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三度目のヘルメス  作者: 逆柿一統
一度目
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一度目 ②

「皆、注意しろ!」


リュコンの声がエルムにも届く。


馬賊が動き出したのである。


馬は四つの脚を器用に動かし、躍るように向かってくる。


男達の不安が声となり、周囲がどよめく。



「時はきたのだ!我々の勝利である!」

リュコンは高々と叫ぶ。


エルムも「応!」と声を出し、リュコンの呼びかけにこたえる。



馬賊は徐々に速度を増しているようだ。

馬は躍るような走り方から地を飛ぶような走り方へと移行している。

その足音がドドっドドっと地を鳴らし、大地の神の怒声のごとくエルムたちを囲み、すくませる。


男達の不安は頂点となる。


あの勢いをこの杭で止められるものであろうか。

さしものエルムも心の陰りを抑えられない。


先程までの高鳴りは嘘のように静まり、怖れが腹に溜まり、胃から込み上げてくる。


周囲では吐瀉物をあたりにぶちまける者もいた。


しかしそれもしょうがなかろう。


それほどまでに馬賊の突進は禍々しかった。



その中でもやはりリュコンは凛々しい姿を崩さない。


「皆、ひるむな!用意しろ!」


ブァーーーー!!

と角笛のけたたましい音が響く。


男達は心の乱れの余りに忘れていた手順を思いだし、皆腰を沈めて片膝をつく。

忘れたままの者も周囲の動きを見て真似をする。

数百の男達が一斉に身を沈めた。


そして次の合図を待つ。


その間も馬賊の突貫の勢いは衰えることなく、地響きを鳴らし怒号とともに迫り来る。


男達は固唾を飲んで死を運ぶ悪魔たちの挙動を見つめる。


ドムッドムッドムッ!!

ドムッドムッドムッ!!


来た!太鼓の音だ。

この合図で男達は足元に隠していた杭を取り上げ、尖頭の片方を地面に刺して固定し、もう片方を馬賊に向ける。


男達の隊列は瞬時に巨大なヤマアラシと化した。

あとは…あとは馬賊どもがこの針山に突き刺さり、悶え、うろたえ、逃げ惑うのみである!


馬賊の到達まで残り10秒ほどであろうか。

突貫の勢いは衰えることを知らず、相変わらずの速度でこの破滅の罠へと向かってくる。


エルムの心中は先程までの憂いなど一切吹き飛ばし、勝利への確信で満ち溢れていた。


さすがリュコン。さすがは賢者と呼ばれる男の策である。



と、その時。

馬賊の先頭を切っていた男達が、それまで一丸となってこちらへ進んでいたのに、進行方向を変えた。


馬賊の群れはエルム達が構えるハリネズミの陣を避けるように左右にさっと別れた。

まるで霧がふっと晴れるように、男達の前方から馬賊は消えた。


身を低く保ち、衝撃を待ち構えていた男たちは拍子抜けをして辺りを見回す。


ひょん。ひょん。


と何かが飛び交う音がする。

エルムが周囲をうかがっていると、「おおぉっ!」と隣の男が呻き、どさっと前のめりに倒れた。


どうしたことかとエルムが男の身体を揺さぶろうとして、男の頭に突き刺さったものを見つける。


矢である。


それに気づいたのも束の間、ひゅんひゅんという音は数を増し、いまや間断なく男達に矢が降りかかる。


エルムの周りの男達が次々とうめき声を上げて倒れていく。



しまった。

罠にかけられたのはこちらであったか。


我々がどのような策をとろうとも、馬賊は初めからこれを狙っていたのだ。


我々では馬賊の速度においつけない。

また弓矢の届く距離を開けられては手を出すこともできない。


連中は駆け回りながら、ただ身を寄せあっている我々に矢をいかけさえすればよいのだ。


弓矢とは。

考えもしなかった。


我々は日常で弓矢を使うことなどほとんど無い。


狩りをする民が獲物を仕留めるときに使うのだ。


たまに彼らが獲物を持って来てくれる際に、気まぐれで弓矢を射ってくれるのを見て驚いたり楽しんだりするのだ。


まさか、馬賊の連中が全員弓矢の扱いに熟達しているとは。



エルムは一瞬でリュコンの策の甘さを直観した。


リュコンを見る。彼も呆然として馬賊が弓を射る様を見つめている。


誰もこのような事態を想定出来てはいなかった。



その間にも数百、数千の矢が討伐軍を襲う。


彼らが身にしていた、木片を革で編んだ甲冑などでは、矢の貫通を阻止することなど出来なかった。


男達は次々と矢にたおれ、地面に伏して動かなくなっている。


誰もが状況を把握出来ていたであろう。

しかし、誰もその解決策を見出だせず、ただ身をひそめ、矢に当たらぬことを祈るほかなかった。


何人かの男は、足元に用意していた石礫を馬賊にむかって投げた。

しかしそのようなものは、これだけの距離をとられては相手に届かなかったし、よしんば届いたとしても高速で動き回る馬賊に当たるはずもなかった。


逆に、投石のために立ち上がったところで無数の矢が刺さり絶命した。


たった数十秒の間に、彼らの心を占めた勝利への希望は敗北への確信へと変わった。


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