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「……死んだって事か? 本当に?」
信じられない。そんな簡単に人は死ぬのか? ましてや真堂という男が、そんな。
「『小さなたまご』の中ではあらゆる力が使えないのですよ。それに彼は読心術者でしたから、おそらく何も聞こえない密室でパニックを起こしたのでしょう。でもでも、過ぎた事は仕方ないのです。それより早く紗綾さんを説得してほしいのですよ」
人が一人死んでも過ぎた事呼ばわりか。異教徒をすべからく滅ぼすべき相手と見なすだけの事はある。
「少し待ってほしい。気持ちを落ち着けたいし、状況を整理したい。みりるちゃんには理解できないかもしれないけど、大切な友人を失った事もまだ信じられないぐらいなんだ」
「だめですよー。『キングフォーアデイ』は時間制限があるのですから」
「構わない。僕もきみに聞きたい事があるし、時間制限はいくらでも延ばせる。落ち着いたら教えてくれ」
反対を無視したリヒトウにみりるちゃんは振り向いた。
「リヒトウくん、いいんですか?」
「構わない」
対してリヒトウはみりるちゃんに顔を向けず、俺をじっと見つめていた。
「ありがとう。リヒトウと呼んでもいいか? 俺の大切な紗綾を連れて行くんだ、それぐらいは許してほしい」
「構わない。レムリアに紳士的に振る舞ってくれた礼もある」
「じゃあリヒトウ、いくつか確認したい事がある。当事者であるきみから聞きたい。できれば本当の事を話してほしいが、無理なら仕方ない」
「構わない。……二人とも黙っていろ」
みりるちゃんとレムリアは返事もせず押し黙った。
力関係はリヒトウが上。
「ありがとう。じゃあまず……そうだな、『小さなたまご』とやらに俺とレムリアが閉じ込められた時、どうしてすぐに解放しなかった? 俺が何の力もないただの人間だって事は知ってたはずなのに、計画に欠かせないレムリアを危険に晒したのはなぜだ?」
「人を殺せる人間ではないと聞いていた。声が届くと気付く事にも興味があった。事実、きみは正答に気付いた。法術の知識などないはずなのに」
「負荷を与えると小さくなる密室。あれは牢でも攻撃でもなく拷問の類だ。だったら外に声が届かなければ意味がない。回答を求められていたのはレムリアではなく俺、何の取り柄もない俺に求められる事といえば紗綾への説得だけだ。他に何か聞きたい事は?」
「……ない」
「じゃあ次の確認に移ろう。目的は異教徒を弾圧する国家への反逆、そうだよな?」
「元より神の原典に悪魔など存在せず、異教徒を否定する記述もない。他国において同じ人間として扱われる異教徒を弾圧するのは利権に群がる教会の悪しき慣習だ。国家は国民を守らねばならない」
「本当にそれだけか?」
「質問内容が不明瞭だ」
「リヒトウ。きみは今誰にも縛られない立場にいる。誰もきみに逆らえない。時間だってたっぷりある。俺はそんな建前が知りたかった訳じゃない。だから遡り、思い出してほしいんだ。一国の王子がその地位を棄ててまで求めたのは何なのか、その理由を知りたいんだ」
「……あの、リヒトウくん――」
「黙っていろ!」
みりるちゃんはすぐに口をつぐみ、レムリアは肩を震わせた。
パワーバランスは圧倒的。彼女達にリヒトウは止められない。
リヒトウは目を落とした。ついさっき怒鳴ったとは思えないほど落ち着いている。深く考え込むかと思ったが、答えはすぐに返ってきた。再びに合わせた彼の目に迷いはなかった。
「みりるに勝ちたかった。周りの者は皆みりるの才能を賞賛していた。次なる王に推す声も聞こえていた。しかし我が国は男子から次なる王を選ぶ慣習があった。国民から落胆される王になどなりたくなかった。みりるに劣らぬよう研究に没頭したが、それでもみりるには勝てなかった。なぜ劣るのか、なぜ勝てないのか、それを知るためにレムリアと契約を交わした。分かったのはどれだけ時間を費やしてもみりるには敵わないという事だった」
みりるちゃんは同時に三つ以上の事を並行して考え、常人より思考が速い。束の間にそれを知ったリヒトウはどんな思いだったのだろう。血を分けた姉弟でありながらどこで差が付いたのか。或いは、魂の質が違ったのか。
「だが今はみりるちゃんを超えているはずだ。レムリアの力を借りているとはいえ、それも含めてお前の力だ。人に助けを求める事は何も恥じる事じゃない。国を統べる家柄にいたお前ならよく分かってるんじゃないのか。欲求は既に満たされている。これ以上何を求めるんだ」
「証明しなければならない」
力強く言い放ち、リヒトウは立ち上がった。思ったより背の高い男だった。孤独な少年のような目をした男だった。
「曰く、神より遣わされた力。曰く、戦火を鎮める水瓶。曰く、連なる世界の審判。数多の異名を持ち畏れられてきた存在、サーシャ。『キングフォーアデイ』により得た力が本当に彼の力に勝るのか、証明しなければならない」
「論理的には勝ってるだろう! サーシャを起こしてまで証明する必要なんてないだろ!」
「賢明なる少年よ、きみも分かっているはずだ。僕が今ここで証明せずとも、いずれは誰かがサーシャの力を求めてくる。無論、『キングフォーアデイ』に必要なサーシャの命を奪いはしない。本来なら連なるべきではなかったきみ達の世界に干渉しない事も約束しよう」
「断ると言ったら?」
「きみの死もまたサーシャの本領を発揮する条件だ」
そうだろうな。俺はリヒトウの手のひらの上で生かされているに過ぎないし、もし殺されたと知ったら紗綾は絶対に許さないだろう。
「分かった。紗綾を説得しよう。ただ、できれば顔を合わせずに話したい」
論理的に勝てない相手と戦えなんて面と向かって頼めるような事じゃない。
「『小さなたまご』に触れれば中の相手と会話ができる。急かしはしない。僕が全力を出すべき相手だと伝えてくれ」
「言われなくても分かってる」
玉座の前に直立する大きな卵に触れた。
「話が済んだら手を離せ。みりるに術を解かせる」
どう切り出すべきか、しばらく迷った。
「紗綾、俺だ。聞こえるか?」
『陸ッ! 無事だったんだね!』
卵が小さくなり、みりるちゃんを睨み付けた。みりるちゃんはふるふると首を横に振った。
『あいたた……。急にみりるちゃんと真堂くんが喧嘩しちゃったの。みりるちゃんは無事?』
「ああ、無事だ。真堂は見当たらないが、まあいつもの事だろう」
死んだとは言えない。俺も未だに信じられない。
『そっか! 私もいきなり閉じ込められちゃったから、ずっと心配だったんだー』
白い巨人と謎の閃光。あれを喧嘩だと思ったのか。『小さなたまご』は知ってるはずだが、覚えてないのは紗綾クオリティか。
『それよりここから出して出して! おーいみりるちゃーん! 聞こえてるー?』
みりるちゃんはまた首を横に振った。応える気はないらしい。
「今すぐ出してやりたいとこなんだが、その前に話を聞いてくれ」
俺は紗綾と離れてから今に至るまで、真堂の件以外を話して聞かせた。初めこそ嬉しそうに相槌を打ちながら聞いてくれていたが、徐々にその声音は沈み、話し終える頃には何の応答もなかった。




