第1章 第1話 受験勉強よ~いドン!(後半)
英語専門塾Tsuyoshiに続き、国語専門塾正経ゼミナール、松田塾にも入塾した主人公・田上恭介は第1志望・関政大学合格を目指し、新しい環境に慣れないながらも自分なりに奮闘している。そんな中、松田塾である人と出会うことになる。
3月25日、いよいよ国語でお世話になる「正経ゼミナール」の1回目の授業の日だ。正経ゼミナールは宮口駅からマルーン色の特急列車で2駅、各駅停車で3駅いったところにある岡峰駅から歩いて5分のところにある小さな個別指導塾である。こちらも某英語専門塾同様、大手予備校で教鞭をとっていた先生が個人で開いている塾だ。
こちらも英語専門塾同様小さな階段を昇る。英語専門塾と違って、正経ゼミナールは2階にあるため、少し楽である。
階段を昇り、外廊下を歩き、正経ゼミナールの小さなドアを開けてゆっくり入る。
「どうぞー。」
塾長の山口先生の声が通る。
中に入り、先生の前に座る。それにしてもスペースがえらいせまい。
この正経ゼミナールは雑居ビルの一角・・・ではなく、マンションの一室を賃借りして経営している塾である。リビング・ダイニングといわれる部屋に学校にありそうな小さな机とクッションがついた椅子が向かい合わせで配置されている。奥が先生の席で手前が生徒の席だ。その配置が3セットある。ただでさえそんなに広いリビング・ダイニングでないのに隣のブースとは大きな間仕切りでしっかり仕切られているため、各ブースは余計に狭く感じる。
間もなく1対1の個別指導が始まった。早速、先生から「古典文法必修ノート」という名の新しい教材を受け取った。新しいといってもこれは何年前に出版されたものだろうか。出版社の郵便番号が3ケタだから僕が生まれる前だろうか。
「はい、それでは4ページを開いて。」
先生の指示がと入り、僕は4ページを開く。
「古文には品詞が10種類あります。まず1つ目は動詞。動詞の語尾はウ段で終わります。ただし、ラ変動詞はイ段の『り』で終わるから注意すること。次に2つ目は形容詞。これは言い切りの形が必ず『し』で終わります・・・」
このような感じで先生の説明が淡々と続く。大手予備校の授業を1人で聞いている感じだ。ただ1つ違うのは聞きそびれたり、わからないところがあってついていけなくなったら授業後・・・ではなく、授業中にすぐ先生に質問できるところだ。そこに大手予備校以上に高い授業料を支払う価値がある。
「はい、では大問1と2を解いて。」
と、先生に指示され、僕は問題を解いた。
「では、答え合わせをします。問1は?」
「3番!」
「できた!」
正解だと先生は「できた!」と少し喜んだ表情で言ってくれる。正解の時に「できた!」と言う先生は人生初めて見た。
「問2は?」
「1番!」
「できた!」
「問3は?」
「4番!」
「まちがい。」
「・・・・・・・」
普通、生徒が不正解の答えを出したとき、教師は「残念!」とか「ブブー!」というはずだが、単純に「まちがい。」と先生も人生初めてだ。
すべての答え合わせが終わると山口先生は
「間違えた問題を直して。」
と指示し、僕は間違えた問題を訂正した。
国語専門塾『正経ゼミナール』では、このような感じで90分の授業が進んでいった。
宮口駅前にある松田塾に入塾して1週間たった翌日は1回目の日本史特訓だった。「特訓」というのは各教科ごとに毎週1回あるコーチングの時間である。特訓は1回2時間で構成されており最初の1時間は各自自習室でテストを受け、残り1時間は生徒と先生1対1でテストの確認や口頭試問、来週分の学習計画を立てたりする。
いつも通り教室のドアを開ける。校舎長菅原先生の机の前にある名簿の自分の欄に来塾時間を書くと、横から
「あれ~?田上くんも松田塾に入るの?」
と横から優しい声がした。振りむくとそこにはなんと川口さんがいたのだった!
