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ライカの悔恨 その二

続きです。

ノアとアンことアンジェリカが冒険者ギルドを去ってから、私、ライカは何時間も泣き続けていた。

いつもなら挨拶を交わしたり、心配してくれる冒険者がいるのだが、皆んなが避けている。

ようやく涙が止まり、私はフラフラの足取りで家まで歩いて帰る。

いつも通る道が長く暗く重く感じられる。

私にかかる重力がグニャグニャとねじ曲がっているようだ。


「・・・」


呼吸もしているのかわからないぐらい、自分の意識が朦朧としているのがわかる。

そして普段の倍以上の時間をかけて、ようやく私とノアの家に・・・いや、もう私一人の家に帰ってきた。

玄関の扉を開けて中に入ると・・・。


『おかえり、ライカ』


「っ!?ノアっ!?」


ダイニングからノアが出てきて、そう声をかけてくれた。

心臓がトクンと跳ね上がり、視界が鮮明になった。

しかし、鮮明になった視界には・・・。


「げ、幻覚・・・?」


ノアの姿はなかった。

私の精神が追い込まれ、幻覚と幻聴を生み出したのだ。


「ダメ・・・。もう今日は起きたくない・・・」


私は食事も取らずに仕切りを挟んで二つのベッドが並ぶ寝室に入った。

私は自分のベッドではなく、ノアのベッドに倒れ込んだ。

それは寂しさを埋めるためなのか、自分の精神をギリギリで保つためなのか。


「あぁ、ノアの優しい匂いがする・・・」


ぽかぽかと温まるようなお日様の匂いが私を優しく包んでくれる・・・。

瞼を閉じると、もういないノアの姿が脳裏にフゥっと浮かび上がる。

私は目蓋を開いて、ぼぅーっと部屋を見渡していく・・・。

すると。


「この剣・・・ノアのだ」


そういえば、知らない間に変わっていたような・・・。

私の知らない間に買い替えていたんだ。

私は力に入らない腕を伸ばし、剣を掴んで抱き寄せた。


「ノア・・・ノ、アーー・・・」


そのまま静かに意識を手放した。





私は夢を見た。

それは、私とノアの過去から今日までの出来事を追従する夢だ。

私は王都で、Dランク冒険者として幼馴染で恋人のノアと一緒に活動している。

冒険者になりたての頃は、ロライドさんやオッズさんに、たくさんお世話になった。

薬草の見分け方や生育している場所など、冒険者にとって大事な基礎を教えてくれた。

今思えば、オッズさんの熱心な指導や教えは、私にだけ向いていたと思える。

先輩冒険者にたくさん教わったおかげか、苦労なくEランク冒険者に昇格することができた。

Eランクになるとゴブリンやスパイダー、ワスプといった弱い魔物の討伐が受けられるようになった。

始めの頃、怖くて仕方がなかった。

でも、そんな私にノアは。


「ボクが守ってあげるから大丈夫だよ。もし、無理なときは二人で一緒に逃げよう」


と言ってくれました。

ノアが私を守ってくれる。一緒に逃げてくれる。それだけで胸が温かくなった。

Eランクに昇格してからも、ロライドさんとオッズさんは、私とノアに色々なことを教えてくれた。

魔物の弱点や倒し方は今でも役立っている。

でも、ノアはオッズさんを警戒していた。

今の私ならわかる。

私の人当たりの良い性格のせいで、オッズさんにアプローチされていたのだろう。

ノアはそれが嫌だっただろうし、警戒心のない私に代わっていたのだ。

しかし、当時の私はそんなことを考えもしていなかった。


「ノア、なんでオッズさんが来ると嫌そうなの?」


「それは・・・別に・・・」


「もしかして嫉妬?」


私がそう言うと、ビクッとノアが跳ねた。

図星だったようだ。

この素直で可愛いノアが私は大好きだ。


「大丈夫だよ。私はノアと一緒じゃないと幸せじゃないもん」


「ほ、本当に?」


ノアの表情は疑うようだが、どこか綻んで幸せな感じもしている。

照れ隠しなのだろう。

そんなノアは、さらに私を癒してくれる。

私とノアは、Eランク冒険者に昇格したことで、二人の時間を以前よりも作ることができた。

宿の客室から今住んでいるボロい家を借りて、二人きりで生活するようになった。

それで関係が凄く進展したわけではないが、気持ちがグッと近づき、想い合っていた。

Eランクの依頼は、Fランクの依頼に比べ、報酬は格段に良い。

そのおかげで、休日はノアと散歩をしたり、買い物をしたり、一緒に料理をしたり、恋人よりも夫婦のような時間を過ごしていた。

でもそれが、私にとってとても心地の良い時間であり空間だ。

他にもロライドさんに修行をしてもらっているノアを眺めている時間も好きだった。





