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朝霧紗綾は勇者じゃない。  作者: アキラシンヤ
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2-9

「日本の軍隊を見てみたいのです!」

 なんてみりるちゃんが言い出したものだから、まず自衛隊は軍隊ではない事を説明して、窓に面した席に向かい合って座り、カーテンの隙間から商店街を通る自衛隊を一緒に眺める事にした。都市迷彩なのだろうか、灰色の迷彩服に身を包み、駆け足で東から西へと移動していく。都市迷彩っぽいリュックを背負った人もたまにいるが目立つような武器や盾を担ぐ人は見当たらない。人数はかなり多いようで足音がいつまでも続いている。みりるちゃんはにこにこ笑って眺めていて、俺はいつしかそんなみりるちゃんを眺めていた。

 気を利かせてくれたのかやはりみりるちゃんが苦手なのか、「簡単なケーキの作り方を教えてあげるよ」と真堂は紗綾を連れてキッチンに入ったきり出てこない。

 チャンスだ。

「ねえ、みりるちゃん」

「どうしたのですかー?」

 よほど興味深いのか、みりるちゃんは窓の外から目を離さなかった。まあいい、この方が話しやすい話題だ。

「さっきさ、紗綾のアホ毛、動いてたよね?」

「あほげ? ああ、そうですね。動いてましたねー」

 驚いた様子はない。やはり動いていたのを気にも留めていない。

「どうしてただの髪束が生き物みたいに動いたのかな」

「女の子の髪型はデリケートなのですよー。みりるはあんまり凝った髪型はしないのですが、人によっては絶妙なバランスで成り立っていたりするのです。だからきっと紗綾さんも、無意識に動かしちゃったのですよ」

 動いたのではなく動かした、か。

 きれいにウインクができるとか耳を動かすのなら分かる。誰にでもできる事ではないが、人のできる事ではある。俺はどちらもできないが、紗綾はどちらともできる。

 だが髪を動かすのは訳が違う。動かせる訳がない。動かせるようにできていないのだから、どんなに頑張ったって動くようにはならない。

「みりるちゃんも動かせたりするのかな」

「法術を使えば、髪の長さを変えたりもできますがー」

 振り向いたみりるちゃんは不思議そうに首を傾げた。

「紗綾さんの髪が動いたぐらいで、どうして今更驚いているのですか?」

 素朴な疑問を尋ねたのではなく困ったような口振りで、思わず目を逸らしてしまった。

 キッチンの奥から紗綾の楽しそうな声が聞こえる。どんなケーキを作っているのか知らないが、おそらく完成しない。どうしたって焼くのに時間がかかるし、真堂は焼けるのを待ったりしないはずだ。みりるちゃんだってきっとそうだろう。

 だから言いたい事は分かっている。

 俺が頑なに認めるのを拒んでも、紗綾が勇者である事実に変わりはない。単純な力とやらで城一つを破壊できる勇者だとして、そんな存在が髪を動かしたところできっと誰も驚かないだろうし、おそらくは気にも留めないだろう。

 つまるところ、紗綾の尋常ならざる一面を垣間見たに過ぎない。

「陸さんの気持ちも分かりますが、リヒトウくんの城もそろそろですし、少しだけ、みりるの話を聞いて頂けませんか?」

「……うん」

 子どもを諭すような優しい声が今はつらい。

 テーブルに置いていた手の上に、みりるちゃんは手を重ねてきた。

「リヒトウくんの城が消えたと聞いた時、とても驚きました。サーシャさんの転生したこの世界にいたと知った時は、とても悲しかったんです。サーシャさんに怒られて、王家のみんなから怒られて、弟は反省したと信じていました」

 落ち着いた静かな語りに違和感を覚えたが、これが俺の望むイメージに合わせない、本来のみりるちゃんなんだろう。

「本当は分かっていたんです。力への執着も悪魔への興味も、弟は失くしていませんでした。弟はとても負けず嫌いで、誰よりも強く気高くありたいと願う人です。それは王国を統べるに相応しい資質で、私にはないものでしたから、いつかは正しい道に戻ってきてくれるようにと願っていました。だからせめて私だけでも、信じていてあげたかったんです」

 指をぎゅっと握られて思わず顔を上げると、みりるちゃんは哀しげな笑みを浮かべていた。

 リヒトウがみりるちゃんの弟なのは聞いていた。しかし紗綾を気に掛けるばかりで実の弟に立ち向かうみりるちゃんの気持ちを、汲もうとも至らずにいた。

 俺は、俺はどこまで小さな人間なんだ。

「……ですが、弟はまたも過ちを犯してしまいました。こんな事になるのならずっと傍にいてあげればよかった。王家の反対を押し切ってでも、弟にどれほど嫌がられようとも、私は傍にいるべきでした。今更に悔やんでも遅いと分かってはいるのですが、どうして正しい選択ができなかったのかと思うと、ずっと胸が痛むのです」

「みりるちゃんのせいじゃない。気に病む必要なんてないんだ」

 現実を否定する俺に慰める資格なんてない。だが今まで一度だって悩んだ様子を見せなかったみりるちゃんがずっと苦しんでいたのだと思うと、言葉が先に出てしまった。

「親しい人を信じたいと思うのは何も悪い事じゃない。信じた相手が裏切るような真似をしたら裏切ったそいつが悪いんだ。間違いを諭して、また信じてやればいい。リヒトウを信じたのは最適解じゃなかったかもしれない。でも最善の選択だったと思う。誰も信じてやれなかったら、もう誰も救ってやる事だってできないじゃないか」

 溢れ出る言葉の向こうに紗綾がいる。紗綾は初めから本当の事を言っていた、信用を裏切ったのは俺の方だ。

 みりるちゃんは窓の外へ目を向けた。気付けば長い足音は途絶えていた。遥か遠くを見据えるその先に、リヒトウを見ているのだろうか。

「この度の件は教会にも知られています。王家も再び同じ過ちを犯したリヒトウを、決して許しはしないでしょう」

「それでも、みりるちゃんさえ許してあげれば――」

「私にも、分からないのです」

 この先に待つ者だけを見るように、みりるちゃんは目を閉じた。

「これほどの事をしてまで何を訴えたいのか分からないのです。神の法に背き、王家に背いてまでの訴えを知った時、本当に弟を許す事ができるのか、分からないのです」

「……サーシャさんへの復讐じゃないのか?」

 俺の指から手を離し、ため息のように呟いた。

「そんな単純な理由なら、みりるは初めから弟を過信していたのでしょう」

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