オッズの嫉妬と劣情
続きです。
筋肉に覆われた太い腕、重装の防具を装着していてもわかる体の大きさ、背中には両手剣を背負っている男。
その男の名前はオッズ、Bランクの冒険者として王都コーラスで活動している。
これまで恋愛など一切の興味もなく、依頼をこなし、魔物の血と自身の汗に塗れる日々だった。
そんな俺はある日、いつものように冒険者ギルドで依頼を受注し、目的地に向かうためにギルドから出ようとすると・・・。
一組の少年と少女に出会った。
少年の名前はノア、少女の名前はライカ、俺はその少女を一目見た瞬間、脳天から足の爪先まで一気に電撃が走った。
ライカに一目惚れをしたのだ。
俺は少女と仲良くなりたいと思い、善は急げと声をかけた。
「よう、お二人さん。二人は冒険者になるつもりなのか?」
「は、はい!ノアと言います。二人で冒険者としてやっていくつもりです」
「私はライカです!よ、よろしくお願いします!」
「ノアにー、ライカちゃんだな。俺はオッズって言うんだ。Bランク冒険者としてやってるから困った事があったら何でも聞いてくれよ」
ライカの仕草や声、全てが俺のドストライクに入っていた。
俺は良い先輩の関係から始め、振り向いてもらおうと考えた。
ノアとライカの二人は、Fランク冒険者から始まる。
Fランクのクエストは薬草やスライム退治、街の清掃などの簡単な依頼がメインだ。
俺は、二人(主にライカ)に、熱心に薬草の見分け方や効率の良い採取場所を教えた。
「「ありがとうございます!」」
俺にとってはノアに感謝されるのはどうでもよかったが、ライカに感謝されるのは嬉しかった。
それから二人のランクが上がっても、二人に魔物の特徴や攻撃のパターンを教えていった。
それこそ何年も良い先輩として・・・。
しかし、ライカが振り向くことはなかった。
俺が、ノアとライカが付き合っていて、同じ家に住んでいることを知ったのは出会ってからだいぶ経った時だった。
初めての恋のせいか、俺は嫉妬で怒り狂った。
だが、この時の俺は、それを爆発させることはせず、時間が恋心も一緒に消してくれるのを待った。
そして最近、俺は冒険者行きつけの酒場でとある情報を耳に入れた。
それは・・・催眠薬という薬の情報だ。
このノイシュバン王国では、人の精神や体に害をなす薬は、医療関係以外禁止にされていて、一般の人が持っていると厳重に取り締まっている。
しかし、そんな催眠薬がこの王都コーラスに入ってきたというのだ。
忘れかけていたライカへの恋とノアに対する嫉妬は、最悪の感情と欲望へと変わった。
「そうだ・・・。振り向いてもらうことなんてしなくても奪い取ってしまえばいいんだぁ・・・」
俺はライカを手に入れられる方法があると知ると、嬉しくて歪んだ笑みを薄らと浮かべた。
それから何日もかけて情報を集めた。
情報を買うために金貨を払うことも・・・。
そしてついに、俺は催眠薬の居場所を突き止めた。
催眠薬の名前はヒプノ、錠剤の催眠薬で料理や飲み物に混ぜれるため、使いやすい且つ効果もあるようだ。
ヒプノのある場所は、王都コーラスでも治安の悪いことで有名なゴルン通りと呼ばれる場所にある黒瓶と呼ばれる薬屋だ。
表向きはライフポーションやマジックポーション、薬草、病気に効く薬などを売っている。
その黒瓶に、ヒプノという催眠薬が売っている。
俺は、正体がバレないように変装をして、ゴルン通りにある黒瓶へと向かった。
聞き込みをした情報を元に、ゴルン通りを進むと、黒い瓶の絵が描かれた看板を発見した。
黒瓶は、木製の外装をしていて黒く塗られていた塗装はボロボロと剥がれていた。
そんな怪しい薬屋に、迷わず入る。
