ハンカチ屋の失踪から
ニムルス視点開始です。
基本的に本音をそのまましゃべれない環境なので、そのぶんニムルスは頭の中のおしゃべりがすごいです。
入学して一年と半年。冬が終わり、また春がやってきた。狩りの季節だ。
リーナに、いつか大物の魔物を倒して大きな魔石をプレゼントするんだ。
そう言ったら、カイルに朝の狩りに誘われるようになった。ザムもたまについてくる。
正直、ちょっと邪魔だ。
俺たちにも許可が出る西門の森は浅い。
木もまばらで細いから、見通しもそんなに悪くない。そこにいる動物も魔物も小さい。
だから学校を卒業する前の俺たちも、自分の家のために木の実や薬草を採って来れる。
兵士の引率つきで。
ほんと、やめてくれ。俺は北門の先に行きたいんだ。ここじゃ人目もある。本気出せねぇ。
秘密だけど、俺だけは行けるんだよな。門を通らずに、好きな方向に。
北門側の動物や魔物の方が、歯ごたえがあって面白いのに。
そしてやっぱり、カイルは俺に話しかけてくる。
いやしゃべると獲物逃げるから。ほんとやめろお前。遊びに来てるだろ。
「なぁ、ニムルス。ハンカチ屋のやつ、いつ帰ってくるんだろうな」
……帰って来ねえよ。
さぁ、とだけ答えておいた。ちょっと静かにしてくれ。
あ、うさぎ逃げた。
「親の都合っていったって、急すぎだよな?なんの挨拶もなかったし、いなくなる前の日だって普通だったんだ」
まあ、言えない事情だからな。俺も後で知ったけどさ。
止められなかったのが悔やまれる。
でもちょっと今は静かに。
「なあ、怪しいと思わねえ?何かに巻き込まれて辛い思いしてるんじゃねえか?」
うん、してるだろ。思いっきり。
どうにかできるんならしてるんだよこっちだって。
ああもう、言いたい。全部言って、仕方ないんだって叫びたい。
俺だって、俺たちだって、心配だし悔しいし、助けたいよ。けど、本来の父親のとこに引き取られだけなんだ。どうすることもできない。
そして、それをこいつには、みんなには、言えない。
知ってるのは俺と俺の家族、それに司祭と教会でこっそり働いてる母親だけだ。
ああもう、秘密、秘密、秘密。
めんどくせぇ。だけど、秘密が必要なのは、身にしみてわかってる。
俺たち家族のことが全部バレたら、祭り上げられて、家族で殺し合わないとならなくなる。
本当に目立っちゃいけないんだ。
なんとかしたくても、今は、動けないんだよ。
だから少し黙ってくれ。
「……あのさ。ロザリーから、お前にだけ言えって言われてる伝言があるんだ。ハンカチ屋、アリスが見つかったらしい。今日、店に来れるか?」
……なんだって?
ちょっと待ってどこまで掴んだというかどうやって掴んだ密偵だよな、密偵使ったよな、いやそれまずいだろどう見てもこっちで気づいてますよって宣伝してるようなもんだ。
ああ、なんだか一気に疲れた。
とりあえず、話は聞きに店には行かないと。どこまで暴走してるか確かめるんだ。
もうほんと、頼むからじっとしててくれ。
おじさんの支持基盤はもう、ロザリーの実家だけが頼りなんだ。
その後もたくさん話しかけられ、狩猟の成果はゼロ。
心身ともにぐったりした俺は、昼から学校に行った。
最初は歴史の授業。
うん、今日もリーナは眠そうだ。
リーナには、実家の酒場の手伝いがある。だから、夜眠るのが遅いせいで朝も遅い。
学校に来てからしばらくは、むにゃむにゃ言っている。いつも授業中だるそうにしてて成績トップなんだから、面白いよな。
あ、よだれ垂れそうになってあわててる。
見ててあきない。ほんと面白い。
……癒されてる場合じゃない。
どうしたらいいんだ?
