二度目 ②
エルムはすっかり落胆した。
これでは我々はまた敗北するではないか。
何も変わらない。
その様子を見て、先ほどから何事か考えていたリュコンが口を開いた。
「エルムよ。君に頼みがある。その話を村長たちに伝えてはくれないか?」
エルムはリュコンの目を見る。
「村長たちに…?」
「そうだ。少なくとも我々は会敵した。数刻のうちに戦は起こるだろう。誰かが伝えねば村の者たちはそれすらもわからん。君が行って伝えてくれ。弓矢の話もつけ加えてな。それからどうするかは村長の判断に任せよう。」
エルムは考えた。
それではここにいる男たちは助からない。
自分も結果としては戦から逃げることになるではないか。
しかし。しかしだ。
討伐軍がこの地を離れられない限り、どのみち皆、敗死してしまうのだ。
せめてそのことを村長たちに伝えられれば、残った女子供らは救えるかもしれない。
そして、そのためには誰かがこの地を去らねばならない。
「エルムよ。お前が臆病者でないことぐらいは承知している。これは決して逃走ではない。誰かが行かねばならぬのだ。状況を良く知るお前が適役なのだ。」
リュコンもエルムの心中を察したのだろう。
エルムが心残りなく発てるよう言葉をかけた。
リュコンの言葉におされエルムも決意する。
「わかった。リュコン。俺が伝えに行こう。」
リュコンは微笑みながら頷いた。
「村長たちに伝えてくれ。我々はよく戦ったと。」
「必ず伝える。必ず。」
まるで敗北を悟ったかのようなリュコンの言葉であったが、エルムには実に自然に受けとることができた。
しかし、それがまたエルムには悲しかった。
馬賊が突貫をかけるその時までに、リュコンはなにがしかの代案を立てることができるだろうか。
果たしてこの賢者ならば何か妙案を思いつくかもしれない。
その可能性だけが彼らには唯一の希望なのだ。
エルムはリュコンの元をあとにし、カデンの仲間が集う場所へ戻った。
「どうしたエルム?リュコンと話していたようだが。」
「ああ…。皆、俺はリュコンからの言伝てを村長たちに伝えに行くことになった。」
「ここを去るのかエルム?」
「一人で大丈夫なのか?」
カデンの男たちはざわついた。
皆、すまない…
俺が連れてきてしまったばかりに…
エルムの頬にはいつの間にか涙がながれている。
「エルム、心配するな。」
「ここは俺たちに任せてお前は行け。」
男たちは肩を叩いてエルムを励ます。
「皆…すまない…。」
その言葉に男たちは笑顔で答える。
「何もすまなく思うことはない。皆ここまで来られて嬉しいのだから。村を守るための戦いに参加できるなど誇り高いことではないか。」
その言葉に男たちは皆賛同する。
「だからエルム。お前はお前の任務を果たせ。戦が終わったらまた会おうではないか。友よ。」
エルムはただうつむき声を殺しながら泣いた。
同郷の友に見送られエルムは隊を離れた。
それからエルムは走り続けた。
息が続く限り走り、歩き、また走った。
止まることなく休むことなく。
走りながら固いパンを齧り、水を飲んだ。
石造りのナイフで革紐を切り、木片の鎧は脱ぎ捨てた。
日はいつの間にか西に傾いていた。
これぐらいの時間に。
エルムは思い出す。
前回、馬賊どもは谷に到着した。
もう戦の決着はついてしまっただろうか。
やはり…やはり今回も討伐軍は敗北を喫したのだろうか。
リュコンは。同郷の友らは。
またしても皆死んでしまったのだろうか。
あの馬賊の棟梁…ボグダと言ったか。
今回も殺戮を途中でやめ、生き残った者に村人が隠れる谷までの案内をさせるのだろうか。
もしそうであれば、もう馬賊どもはペオルの谷についているのではなかろうか。
俺が走ってあとどれほどの時間がかかるだろうか。
着いたときに、村人たちはまだ生きているだろうか。
走れども走れども雑念は次から次にわいてくる。
時に地平のゆらめきを馬賊と見間違え身を隠し、時に猛禽の甲高い鳴き声を人の悲鳴と思い肝を冷やした。
足首は地面を蹴るごとに痛みを増し、腿の肉はひくひくと痙攣した。
日が下がるにつれてあたりは肌寒くなり汗は冷たく身体を流れた。
あと少し、もう少し。
エルムは己を励まし、一歩また一歩と谷へ向かってあゆみを進めた。