店内には薬品の変な臭いと、埃のようなカビのような臭いが漂っていた。
棚に置いてある商品もショーケースの中に入っている商品もいたって普通だ。
俺は、店主であるシワシワで怪しげな老婆に、ヒプノについて聞くことにした。
「ちょっといいか、婆さん。この店にヒプノという催眠薬があるって聞いたんだが、売ってはもらえないだろうか」
「ヒプノ?売っているがぁー・・・お前さんそれを何に使うつもりなんだい?」
まるで試すような言い方だ。
「欲しい女がいてな。だが、その女には恋人がいやがるんだ。そいつから奪うために使うんだ」
「なぁんだい、随分と小さい事に使うんだねぇ」
少しつまらなさそうに呟く老婆にイラッとしたが、そこは堪える。
ヒプノを売ってくれなくなる可能性があるからだ。
「黙れ。それで売ってくれるのか?」
「あぁ、いいさね。でもねぇ催眠薬は珍しい薬なんだよ。そう簡単に手に入る代物じゃあないさね。それで・・・これがその最後の一瓶さね」
怪しげな老婆はそう言い、小瓶を取り出した。
瓶の中にはラベンダーのような紫色の錠剤が入っていた。
「それはいくらだ」
「大金貨一枚だよ」
大金貨一枚は、日本円で百万円だ。
「わかった」
値が張ることは承知の上でだったので、俺は迷わず購入した。
お金なんて物は依頼を完了すればいくらでも手に入る。
しかし、ライカは依頼でも絶対に手に入らない。
準備はできた。
あとはこれを飲ませて、催眠をかけ、奪うだけだ。
怪しげな老婆は最後に。
「催眠薬は五回に分けて使いなさい。もし間違えれば心が壊れて人形になっちまうからねぇ。それと一回飲ませたら、最低でも四日は開けないと駄目だよ」
「あぁ、しっかり覚えておくとする」
怪しげな老婆は、ヒッヒッヒ。と不気味に笑いながら言った。
オッズが去った後・・・。
「ヒプノを使った者はみんな身を滅ぼすのさね。それにヒプノの効果は一回目と二回目は弱い。その時に精神に衝撃や変化があれば覚めちまう。あの若造はどんな道化になってくれるのかね。ヒッヒッヒ」
黒瓶の店内に響くこの不気味な笑い声は、オッズに届くことはなかった。
そしてその日が来た。
隙があれば即決行するつもりだった。
俺は、ノアがロライドに修行してもらうことを知ると、これからする事への興奮が俺の欲望を掻き立てる。
俺は欲望に忠実になり、ライカの家に急いで向かった。
滾った醜い欲望を携えて。
「ライカちゃん、いるか?オッズだが、ライカちゃんとノアに依頼先で買ったプレゼントがあってな、中に入れてもらってもいいか?」
「オッズさん?今開けますね」
ライカは扉を開ける。
俺の鼓動は、長年待ち望んだ女を犯せる期待と興奮に高鳴っていた。
それに拍車をかけたのは、ヒプノという違法薬を使う犯罪の罪悪感。
それも合わさり、かつてないほどの滾りを見せていた。
「ノアはいませんがどうぞ」
人当たりの良い性格のライカは何の疑いもなく、俺を家の中へと招き入れる。
ここまで信用されているとこれからの行いに背徳感も生まれ、より一層、興奮はどんどん膨れ上がった。
「お茶を淹れますね」
ライカはそう言うと、キッチンへと向かった。
俺は、あらかじめ買ってきた果実水に、ヒプノを適量入れ飲ませることにした。
ヒプノはあっという間に果実水に溶け、美しい紫色の飲み物へと変わった。
数分後、ライカはお茶を持って戻ってきた。
「実は土産とは別に、俺もさっき果実水を買ってきたんだ。美味しいから飲んでみないか?」
今にも荒くなりそうな息を抑え、狂いそうな欲望を我慢して、その時を待つ。
「わぁ、ありがとうございます!さっそく飲ませてもらいますね」
そう言ってライカは何の疑いもなく果実水を小さな口の中へと流す。
飲め!飲め!飲め!もっと飲め!!
