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朝霧紗綾は勇者じゃない。  作者: アキラシンヤ
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1-3

 電話をかけるとほぼノータイムで繋がった。

『ごめんちょっとだけ待って! 一〇分じゃなくて一分、じゃ間に合わないからやっぱり五分っ! すぐ行くからっ!』

 何かが割れる音と「うわあーっ!」という叫び声、どたどたと階段を下りる音も聞こえてきて俺は通話を切った。何が起こったのか分からないがおそらく一〇分コースになったんだろう。俺から謝りに行くつもりだったのだが紗綾は俺を部屋に上げたがらないし、まあいいだろう。

 真堂はその辺をぶらついているらしい。「想定外の事が起きたら連絡して」と言っていたので絶対に連絡しない。わざわざ家まで来て仲直りする方法を教えてくれたのはありがたいが、やはり気に食わないやつである事に変わりはない。この非常時にぶらぶらしていたら火事場泥棒と間違えられてもおかしくないが、むしろ間違えられろと思っていなくもないが、残念ながらあの存在感のなさだ、きっと誰も気付きやしないだろう。俺からしてもう顔すら出てこない。

 辺りも避難命令が出ているとは思えない雰囲気だ。たまに揃って大きなリュックサックを背負った家族が駅の方へと向かっていくが、悲壮感が漂っている訳でもなく、休日はみんなで山登りに行きますといった仲のいいご家族にしか見えない。理解できない現象にどうリアクションを取ればいいのか分からないのかもしれないし、突然のお休みに喜んでいるだけかもしれないし、もしかしたら動揺を見せまいと誰もが気遣い、努めて明るく振る舞っているのかもしれない。

「ごめんお待たせっ!」

 かなり急いだらしい。振り返るとドアを開けた紗綾が作ったような笑顔を浮かべていた。汗をかくほど急いだのかと思ったが、見れば前髪が濡れている。顔を洗っていたんだろう。よく見ればまぶたも少し腫れている。

「あの、あのねっ! 私本当は勇者じゃないの! でも嘘ついてたんじゃなくて、そうじゃなくてさっき気付いたの! 何で今まで気付かなかったんだろうね、こんな簡単な事なのにね、ねっ!」

 分かりやすいにもほどがある嘘だった。それでも仲直りしたいという気持ちは十二分に伝わってきて、俺はあらかじめ考えていた言葉を言うべきかどうか、ほんの少し考えてしまった。

「ごめんな。本当にごめん」

 頭を下げた俺に紗綾は目を丸くしていた。

「紗綾が自分をどう思ってるかなんてどうでもよかったんだ。高校に通ってるし、大学に行くつもりなのも知ってるし、その先の進路で悩んでるのも知ってる。だったらどうでもいいんだよな。勇者の生まれ変わりでもサンタクロースを信じてる金髪幼女の生まれ変わりでも、誰に迷惑をかける訳じゃないんだから。なのに余計な事言って……本当に悪かった」

「なっ、何で陸が謝るのよ! それに勇者じゃないって気付いたんだしもういいじゃない!」

「……そうだな」

 顔を上げて、俺達は笑って仲直りの握手をした。これでこの件は終わり。すぐには無理だが、近いうちに笑い話の一つになる。思えば無駄に市役所の方へ向かう作業などいらなかった。紗綾が仲直りしたいと思ってくれているなら、自分が勇者だなんて主張は取り下げるに決まってたんだ。

「じゃあ避難準備するか。お前どうせ何の準備もしてないんだろ? 手伝うよ」

 あまり実感はないが上戸市全域に避難命令発令中だ。ここにいて何もしないのであれば避難するべきだろう。先に避難した親父と母さんも心配するだろうし、地方都市サバイバルなんてするつもりはない。

