贖罪の始まり
リーナは、その状況を、力任せで突破した。
教壇に座り、啖呵を切った。
実行犯を炙り出し、わざと殴られた。
先生をしている教会の司祭様にそれを見せつけ、そして、許した。
司祭様は、まっすぐに私を見つめてきた。
君が、やったんだよね?
そう、その目が、言っていた。
いじめを、した。私が。
吐き気がした。
朝一番、机に置かれた一輪挿しの菊の花。
机の中に入っている教科書とノートには、しね、うざい、きえろ、きもい。全てのページにそう書かれていた。
予備で置いていたジャージは切り裂かれ、椅子には瞬間接着剤が塗られていた。
机は、私の一番嫌な記憶そのものだ。
私は、何をしていたんだ。
ふらふらと、家に帰る途中。
荒ぶるリーナを宥めてくれた、ニムルスという男の子が、私を追いかけてきた。
お前、やばいよ。今のうちに、お前の親も連れて、リーナんちに謝りに行こう。
お前も、自分の目で店を見たら、もうちょっと素直になれんじゃねえ?
そうして、見事に私の父親役をしているロダンさんも説得し、自分の父も素早く呼んで、すぐにリーナの家に行った。
対応が素早すぎる。いや今それはいいんだ。
とにかく、私はお店に行って実感した。
リーナのお父さんとお母さんの雰囲気。噂のことを聞いて激怒した表情。
落ち着いて説明する言葉とは裏腹の、震えている手
。今にも殴りかかってきそう。
それでも、私に優しくしてくれた。
話を聞いてくれて、お茶も出してくれた。
リーナがいいならと、居酒屋の改善にも協力してくれるなんて。
底抜けにいい人たちじゃないか。
ヒロインにひどいことなんか、なにひとつしていない。
ああ、本当に誤解だったんだ。
私は、本当に何をしていたんだ。ただの、中傷じゃないか。
私は、実感した。私の、罪を。
次の日一番、まだリーナが来ないタイミングで。
クラスで、みんなに正直に言った。
なんだ。そうだったんだ。よかったね、リーナがたいへんなおしごとをしていなくて。
ねえロザリー、うそはよくないよ。
そうだよ、わたしたち、あなたがあんなこといったから、リーナをごかいしていたんだよ。
ロザリーこそ、いそがしいんじゃない。おうちのおしごとのおべんきょうは、だいじょうぶ?おやすみしなくていいの?
私は、見事に孤立した。わかっていた、ことだった。
これから、私がいじめられる。
シナリオ通りに戻っただけだ。私が、悪い。
今回のクラスのみんなの、私に対する扱いは、正しい。
身から出た錆。
私は、本編開始前に、既にヒロインから断罪されてしまった。
私は、ヒロインを中傷した。
それを、このお店の人たちみんなへ謝った。
で、どうして今、ここで働いているかというと。
「おう、ロザリーちゃん!元気か?うん、元気そうだな!!」
がしがしがしがし。
頭をぐしゃぐしゃに撫でられる。
青の髪に、紫のタレ目。
ニムルスのお父さんでここの常連のカラムが、目尻のシワをたくさん作って、顔をくしゃっとさせてわたしを見つめる。
「あらあら、カラム。ロザリーちゃんの髪が乱れちゃうじゃない。この子、よくやってくれてるわよ?リーナとも仲がよくて。
本当に、提案してよかったわ」
仲良くないわ!!!
カウンターの中で、リーナがまた、人差し指を立ててふっと息を吹き付ける。
ああ、ごめんなさいね掃除もちゃんとできなくて!!
悔しくて口に力がこもる。
いけない。私は怒れない。私が悪いんだから。
そうすると、少しスッキリするのか、リーナはにんまりと笑って作業に戻る。
なんでだ。そんなに面白いか私の顔は。
くう、悔しい。素直にごめんって思えない。
リーナには本当に悪いことをしたのに、ごめんって本当に思っているのに、どうしてこんなにイライラしているの、私。
私がここで働くことになったきっかけは、いじめのお詫びの一環で行った居酒屋の無料試食会だった。
すごい人数になったので、居酒屋は一日無料貸切になった。
その時、カラムとひそひそ何かを話していたリーナのお母さん、エリサさんが、私に話しかけた。
一度接客をうちで学ばないかということだった。
リーナのお父さんのディアスさんも同意した。
リーナは、最初眉間にシワを寄せたけど、ニムルスに何か言われて、笑顔になって頷いた。
そして、私に向かって、にんまりと笑って来た。ぞわっと背筋が凍った。
え、ちょっと、あなたヒロインよね。心がきれいなのよね?あれ?なんかおかしいよ?
リーナは、そっと私に近づくと、握手を求めて来た。私に選択肢はなかった。
そっとその小さな手を握ると、ぐしゃっと潰されるんじゃないかくらいの力で握り返された。
リーナは、すごく、きれいに笑った。
右手が折れるんじゃないかと思った。
あ、これ、ダメなやつだ。
そんなわけで、私の時間は、夜にはなくなった。




