旅の準備
続きです。
早いもので、今日で一ヶ月の修行の最終日前日だ。
明日になれば一ヶ月だ。
ボクは、ライカと別れてから今日まで安い宿屋で寝泊りをしていた。
それでもライカと暮らしていた時よりも多少だが内装がよかった。
あの修羅場の日に、ライカの顔をしっかりと見てから、心の中にモヤモヤした感情が生まれていた。
裏切られたという気持ちもあれば、何か訳があったかもしれないという考え、心配している感情、色々なものが複合して落ち着いていられなかった。
アンさんは、ノア君の幼馴染ちゃんに何があったのかわからないけど、様子を見る限り、彼女の意思というわけじゃなさそうね。と、言っていた。
じゃあなんだというのだろうか・・・?
この状態での修行は、もちろんのこと捗らなかった。
そんなボクに、気持ちに整理がつくまで、アンさんは静かに寄り添ってくれた。
他愛のない話をたくさん。
気持ちに整理がつき、ボクが立ち直るまで一週間ぐらいかかってしまった。
ロスした時間は多いが、そこは修行に集中することで少しでも埋められたらと思う。
それでも、心のどこかでは、ライカのことを心配している気持ちは残っている。
「今日は明日の準備だ・・・」
ボクとアンさんは、明日、王都コーラスを旅立つ。
そのために今日は、必要な物の買い物をしなければならない。
ボクは、宿で外出の準備をして、アンさんと待ち合わせ場所にしている冒険者ギルドの前まで急いだ。
太陽はもうすぐ真上まで昇りそうだ。
ぽかぽかと暖かい陽気で気持ちがいい。
昼寝をしたら夕方まで眠ってしまいそうだ。
そう思っていると、冒険者ギルドの建物が見えてきた。
アンさんがすでに待っていたので、ボクは走って合流した。
「ご、ごめんなさい。ボク遅れましたか?」
「いいえ、私もさっき来たところよ」
アンさんはそう言うと。
「それじゃあ行きましょう。今日は天気も良いし、絶好の買い物日和よ」
どこか楽しそうな声色で歩き始めた。
ボクもアンさんの隣に立って一緒に歩く。
「ノア君、旅に必要なものはなにかわかるかしら?」
「唐突ですね・・・。えっと、非常食、毛布、火打ち石、テントですか?」
ボクは指を折りながら、思いついた物をあげていく。
野営をしたことがないので本当に思いついた物しかあげられない。
「概ねそうね。あとは、日用品、薬とか包帯とかの医療品も必要ね。私は必要ないと思うけれど、調理器具や食器も持っている冒険者はいるわね。それを入れるリュックも買わないといけないわ」
思ったよりも買う物が多い。
普段から依頼を受ける身としては、包帯やポーションの類は常にポーチに入れているが、旅をするには量的に心許ない。
それよりも、アンさんが調理器具を必要と思っていないとはどういうことなのか・・・それを知るのはまだ先のこと。
「慣れてますね」
「そうね。私はAランクの依頼を受けることが多い。Aランクの依頼だとどうしても、辺鄙な場所ばかりで何日も移動に費やすから、野宿なんて当たり前なの・・・。嫌でも慣れるものよ」
「嫌でも・・・ですか・・・」
ボクはそんな経験がないので、少しワクワクというか楽しみしていた。
「楽しみ。だなんて思っていると後悔するわよ」
アンさんの声のトーンが落ちる。
怒るというよりも、思い出して嫌になっているという感じだ。
「夏の野宿は暑くて寝苦しいし、冬は寒くて凍えるのよ・・・。いちいちテントを出したり畳んだり・・・」
暑い寒いというのは、ライカと住んでいた家で経験済みなので平気だとして。
アンさんは意外と面倒くさがり屋なのか、テント一つでその言い方はかなり重症だと思えてしまう。
もし今、ボクがそんなことを口走ると、ボク一人でテントを設営させられそうなので心の中に留めておく。
「私の文句は置いておいて、そろそろ着くわよ」
ボクとアンさんは、冒険者や旅人御用達のお店である、旅の靴というお店に来た。
商売をするお店は商業ギルドに登録していて、登録していないと犯罪で捕まる。
それを破って商売をしているのが、闇市やスラム街で構えているお店だ。
ボクは、商業ギルドついて、まったくわからないが、このお店はかなり有名で、基本どの都市にもあると言っていいお店だ。
アンさんと一緒に、旅の靴の中へと入ると。
見たことのない魔法具や道具、野営用のテントやイスがズラリと並んでいて、ボクには遊園地にいるような気分になった。
「ノア君、落ち着きなさい」
「ご、ごめんなさい。でも、こんな凄いところならもっと早くに来るべきでした!」
「はいはい。それじゃあまずはこっちからね」
周りの物に視線がいっているボクの手を握ると、そのまま連れて行く。
そして最初に着いたコーナーは。
「ここはテントのコーナーよ。私は、大きな物から買い物をして、最後に荷物を入れるリュックを選ぶの」
「そっちの方がリュックの大きさを選びやすいからですか?」
「そうよ。あくまで私のやり方だけど」
そう言うと、テントを一つ一つをしっかりと見て回る。
テントの大きさは、一人用、二人用、そして四人用の物があった。
「あの、アンさん?」
「何かしら?」
アンさんはキョトンとした顔で返事をした。
「なんで二人用のテントを見て回るんですか?ボクとアンさんは、そのー・・・男と女ですし・・・」
テントという狭い空間で男女が一緒に寝るなんて恥ずかしい。
しかもアンさんは美女だ。
ボクが寝不足になるに決まっている!