それから私とノアは、Eランクの依頼を数多くこなし、Dランクに昇格した。

その時は、少し高い食材を買って、二人で一緒にご馳走を作り祝った。

今までのこなした依頼を思い出し、話し合ったり笑い合ったり・・・すると、ノアは姿勢を正して私の目を真っ直ぐに見つめた。

オッズさんのアプローチに気づかないとは言え、ノアの場合は気がつく。

何か言おうとしているのだ。


「ライカ、その・・・無事にDランクに昇格したしさ・・・たまには気持ちをちゃんと伝えないといけないよね」


「急にどうしたの?」


ヘルムを被っていてもわかる。

ノアの顔はイチゴのように真っ赤に染まっていることだろう。


「いつも一緒にいると言わなくないからさ。ちゃんと想いを口にしないと・・・」


ノアがズボンをギュッと握りしめている。

ノアのこの仕草は癖なのだが、いつもは我慢しているときにする仕草だ。

それと同じぐらい緊張しているのだろう。


「ライカ、いつもありがとう・・・。そ、その・・・だ、だ、大好き・・・だ・・・」


ノアの精一杯の愛情表現だ。

普段言わない愛の言葉がどこかぎこちない。


「それと・・・これ!」


あらかじめ隠していたのだろう、ノアは綺麗な赤い薔薇を五本、手渡してきました。

この薔薇の数には意味がある・・・その意味は、あなたに出会えたことへの心からの喜び。という意味だ。


「ありがとう!ノア!」


こんなプレゼントでは満足できない人がいるかもしれない。

でも私は、どんなに贅沢な暮らしをしていたとしても、ノアからの愛情の籠もった贈り物はなによりも変え難い、大切なものだ。

薔薇の匂いは甘く幸せな気持ちにしてくれた。

ノアは、恥ずかしそうにヘルムをかいていた。





それから月日が経ったある日、ノアがロライドさんに修行をつけてもらいに行っている間に、私はノアを裏切ってしまった。

これは前にも話したことがあるので簡単に話すことにする。

オッズさんが私とノアの家に訪ねてきて、上げてしまったことが原因だ。

私は良い先輩と油断していた。

オッズさんが。私とノアのためにと持ってきた果実水を飲んでから、数分ぐらいして頭がボーっとしてきたのです。

最初は夕方だから眠気かと思っていた。

しかし・・・。


「ライカ、ノアより俺の方がいいと思わないか?」


私はノアのことが好きだ。

大好きだ。

でも、オッズさんの言葉がなぜか胸をドキドキさせます。

頭の中にはモヤがかかったように判断を鈍らせ、オッズさんの言葉を甘く、反響させる。

徐々に体も熱くなり、気がつけば抱かれていました。

私は朦朧とする意識の中、甘い声を上げていて・・・。

ことを終え、オッズさんが帰った後、私は急いで体を洗いました。

ノアを裏切った。

ノアを好きで好きで仕方がないのに・・・それなのに悪い気がしなかった。

ノアが好きなはずなのに、オッズさんのことが何故か気になる。

そんなことが頭の中を巡っていると・・・。


「ただいま!」


「お、おかえり」


ノアが帰ってきました。

私は普段通りの笑顔を作りました。

できる限り自然体で。

しかし、ノアは一瞬気にしたようで、していないような反応でした。


「ボクね、新しい師匠ができた。凄く美しい剣の舞だったんだよ!それを教えてもらえるんだ!」


この時私は、ホッとしていた。

昨日の血塗れで今にも崩れ落ちてしまいそうなノアではなく、いつもより上機嫌なノアだったからだ。

それに、こんなに嬉しそうなノアを見ると、子供の頃のノアもこんな感じの時があったと思い出す。


「教えてもらうって、依頼は受けるの?」


私は普段通りに話した。


「うん、今まで通り二日に一回受けるよ。休みの日はほとんど修行・・・楽しみだ!」


また本当に嬉しそうな声色で話す。

私はノアのこういうところが好きで好きで仕方がなかったことを思い出した。

私を想って優しいところや、無理をしてしまい目を離せないところ・・・大好き。

一途に真っ直ぐに見てくれるそういうところが・・・そう、私はオッズさんじゃなくてノアが大好き。

その瞬間。


パチンッ


私の頭でなにかが弾けるような感覚が起きた。

そして、私がなにをしてしまったのか、好きでもない男性と関係を持ってしまったのか、鮮明に思い出し恐怖と気持ち悪さが身体を襲った。

さっきまで、オッズさんのことが好きだったのかもしれない。と思っていた感情も綺麗に消え去り、元に戻っていました。

でも、ノアを裏切り、関係を持ってしまったことは変わりません。

変えようのない事実だ。

そして全てが恐怖になった。

