一度目 ③
味方が次々に斃死するなか、男達は為すすべが無かった。
リュコンの指示に従い、身を寄せ合って円陣を組み、手に持った杭を力なく馬賊に向けてはいるものの、もはや燃えたぎるような闘志を持つものなど誰一人なかった。
ただ、矢が隣の仲間を貫くのを見て、次こそは自分の番に違いないなどと恐怖が心を支配するに任せた。
何人もの男が恐れの余りに陣を離れて逃げようとしたが、都度、矢に射られたり、縄を掛けられてそのまま馬に引きずられたりした。
馬に引きずられた者の末路は見るに堪えなかった。
地面で跳ね、他の馬に蹴られ、皮膚が破れて骨が剥き出しになり、手足はあらぬ方向へ折れ曲がって、それでもまだ悲鳴をあげていた。
虐殺は止まることなく、もはや逃げ出す者さえいなくなり、男達は声も上げずに立っていた。
涙を流してむせぶ者、歯をがちがちと言わせてうなる者、目を閉じて神に最後の祈りを捧げる者。立つこともかなわずその場にうずくまる者。矢が刺さり痛みに悶え苦しみ這いずる者。そのような男しかエルムの周りにはいなかった。
リュコンもすでに絶命していた。
エルムも今となっては自分の死を覚悟するのみとなっていた。
すると馬賊の中からブオォと低い音がして、馬賊たちは矢を射かけるのをやめた。
円陣に取り残された男達は不安げに馬賊の様子を見つめ、次に起こることを予想する。
馬賊の群れから一人の男がエルム達に近寄ってくる。
エルムは不安から杭を握る手の力を強める。
「戦士たちよ」
男は話した。
我々の言葉がわかるのか。エルムは驚いた。
「そなたたちは勇敢である。」
男達は、その馬賊の男の言葉に耳を傾ける。
「勇敢なそなたたちに敬意を表する。これ以上の無益な戦いは我々も望まない。」
どういうことであろうか。
エルムは咄嗟のことで理解が追いつかない。
これは、我々は死ななくて済むということであろうか。
そう思いつくと、急に安堵の思いに心がほぐされる。
死にかけて強ばっていた身体も、命を取り戻したかのように柔らかくなり、血の巡りを感じさせる。
しかし、なぜなのだ。
これだけの仲間を殺しておいて、我々だけは生かすというのか。
エルムの心のうちは様々な疑念で溢れて思考はとりとめなく、ぐにゃぐにゃと蠢動していた。
馬賊たちは無言でこちらを見ている。
彼らの乗る馬が落ち着くことなく息を荒げていななき周囲を闊歩する。
「そなたたちの代表は誰か?」
馬賊の男が問う。
しかし誰も答えるものがいない。
皆、余りに突然の出来事に言葉を失っている。
「言葉がわからぬわけではあるまい。」
馬賊の、思いがけない優しい口調に徐々に緊張が解けてくる。
「リュコンだ。」
少しの間を置いて、ようやくエルムが答える。
「その者はどこにいる?」
「既に…死んでいる。矢が刺さって死んだ。」
エルムは出来るだけ素直に答えた。
「そうか。それは残念である。」
男は残念そうに俯いた。
この男はリュコンの死を悼むのか。
エルムはまたもや馬賊の態度に違和感を覚えた。
「では、今の代表は誰か?」
この問いに、討伐軍の生き残りの男たちは顔を見合わせた。
涙や鼻汁、よだれ、吐瀉物で皆の顔面はぐしゃぐしゃになっていた。
ひどい面をしてやがるな…とエルムは思う。
皆もそう思ったに違いない。
恥ずかしそうに、うつむきがちにしている。
「それぞれの村の代表は生き残っているか?」
エルムが問いかける。
皆、きょろきょろと辺りを見つめて首をふる。
「そうか…俺はカデン代表のエルム。代表は俺だけか。」
エルムはふぅと息を吐いて振り向いた。
「ここには各村の戦士が集っている。それぞれの村に代表がいたが…生き残っているのは俺だけだ。」
馬賊の男は大袈裟にうなずいた。
「そうかそうか。ではそなたと話をしよう。私はボクダ。テュルクのボクダ。この者たちを統べるものである。」
「俺はエルム。カデン村のエルム。」
ボグダと名乗る男はそれを聞くと大声で他の馬賊に何かを伝えた。
馬賊たちは一斉に馬をおりた。
「エルム。勇敢な戦士よ。我々は馬をおりる。お前たちも武器を手放すがよい。」
エルムはその様子を見て唖然としていたが、ボグダに促されてはっとした。
少し考えたが、今さら武装解除をしたところで失うものもないだろう。
「皆、武器をおこうではないか。」
エルムは仲間に呼び掛けた。