ロザリーを、ちらっと見てみる。なんか目が合って、深刻そうな顔で頷かれた。
いや通じ合ってねえから。頷いてる場合じゃないから。
ロザリーがアリスの居所を知ったっていうことは、ロザリーの本当の家、ハルデンツェルト公爵家がその居所を知ったということ。
公爵家では、ロザリーのことがバレていないか、そっちの方を心配しているはずだ。
この半年程何もなかったから、アリスが何か知っていて話したとは思っていないはず。そのはずだと思いたい。家の中ですら命の危険がある状況って、どんな虐待だよ。
これは、親父に相談案件だな。
これで何かあったら、アリスの立場が完全にカーライル伯爵家、ひいては政変推進派ということになってしまう。
まだ、貴族の学校が始まれば、接触の機会はある。
説得のチャンスは、まだある。あると思いたい。
まだ逆転の目はある。実家と縁を切り、その腕で身を立てる貴族もたまにいる。アリスもそうなればいい。
彼女は、隠されてはいるが、庶子だ。絶対に家督なんか継がない。
いい嫁ぎ先も、絶対に探してもらえない。
そのまま言うこと聞いてちゃダメだ。
カーライル家の言いなりになんかなっていたら、俺たちを引っ掻き回すために散々利用される。
その間にきわどいこともやらされる。
罪を一人で被ることになるかもしれない。
庶子なんて引き取る方が珍しいんだ。捨て駒だと気づかないとダメなんだ。
なんならカーライル伯爵家丸ごと捨て駒にするぞ。
もっと上のやつらは。
わかってんのかアリス。
……わかんないよな。
なあ、様子見してる場合じゃないんだ。
俺やロザリーと同学年、それだけで、捨て駒に、なるんだぞ。
アリス。ハンカチ、みんなに貸してたよな。
リーナのいじめは見てるだけだったけど、積極的に意地悪を言ったことは一度もない。
ロザリーが泣き出した時にはカイルと医務室に行った。
カイルが泣いた時はハンカチを貸していた。
とにかく気のつく、一歩引いた立場にいる印象。
それだけだ。悪いやつじゃ、ないんだ。
貴族魔法学園は、貴族ならば必ず行くべきところだ。ロザリーもさすがに行くだろう。リーナも希望すればなんなら飛び級でもいける。俺もつてがあるから大丈夫。
……みんなで行って、説得するか?
いや、その前に、どこかで、会えないか?
歴史の授業が、頭の上を流れていく。
正直、だりぃ。基礎もいいとこだ。こんなの5歳で覚えたっての。
かたん。ばた、ばた。
あ、やっと終わった。次は剣術か。
正直、剣術の授業で学ぶものはない。
こっそり、白の騎士団の人たちに鍛えてもらう方がよっぽどいい。
よし、さぼるか!本当に用事あるし!たまになら目立たないだろう。
「司祭様!俺、今日用事あるんで剣術休みます!」
「あ、待ってニムルス君。お父さんが来ているよ」
司祭様が示した先には、門の前で立っている親父の姿だった。
あ、もう知ってるんだ。さすが、情報早いな。
親父と俺はそっと路地裏に入り、教会の壁に挟まれた行き止まりに着く。
後ろを警戒しながら、壁の端にあるくぼみを押す。
かたんと音が鳴り、扉が開かれた。入ってすぐに閉める。
家族専用の地下通路。中に入り、火魔法で壁のランプに火をつけ、階段を降りる。
二年生になった秋に親父から、俺も一人で使う許可が出た。俺たち一家にとっては、街道よりも身近な道だ。
上の兄ちゃんや姉ちゃん達は、むしろここから家に入ってくることが多い。
もうちょっと、めんどくさがらずに普通に歩いて来て欲しい。ほんとに。
自由すぎるんだよ。周りにあやしまれるじゃないか。
自由奔放なのがかわいいのはリーナくらいだ。
……俺、あれだぞ。しすこんってやつじゃねぇぞ。
なんか姉ちゃん達の自由な行動について、問題ないことだけ話したときに、ロザリーにそう言われた。
なんかわかんないけどあれは悪口だ。絶対にそうだ。
いや今はそれはどうでもいい。
ここでしか、できない話を。
「親父。ロザリーが、アリスの居所を掴んだらしい。つまり、ハルデンツェルト家がアリスの正体を掴んだってことだ。一年ロザリーと学んだアリスが、カーライル家にどう利用されるのか、どうしたらいいのか、わかんねぇよ」
かつ、かつ。重々しい靴の音が響く。
「今のところ、ロザリーがつかんだ、としか聞いていないな?」
こくり。頷く。
「街で見かけただけの可能性もある。カーライル家について、まだ掴んでいない可能性もある。
単なる誘拐と捉えているかもしれん。
私たちは、誰よりも王都について知っている。考えすぎるな。相手に合わせて言葉を選べ。失敗したら王都がどうなるか、わかっているな」
「……はい、父上」
ぽん、と、頭に手を置かれる。
「まあ、肩の力抜けってことよ。ほら、いつものにやけた顔はどこに行った?これからリーナがいる店に行くんだぞ?かわいいよなぁリーナ。一年であんなに大きくなるんだなぁ」
にやにや。親父は、俺の頭をぐしゃぐしゃにしながら話してくる。
ああもう、これからリーナに会うのに!
はぁ。そうだよな。みんなに合わせて動くしかないか。
複雑に入り組んだ地下通路を、迷いなく歩く背中は、本当に頼もしいと、いつも思う。