 しかし、なぜか紗綾は笑顔のまま凍り付いていた。

「いやいやいいよそれぐらい自分でやるからそれに陸も準備してないでしょ?」

 ……なぜこいつはこうも嘘が下手なのか。これはこれで将来が心配だ。

「俺はずっと前から備えてたからリュック担ぐだけだ」

 クローゼットから非常用リュックを出して見せた。水とかいろいろ入っているのでそこそこ重い。

「まじかー。陸はいいお父さんになれるよー。残念な趣味さえ隠せば素敵なお嫁さんをげっとできるよー」

「目を逸らすな話を逸らすな俺の趣味の事は誰にも言わないでくださいお願いします。もしかしてお前、俺を部屋に上げたがらないのは何か特別な事情があるんじゃないか?」

「いやいやそんな事ないですよ思春期の女子はデリケートだしお砂糖だしスパイスなだけですよ?」

 初めてのブラを買うのに俺を誘ったやつが何を言っているんだ。これは相当まずい、法的に危ういレベルかもしれない。

「紗綾。本当の事を言ってくれ。お前の隠している粉末が何であれ、栽培しているクサが何であれ、処分はするが決して怒らないと誓う。いい加減話して楽になれ。そして二度と手を出すんじゃないぞ」

「そんな物騒なものじゃないよ! 犯罪者扱いしないでよ!」

「みなさん初めはそう仰るんですよ」

「何で通販みたいになってるの!? くっつきにくいフライパンなんて買ってないよ!」

「俺は持ってるぞ、ほら」

「何で非常用リュックに入れてるの!? 七〇万回の耐摩耗テストにも合格してるんだから使いなさいよ!」

「で? 本当は何を隠してるんだ?」

「友達が遊びに来てるだけだよ!」

 簡単に吐いたな。相変わらずちょろいやつだ。

 しかしなぜこんな時に友達が来てるんだ? 避難命令が出てるのに遊んでるのも問題だが、そもそも紗綾はついさっきまで泣くほど落ち込んでたはずだ。それに友達が来てるぐらいなら俺に話したっていいだろう。あまり考えたくはないが真堂の件もあるし――

 いや、もしかして真堂なのか? 辺りをぶらついてくるとは言っていたがこの目で見た訳じゃない。見送りもしなかったから俺の部屋を出たところまでしか知らない。理由は分からないが可能性はある。

 俺の話術に嵌められた事に今更気付いたらしく、紗綾はアホ毛レーダーをぐるぐる回しながら言い訳を考えているようだった。

「いとこのはとこのとなりのこめやのむすこのこべやのたまごのなかみはなんだろな……?」

 訂正。テンパって語呂のいい言葉を並べているだけだった。こういう時は直球で尋ねるのがいいだろう。

「もしかして、真堂なのか?」

「…………真堂って誰?」

 あれ、おかしいな。これは本当に知らないリアクションだ。連絡を取ってたんだから知らないはずないんだが。紗綾が顔や名前を覚えないとはいえ、困った時の相談相手を忘れたりはしないはずだ。その理屈でいえば俺すらうろ覚えって事になってしまう。

 まさか、本当にばれたらまずい事には本気の演技をしているのか? 考えてみれば紗綾の嘘はいつも分かりやす過ぎる。それは実は本当に隠さなくてはならない事を隠すためのフェイクで、ばれないような嘘と使い分けているのではないか? そうとしか考えらない。実際、真堂と係わりがあった事も今日まで知らなかった。

 しかし、だとしたら友達が来ているところまでは俺に隠さなくてもいい事になる。もちろん紗綾が誰と友達になろうが、それこそ真堂のような不愉快なやつだとしても、俺が口を挟む事じゃないしそんなつもりもない。長い付き合いだが同じクラスになった事はほとんどないし知らない交友関係だって当然あるだろう。

 だから誰なのかは実のところどうだっていい。気になるのはなぜ隠そうとしたのかだ。

「だって、陸には紹介したくないタイプの子だから……」

 歯切れの悪い答えを問い詰めると、紗綾は目を逸らしながら驚愕の言葉を口にした。

 バカな。そんな事が現実にあり得るのか。

 俺は使命感にも似た衝動に駆られて部屋を飛び出した。

 紗綾の言葉を完全に信じた訳ではない。しかしほんの僅かでも可能性があるのなら、確かめない訳にはいかなかった。

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