修羅場
続きです。
翌日。
これは以前にも話したが、ボクとライカは二日に一回というスパンで依頼をこなしている。
今回は、ポイズンスパイダーを討伐する依頼だ。
数は決められていないので好きな数討伐していい。
ポイズンスパイダー・・・この魔物は、巣意外では基本的に単体で行動する魔物で、探索には結構な時間を使う。
微弱な神経毒を持ち、糸に含ませ飛ばして攻撃してくる。
微弱な神経毒と言っても、もらいすぎれば意識が朦朧とし、体が鉛のように重くなりそのうち動けなくなる。
そこを捕食する恐ろしい魔物だ。
たまに、毒を含んだ糸に巻かれた魔物の死体を目にするが、それがかなりグロテスクで、ドロドロに溶かされ、かじられた痕も見られと酷い有様。
冒険者の間では死にたくない死に方の一つでもある。
アンさんと依頼(修行)を行っているボクにとっては、ライカとの依頼はとてもつまらないものだ。
ライカとの依頼よりも修行の方が有意義で楽しい。
それでも一緒に受けてしまうのは、あんなことがあっても、腐っても、心のどこかにまだ好きだという想いが残されているからだろう。
そう思っていたとしても、依頼以外で一緒にいることが辛い・・・だから依頼の報酬の受け取りは全てライカに任せて早々に修行に行っている。
今日はボクが七体、ライカが三体倒して難なく依頼を終え、冒険者ギルドへ報告に戻った。
冒険者ギルドのお昼の時間帯は冒険者が少ない。
ボクは依頼の報告をライカに任せ、人を待っている・・・その人はアンさんだ。
昨日の別れ際、明日の午後一時にギルドに集合と言われたからだ。
なので今日の依頼も早くに終わらせた。
数分後、報告を終えたライカが戻ってきた。
「ノアはいつも修行してる所に行かないの?私と依頼に行く日の午後は草原のはずじゃ?」
「今日は冒険者ギルドに集合らしいから依頼じゃないかな?」
すると後ろから、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
それはアンさんーー・・・ではなく男性の声、憎い人の声だった。
「おう、久しぶりだな。ノアにライカ」
あの日、ボクの幼馴染で恋人のライカを奪ったオッズさん。
その声にフツフツと憎悪と怒りが湧き上がる。
ここ最近はとても充実していた。
アンさんとの修行の日々、そしてBランク冒険者への昇格。
その喜びと充実を帳消しにするほどのドス黒い感情だ。
しかし、ボクは・・・。
「お久しぶりです、オッズさん」
その感情を爆発させなかった。
きっと表情は今にも切りかからんとするほど、歪んでいるだろう。
ヘルムのおかげで今のボクの表情を見られる心配はない。
隣のライカを横目で見ると、ライカはオッズさんと顔を合わせて顔色を悪くしていた。
ボクにバレてしまう心配でもしているのだろうか?
「そうだ。ノアとライカに話があるんだよ。時間はあるか?」
「いいですよ。ライカも大丈夫だよね?」
「う、うん」
ボクは、なにを今更白々しい。と、心の中で悪態をついた。
ボクとライカ、オッズさんはギルドに置いてある長イスに座った。
ボクとライカは隣同士、テーブルを挟んで向かいにオッズさんだ。
オッズさんは。
「なぁノア、いきなりで悪いがーー」
オッズさんは申し訳なさそうな演技をしながら切り出す。
「俺とライカは肉体関係を持っちまったんだ。別れてくれないか」
開口一番にこれだ。
オッズさんが話しかけてきた時点で予想はしていた。
しかし、目の前で言われると今すぐに襲いかかりたい衝動に襲われる。
隣のライカはーー・・・顔面蒼白だ。
そんな時、ふと、アンさんの顔が思い浮かんだ。
「そうだ・・・。ボクにはアンさんがーー・・・」
どうしようもなくなってしまったボクを救い出してくれた恩人で師匠。
アンさんのことを思い出すだけで、湧き上がるドス黒い感情がスゥーっと薄れていった。
アンさんに出会わなければ、殺意や復讐心を抱き、今襲いかかっていた。
心が晴れ、冷静になれた。