川口あさひさん。宮北高校の女子バレー部に所属している同級生だ。美人だということもあり、学年内では人気がある。
「えっ!川口さんも入るの!?」
「うん!入るよ!一緒に頑張ろう!」
彼女の弾ける笑顔に癒された。
僕は予定通り自習室で確認テストを受けた後、自習室隣の先生たちがいる特訓室の座席に着席し、担当の先生を待つ。某建設会社の雑居ビル2階に位置する松田塾宮口校はテナントを2つ所有しており1つは先生たちがいる特訓室、もう1つは私語厳禁の自習室となっている。たしか僕の日本史を担当してくださる先生は「江藤先生」という先生らしいのだが、まだ僕のところにはいらしていない。基本的に松田塾の特訓は大学生アルバイトがコーチングするのだが、その江藤先生は『初めて恋をした日に読む話』に出てくる山下一真のようなかっこいい男の先生なのか、それとも春見順子のような美人教師なのか・・・正直ドキドキしていた。間もなく、その江藤先生がやってきた。
「初めまして、田上くん。私が日本史を担当する江藤です。」
「・・・・・・」
その予想は見事に大外れだった。その江藤先生はかっこいい先生でもかわいい先生でもなく、40代程度のおじさんだった。
元日の初詣で凶を引いたような不吉な顔をしていた僕の右横に「よいしょっと。」と江藤先生が腰かけ、間もなく第1回目の特訓が始まった。
まず、先生は1週間の宿題の内容確認し、確認テストの点数をパソコンに打ち出した。松田塾の特訓には「特訓レポートシステム」というソフトウェアが導入されており、生徒の宿題管理や確認テストの点数記録はすべて電子データとして管理される。確認テストは原則8割以上が合格点であり、合格の場合は参考書の次のページに進める。不合格の場合は次週も同じページをやるというルールになっている。今回の確認テストは50問中44点。つまり8割8分。余裕の合格である。
心の中でガッツポーズをするが、それも束の間。まもなく1週間の宿題の内容から問われる口頭試問が始まった。
「では、旧石器時代の地質区分は何?」
「それは更新世です。」
「うん、そうね。では、縄文時代は?」
「完新世です。」
「はい、そうね。」
1週間しっかり勉強してきたからか、1問1答形式での質問はすぐに答えられた。
「では、旧石器時代の打製石器はどのようなものがある?」
「えっと・・・う~ん・・・・その~・・・細石器と・・・えっと~・・・う~ん・・・あれ?えっと~・・・」
急に答えが出てこなくなった。1問多答形式の質問になると、涼宮ハルヒ団長に振り回される舌っ足らずのドジッ娘メイド・朝比奈みくるのようになってしまい、全然答えられなかった。
この後も口頭試問が続いたが、結局この日は1問多答の形式の質問は完敗に終わってしまった。
口頭試問が終わると次週の宿題の計画に移る。今回は確認テストは無事合格だったため次のページに進める。宿題の計画が終わると特訓が終了し、最終確認である「特訓面談」をするため、校舎長や教務といった社員を呼ぶ。(そもそも社会人講師である江藤先生は正規雇用なのか非正規雇用なのかはわかるまい。)
江藤先生が社員さんを呼ぶと、受付から校舎長がやってきた。校舎長が前の席に座ると江藤先生が今週の状況説明を行う。
「うん、まずは日本史の流れをしっかりつかんだうえで語句を暗記する。これを3回繰り返したら次の模試は6割取れるでしょうね。」
とコメントを残すと校舎長は特訓シートにサインを残し、慌ただしく次の特訓面談に向かった。
これで特訓終了だ。
特訓の後は自習室に戻り、22時まで自習を続ける。このようなサイクルがこれから1年間続く。どんな1年間になるのだろうか。その1年間は楽しい1年間になるのだろうか、それとも受験だから辛い1年間になるのだろうか・・・でも、もう後戻りはできない。1年間どんなことがあってもめげずに突っ走っていこう。
最後までお読みくださり、ありがとうございます。
まずは1週間投稿が遅れましたこと、おわびいたします。
私自身、日々忙しい大学生活を送っております。
1週間間隔で投稿をしたいのですが、場合によっては投稿日時を延期することがあります。
連載自体は続けていきたいと思っておりますので今後ともよろしくお願い致します。