。


『グギャァギャ!?』


最後の一体は、いつの間に!?と言った表情をしていて、隙だらけだった。

ボクは、その隙を逃さずに剣で攻撃する。


『グギャァッ』


ゴブリンは、右手に持つ刃こぼれした短剣でボクの攻撃をなんとか受けとめていた。


「まだまだッ!」


ボクは、さらに追撃し、やがて。


『グギャッ・・・』


心臓を貫かれたゴブリンは、情けない断末魔を上げ、動かなくなった。


「ふぅー・・・。帰ろう・・・」


ボクは、ゴブリンの死体を一箇所に集め、木々に燃え移らないように火打ち石を使い火をつけた。

魔物の死体をそのままにしておくと、やがて腐り、運が悪いと疫病の原因になる。

だからこうやって処理をするまでが討伐だ。

ゴブリンを処理し終えたボクは帰路についた。





冒険者ギルドへ戻り、薬草採取とゴブリン討伐の少ない報酬を受け取った。

ギルド内の時計を見ると午後四時を回っていた。

意外と時間がかかったようだ。

ボクが冒険者ギルドを出ると、遠くからこちらに向かってくるオッズさんの姿を見た。

その方向は、ボクとライカの家がある方向からだった。


「ッ!」


せっかく、依頼で忘れていた事を思い出してしまった。

ボクを心臓を握り潰されるような苦痛が精神を汚染する。


「嫌だ・・・」


今、オッズさんと鉢合うと勝ち誇ったような表情をしてくるだろう。

もしそうなってしまうと、ボクがボクじゃなくなってしまう。


「に、逃げなきゃ・・・」


ボクは怖くなり、その場から走って逃げた。

無我夢中で走った。

そして、ハッと気がつくと何故か草原にいた。

夕方の哀愁漂う少し強い風が草原に生えている草を、ザワザワと音立てる。

周りを見ると、少し離れたところに王都の城壁と王城が見えた。

王都から一キロは離れているだろうか。


「王都から離れたところにこんな場所があったのか・・・」


夕日が蒼い草をオレンジに染める。

温かい灯火のようで美しかった。

しかし、今にもフッと消えてしまいそうな灯火に、寂しさが襲う。

それから、荒れた心を落ち着かせるように草原をトボトボと歩いた。

まるでなにかに導かれるように・・・。

すると、離れた場所から微かに、声が聞こえてきた。


「ふッーー」


何かと戦っているのだろうか?

離れていてもわかる、覇気のこもった女性の声だ。

声のする方へ導かれるように歩いて行ったその先には・・・。


「わぁー・・・」


足のラインがわかるほど、ピッチリとしたカーキ色のパンツに、白いシャツを着た、燃えるように美しい赤い髪をした美女がいた。

シャツから覗く肌は、シルクのように白く、目は力強くキリッとしている。

瞳も強い赤色で胸は豊まーー・・・いや、ボクが見惚れたのはそこじゃない。

見惚れたのは、その剣術・・・まるで踊るかのように美しい剣の舞。

ボクは、この人の剣術を知り、身につけたくなった。

その動機は、あの傷を、あの光景を忘れたくて・・・という不純な動機だったかもしれない。

しかし、ボクはこの剣術に一目惚れをしてしまった。


「あ、あの!」


「・・・誰?」


美女さんは、ボクを横目でチラリと見ると、視線を外し再び剣を振るい始めた。


「ぼ、ボクはノアと言います!あなたに惚れましたっ!!」


ボクが叫ぶようの言うと、美女はピタリと動きを止めて複雑な表情をした後、すぐに元に戻り・・・。


「・・・そういうのはお断りしているわ。ごめんなさい」


ん?

ボクは今なんて言った?

思い出してみる・・・すると、顔が一気に熱くなった。

あなたに惚れましたっ!!って言ったのか?

勢い余ってとんでもないことを口走ってしまった。

確かにこの女性は美女だ・・・でも、ボクが惚れたのは・・・。


「ちっ、違うんです!間違えたんですっ!」


「はぁ、とりあえず一回落ち着きなさい」


「は、はい。ごめんなさい・・・」


言われた通り、呼吸を整える。

空気を深く吸い、ゆっくりと吐いた。

それを数回繰り返して。


「あなたの剣術に惚れました。ボクにその剣術を教えてください!」


ボクは、腰を直角九十度に折ってお願いをした。

今度はしっかりと伝えたいことを口にして。


「剣術にほ、惚れたって?・・・う〜ん、断るわ。まず教えるなんて面倒くさいわ。そ・れ・に、そのヘルム外しなさい。失礼でしょ?」


断られた・・・いや、めげるな。

ヘルム・・・?はっ、しまった!