俺の興奮は最高潮に達していた。
「ぶどうの果実水ですね!美味しいです!」
「美味しいか。喜んでもらえたのなら買ってきて正解だったな」
効果が現れるまで適当な雑談をする。
そして数分経つと、ライカの目がトロンとなった。
俺は、ライカが催眠状態に陥ったと確信した。
これから甘い言葉を囁き、ノアよりも俺の方が優れている。愛している。と、催眠をかける。
「ライカ、ノアより俺の方がいいと思わないか?アイツは俺とは違い、Dランクだ。俺の方がライカを幸せにできる」
俺は醜い欲望に従い、ライカへ迫った。
名前を呼び捨てにして自分の女のように。
「そう・・・なのかな?そんな気もする・・・ような・・・」
ライカは少しずつだが、俺の甘い言葉を求め始めた。
そんなライカに、俺の醜い欲望は爆発した。
ライカを襲うように覆いかぶさり、ずっと抱えていたものをライカに流し込んだ。
欲望、嫉妬、愛情。
気分は最高だった。
今のライカの姿と声をノアの目の前で見せて聞かせてやりたかった。
ノアの絶望した顔を見たくて仕方がなかった。
ことを終えた後、俺は、ライカの家を出ようとした。
すると・・・。
ガササ
「ん?」
足に何かが当たった。
視線を落とすと・・・。
玄関前に九本の薔薇の花束と小さな袋が落ちていた。
「これは・・・ノアが持ってきたのか・・・?」
俺は最初、しまった。気づかれた。と思った。
しかし、ノアの絶望した顔を思い浮かべると、そんなことはどうでもよくなった。
俺の頭の中は、俺はノアに勝った!奪ってやった!この時はそう思っていた。
四日後。
俺は再びライカの家の前にいた。
あの続きができる。
またあの声であの瞳で俺を求めてくれる。
俺の醜い欲望は再び滾り始めていた。
「オッズだ。ライカ、いるか?」
しかし、返事がなかった。
今度は扉を叩いて呼んだ。
「ライカ?いないのか?」
返事は返ってこない。
おかしい。
もう一度呼ぼうか迷ったが、あまり目立つと良くない。
この日は大人しく諦めることにした。
俺は、その後も何度もライカの家に行くが・・・返事が返ってくることは一度も無かった。
数日経ったある日のこと。
さすがの俺でも、ライカの催眠状態を疑い、他の冒険者にノアとライカについて聞いた。
「なぁ、ノアとライカは最近依頼を受けてるのか?」
「ノアとライカちゃん?あぁ、普通に受けてるな。なんか用があったのか?」
「いや、なんでもない。元気そうでなりよりだ」
俺は焦った。
なぜだ!?
どうしてノアとライカが一緒なんだ!?
催眠薬は効いていたはずだ!
俺の想像していた未来と違う結末に、気が気じゃなくなった。
それからさらに数日後。
俺は、催眠効果が切れたのではないかという不安とストレス、発散できない欲求不満でおかしくなりそうだった。
そんな時だった。
赤い髪をしたとんでもない美人がいた。
俺は膨れ上がった醜い欲望とストレスをこの女にぶつけ、欲望の捌け口にしようした。
「なぁ君、凄い綺麗だね。俺はBランク冒険者のオッズって言うんだ。今夜ご飯でもどうだい?Bランク冒険者って結構稼げるんだぜ」
Bランク冒険者はそこそこ強いのだ。
Cランク冒険者からBランク冒険者に上がることは存外難しく、一種の壁となっている。
それを突破した俺は、世間体では凄い冒険者に部類されてもいいだろう。
しかし、この美女は。
「興味ないわ。私は忙しいからこれで」
一切の興味も持たれずにに冷たくあしらわれた。
俺はBランクだぞ!?
よく見ると、この女も冒険者のような格好をしていた。
ならその凄さがわかるはずだ。
「ちょっ、君だってBランク冒険者の凄さはわかるだろ?」
それでも諦めずに声をかけると・・・。
「しつこいわね。Bランク冒険者程度で粋がらないことね」
「ひっ・・・!」
女から全身を剣で刺すような、鋭い殺気を向けられた。
俺の足はガクガクと震え、やがて自分を支え切れずに尻もちをついた。
正直、漏らしかけていた。
この時はこの美女がノアと知り合いだなんて思いもしなかった。
翌日。
俺は昨日の女にされた醜態のせいもあってか、強行手段に出た。
もうすでに事実を知っているであろうノアに現実を叩きつける。ということを。
俺の中では、今のノアはショックで現実逃避をしているに違いない。と考えた。
俺は普段通り、冒険者ギルドの中に入ると早速、二人を見つけた。
ライカは目に見えてやつれていた。
俺は、俺ならそんな思いさせない!そう思い、怒りを覚えた。
これも全部ノアのせいだ。
しかし、その怒りを抑え、俺は普段通り二人に声をかけた。
「おう、久しぶりだな。ノアにライカ」
「お久しぶりです、オッズさん」
「そうだ、ノアとライカに話があるんだよ。時間はあるか?」
俺の言葉にノアは承諾した。
これからノア、お前の絶望した姿を目の前で見られる。そう思うとニヤニヤが抑えきれない。
そして俺は開口一番切り出す。
「俺はライカと肉体関係を持っちまったんだ。別れてくれないか?」
俺は直球でそう言った。
どうだ!