「そのことですか・・・。いいですよ」
普通の調子で、そして冷徹な声でボクは答えた。
オッズさんは、ボクがライカとオッズさんの関係を知っていることを知っているから、もっとボクを絶望させたいのだろう。
その手には乗らない。
「そうだよな。お前らはお互い愛し合ってるもんな、無理ーーえっ?」
オッズさんは変な声を上げ、驚いた顔をしていた。
ボクが悔しがり絶望するのを期待していたみたいだ。
「オッズさんですよね?ボクがライカのために買ったプレゼントを処分したの。あの日、二人の喘ぎ声を聞いて玄関に落としましたから」
「・・・そ、そうだ。俺とライカにはいらない物だったからな」
オッズさんは自分の書いたシナリオが崩れたのか、その表情はぎこちない。
「そうですか。じゃあ用事が終わったのならボクは失礼します。ライカとお幸せに。こんな幼馴染ですがお願いします」
ボクが今言ったことが本心から言っているのか、自分でもわからない。
強がりなのかもしれない。
でも、これ以上心を掻き乱されたくなかった、
ボクは長イスから立ち上がり、去ろうとした・・・がしかし、手首を掴まれ、立ち去ることが出来なかった。
「待ってよノア・・・私は、ノアと・・・ノアと別れるなんて・・・」
「・・・でも裏切ったんだよ。今まで黙っていたけど知ってんたんだ。ライカだって以前と変わらずにいたからーー」
ボクはそう言って、久しぶりにライカの顔をしっかりと見た。
本当にしっかりと目を合わせて顔を見た。
ライカは生気を失ったように顔を蒼白し、体を小さく震わせていた。
これは自らの意思で浮気をして、バレたことに対する反応には見えなかった。
自らの意思ならわざわざこんなことをする必要なんてない。
ボクがもっと驚いたのは、ライカの目の下には簡単には消えないだろうクマができていた。
顔も酷くやつれている。
単に、後悔でこうなったのかもしれないが、ひょっとしたらライカが何かをされて、それを言おうにも、ボクに信じてもらえそうにないから言えなかったのかもしれない。とも思えた。
「っーー・・・!」
まただ・・・。
またあの日みたいに、ズキッと心が痛む。
あの日からボクは、ライカを意識してしっかりと見ていない。
ライカもボクに、あの日なにがあったのかを正直に話してくれなかった。
あの時、もしもライカが正直に話したとして、ボクは信じただろうか?
いや、きっと信じないだろう。
それをライカは感じて、だから話せなかったのかもしれない・・・。
あの日から、ボクとライカはすれ違っていったのだ。
今のボクとライカでは、元には戻れないのだ。
「それにライカは恋人がいながらボク以外の男を家に招き入れたんだよ?ボク抜きでね。その行動は軽率だし、恋人への裏切りでもあるんだよ」
ボクはそう言った。
ライカは涙を流し、全てを諦めた顔をした。
すると・・・。
「ノア君、ここにいたのーーって、なにかしらこの辛気臭い雰囲気・・・」
アンさんが修羅場に登場した。
なんというタイミングでの登場だろうか。
「・・・あら?貴方は昨日私をしつこくナンパしてきた冒険者よね?」
アンさんがオッズさんを見て言った。
さらに。
「それにこの状況は・・・ひょっとしてこのナンパ冒険者がノア君の幼馴染ちゃんと、肉体関係になったから別れてくれ。とでも言ったのかしら?」
アンさんは冒険者ギルド内に聞こえることすら恐れずに普通に話す。
ギルドにいた冒険者達は、ボクに哀れみの視線を向け、オッズさんには蔑みの視線をぶつけた。
どちらの視線にしてもまったく喜べるものではない。
「もう話し合いも終わっているみたいね」
ボクが長イスから立ち上がりかけている状態だったのを見て、そう思ったのだろう。
「は、はい。ちょうど今終わったところです」
ボクはアンさんにそう答えると、ボクのシャツの袖を掴む、ライカの手をそっと離した。
「じゃあノア君、依頼に行きましょう。ここにいたら辛くなるだけよ」
アンさんはボクの腕を掴んでグイッと引っ張った。
