保護者達の暗躍
エリサさんは、次の日から教会に通うようになった。ディアスさんも時々ついていく。
俺たちの授業は、大人の信者へのミサが終わってから行われている。つまり、朝の時間のそのミサに、エリサさんは紛れているわけだ。
俺もこっそりエリサさんの様子を見てみた。
結論から言うと、ものすごく慎重だ。
アリスの母親は、他の人とは挨拶する時すら目を合わせていない。そして激やせしてきている。
変装に意味がなかったからだろう。なりふり構わずやったことが無駄だったんだ、きついだろうな。
そのアリスの母親が、エリサさんには挨拶を返す。一体どうやってるんだ。
まず顔見知りになる作戦なんだろう。エリサさん、手慣れている。ちょっと微笑み合ってすらいる。
親父は、エリサさんについては監視もサポートも必要ないと断言していたけど、本当みたいだ。
一体過去にどんな冒険を。スパイだったのか。そうなのか。何してんだ親父。
ディアスさんはなぜか、教会の壁とか窓とか部屋の位置なんかをさりげなく確認している。教会にいる人間の数、入り口の数、出入りする人間をチェックしているみたいだ。
はた目には、エリサさんにくっついて来たものの、慣れない場所で右往左往しているおじさんにしか見えない。
で、司祭様に接触して、案内してもらって、顔見知りになってる。あえてリーナのことは言わない。
うわ、お茶に誘われたぞ?あれ、断った?なんで?
司祭様は、ほっと息をついた。あ、警戒してたのか。
ディアスさん、司祭様の警戒を、かわしたんだ。
そのあと道端で、なんか庭の植物の話とかしてる。あ、手入れ方法から教会の人員の話になった。
全然警戒されてねぇ。司祭様は庭を誉められて上機嫌だ。
すげえ。勉強になる。
そうだよな、司祭に直球で話しかけて、答えてくれるわけないもんな。エリサさんが聞きだすのを待ってるのか。
親父は……俺の保護者として何回か司祭とお茶を飲んでいる。見た目には、俺の進路相談だ。
たぶん平民枠で、貴族魔法学院に放り込めないか、動き始めてる。親父、本気なのか?
そして司祭が席を外した瞬間に、部屋中をごそごそ何か探している。それを何日か繰りかえして、捜索は終了したようだ。
進路相談は終わりを告げた、その日。
つかつかと、親父が俺の隠れてる茂みに近づいてくる。
庭の木を見るふりをしながら、独り言のように呟いた。
「明日の夜、会議だ。連絡しとけ」
俺は、がさ、と、了承の意味で茂みを揺らした。
親父は、何事もなかったかのように去っていった。
リーナの家でみんなで話してから、ちょうど一ヶ月。季節は、初夏になりつつある。
外に出ると、日差しのあるところでは、じんわりと汗をかくようになってきた。暑い。
今日の夜に家族会議がある。俺も、できることをやらないと。
俺はまた、カイルと一緒に狩りに来ていた。
いつものように、狩りに集中しているふりをする。
冷静に、冷静に。
「珍しいな、ニムルスから誘ってくるなんて」
う、痛いとこつくなよカイルなのに。
「だから、追い立て役が必要なんだって。どうしてもうさぎ食いたくて……あぁ、また逃げた」
はぁ、と、もう諦めのポーズを取る。
ちょっと休もう、と言って、小川のほとりに行く。
がぶがぶ水を飲んだ後は、二人で川に足を入れて涼む。
こうするとほら。
「……あれからさ。ハンカチ屋の情報、ないんだよな」
始まった。無言で頷く。
いや悪いけっこう情報上がってるけど開示できない。ごめん。
そっちがどれくらい把握してるのか知りたいんだ。
ああ、嫌だ。カイルも引き込めたらいいのに。
……いや、巻き込んだらダメだよな。俺の勝手な気持ちで、カイルを捻じ曲げちゃ、うん、いけない。
カイルはまっすぐに、明るい道を歩く人間だ。
「ロザリーが、かなり動いてくれててさ。どうやってんのかわかんねぇけど。とりあえず、普通に生活はしてるらしいんだ。かなり厳しく、かていきょうし、ってやつに一日中しごかれてるらしい」
……公爵家だからな。その程度はわかるだろう。
ロザリーは、まだカイルにも身分は明かしてないんだな。なら、それ以上は掴んでても話してないはずだ。
カイルからこれ以上の情報は期待できない。ちょっと際どいけどやっぱりロザリーに直接
「今ハンカチ屋がいるとこって、ロザリーを狙ってる一派の家なんだってさ。ロザリーに近づいて何かさせるために引き取られたと思うって。最悪、殺しに来る、って。
やたら熱心に、ナイフの扱いの練習してるらしいんだよ。毒にも強くなるように訓練してるらしい。
なあ、ハンカチ屋は、悪いことさせられるのか?
止められないのか?」
……色々出てきた。
カイルは、しゅんと項垂れて眉毛を八の字にしている。まっすぐ俺を見る目は、どこまでも単純で透明だ。
うん、そのまま汚れないでくれ。
……いやそこじゃない。ロザリー、しゃべりすぎだろ!!ダメだそんなにバラしたら、わたし現政権派閥の貴族ですって言ってるようなもんだ!
なんて危ねぇ。何してんだ実家ちゃんと教育しろ。
「なあ、カイルそれ、俺以外に話したか?」
ふるふる。茶色いくせ毛がふさふさふるえる。
「いや、ニムルス以外には絶対話すなって言われた」
ほっと胸をなでおろす。その程度の危機管理はできるか。がばがばだけどな。
川でばしゃばしや遊んでたカイルが、すっと、俺をまっすぐ見つめてきた。なんだ。どうしたんだ。
「あと伝言。わたくしに全部話せとは言わないけど、せめてリーナには全部話した方がいいって。リーナはロザリーの秘密も知ってるけど誰にも言ってないから、大丈夫だってさ。
リーナ、ちょっと拗ねてるぞ。お前の父ちゃんが、けっこう色々におわせてる、らしいからな」
……親父!!
まあ、リーナの両親は当然知ってる話なんだし、いずれリーナも片足つっこむ世界の話だ。そろそろ、言っても、いいのかな。
重荷に、ならないかな。
リーナを、こんな嘘だらけの世界に引き込むことに、ならないかな。なるよな。
親父、余計なことしやがって。
リーナ。君の幸せが、一番大事なんだよ。
巻き込みたくは、ないんだ。