私は今まで良い先輩だと思っていたオッズさんを憎み、嫌いになり、絶対に会わないようにした。





それから数十日が経った。

その間にオッズさんが私とノアの家に度々来る。

何かを企んでいるように・・・それが怖い。

オッズさんの声が聞こえるたびに全身に悪寒が走り、気分が悪くなる。

ノアを裏切ってしまった出来事が鮮明に蘇ってきて自己嫌悪してしまう。

私は、お願いだからもう来ないで。そう祈るしかできなかった。

その祈りが届いたのか、オッズさんはピタリと来なくなった。

しかしその頃になってようやく私は気がいた。

ノアが私のことを見ていない。

会話はしている、ヘルムも私の方を見ている、でも見ていないと確信できる。

きっとあの日のことをノアは知っている。

そう思うと今更何を言っても、怒っても悲しんでもくれないと思ってしまう・・・もう、無関心になっているんじゃないか。と。

もっと早く打ち明けたら?

ちゃんと説明すればわかってくれていたのかも。と後悔しても時間は巻き戻せない。

それからは、段々と眠れない夜が増え、食欲も落ちていった。

ノアは、私の変化に気づく気配がない。

私が招いた最悪の出来事で自業自得だとわかっているのに、私の変化をわかってくれないノアがいることが悲しくてしょうがなかった。





そして運命の日である今日がきた。

私とノアはいつものように依頼を終え、冒険者ギルドに報告に来ていました。

私は、ノアに頼まれて報告と報酬の受け取りをしに受付へ向かいました。

お金の管理をノアからの任されていたから。

私がノアの元へ戻ってくると、会いたくない人と会ってしまいました。


「おう、久しぶりだな。ノアにライカ」


オッズさんだ。

私は会いたくなかった。

血の気が引いてくのがわかる。


「そうだ。ノアとライカに話があるんだよ。時間あるか?」


私は、話があるんだよ。という言葉を聞いて嫌な予感がした。

いや、嫌な予感しかしなかった。

そして、ずっとノアに黙っていたことを後悔した。

勇気を出して話していればなにか変わっていたのかも。と。


「なぁ、ノア。俺とライカは肉体関係を持っちまったんだ。別れてくれないか?」


「そのことですか・・・。いいですよ」


私は、どこかでもしかしたらノアなら。と、都合の良いことを思っていた。

でも、ノアの、そのことですか・・・。いいですよ。それを聞いてやっぱり知っていたんだと思うと頭の中が真っ白になった。

私は、好きで肉体関係を持ったわけじゃない!と言いたかった。

そんな私が口に出したのは。


「待ってよノア・・・私は、ノアと・・・ノアと別れるなんて・・・」


真っ白な頭の中でようやく言えた女々しい言葉だった。

もっと言えることがあったかもしれない。

でも、私にはその言葉が口から出てこなかった。


「・・・でも裏切ったんだよ。今まで黙っていたけど知ってんたんだ。ライカだって以前と変わらずにいたからーー」


私は、その言葉で全てが終わったと思った。

今まで一緒に過ごしてきた思い出も時間も崩れ落ちる音が聞こえた。

でもその時、ノアが久しぶりに私のこと、私の目をを見てくれた。

とても心配そうな優しい目だった。

そのまま優しく抱きしめてほしいと願ってしまうほどに・・・。

しかし、それは叶わない願いだ。

私の思考がその一点になっていると。


「ノア君、ここにいたのーーって、なにかしらこの辛気臭い雰囲気・・・」


燃えるように綺麗な赤い髪をした美女が現れた。

凛としていてかっこいい。

私はすぐにピンときた。

きっと、ノア君の師匠さんだと。

しかし、それからの話も出来事もあまり覚えていない。

ノアの、でも裏切ったんだよ。その言葉が頭から離れない。

私がオッズさんを家に上げたばかりに・・・。

別れ際の最後にノアが私に。


「ボクはもうあの家には帰らない。ライカ・・・ありがとう、元気でいてね」


そう言った。

その声には温かい色や感触、想いが乗っている気がした。

私の恋人、ノアの最後の言葉だったのだ。





眩しい光が目蓋の上から瞳を照らした。


「んっ・・・」


目蓋を開くと・・・。


「私、朝まで眠っちゃってたんだ・・・。おはよう、ノアーー」


そう口にして、昨日のことを思い出してしまった。


「あ・・・あぁ・・・」


手が震え、涙が頬をつたう。

これからは私一人だと、実感してしまった。

しかし、この出来事はが私にとってのスタートラインになるなんて、このときは思いもしなかった。

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