「なんでだ・・・?なんでノアみてぇなDランク冒険者の雑魚にッ・・・!」
小声でオッズさんが恨みがましそうに呟いた。
そして、背中に背負う両手剣で、背後からボクに切りかかる。
ボクとアンさんは、それに気づき、アンさんはボクに早口でこう言った。
「売られた喧嘩は買いなさい」
ボクは頷いて、身体強化を使い、ギルドの石床を蹴った。
後ろから迫ってくるオッズさんの頭上を超えるように跳んで攻撃を回避、頭上に到達したと同時にひねりを加え、鞘に納めたままの剣で、オッズさんの頭の側頭部を強打した。
「あっグッァァァッ!」
と、叫び声をあげながらギルドの石床を転がるオッズさん。
オッズさんの攻撃に恐怖を一切感じない。
しかし、違う恐怖が襲った。
「アンさん!や、ヤバいですよ!ギルドの中での戦闘はご法度なのにボクやっちゃいました・・・!」
ボクはあわあわと慌てた。
「大丈夫よ。私が上を黙らせるわ」
アンさんの声が本気だったことが少しだけ怖かったが、アンさんはそれだけ凄い人なのだと、尊敬の眼差しを向けた。
いや、でもそれって不味くないですか?
すると。
「ノア゛ァァァッッ!!Dランクのくせに調子に乗るナァァァッッ!!」
オッズさんが怒りに任せて叫んだ。
ボクは一切怒らせることをしていないのに・・・なにが気に入らないのだろうか。
それにボクはDランクの冒険者ではない。
オッズさんの中のボクはいつのボクなのだろうか・・・。
でも、ボクがBランク冒険者のなったのはまだ昨日のことだ。
今、このギルドにいる数少ない冒険者の中でも知っている人は少ないだろう。
しかし、ヒソヒソと「オッズの奴知らないのかよ。ノアは昨日Bランクになったぞ」「嘘だろ?俺抜かされてるじゃん」「なんでもオーガを一人で倒したらしいぞ」なんて会話が聞こえてくる。
オッズさんは怒りで、それを耳に入れることができていない。
聞こえてれば、これから起きるようなことにはならなかっただろう。
「アア゛ァァァア゛ア゛ァァァッッ!!ノアァァァアアッッ!!俺がお前なんかにィーー」
ボクはいい加減このうるさい人を黙らせたくなった。
ステップを使い、懐まで高速で接近し、四肢とお腹、頭を一回ずつ、計六回攻撃した。
鞘に納めたままの剣なので死にはしないだろうが、四肢は骨折、肋骨も何本か折れているだろう。
頭はさすがに加減をして気絶で終わらせた。
「アンさん、終わりました」
ボクが強すぎると、周りで青ざめている冒険者たちを無視して、アンさんに声をかけた。
「強くなったわね、ノア君。それじゃあ気を取り直しましょう」
「はい!ところで今日はなにを討伐するんですか?」
「そうね、マンイーターワスプの依頼があるといいんだけれどーー・・・」
ボクとアンさんはいつも通りに受付に向かい、あっけらかんとしていた受付嬢さんに受注をお願いした。
ハッと我に返った受付嬢さんは、急いで受注をしてくれた。
ボクとアンさんは依頼を受注すると、まだざわつく冒険者ギルドを出ようとする。
「アンさん、少しだけ時間をください」
アンさんは静かに頷くと。
「二分で終わらせなさい」
そう言った。
そしてボクは、長イスで涙を流すライカに。
「ボクはもうあの家には帰らない。ライカ・・・ありがとう、元気でいてね」
なぜ、ありがとう。などと伝えたのかはよくわからない。
やはり、あの日以前の幸せな日々があったからだろうか?
それともこれ以上追い込まないためかだろうか?
心の中に心配の気持ちがある分、まだ想っているのかもしれない。
ボクはライカにそう言い、アンさんと合流した。
ライカとオッズさんに傷つけられて、ライカのことを見ることをやめたボクと、ボクへの裏切りを正直に話すことができなかったライカとの間に開いた溝は、そう簡単に埋まるものではない。
残されたライカは冒険者ギルドの中で一人、涙を流し続けた。
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