開戦
ちょっと短めです。
お昼過ぎに、教会でひらかれている平民むけの学校に行く。
みんなは朝におうちのお手伝いがあることが多いから、学校はお昼からだ。
私のお手伝いは学校が終わってからだけどね。
まだ私の一日は始まらない。
だって置物になりに行くだけだから。
石畳の道を、下を見ながらひたすら歩く。
何人かのクラスの人たちが、早足で私の横をとおりすぎる。
あ、またきた。ねむくないのかな。つかれているのに。やすめばいいのに。よるのおしごと、とてもたいへんだものね。くすくすくす。
そんな声を、聞きながら。
そりゃ、大変だよ。あなたたちのおうちのお手伝いとおんなじでね。
おんなじなんだよ。そんな、笑われるようなことじゃ、ない。ないのに。
どろりとした黒い気持ちが、ひろがっていく。
くそ、まけるな。まけない。
私は、つよい。つよいんだから。
どろどろどろ。黒いものが、私を満たしていく。
あれ。でも。なんだか今日は、歩いているひとが少ないような。
そう。学校に着く前から、何か変だとは思ったんだ。
教会に着いて、教室になっている大きな部屋のとびらを開ける。
私の席は、いちばん前だ。
少し高い場所にある先生の机の、すぐそば。
そこに、ぽっかり、空間が空いていた。
くすくすくす。わらいごえが、きこえる。
その日は、私の机が、なかった。
ひどい悪口は、聞こえるようにたくさん言われてきたけれど。
今まで、ほんとうに手を出されたことはなかった。
教室の入り口で、呆然と佇む。
くすくすくす、と、笑い声が聞こえてきた。
おしごとたいへんだもの、おべんきょうなんてつかれることさせちゃかわいそうよ。
そうね、よるのおしごとは、とてもつかれるものね。
うん、つかれているのだから、むりさせてはかわいそうよ。
くすくす、そうよ、かわいそうだわ。
まいにち、たいへんなのにね。
かわいそうだから、おうちでおやすみしていたほうが、いいんだよね。
そうだよ、よるにそなえて。
くすくす。くすくすくす。
ばかのささやきがきこえる。
座る場所が、ない。
もうすぐ、司祭様が来る時間だ。
「ねえ、私の机、知らない?」
語りかけてみた。返事がないことはわかっていた。
みんなが、私の周りを囲んで黙って見ている。
見せもんじゃねえよ。
どろどろどろ、黒い気持ちが渦になって、私は真っ黒になった。
うん、多分、中身をかぱっと開けることができるなら、真っ黒い塊が出てくるだろう。
さて、どうしようか。
もう帰ろうかな。ずっと店から出ないで過ごしたら、こんなどろどろには付き合わなくていい。
学校になんか来なかったら、私は、ずっとお店で幸せに過ごせる。みんないい人たちだ。
でも、なんだか逃げるみたいで、とても悔しい。
私は何もわるいことしてないのに。
大好きなお父さんとお母さんは、私にそんなことさせないのに。
うちのお客さんは、そんな、いやなことなんかしないのに。
座る場所が、ない。
なんでか、カラムの言葉を思い出した。
「違いねえ。お前は、強い。同じ年の子の中じゃ、きっとこの街で一番な。大丈夫だな」
そうだ。私は、この中で、一番、強いんだ。
だんだんだんと、荒い足音を立てて、教室の奥に歩いていく。
そう、空いてるじゃないか。ひとつ、席が。
だん、だん、と、段差を登る。
よいしょ。やっぱり、椅子がちょっと大きいな。うん、でも、ちゃんと座れる。
教壇は、二段程高い位置に据えられている。
その先生用の椅子に座ると、教室内がよぉく見えた。
うん、よく見えるねほんとに。見えるってことは見られてるってことなんだけど。
にやりと周りを見回すと、教室はしんと静まり返った。
ばかな奴らなんか怖くない。
弱いやつらなんか、怖くない。
私の黒いどろどろが、広がるといい。真っ黒い気持ちが、少しでも、移ればいい。
あつまらないと何もできないばかなやつらは、教壇に座る私を見て、しんと静まり返った。
さあ、来い。弱虫どもめ。
絶対に後悔、させてやる。