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朝霧紗綾は勇者じゃない。  作者: アキラシンヤ
9/25

2-1

 魔王城っぽい、いやもしかしたら本当に魔王城かもしれないところへ向かうとして、どんな準備をすればいいのだろうか。

 木の棒?

 お鍋のフタ?

 いらない。そんな物は役に立たない。しかし世間一般の高校生が持ち出せる物なんてそれらと同じぐらい、もしくはそれらより役に立たなそうな物ばかりだった。どんな家にでもありそうな最強の武器といえば包丁だろうが、仮に本当の魔王城だったとして魔物が出てきた場合、包丁一本で勝負が分かれるとはとても思えないし、意外と折れやすいため気休めにもならない。ではどこにでもある最強の盾はと考えた時、思い浮かんだのはマジでお鍋のフタだった。そんな物は役に立たない。

 という訳で非常用リュックをそのまま担いでいく事にした。ちょっと重いが何せ非常用だ、魔王城っぽいところへ向かうにもきっと役に立ってくれるだろう。実はそのちょっとした重さこそ気休めだと気付いてはいる。逆に必用な物以外持っていかないという選択もあったが、そうなるとスマホ一つで事足りてしまう。いくら何でも近所のコンビニへ向かうのと同じ装備で魔王城っぽいところへ向かうのもどうかと思い却下した次第だ。

 着ていく物にしても重ね着して着込めば多少は防御力になるかもしれないが、今は九月上旬だ。もこもこ厚着していたら辿り着く前に暑くてへばってしまう。だからといって普段着で向かうのも何か違う気がして薄手のパーカーに落ち着いた。穿き慣れたジーンズにしたかったが真堂と被る。よって古着屋で奮発したアバクロの深緑パンツを装備した。鏡を見て普段着と変わらない事に気付いたが、気付かなかった事にした。魔王城っぽいところに相応しい装備なんて普通の家にはない。

 当たり前だがみりるちゃんは水色の修道服。真堂も変わらずシャツとジーンズだが、こいつの背負っているリュックに何が入っているのか気になるところだ。

 では年中レインボーな紗綾はといえば、なぜか夏用のセーラー服だった。俺達の通う友丘高校の夏用セーラー服はとてもレアなノースリーブでかわいいと評判らしい。なぜ制服なのかと尋ねてみれば「虹の入ってないのがこれしかなかったんだもん」との事だった。ちなみに紗綾はスマホしか持ってこなかった。必要な物以外持っていかない事にしたか、もしくは何も考えてないかだが、間違いなく後者だろう。スニーカーではなくローファーを履いてきたのだから間違いない。

こうなるとまともな格好をしているはずのみりるちゃんがコスプレに見えてくるから不思議なものだ。

 では上戸市市役所上空に浮かぶ魔王城っぽいところへどうやって向かうかというと実にシンプルで、行けるところまで電車で行く。警察や自衛隊の包囲網、そもそも上空に浮かんでいる城はどうするのかと真堂に尋ねたところ、「何とかする」と不機嫌そうに返された。素敵な仲間はとても心強い。

 そんなこんなで電車内。緊急避難命令が出ているだけあって上りはガラガラだ。みりるちゃんは座席に膝を付いて窓の外を楽しそうに眺めていてとてもかわいらしい。当然のように隣に座ったらあいだに紗綾がぐいぐい割り込んできた。……警察のご厄介になるような真似は絶対しないというのに。

一方で真堂はその人見知り設定をいかんなく発揮し、隣の車両の一番向こうで楽しくぼっちを満喫している。

 真堂を勇者に仕立て上げた事で安心し切ったのか、紗綾がどうでもいい事を尋ねてきた。

「何で危ないとこに行く電車があるのかな?」

「下りしか動かさなかったら電車がなくなるだろ。それに市役所の方へ近付かなきゃならない人だっているだろう。おばあちゃんが一人で避難できないとか、忘れ物したとか。まあそんなケースは稀だから普通しかないし一時間に二本だけだし、現に人もいないんだけどな」