またテンパってきてしまった・・・。

それでも熱意だけはしっかりと伝えないと。


「お願いします!ヘルムは・・・そのー、えっと、訳があって・・・」


「はぁ、まぁいいわ。とりあえずなんで教えてほしいの?」


ボクは、昨日あった出来事を話すことにした。

幼馴染である彼女が先輩の冒険者とそういう関係になっていたことを。


「それからどうしたらいいのかわからなくて・・・。修行にも身が入らない始末ですし・・・」


「なるほどね。それで貴方の都合で私の剣術を教えてほしいってこと?」


「はい・・・。都合が良いってことはわかっています・・・。でも、なにかに没頭していないとまたーー・・・」


ボクの頬を一滴の涙が流れた。

昨日の不安と怒りと悲しみの涙とは違う、これはきっと助けを求める涙だ。

ヘルムを被っていて、この美女さんからは見えないだろうが・・・それにボクは泣くつもりはなかった。

誰かに心の内を溢して、どうしていいのかわからない感情を知って欲しかったのかもしれない。

初めましての見ず知らずの美女さんにそうなるほど、ボクは驚くほど弱っていたみたいだ。


「えっ?ちょ、ちょっと貴方大丈夫っ!?」


急に慌て出した美女さん・・・。


「へ?大丈夫ってなにがですか?」


色々なことがありすぎて、ボクの思考は追いついていないのだ。

この時、ヘルムと首の隙間から涙が、ツーっと流れ落ちていた。

それすら気がつかない。


「はぁ、いいわよ」


「・・・え?い、いいわよ・・・?」


「だ・か・ら教えてあげるって言ってるのよ。だってヘルムの首から涙が出てきてるのよ。もしかして気づいてないの?」


どうやら、自分が思っているよりもかなり泣いているみたいだ。

自分でも気づかない号泣なんて・・・。


「自覚のない号泣をするぐらい辛い子を放って置くのは後味悪すぎるし耐えないわ」


美女さんはそう言うと。


「そのかわり一ヶ月、一ヶ月だけ指導してあげるわ。その先は貴方の努力次第ってところね。場所はー・・・う〜ん、ここでいいわね」


期限つきではあるが、あの剣術を指導してもらえることになった。

どん底だった心が一気に高く舞い上がるのがわかる。

優しい美女さんにまた涙が出そうになるのを堪える。


「わ、わかりました!・・・でも、ボクは依頼もしなくちゃいけないんです」


「大丈夫よ。貴方を見た感じ、ランクの高い冒険者には見えないし、依頼はゴブリンとかでしょ?その程度の魔物なんてちゃちゃっと終わらせなさい。こっちの方が大事よ」


初めましての相手なのに、けっこう見透かされてる。

実力があるからこそわかるのだろうか?


「そう・・・ですね。わかりました!昼までに終わらせるようにゴブリンを退治してきます」


「真っ直ぐで素直ねぇー」


美女さんは暖かい目を向けてくる。

しかし、その目が一瞬で覇気のある目に切り替わる。


「でも、私は見捨てるような薄情でもなければ万人に優しい聖人君主でもないわ。スパルタにビシバシいくわよ」


覇気のこもった目によって、ボクの全身がビリリと痺れ鳥肌が立った。

美女さんの目が、フッと戻ると、その感じも自然となくなった。


「私の名前がまだだったわね。私はアンジェリカ、アンでいいわ。歳は十八よ」


「さっきも言いましたけど状況が状況だったので・・・。改めましてボクの名前はノアです。歳は十六です。よろしくお願いします、アン師匠!」


「師匠は可愛くないからダメ。アンと呼びなさい」


えぇ、可愛さで決めるんですか?

と、とりあえずアンって言わなくちゃ。


「アン・・・さん」


「さんかぁ・・・ま、今はそれでいいわ。明日は依頼受けるの?」


「はい」


「そう・・・。それなら明後日からね。休みの日は朝六時スタート・・・で、良いわね?」


「は、はい!わかりました!」


「言い忘れてたけど、最後の日にヘルムも卒業ね」


「わかりぃーーぇぇぇええっ!?」


ボクは、この草原で運命の出会いをした。

剣術を教えてもらえる・・・あの美しい舞を。

アンジェリカ、彼女の正体は、最近Sランク冒険者に昇格した剣姫と呼ばれる、勇者や賢者と並ぶ女性だ。

ボクがそのことを知るのはまだまだ、まだまだまだ先のことである。





ボクは背中に翼が生えたかのような軽やかな足取りで、ライカの待つ家に帰宅した。


「ただいま!」


「お、おかえり」


ライカは笑顔だ・・・が、少し引きつっている気もするような・・・。

そんなことよりも。


「ボクね、新しい師匠ができた。凄く美しい剣の舞だったんだよ!それを教えてもらえるんだ!あっ、ロライドさんにもちゃんとお礼もして伝えないといけない!」


この時、ライカはホッとしていた。

昨日の血塗れで今にも崩れ落ちてしまいそうなノアではなく、いつもより上機嫌なノアだったからだ。


「教えてもらうって、依頼は受けるの?」


「うん、今まで通り二日に一回受けるよ。休みの日はほとんど修行・・・楽しみだ!」


ライカから見たノアは、新しい恋をした女の子のようだった。

ライカはまだ知らない・・・ノアがライカとオッズが関係を持ってしまったことを知っていることを。

ノアがその出来事を忘れるために、アンジェリカから剣術を教えてもらい、前に進もうとしていることを。

そしてまだ二人は知らない・・・お互いがお互いに、向き合えなくてすれ違っていくことを・・・。





一方、アンジェリカは。


「ノア君ねぇ・・・。教えるの初めてだけど大丈夫かなぁ。でも、ああいう真っ直ぐで下心のない男の子は嫌いじゃないわ。修行もビシバシやってついてこられるといいのだけれど・・・」


アンジェリカは、素直なノアのことを少し気に入っていた。

こちらは一章までを投稿するつもりです。

R18の方も同じペースで進みますので安心を。

一章より先はR18への投稿としますので、お願いします。

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