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私の朝は、夕方に始まる

以前の短編を連載版にしてみました。

本編開始前の短編なら3本とも読んだよーという方は三章からご覧ください。ロザリー編を見ていない方は二章からぜひ。

短編を編集した部分に関しては、作業でき次第どんどん投稿していきます。

私の朝は、夕方に始まる。


部屋が西側だからじゃない。うちが、酒場だからだ。



コペランディ王国、首都、ハーツィラム。


この街は、いつも冒険者や商人で溢れている。


大通りにはいつも沢山の人が行き交い、ダンジョンを攻略した後の祝勝会や、大口の取引が決まった祝いの席など、外食のきっかけには事欠かない。



でも、うちは。


ここは、冒険者だった父と母が、常連だった店を受け継いで営んでいる。大通りから一本路地を入った、目立たないところにあるお店。


丸い木のテーブルが10。カウンターには、席が15程。内装は古い。

落ち着くといえば聞こえはいいけど、椅子はギシギシするしテーブルの傷もひどい。


それに今時、入り口の扉が腰の高さの板だけなんて、あんまりないよ。

うち、古いんだ。



大通りの華やかな新しい、いざかや、とか、ばー、とかいうものに、そういった華やかな催しは流れていく。


店内はそんなに広くはないのに、みんな少ない注文で長話をしていく。

父さんや母さんは楽しそうに笑っているけど、これでいいのか。そのうち、お客さん全員大通りにとられちゃうんじゃないのか。



二階の洗面所で顔を洗って、髪を濡らす。


お母さんが絞ったオリーブの油に混ぜ物をした洗い液で、髪の根元を指で擦るように洗う。

そのあと魔法の少し暖かい風で、櫛で梳きながら乾かす。


鏡の中で、お父さん譲りの大きな緑色の瞳が私を見つめる。

お母さん譲りの、癖のないピンクベージュの髪が、さらさらと揺れる。



毎日洗っているので、髪はきれいなものだ。つやつやして、なかなか結いにくいくらい。


それからお水をつけて布巾を濡らし、絞って自分の部屋に持って行き体を拭く。



これは、お父さんとお母さんにきつく言われている習慣だ。きゃくしょうばい、だから、せいけつにするのは当然のこと、なんだそうだ。


毎日顔や髪を洗って体を拭くなんて、お貴族様みたいね、とは、学校のみんなのお話。



10才の平民の子供は、13才になるまで教会に設置された学校に入れられる。読み書きや計算、国の歴史や簡単な魔法を学ぶ。



今の国王様が新しくきめたことで、私もこの秋から通い始めた。


お貴族様には遠く及ばないけど、私たちにも小さな火をおこしたり、飲み物を冷やしたりする魔法は少しだけ使えるようになったりする。

そうするととてもべんりだから、一生懸命に練習するんだ。



冒険者になりたい子は特に真剣。

居残りで受けなきゃいけない特別授業の剣術も、男の子ならみんな受ける。女の子も少しだけいる。


私はそれがとても羨ましい。だって、家の手伝いをしなきゃいけないから。

私だって、剣術の授業を受けてみたい。

小さい頃から鍛えられている自分の腕を、試してみたい。


酒場の手伝いなんてしてたら、ずっとここにいることになる。



10才の今は見習い以下だからまだいい。でもそれは、結婚してないまっとうな娘の仕事じゃない。


みんなの。噂になってるんだ。

うちが、そういうおきゃく、をとっているって。


うちに、女の子はお母さんと私しかいない。



つまり、私がそういうおしごとをしている、という、ひどい噂が流れ始めた。


そんなことないのに。いやなやつなんか来ないし、来たって元冒険者のお父さんやお母さん、店の常連さんがやっつけてくれる。



悔しい。何度言っても。みんなくすくすわらうばかりで、何も言ってこないんだ。


ぐるぐるぐる。黒いきもちが渦巻いている。


いけない、わたしの朝は、今、始まるんだ。



ばしっと頬を叩いて、一階のお店に降りて行った。





