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紗綾の事を話した。サーシャさんの生まれ変わりである事を話した。それを認められないでいる事も話した。ずっと悩んでいる事を話した。つまり、全部話した。
話したあとしばらくの沈黙があったが静寂ではなかった。レムリアの鼓動が聞こえていた。息をする音が聞こえていた。俺はレムリアの事を何も知らない。ほぼ他人と言っていい。それでも彼女が生きていて俺も生きている、ただそれだけの事に深い繋がりを感じていた。
「私の故郷は小さな村でした。畑で育てた野菜や渓流で獲れた魚をみんなで食べていました。私はまだ子どもでしたから村のお手伝いが終わったら友達とずっと遊んでいました。毎年季節が変わる頃に訪れる旅商人が楽しみでした。村から出た事のなかった、村の外に大きな世界がある事も知らなかった私は、旅商人が運んでくる様々な珍しい物に目を輝かせていました」
静かながらレムリアの声は弾んでいた。幸せな思い出なのだろう。俺の幼い頃の記憶もきらきらと輝いている。何物にもかえ難い大切な思い出には、いつだって傍に紗綾がいた。
「しかしある夏の初めの頃、教会の法術師達が大勢やってきました。彼らは神の法に反する悪魔として村のみんなを捕え、村を焼き払いました。昔から受け継がれていた村の秘術は、神の権限を元に発展した法術とはまったく異質なものだったんです」
高く燃え上がる炎が頭に浮かんだ。神の法は絶対だと聞かされたのを思い出した。
「リヒトウ様は私達を助けてくださいました。異端者の烙印を押され、処刑されるはずだった私達を研究材料として引き取ってくださいました。実験の結果死亡したとして、こっそり村のみんなを国外に逃がしてくださったんです」
「……じゃあレムリアは、どうして」
「私は自分の意思で残ったんです。リヒトウ様は村の秘術も聞かずにみんなを逃がしていましたから、少しでもお役に立ちたかったんです。残りたいとお願いした時は困っておられましたが、知らない国に一人で行くのは怖いと言ったら受け入れてくださいました」
そうか、そういう事だったのか。
ようやくリヒトウという人間を理解できた気がした。
「リヒトウがやろうとしているのは、正しい事なのかな」
レムリアの心拍数が上がるのを感じた。
「それは……」
言葉を詰まらせてしまうのも仕方ない。彼女にとってリヒトウは村のみんなを救ってくれた恩人なのだから。
「サーシャさんを超える力を持っているはずなのに、助けてくれないのはどうしてだと思う? そもそも城のほぼ真下なんて分かりやすい場所にきみを置いたのは?」
このままでは二人とも圧死してしまう。一切動かず石のようにあり続ける事なんてできないし、まだ余裕があるようだが壁に挟まれるかたちになれば一瞬だ。
つっかえ棒を想像すると分かりやすい。壁と壁、床と天井、とにかく対面する両方向に負荷がかかれば卵は支える棒を破壊するまで小さくなる。身体で例えれば骨、そして卵は与えられた負荷以上に小さくなっている。
俺達はこの『小さなたまご』から脱出しなければならない。
「心配しなくていい。リヒトウは正しい。レムリアのような異教徒達を救ったのは事実だし、紗綾がすぐに駆け付けなかった誤算にも冷静に対処した。どんな力を持っているのか分からない真堂もうまく対処した。きみは城から出された時に理由を聞かされなかっただろうが、それも仕方ない事だった。真堂は読心術者だから理由を話す訳にはいかなかったんだ」
困惑するレムリアをよそに話し続ける。
未だに卵の解除もままならないほど戦い続けているとは思えない。もう決着は付いている。どちらが勝ったかなんて明白だ。
だから俺はこの声が聞こえているはずの勝者に向けて告げる。
「降参だ。紗綾を説得すると約束しよう」
直後、卵に無数の亀裂が走った。
破壊不可能な卵が粉雪のようにきらきらと舞い散っていく。
「陸さんは賢明ですね」
立ち上がり、声が聞こえた方へ振り向いた。暗い屋内、玉座に座る男の隣で、いつもと変わらない笑顔を浮かべていた。
「褒めてくれるのは嬉しいけど、みりるちゃんには敵わないな」
「リヒトウ様ッ!」
レムリアは玉座の男――リヒトウへと駆けていった。毛先の縮れた金髪に青い瞳、襟にレースの施されたドレスシャツ。みりるちゃんと共通する要素はあるが雰囲気がまるで違う。
「すまなかったな、レムリア。あの卵はみりるのものだから、僕にはどうする事もできなかったんだよ」
黒塗りの壁に蝋燭の灯り、両開きの大きな扉は閉まっている。淡く発光している大きな卵が一つ、中にいるのは紗綾だろう。だとすると。
「真堂はどうした?」
「あれは惜しかったですねー。とっても興味深い研究材料だったのですが、『小さなたまご』に閉じ込めたらすぐに小さくなって消えてしまいました。魂を掴む手に巨人の召喚、思い返すと本当に惜しかったのです」




