4-1
「ひゃはーっ! 約束したよ、絶対だからね!」
身体を起こす俺に満面の笑みを向けているのは確かに紗綾だが、少しばかり異様だった。
金色に輝く髪にアホ毛はなく、代わりに虹色の光輪が浮かんでいた。澄み切った海のような青い瞳も肌も、淡く発光していた。見慣れているはずの制服すら神々しく見えた。
リヒトウを指差し、紗綾は嬉々として尋ねる。
「準備はいい? そっちのお姉さんは逃がしておかなくていいの?」
「あなたは少年を、僕はレムリアを守りながら戦う。条件は同じだ」
「あれれ? リヒトウくん、みりるは――」
紗綾に目を向けたままリヒトウが腕を向けると、みりるちゃんは口を閉ざした。
「時は満ちた! 腐敗した教会の者ども、括目せよ!」
頭に直接響くようなリヒトウの叫びとともに、薄暗い部屋に無数の光が射し込んだ。
壁が、天井が、城そのものが瓦解していく。
石造りの床だけを残し、黒い灰となり散っていく。
「……ここは、どこだ?」
俺は広がる空の色に目を疑った。七色に霞んでいる。上戸市じゃない、日本じゃない。
「我が国の王都、諸悪の根源たる大聖堂の上空だ。みりる、外からの法術をすべて遮断しろ」
「ここは異世界なのか!?」
「にゃむにゃむにゃむ! 『わーれーなーいーしゃーぼんだま』っ! はううう、これじゃあみりるが噛んでるのもバレバレなのです……」
みりるちゃんが半泣きになっているところを見る本当に異世界らしい。確かにサーシャさんを上回る力を証明するには好都合だ。
「待たせたな」
「本当にね」
向かい合う二人が構え、空気が張り詰めた。
ここから先、俺にできる事は何もない。
数多の異名を持つ勇者と、その力を上回る挑戦者。
こんな時、何か合図があって始まるものと思っていた。いや、あったのかもしれない。
俺のような凡人には気付けなかっただけで。
それほど衝突は突然だった。
立っていられないほどの衝撃と轟音。二人の位置が、姿勢がずれた。ディスクが飛んだかのように動作は省略され、二人は既に接触していた。紗綾の顔があったはずの場所にリヒトウの拳があり、姿勢を低くした紗綾がリヒトウの横っ腹に手を当てていた。リヒトウの目は大きく見開かれていた。
「意味分かんないでしょ?」
紗綾が笑い、衝撃と轟音。再びコマが飛ぶ。俺は立ち続けるのを諦めた。
リヒトウの膝に紗綾が立っていた。もう片方の膝がリヒトウの鼻先に触れている。
実際のところは分からない。分からないが、論理的にはリヒトウに劣っているはずの紗綾が優勢に見える。
衝撃と轟音。リヒトウが消えたと思ったら、高く空に舞い上がっていた。両手を腰に当てた紗綾はただ見上げていた。
頭から墜落するかに見えたが、リヒトウは両脚で着地した。紗綾からかなり距離を取っている。
「なぜ」
怒りも焦りもなく、リヒトウは不思議そうに呟いた。
「なぜだ。『キングフォーアデイ』は機能している。術式による底上げもない。……みりる、貴様何か企んでいるか」
「そっ、そんな訳ないのです! リヒトウくんこそ手加減してませんか? 多少ぶっ壊れてもみりるがすぐに治しますから全力でやっちゃって大丈夫なのですよ!」
みりるちゃんはひどく焦っている。どうやら微妙な立場にいるらしい。そういえばリヒトウから嫌われてるんだったか。みりるちゃんはリヒトウを溺愛してるみたいだが。
「納得がいかない」
衝撃と轟音。そろそろ身体と耳も慣れてきた。
一瞬で接近したリヒトウの拳は届かず、紗綾はリヒトウの頬に手を当てている。
「殴ろうと思ったらもう殴ってなきゃいけないの。避けようと思ったらもう避けてなくちゃだめ。分からないでしょ? きみの方が速いかもしれない、でもそれだけじゃ足りないの」
「僕を愚弄するなッ!」
何が起こったのかは分からない。
「バカにしてんのはあんたの方でしょうが!」
紗綾の前でリヒトウが仰向けに倒れていた。
「私が頑張って頑張って積み上げてきた力の上辺だけ取り入れて私に勝とうなんてね、そんな都合のいい理屈が通る訳ないでしょ! 出直してきなさい!」
どこに逆鱗があったのか分からないが、怒った紗綾が倒してしまったらしい。リヒトウは起き上がる様子もない、という事は。
「うん? もしかして終わったのか?」
「リヒトウの意識が途切れた。これで終わりだよ。伝説の勇者は今も健在で、悪魔と呼ばれた異教徒達の力も及ばなかった。悪くない結末だと思わないかい?」
聞き慣れた声に振り向くとやけに白い、というか石膏像のように真っ白な真堂らしき彫像が隣に座っていた。
「死んでないとは思ってたけど、何がどうなったらそうなるんだよ……」
「タネは限られてるからね、明かすつもりはないよ。それより何が不満なんだい?」
「不満でもないんだが、もっと派手なバトルが繰り広げられるのを期待してたとこはあるな。あと俺、何もしてないし。お前も何もしてないし」
「リックは朝霧さんを説得したじゃないか。僕だって何もしてなかった訳じゃない。例えばこの浮遊する大地はリヒトウが浮かせてた訳だけど、意識が途切れたらどうなると思う?」
「あー」
石造りの床をこつこつと叩いた。リヒトウが言うには大聖堂とやらの上空にあるはずだ。
「落ちるの?」
「派手な展開がお望みならね」
「謹んで遠慮させてもらうけども。じゃあこれ、何で浮いてるんだ」
「正確には浮いてない。巨人を見ただろう? あれで支えてる」
不意に振り返った真堂の目線を追うと、真堂の背中から伸びた白い何かが床の果てまで繋がっていた。
「お前、マジで何なの? 本当に人類か?」
「その言い方やめてくれないかな。地味に傷付くんだよ」




