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朝霧紗綾は勇者じゃない。  作者: アキラシンヤ
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1-5

 みりるちゃんを抱えて外に出ると、寒さを凌ぐように身体に腕を回した少年が道路に座り込んでいた。紗綾は少年の身体を支えるように抱きかかえていた。随分とうろたえている。

「大丈夫ですか!? 救急車呼んだ方がいいですか?」

「……大丈夫です、何だか急に眩暈がして全身が熱くなって……いてて」

 白いシャツを着た少年の顔には大粒の汗が浮かんでいた。苦痛に耐えているのか、歯を食い縛っている。まさか本当に「痛いの」が直撃したってか? バカな。そんなはずがない。きっと立ちくらんで倒れて道路に身体を打ちつけたんだろう。そう、きっとそうだ。

「お怪我ですかぁ? みりるが治してあげますよぉー」

 俺の腕の中にすっぽり収まるみりるちゃんが嬉しそうに笑った。いやいや、笑ってる場合じゃないだろう。

「みりるは何もしなくていいから!」

 紗綾はすごい剣幕で怒鳴った。かなり怒っているようだが……どうしてみりるちゃんを叱るんだ。それじゃあまるで本当に「痛いの」が原因みたいじゃないか。

 そんなはずはないのに。そんな事はあり得ないのに。

「ううぅ、怒られちゃいましたぁ……」

 半べそをかくみりるちゃんに、どう返していいのか分からなかった。状況に置いていかれている。何が起きていて何が原因なのか、俺には分からない。

「すごい熱……。やっぱり救急車呼びますね」

「いえ、本当に大丈夫ですから。ただ、もしよければ家の中で少し休ませて頂けませんか」

「えっ? 別にいい、よね?」

 振り向いた紗綾に首肯すると、今の今まで痛がっていたのがまるで嘘だったかのように少年は感情の読めない薄笑いを浮かべた。

 この薄笑い。見覚えがある。

「久しぶりだね、リック。中学の卒業式以来かな?」

「……真堂」

 すべてが演技だったかのように真堂は立ち上がった。

 どうして気付かなかったんだ。まだ別れて一時間も経っていないってのに。

 印象が薄いとか覚えにくいとかそんなレベルじゃない。座り込んで痛がっていた少年と入れ替わったようにすら感じる。

 気味が悪い。真堂は、どこかおかしい。

 得体の知れない危機感を煽るように、紗綾の言葉が重たく圧しかかった。

「陸、知り合いだったの?」


 大事な話があるから、と紗綾はみりるちゃんを連れて部屋へ行った。さりげなく俺がお姫様だっこしていたのに何も言わなかったぐらいだ、きっととても大切な話なんだろう。

 そんな訳で再び真堂とサシ向かう。部屋に上げるのも嫌だったのでリビングに通した。緑色のリュックを下ろし三人掛けのソファに腰掛けた真堂は腕を組み、相変わらずの薄笑いを浮かべていた。夏の名残のアイスコーヒーを二人分、ガラス卓に置いて対面に座る。真堂から口を開く様子はなく、仕方なく俺から話しかけた。

「痛むのか」

「こう見えてね、実はとても痛い。表面じゃない、骨や肉が炙られているみたいだ。少しずつ冷めてきてはいるようだけど、今は立って歩くのもつらい」

 そんなふうには見えない。落ち着かない心にアイスコーヒーを流し込んだが、何から尋ねればいいのか、尋ねたところで真堂は正しい答えを返してくれるのか分からず、つまらない質問で茶を濁す。

「持病か?」

「本気で言ってるのかい?」

 真堂は笑わなかった。薄笑いは仮面のようで、本当の表情など絶対に分からないような気がした。苦痛に顔を歪めていたのは演技なのか、それとも仮面を被る余裕もなかったのか。

「あの子は恐ろしいね。人の一生分の痛みを他人に転嫁させようなんてイカれてる。さすがは朝霧さんの友達だよ」

「……何を言ってるのか分からないな」

「ちゃんと現実を見ようよ。僕は敵じゃない、リックと同じようにあの目障りな城を何とかしようとしてる同志なんだ。腹を割って話そう。僕はもうそう決めた。あとはリック次第だ」

 前にも言っていたな、まるで俺が現実を直視しているような言い草だと。

 分かっているんだ。俺は現実から目を逸らし続けていた。

 だけどもう、どこに目を向けても残酷な現実が大口を開けて笑っている。必死に逃げ場を探し続ける俺を笑っている。

 真堂は信用できない。腹を割って話すと言いながら感情を表に出そうとはしない。そんなやつを信用できるはずもないが、真堂は俺がそう思うのも分かった上で話を持ちかけている。

 痛みの原因がみりるちゃんによるものだと知る機会はなかった。

 みりるちゃんが紗綾の友達だと知る機会もなかった。

 真堂は少なくとも俺よりは何かを知っている。何を尋ねてもきっと答えるだろう。その答えが事実がどうかはさておき、反論のできない、納得せざるを得ない答えを明かすだろう。

「紗綾はお前を知らなかったようだが」

「朝霧さんから聞いたって言ったのは嘘なんだ。本当はほとんど係わりもない。電話番号だって知らない。リックと同じように覚えてないだけだよ。じゃあ何でリックと朝霧さんしか知りえないはずの情報を知ってたかだけど、これには答えられない」

 そういう事か。真堂の目的に必要な質問には答えるが、真堂自身の事には答えない。やっぱり食えないやつだ。

「どうして紗綾に直接伝えないんだ。なぜ何の事情も知らない俺に話すんだ」

「随分と慎重な質問だね。単純な理由だよ、一足遅かったんだ。順当に行けば朝霧さんはあの城に乗り込んであっさりリヒトウを倒して、それで終わるはずだった。だけどリックが余計な事を言ってくれたお陰でね、朝霧さんは自らの責務を放棄してしまった。修正しようとしたけどそれも失敗した」

 ……一緒に魔王を倒しに行こう、か。

 どうして紗綾は俺を誘ったんだろう。

「あの城を放っておいたら、この先どうなる」

「いい加減にしてくれ」

 顔を歪め、真堂は吐き捨てた。

「世界を超えて現れた城を見て、みりるの力を知って、それでもまだ現実を受け入れられないのか? 彼女は勇者だ。幾つもの世界を渡りあらゆる悪を滅ぼしてきた規格外の存在だ。どう足掻いたってこの世界の力じゃあの城は落とせない、だから彼女に頼るしかないんだ。なのに彼女は動かない。普通の人間だと思ってほしいなんて、そんなくだらない理由で」

 ひどく苛立っているようだった。あるいは真堂の事だから、苛立っているように見せたのかもしれない。いずれにせよ言い分は正しい。悔しいが、反論はできない。

 紗綾は勇者なのか。真堂の言う通り、何よりもまず尋ねるべき事だろう。その真偽が明らかになれば他のどんな疑問も枝葉だ。もしも紗綾が本当に勇者だとすれば、今の不条理で不可解な事態に一本の筋が通る。逆に紗綾が勇者ではないとすれば、あの忌々しい城、みりるちゃんの不思議な力、紗綾の異常な言動、それぞれ独立した不条理が同時多発した事になる。可能性としてゼロではないのだろうが、感覚的に受け入れがたい。

「そうだな、紗綾は勇者なのかもしれない」

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