「それがどうかしたの?別に大丈夫よ。ノア君なら襲ってもいいわよ?」
「へ・・・?は・・・?な、なににょ言ってりゅんでーー・・・」
アンさんの突然の発言に気が動転した。
アワアワと焦るボクにアンさんは。
「冗談よ」
悪戯っぽい笑みを浮かべ言う。
からかわれたボクの顔は真っ赤だ。
ヘルムを被っていてよかったと思うばかりだ。
「でも二人用のテントは買うわよ。そっちの方が設営も片付けも楽だもの」
「基準はそこなんですね」
仮にボクがアンさんに欲情して襲ったとして、五体満足で生きられる自信がない。
そんな行動をした瞬間、あの剣術がボクの四肢を封じるだろう。
「じゃあテントはこれにしましょうか」
ボクが考え事をしている間に決めたようだ。
テントにも色々機能があって、アンさんが選んだ物は、通気性があり耐水性もあるテントで、付属のカバーをかけることで保温性も得られるようになるという優れ物だ。
四シーズン使い続けられるのでお値段も高い。
「次は毛布と日用品ね」
テキパキと行動するアンさんに、ボクは荷物持ちとして、ただ着いて行くだけだ。
「毛布は薄手のものを三枚あれば十分ね」
アンさんがそう言って手に取ったのは、キングサイズの薄手の毛布だった。
「気のせいですか、アンさん。その大きさの毛布だと一人用にしては大きい気がするんですが・・・」
「一緒に寝るからに決まっているでしょ?この大きさでもかさばるのに、普通のサイズのを何枚も買っていたらそれこそ邪魔だわ。それに、私がいる限り見張りはいらないもの」
アンさんの、見張りはいらないもの。と言う言葉が真実ならば、確かに、持ち物的にはアンさんの意見が現実的・・・なのだが・・・やはり、男女が同じテントならず、同じ毛布で寝るだなんて、それも未婚で。
ボクにとっては刺激が強い。
ライカと同じ寝室だったとは言え、仕切りがあったし、恋人でもあった。
しかし、ボクには・・・。
「そ、そうですね・・・」
アンさんの現実的な意見に勝るものがなかった。
この際、そういう修行だと思い込むことで平常心を保つことに決めた。
それから日用品コーナーで歯ブラシやタオル、着替えなどを買い揃えていった。
そして、日用品を買い揃えたボクとアンさんは非常食のコーナーにいた。
「アンさん、調理器具と食器は買わないんですか?」
ただ今絶賛干し肉を、これでもかと手に取っているアンさんに聞いた。
「なんで買うのよ」
逆に聞き返された。
と、ここでボクは旅の靴へ来る道中を思い出した。
確かアンさんは、私は必要ないと思うけれど、調理器具や食器も持っている冒険者はいるわね。と、言っていた。
もしかして・・・。
「アンさん・・・もしかして、料理しないんですか?」
一瞬、ピクっと跳ねた。
この反応はビンゴのようだ。
確かに非常食にもなる干し肉は便利だ。
ちょうど良い塩加減で塩分も摂取できる。
しかし、栄養バランス的には偏食もいいところだ。
ボクは、スープを作ったり簡単な物なら作れる。
「アンさん、ボクが料理をするので非常食の量を減らして今から調理器具と食器のコーナーに行きますよ」
ここで初めて、アンさんよりも上に立つことができた。
とても残念なことに・・・だが。
調理器具に関してはアンさんはまったく知らない様子だったので、ボクは時間をかけて自分に使いやすいものを選んでいった。
そして。
「あとは会計だけね」
アンさんの言葉の通り、会計だけだ。
「明日で王都コーラスを発つんですね」
ボクは名残惜しそうに、王都コーラスの景色を思い浮かべた。
そして・・・。
「アンさん、ボクやり残したことがあるので会計お願いしていいですか?あとでお金半分返しますから」
「いいわよ。・・・幼馴染ちゃんのことでしょ?引きずられても困るから行ってきなさい」
アンさんは優しい口調で背中を押してくれた。
「はい・・・あっ、でも会うわけじゃないです!一応これでも長く一緒にいたのでライカの今の状態に察しがつきます」
