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しかしお姉さんの仕業とは考えにくい。リヒトウか、或いは他の仲間だ。
「おい、起きてくれ」
お姉さんの肩を揺する。強くは揺すれない。
「起きろッ!」
声を張り上げるとお姉さんはうっすらと目を開き、俺と目が合うなり赤い目を見開いた。
「サ、サーシャ!」
「やめろ動くな!」
遅かった。床に手を着き、身体を起こしてしまった。
また少し卵が小さくなった。周りを見渡したお姉さんはすぐに状況を把握した。
「これは『小さなたまご』ッ!」
「やっぱり知ってるんだな? どうすれば出られる?」
「……ここから、出る? あなたはサーシャではないのですか」
怪訝そうな顔を見る限り、本当に尋ねているらしい。
サーシャさんの生まれ変わりが誰だか分かっていない? バカな。
「お前は何を言ってるんだ。傀儡とやらを家に寄越してきただろう? なのにサーシャさんの生まれ変わりが誰か分からないなんておかしいだろ」
「転生した姿など分かりません。家まで分かっているならわざわざ傀儡など使わず、城ごとそちらに向かいます」
なるほど、一理ある。
リヒトウの目論見では城ごと現れた時点で紗綾が駆け付ける予定だったはずだ。だが実際にはそうならず、『キングフォーアデイ』を浪費してまで市役所の上に留まり続けている。今はどうか分からないが。
しかし、だとしたら傀儡を寄越したのは誰だ?
「どこのどなたか存じませんが、あなたは転生したサーシャをご存知のようですね。よろしければ特徴など教えて頂けませんか?」
「断る。俺達はもうリヒトウの被害を被ってるんだ。それより答えろ。どうすればこの卵から出られる」
ここは強気に出るべきだ。強気に出られる根拠があると思わせておかなくてはならない。何の力もないと知られたら立場が逆転してしまう。
「仰っている意味が分かりません。あなたはみりる姫をご存知ないのですか?」
天井を殴った。卵はまた小さくなり、もう膝立ちでもまっすぐ立っていられない。お姉さんの肩を掴んで押し倒し、そのまま至近で睨み付けた。
「間違えるな。お前に許されているのは俺の質問に答える事、それだけだ」
お姉さんはきゅっと唇を引き締め、睨み返してきた。
「……『小さなたまご』はみりる姫の独占法術です。みりる姫が解かない限り脱出する方法はありません」
「そうか。めんどくせえな」
マジか。マジですか。みりるちゃん何してんの? どういうつもりなの?
衝撃、というか負荷を与えると小さくなる卵の中に俺とお姉さんを一緒に閉じ込めて、何のメリットがある?
長考はできない。余裕があると思わせていなければならない。
「まあいいや。巨乳お姉さんと二人きりってのも悪くない。それで、お前は何でこれがみりる姫しか使えないって知ってるんだ?」
がばっと胸を隠したお姉さんがパーカーに気付いた。まずいな、強気設定と行動が噛み合ってない。
「ボ、ボタンが弾けてたみたいですね。ありがとうございます」
お姉さんは目を逸らし、恥ずかしそうに頬を赤くした。
「馬鹿かお前は。質問に答えろ」
こいつ、鈍いな。それとも真堂やみりるちゃんが鋭過ぎるだけなのか。
「過去に一度、閉じ込められた事がありましたから。あの時はサーシャのお蔭で助かりましたが……二回目ですし、許してくれないかもしれませんね」
過去に閉じ込められた事がある? サーシャさんに助けられた?
『キングフォーアデイ』を使ったリヒトウとみりるちゃんをサーシャさんは間違えた。みりるちゃんとサーシャさんが会ったのはその時が初めて、という事は。
「お前が悪魔か!」
赤い目がキッと鋭くなり、思い切りビンタされた。
「私は人間です! 悪魔なんて、悪魔なんていません!」
言葉より先に手が出た、反射的な行動だ。嘘をついている訳ではないようだが、前回の件でこの卵に閉じ込められる理由があるのは悪魔だけだ。
「分かった、質問を変えよう。お前は『キングフォーアデイ』とかいう力が使えるがために、国から不当な弾圧を受けてきた人間だな?」
悪魔はどう答えるべきか考えているようだったが、それが既に答えだった。
「……そうです」
「正直に答えてくれてありがとう。ビンタはなかった事にしてやるよ」
まずいな、想像以上にまずい。
みりるちゃんはこのお姉さんが悪魔だと知っていた。なぜ安全なリヒトウの傍から離れていたのか分からないが、悪魔を殺せるタイミングを逃すなんてあり得ない。俺を巻き込んででも捕える事に躊躇いはなかっただろう。
しかし、捕えた事は分かっているはずなのになぜ『小さなたまご』とやらを解かない? 解けない状況にあると考えるべきか。卵の中はやけに静かだ。外の様子がまるで分からない。
「お前、名前は?」
悪魔は『キングフォーアデイ』の恩恵を受けているリヒトウの弱点だ。この卵を巡って真堂やみりるちゃんは戦っているのだろうか。
「レムリア・レムリエラです。……人間です」
「分かってる。レムリア、リヒトウの『キングフォーアデイ』を解除しろ」
もし戦っているとしたら俺に出る幕はない。むしろ邪魔になる。少しでも役に立てるとしたら今この時だけだ。
赤い目で俺を見据え、レムリアは断言した。
「できません。できたとしても絶対にしません」
レムリアの耳元、そのすぐ横の床を叩いた。レムリアは目を見開き、小さな悲鳴を上げた。また卵が小さくなり、もう身体を動かす余裕もない。
「間違えるなと言ったはずだ。お前を殺せば解除されるのも分かってる」
「できないものはできないんです! リヒトウ様がいなければ解約できません! 自分のやっている事が分かっているのですか? 『小さなたまご』を刺激し続けたらあなたも死ぬんですよ!?」
「うるさい黙れッ! 分かってるに決まってんだろ!」
何も見えないようにぎゅっと目を閉じ、片手でレムリアの首を掴んだ。硬直した感触が伝わってきた。
分かってる。分かってるんだ。
今ここでレムリアを殺せば今回の件はすべて片が付く。もし何らかの理由でこの卵が消えて逃してしまえば、解決はとても困難になる。
チャンスは今しかない。今を逃したら、最悪の結末になるかもしれない。
身体を支えていたもう片方の手を離し、レムリアの首を掴んだ。レムリアに覆い被さるかたちで俺の体重分の負荷が卵にかかる。苦しそうな呻き声が聞こえた。
「やめて……ッ! お願いです、やめてください……ッ!」
この声が聞こえなくなるまで強く首を絞め続ければすべて終わる。
紗綾は紗綾のままで勇者の生まれ変わりなんて側面を見ずに済む。
外でリヒトウと戦っているとしたら真堂やみりるちゃんも救える。
俺も死なずに済んでこの卵から出てみんなでケーキを食べられる。
この世界は残酷で完璧なハッピーエンドなんてないのも知ってる。
だけど殺せないなんて甘えた事が言えない状況なのも分かってる。
本当にそれでいいのかなんて考えてる余裕がないのも分かってる。
「教えてくれ」
だけど、分かってるんだ。
「俺は、どうしたらいいんだ」
どれだけ正論を並べたって、俺に人を殺す事なんてできないんだ。




