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本編開始前に悪役令嬢を断罪したらうちでバイト始めた  作者: 作者
第三章 わんわん君の断罪は遅れてやってくる
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わんわん君 卒業の試練 後編 最終課題


ザムは、そのままハンカチを受け取って、外にかけ出した。


追いかけようとした俺を引き止めたのは、傷だらけのほそい、小さな手だった。


「今は一人にしてあげましょう。私が追いかけて、手だけ治療してすぐ戻るわ。あなたまだ試合があるでしょう」


う。そうだ。この後ひかえてるのは。



司祭様。ニムルス。リーナ。



ラスボス感すげぇ。

ん?ラスボスってなんだ?まぁいいか。



ザムの後を追いかけていく、遠い小さな背中。

きょり、だけじゃない。あの金の縦ロールは、やっぱり、遠い。



ぐっ、と、顔を上げる。

ダメだ。俺には俺の、やることが、まだあるんだ。


遠いなら、歩いていけばいい。

あっちがすごく速く走ってても、見えなくなるまでは、背中は見えるんだ。


見ていられるまでは。

なんか、心臓がきゅってなった。



ん?俺は走れないのか?足、速いぞ俺。


あれ。なんかわかんなくなってきた。

うん、ダメだ。考えるの、向いてない。



がたんと、ザムが倒したイスを直して、反対がわにすわる。

すっ、と。現れたのは、司祭様。

ほんとあんた何してんの。


「さぁ、注目のカード!司祭様とカイル、レディー」


リーナの声が開始のせんげんを始める。

まじでやるのか。とりあえず、ひじをついて手をつないだ。


「ゴー!!」


ぐいっ、どん。


……おい。司祭様。


「勝者、カイルー!!」


今、反対がわに腕、引っ張ったろ。自分が負けるように。


「ふっふっふ。いや、若い者にはやはり勝てませんね。いい勝負でした」


あくしゅを求めてこられた。いや絶対あんたのが強いよ。すげぇ力だった。

すっ、と、口に人差し指を当てて、話すな、と合図される。


そっか。戦いに参加したのは、俺をできるだけ勝たせるためだったのか。


司祭様の頭は、ただのふわふわパンじゃなかったみたいだ。疑ってごめんなさい。そしてなんでそんな強いの。なにもの。


とりあえず、あくしゅをした。みんなは気づいているのかいないのか、ふつうに拍手してくれた。



次は、ニムルスだ。

ぜったい瞬殺だと思ってたけど、ニムルスは、俺で遊びはじめた。


「ああっ!負けそうだ!リーナ、俺に力を!」


いやよゆうだろ。ギリギリ自分が負けないくらいのすき間を開けて、拳がぜんぜん動かない。

一番きつい形のはずなのに、鉄みたいに硬い。


「えー、なんで私が」


「大通りの焼き芋、2個」


「少ない。3個」


「……しょうがねぇな、3個で」


「ニムルス頑張れー」


「よっしゃ!うおぉぉぉ!!!」



……寸劇か。


俺は、その瞬間に負けた。


なんか色々、負けた。



ぱちぱちぱち。拍手がひびく。


「まあ、カイルでもわんわんでもどっちでもいいや、これからもよろしくな!」



がっちり交わされたあくしゅには、手が折れそうな力がこもっていた。


いや、もうめんどくさい。リーナをどうにかしようなんて、思ってないから。なんとかできるのお前くらいだから。



はぁ、と、ため息をついて。


次は、最後。リーナ戦だ。



結果より、大事なこと。ちゃんとするんだ。

俺はもう、わんわん君じゃ、ないんだ。




「さぁ、私の番ね」


かたん、と、椅子に座るリーナの髪が、さらっとなびく。


男連中が、ちょっとざわつく。うん、リーナが強いのはみんな予選でわかったと思うんだ。ちょっと変なのも、わかったと思うんだ。なのに。


そういえばロザリーが、ひろいんほせい、って言ってたな。なんだかわかんないけど。

めんどくせぇなもう。



いや、でも、それは言い訳だ。

俺が、思いっきり殴った相手だ。この右手で。

だから、だよな。注目、されるよな。



いつものように、ぐっ、と、手を繋ぐ。

いつものように、右手がじくじくと痛み出す。

毎日繰り返された。いつも負けた。何も言えなくなった。毎日、言いたかったこと。


今度こそ。



「さあ、いくよ!レディー、ゴー!!」



ぐっ、と、力を入れて、気づいた。

リーナの手が、ふわっと傾く。あっという間に、机につきそうになる。


え。なんで。

リーナ、力入れて、ない?


「何やってんの?わんわん君って、嫌なんでしょ?」


にやにやしながら、手をぷらぷらさせてくる。

……勝てるくせに、勝たないつもりか?


ばかにするな!!



ぐいっ、と、反対側に手を引っ張る。

さっき、俺に司祭様がやったことだ。

リーナは慌てて、自分の勝ちを直前で止める。


その大きな目はもっと大きくなって、こっちを見ていた。


「しょうがねえだろ!俺は!おまえの机をかくした!ぼうりょくをふるったんだ!お前は俺をばかにする資格があるんだよ!俺は、お前には勝っちゃダメなんだ!!」


ぐいぐい。お互いに負けようとして手を引っ張り合う、逆腕ずもうになった。


リーナはいつでも、思い通りの結果が出せるんだろうけどな。

え?え??って、どうしたらいいのかわかんないみたいだ。


ちくしょう。絶対に勝つもんか。



「あ、やきいも!」


ふっと、リーナの後ろをわざと見てみる。


「え?」リーナが振り向くと同時に。


どん!




俺の負けが、決定した。




「……え?あれ?やきいもは?あれ?」


こんな夏になろうって時にやきいもなんて、大通りの出店くらいでしか売ってねえよ。



がたん。俺は、立ち上がって、リーナに向き直った。



「机のこと、殴ったこと、本当に、本当に、ごめんなさい!ごめん、なさい!!」



がばっ、と、腰から上が地面と同じ向きになるくらい、頭を下げた。


涙は、こらえた。半年以上、こっそり全部出た。

もう、出がらしだ。だから、がまんできる。




「……やきいも」


え?


「やきいも、ないの?」


あれ?

なんか、寒くない?


「あーあ。リーナにとって、焼き芋はすんごい大事なんだぞ。カイル、お前毎日焼き芋持って店に行けよ。リーナに殺されるぞ」



……なにそれ。


「……やきいも、毎日?」


こくこくこく!!

頷くしかなかった。リーナから放たれた冷気、本当に魔法の冷気なんだ。命が危ない。



「よぉし、わかった!カイルは、うちで焼き芋のメニュー開発ね!それで許してあげる!!」



どっ、と、笑いが起こった。そんなに焼き芋大事か。


「わかったよ……。焼き方はわかるから、大丈夫だよ。後は仕入先くらいかな」


「紅あずまじゃないと認めない!!」



ええー。種類の指定あるのかよー。


……あれ?リーナ?


その、緑色の大きな目から。

ぽろぽろと、何かが出てきた。


「やきいも、食べたいーーー!!カイルのばかーーー!!!」



うえぇぇん、と、泣きじゃくるリーナに、ハンカチ屋はやっぱりハンカチを貸していた。


俺は、リーナを泣かせた報復に、ニムルスからこちょこちょの刑に処された。



そのあとしばらく、こちょこちょは、クラスでブームになった。




それからリーナもニムルスも、他のみんなも。

もう俺をわんわん君とは、言わなかった。


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