「ほへー。陸は何でも知ってるね」

 お前に知らない事が多過ぎるだけだ。あとほへーやめろ。

 しかし職員さんはすごいと思う。人によっては世界の終わりと感じてもおかしくない状況なのに時刻通り運行している。普通に働いているように見えたがその心中は年始の終日運行とはケタ違いのハズレを引いた気分だろう。

「それにしても真堂くんってほんと人見知りなんだね。何もあんな遠くまで行かなくていいのにね」

「ほっといてやってくれ。極度の人見知りで特にかわいい女の子の前じゃ全然だめなんだ。耳まで真っ赤にしてろくに喋る事もできない。席替えで好きな子の隣になって過呼吸を起こしたなんて本人には言ってやるなよ。いいか、絶対だぞ。絶対言うなよ」

「そんなの重過ぎて言えないよ……。でも私ってそんなにかわいいかな? 陸はどう思う? 私ってかわいい?」

「は? 寝言は寝てからでも迷惑だ。頭をぶつけたんならちょうどフライパンがある。叩いて正気に戻してやろう」

「ぶつけてないよ! それより何でフライパン持ってきたの!? 獲って食べようなんてだめだよ!」

「食べる訳ないだろ。持ってきたのはあれだ、高度な戦術的判断の結果だ」

「せんじゅつてきはんだん? よく分かんないけどごまかさないでよ。ほら、私ってよく告白されるじゃない? でも私よりかわいい子っていっぱいいるじゃない? でも告白された数は多分ぶっちぎりで私が一番なの。何でだと思う?」

 魔王城っぽいところへ向かっているというのになんて緊張感のない話題なんだ。ぶっちゃけどうでもいいがちょっとムカついたし、このバカ女に残酷な現実を教えてやろう。

「それはお前が誰にでもフランクに話しかけるからだ。ちょっとマニアックな趣味にも食いつくからだ。そして思春期の男はお前が思ってるより遥かに単純だ。つまりお前はあれ? もしかしてあいつ俺の事好きなんじゃね? と思われていてなおかつ、あいつなら俺でもいけるんじゃね? と思われてる。それだけだ」

 口が半開きになったと思ったらアホ毛がくいっと曲がり、はてなマークになった。……あのアホ毛はどうなっているんだ。

「よく分かんない。結局どうなの? かわいいの? かわいくないの?」

 やべえ、質問内容が一つ前に戻ってやがる。紗綾でも分かるよう説明したはずなのにまるで理解していない。いや、こいつからすれば初めからかわいいか否かだけを尋ねていたつもりなのか。

「かわいいよ。ただし珍妙な動物としてだがな。小動物でもないのがポイントだ」

 紗綾は感情の起伏が激しい。さっきまで笑っていたと思ったら泣き出したり怒り出したり。またそれらの指向性はすべて可逆だ。また誰のどんな話題でも食い付いてはすぐに飽きる。こうした生態は空腹ならおとなしい肉食動物といえよう。

 我ながらうまく皮肉ったつもりだったが、紗綾に皮肉なんて高度な話術が理解できるはずもなかった。

「そっか、私ってかわいいんだね! 陸もかわいいって思ってたんだ!」

「そうそう。かわいいかわいい。ぐうかわとはお前の事だ」

 これ以上ないぐらい嬉しそうな笑顔を浮かべたものだから、もうツッコむのもめんどくさくなってしまった。笑顔の女の子は誰だってかわいい。当たり前の事だ。

「ちょうど隣の車両にかわいい値測定器がいるから、試してきたらどうだ?」

「分かった行ってくる! 真堂くんも一人ぼっちはかわいそうだし!」

 言うなり紗綾は真堂へ直撃しに行った。まったくちょろいやつだ。

 さて。これでゆっくりみりるちゃんと話ができる。

 別に疑う訳じゃないが、理由ぐらいは知っておきたい。

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