一度目 ④
討伐軍の生き残りは、すでに30名ほどに減っていたのだが、エルムの呼びかけに素直に応じた。
彼らとしても既に死を覚悟していたなかで得ることのできた生である。
無駄な争いで失いたくはない。
エルムもほっとする。
戦いは終わったのだ。
我々は降伏した。
これからどのような屈辱が待っているかはわからないが、いますぐ殺されることは無いであろう。
しかも彼らの棟梁であるボグダは我々と会話できる。
話していれば互いに情もわくかもしれない。
そうすれば、彼らの略奪も収まるかもしれないのだ。
話せるとわかっていれば、はじめからこのような戦はしなくて良かったものを…
エルムはそれまでに周辺の村々が受けた暴力や仲間を殺された怨みなどついぞ忘れて、今生き残れた現状と、彼らと交渉できる可能性に感謝した。
「ふむ。見届けた。さあ座ろう。」
ボクダはエルムに少し近づいてその場に腰をおろした。
交渉の態度であろう。
エルムも腰をおろす。
「我々も決してそなた達を傷つけることは好まぬ。互いに神から生まれた人。神から与えられた言葉で話し合おうではないか。」
エルムの見込んだ通り、ボグダは交渉を所望した。
これは生き残れる。
「わかった。では何を話し合うとうのか。」
ボグタは再び大袈裟にうなずいた。
「我々にそなたたちが持つ食物を分けてはくれまいか。そなたたちが村に蓄えている食物だ。」
エルムは言葉につまった。
確かに村には年々貯めこんだ食物がある。
最近は豊作が続いていたのだ。
しかしそれは村にとっても無くてはならない宝である。
このままボグタ達に皆殺しにされてしまうよりは蓄えを渡してしまったほうが良いのかもしれない。
しかし、それはエルムの一存では決められないことである。
カデンの村のみならず、他の村々の問題でもあるのだから。
エルムの表情を見てボグタが口を開く。
「そなたでは決められぬか?」
エルムは心のうちを見透かされているとさとる。
こいつには敵わぬのだ。
「そうだ。それは…それぞれの村の長たちが決めるべきだな。」
「長たちはどこにいる?話をしたいのだ。」
エルムはまたも言葉につまった。
村長たちを含め、戦闘に参加しなかった人々、子供や女や老人は「ペオルの谷」と呼ばれる僻地に隠れているはずだった。
彼らの所在を知った馬賊たちが、谷を攻めて彼らを襲うかもしれないことは可能性として容易に頭に浮かぶ。
「村の女子供もいっしょに一緒におるのか?」
またしてもボグダはエルムの胸中を言い当てた。
エルムもすっかり観念して正直に話す。
「その通りだ。村長たちは戦闘に参加しなかった者をまとめて避難している。」
「その場所を教えると我々がその者たちに危害を加えるのでは…ということをおそれておるのだな?」
エルムは言葉には出さずうなずいた。
「ふむ。わからんでもない。我々の女子供も今は少し離れた所に潜んでおる。その場所を教えろと言われてもやはり容易には教えられぬからな。」
ボグダは顎ひげを指で捻りながら頭をかしげて困ったような表情を見せた。
「しかし、我々には時間がない。仲間も飢えておってな。そなたたちをこうして生かしたのも、食物の在処を遅滞なく聞き出すためなのだ。早く食物をもって帰らねばならぬ。」
そうである。
エルムたちは生かされているにすぎない過ぎない。
ボグダが指示を出せば、一瞬で馬賊に命を刈り取られてしまうに違いない。
そして、仮にここでエルムたちが沈黙を貫いたとしても、ボグダたちが捜索をすれば谷に隠れている仲間も見つかってしまうであろう。
連中も飢え死ぬか生き残るかの瀬戸際で必死なのである。
エルムは少し考えたが、谷の場所を教えることにした。
「わかった。教えよう。」
「うむ、助かる。では早速出発する。そなたは共に来て案内してくれ。他の者は好きにすればよい。傷ついた者の手当てをするも、ここで倒れた者たちの墓を作るも、どこかへ去るも、自由とする。」
ボグダの展開の早さに少し面食らったが、エルムは同行することとなった。
他の者たちは話し合った結果しばらく現地にとどまり、戦死した者を埋葬することにした。