「わかったわ。ほら、思い立ったら行動しなさい。お店の前で待ってるから」
「はい」
ボクはアンさんにそう言い、あるお店に向かった。
ノアを送り出したアンことアンジェリカは。
「ノア君は優しすぎるのよ」
ノア君はノア君で、未然に防げたのではないか。とか、ライカのことをもっと見てあげれば。なんて責めていたぐらいだ。
きっと、それがノア君の良い所でもあるのだろう。
「それは置いておくとして、少し攻めすぎたわ」
私は、今はノア君に特別な感情を持っているつもりはないのだけれど、あれだけ下心がなくて素直で可愛い男の子と一緒に旅ができると思うと、少しだけ、はしゃいでしまった。
「今思い出すとかなり恥ずかしいことを言ってしまったわ」
それは、別に大丈夫よ。ノア君なら襲ってもいいわよ?という発言と、一緒に寝るからに決まっているでしょ?という発言だ。
軽くちょっかいのつもりで言ったつもりだった。
言っている時は、まったく意識していなかったのだけれど・・・でも、流石にこの発言は・・・。
「確かに、ノア君は好きだけれど、そういう好きかどうかはーー・・・」
私自身、この一ヶ月の間、修行や行動を共にしたノア君を無自覚で意識していたのかもしれない。
私は、会計を終わらた後、ノア君が戻ってくるのを旅の靴の前で待った。
私の頭の中には、あの恥ずかしい発言への羞恥と後悔で一杯になっていた。
ノア君を見送ってから約一時間が経過していた。
「あの発言のおかげで待っている時間が、心を落ち着かせることに使えてよかったわ」
それから程なくして。
「アンさん!待たせてしまってごめんなさい!」
ノア君が息を切らしながら走って向かってきていた。
そんなに急がなくても待つわよ。と心で思った。
「それで、ちゃんと自分の納得のいくことはできた?」
「それはわからないです・・・。明日の朝、置いていくつもりですから・・・。でも、ボクはライカのためだけにアンさんを待たせたわけじゃないです。アンさん、これを」
ノア君はそう言うと、包装された小さな袋を渡してきた。
「ライカのことは心配です。でも、それ以上にアンさんにはたくさん感謝しているんです!どうせ渡すなら、こう・・・驚いてもらいたいじゃないですか」
気恥ずかしそうに言うノア君からそれを受け取り、中のものを掌に落とす。
「綺麗ね・・・」
綺麗な黄色い花の髪飾りだった。
今までも贈り物を渡されたことは何度かある。
Sランク冒険者になる前、私がまだAランク冒険者でSランクに昇格する直前の時期だ。
それ以前にもナンパなどはあったが、それとはまた違う鬱陶しさがあった。
私に関わりたい貴族、私目当ての貴族や冒険者から、値の張る贈り物や本当ならロマンチックなシチュエーションのプロポーズ。
色々なことをされたことがあるが、これといって心が動かされることはなく、全て断った。
Sランク冒険者になってからは、気づかれないように活動してきたから無縁になった。
今、ノア君から渡された贈り物は今まで感じたことのない喜びの感情が生まれた。
この贈り物の値段は高くない。
宝石が埋め込まれているわけでもない。
でも、それが嬉しいんだ。
ノア君の感謝の気持ちがこもっているから。
「アンさん、ボクがつけてあげます!」
少しの気恥ずかしさと満ち足りた喜びを胸にしまい、されるがままに付けてもらう。
「とっても似合ってます!」
「ありがとう、嬉しいわ!」
きっと、今までで一番の笑顔なんじゃないかと思う。
「そのもう一つの袋が幼馴染ちゃんのためね」
「はい・・・。元々渡す予定の物でした」
私はそれ以上聞かなかった。
ノア君は優しいんだか、甘いんだか、無自覚で厳しい人なんだか。
きっとそれを受け取った幼馴染ちゃんは一層苦しむだろう。
でも、もしかしたら、荒療治だけど立ち直らせるきっかけの一つになるかもしれない。
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