「よう、ディアス!もう食えるか?」


からん、と、扉についている鈴が鳴る。

これも古臭い。大好きな音だったのに、今はなんだか恨めしい。


本当に嫌だ。何が嫌なのかわからないぐちゃぐちゃした気持ちが、私を満たす。



店に入って来たのは、常連の冒険者、カラムだ。

青い髪に紫の、少しタレ目。目尻のシワが濃い。

たくさん笑う人の印だ。


近所に家があって奥さんもいるんだけど、自分の帰りが、ふていき、だから嫁に悪いって言って毎日のように飲みに来る。

ごはんを食べに来ているついでに一杯やってる、というかんじ。



いつもカウンターの端っこで、オーク肉のタレ漬け焼きや、お魚の煮物、キャベツの浅漬けなんかをがつがつ食べて、エールを1、2杯飲んで父さんと世間話をする。


そして、店がそれなりに混み合うと、ちょうどおなかいっぱいになるのかそっと勘定を置いて去っていくんだ。



私は、カラムの席に今日の最初の注文、川魚を丁寧に燻したくんせい、と、ふわふわのパンとオーク肉の串焼きを持っていった。


「おー、リーナちゃん、ありがとう。今日もかわいいな。お行儀もいいね。さすがエリサの娘だ」


頭をがしがしと撫でられる。うう、もう私、小さくないよ。髪がくずれるよ。ひとつに結ってるだけだからすぐ直せるけどさ。



「ああもう、カラム。うちの大事なリーナに構うな。汚ねえのがうつる」


癖のある金の髪を短く切っている父さんが、私と同じ緑の瞳を吊り上げて軽口を叩く。


がっしりした体型のお父さんがちょっと荒っぽく言うとけっこう怖いんだけど、カラムは慣れている。上機嫌で返した。



「いや、リーナちゃんは将来有望だ。仲良くしておかなきゃな。上のダルクじゃなくて、リーナちゃんがここを継ぐんだろ?」


「そんなのは本人たちが決めることだ。リーナは学校に行ったばかりなんだから、まだ先の話よ。違うことをしたくなったら、また考えるさ。変なこと吹き込むなよ」




私には、お兄ちゃんがいる。ダルクといって、5つ上だ。

お父さん似で、がっちりした体型に、髪の色はお父さん譲りの金の癖っ毛、目はお母さん譲りの薄い青の瞳。


13才の時に正式に冒険者登録をして、今は近くの浅いダンジョンで仲間達と少しずつ稼いでいる。

けっこうモテてるらしい、とは、カラム談。


お兄ちゃんのパーティメンバーはみんなこの街出身だから、実家があって宿代がかからない。

だから装備にお金をかけることができて、そこそこ強くなっているらしい。


見目がよくてしかも強い冒険者は、人気だ。

街を歩くとおんなのひとに声をかけられたりする。


お兄ちゃん、冒険者、やめないかもな。

このお店は、やっぱり私が継ぐんだよね。



学校に入ってすぐ、商人の娘の……ええと確かロザリーって名前の子、が、へんな噂を話し始めた。


クラスのみんながひそひそ話す噂が、どろりと私の中に広がっていく。


酒場の子っておとこのひとといけないことするんだよ、よっぱらったひとにこえをかけられたらことわれなくて、だれとでもいけないことしなきゃだめなんだって。

リーナ、かわいそうだね。うん、かわいそう。よるにおしごとしてつかれているから、そっとしておこう。うん、とってもつかれているものね。くすくすくす。



見事に私はクラスで除け者になった。どんなに否定しても、聞いてなんかくれない。



魔法を学ぶグループを作るとき、薬草の素材を外に取りに行くチームを作るとき、私はいつも一人きりになってしまった。



わいわいと楽しそうに騒ぐみんなを尻目に、黙々と課題をこなしていく。


学校で習うことは、お父さんとお母さんにもう習ったことばかり。

だから、問題はない。ただ、置物のようにそこにいて、手が勝手に動くのに任せればいいだけだ。


うん、それだけだ。別に誰も必要ない。



だから、私の朝は夕方に始まる。






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