ノアの絶望した姿を見せろ!
そのヘルムを剥がして絶望に染まった顔を見てやる!
しかし、そうはならなかった。
「そのことですか・・・。いいですよ」
「そうだよな。お前らは愛し合ってるもんな、無理にきまーーえっ?」
コイツは今なんて言った。
飄々とした様子で別に気にしていないという反応だ。
なぜだ?
「オッズさんですよね?ボクがライカのために買ったプレゼントを処分したの。あの日、二人の喘ぎ声を聞いて玄関に落としましたから」
「・・・そ、そうだ。俺とライカにはいらない物だったからな」
俺の方がノアよりも勝っているはずだ。そう思っているのに、何故だ、何故ここまで平然としているのだ。
「そうですか。じゃあ用事が終わったのならボクは失礼します。ライカとお幸せに。こんな幼馴染ですがお願いします」
プレゼントのことも、そうですか。の短い一言で終わった。
俺はノアの心がまったくわからない。
すると、ライカが。
「待ってよノア・・・私は、ノアと・・・ノアと別れるなんて・・・」
と言った。
やはり、催眠薬の効果はとうに切れていた。
それは仕方ないと思った。
しかし、ノアに別れを告げられても、ライカはノアのことが好きだった。
心は俺に向くことはなく、ノアにしか向いていなかった。
俺の心には、さらに深く醜い欲望が湧き溢れていた。
それだけでも十分なところに、さらに追い討ちが。
「ノア君、ここにいたのーーって、なにかしらこの辛気臭い雰囲気・・・」
突然ノアが呼ばれた声に反応して視線を向けると、昨日俺がナンパに失敗した美女がいた。
その女はノアと親しそうに話してるだと!?
そして女は俺を見ると、毛虫を見るような・・・いや、それよりも酷い視線を向け。
「・・・あら?貴方は昨日私をしつこくナンパしてきた冒険者よね?」
アンさんがオッズさんを見て言った。
さらに。
「それにこの状況は・・・ひょっとしてこのナンパ冒険者がノア君の幼馴染ちゃんと、肉体関係になったから別れてくれ。とでも言ったのかしら?」
この女は冒険者ギルド内に聞こえることすら恐れずに普通に話す。
ギルドにいた冒険者達は、俺に蔑みの視線をぶつけた。
フツフツを真っ黒な怒りのせいで周りのことが見えなくなる。
「じゃあノア君、依頼に行きましょう。ここにいたら辛くなるだけよ」
ノアと女が俺に、依頼を受けようと背を向けた、
俺の頭の中には、ノアはDランクじゃないか!なんでそんなヤツにライカもこの美女も!そのことでいっぱいだった。
そして、憎悪は限界を突破した。
「なんでだ・・・?なんでノアみてぇなDランク冒険者の雑魚にッ・・・!」
ノアを後ろから切って殺してやろうと、背中に背負う剣を構え、振り下ろすーー次の瞬間。
「あっグッァァァッ!」
俺は床に倒れていた。
顔面に激痛が残っている。
いつの間にか、鞘に納まったままの剣でノアに殴られていたのだ。
「ノア゛ァァァッッ!!Dランクのくせに調子に乗るナァァァッッ!!」
俺は怒りに任せて叫んだ。
ノアの何もかもが気に入らない!
「アア゛ァァァア゛ア゛ァァァッッ!!ノアァァァアアッッ!!俺がお前なんかにィーー」
一瞬の激痛と共に、俺は呆気なくノアに意識を刈り取られたのだった。
ブックマークはR18の方へお願いします。




