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朝霧紗綾は勇者じゃない。  作者: アキラシンヤ
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2-8

 読心術のメリットは何だろうか?

 最低限、優しくてかわいい彼女を作る事はできるらしい。きっと心が読めるのをいい事に相手からの評価が上がるように上がるように小賢しく働きかけていたに違いない。誰だって口には出さないがこういう時はこういう接し方をしてほしい、みたいな希望があるはずだ。そんな希望を読み取って行動し続けたからあんなかわいい彼女ができたのだ。読心術者は相手との距離や関係性を自在に操れると考えられる。そうでなければ真堂なんかにあんなかわいい彼女ができる訳がない。真堂の彼女があんなにかわいい訳がない。きっと真堂本人の心中はどうあれ客観的には幸福の理想形みたいな家庭が築けるんだろう。姑息にして卑怯なやつだ。絶対に幸せになりやがれ。

 金銭面では役に立つのだろうか。よく知らないがラスベガスで大儲けとはいきそうにない。心が読める事で有利だと思うのはポーカーかルーレットだろうが、ポーカーは手札次第だから負けないだけで絶対に勝てる訳でもない。ルーレットはディーラーがボールを投げ入れたあとでもベットできるから大儲けできるかもしれない。しかしこれも一流のディーラーが狙ったポケットに必ず入れられるのが前提だ。九割を切ったら結局ギャンブルだし、常に大勝ちし続けていたらいつか窓のない事務所に連れていかれそうで怖い。もっとも、ギャンブルに詳しくもなければラスベガスに行った事もないので想像に過ぎないのだが。株とかはどうなんだろう。まったく分からん。

 真堂の場合は制御できないデメリットもあり、そのせいで目立たない生き方を選ばざるを得ないようでデメリットの方が大きい気がする。客観的に幸福な家庭が築けてもそれを作り上げ常に支え続ける当人が幸福かどうかは分からない。もしかしたら有名な超能力の中でも読心術はあんまり役に立たないのかもしれない。

 なんて事を考えつつ喫茶店に戻ると、勝手にジュースを飲んでいた二人に真堂は告げた。

「自衛隊の包囲網を広げるように伝えてるから、もう少し待っててね」

 要するに民間人は誰もいない事を前提とした包囲網を広げさせ、俺達のいる喫茶店を包囲網の中に入れてしまうという事だ。言わずもがな自衛隊の最高指揮監督権を持つのは内閣総理大臣である。読心術は使い方次第で国を動かせるようだ。

 結局、どんな力も使う人間次第なのだろう。バカが透視能力を使えたってどうせ着替えを覗くだけだ。俺なら……、えーっと……あれ?

「唐突で悪いんだが、みんなは透視能力が使えたらどう使う?」

「みりる、使えますよー。法術師や法術学者ならみんな使えるのです。遠視と組み合わせて鉱脈を探したりするのですー」

「組み合わせかあ。透視だけだとどう使うのかな?」

「使わないですねー。透視を防ぐ法術も確立されているので、使う機会もないのです」

 ……魔法の国、夢がない!

「そっか、ありがとう。真堂はどうだ? お前ならどう使う?」

「遠視と組み合わせて鉱脈を探す、かな」

「だから組み合わすなよ! つーかみりるちゃんと同じじゃねえか! 被せボケはタイミングが重要なんだ! 二人目なんて論外だ!」

「じゃあコンビニでたまにやってる当たりくじかな。だけどこれも難しそうだよね。雑多に入れられた数十枚の紙から目当ての当たりを探すのは時間かかりそうだし」

「うるさい黙れもう分かったお前はその程度の人間だ。違うだろ? 本当は水泳部の着替えを覗くんだろ? この下衆野郎が!」

「僕はそんな自己嫌悪に陥るような真似はしたくない。リックがどう思うかは知らないけど」

 ……聖人君子気取りかと返したいところだが、真堂の場合ガチっぽい。下衆の本音を誰よりも嫌ってるだろうし。

 まあ、みりるちゃんも真堂も言わないだけで本当は便利な使い方があるんだろう。聞いたらドン引きするような使い方だろうが。

「なるほど分かった。透視能力はそんなに便利じゃないって事だな」

「待って! 私まだ何も言ってないよ!?」

 結論は出たのになぜか紗綾がしゃしゃり出てきた。

「いいか紗綾、意見ってのは参考になりそうな人から聞くもんだ。つまりそういう事だ」

「私の意見も参考にしてよ! 重要参考人だと思ってよ!」

「容疑者一歩手前じゃねえか。まあいいよ、そこまで言うなら聞いてやるよ」

「やったーっ! 私ならね、陸の部屋を覗く!」

「はいアウトーッ! お前は本当にだめな子だな! 今だろ! 被せてボケるなら今しかなかっただろ! 二人目が滑ったら三人目でフォロー、これで全体が活きるんだよ!」

 まったく呆れたもんだ。どうしてこんな分かりやすいタイミングを逃してしまうのか、俺には理解できない。

「そこ? 怒るとこそこなの?」

「だってお前、わざわざ超能力使ってまで俺の部屋覗かんでもいいだろ。俺が普段何してるかなんて大体知ってるだろう」

「知ってるけど、それは私が見てる時の陸だもん。見てない時に何してるのか知りたい!」

「キモいな。お前は本当にキモいやつだな。つまり俺の性癖が知りたいという事だな? 別に話してもいいが、覚悟はできてるんだろうな?」

「ちっ、違うよっ! そんなの知りたくないよ!」

「どうせ金髪幼女系だと思ってるだろ? 違うんだよなあ。実際は――」

「言わない方が、いいと思いますよ?」

「僕も言わない方がいいと思うよ」

 頭のいい二人から待ったがかかった。……俺の性癖ってそんなにまずいのか。結構メジャーな部類だと思ってたんだが。

「じゃあ何で俺の私生活を覗きたいんだ。ちょっと画像集め過ぎなぐらいで特に変わった事はしてないぞ」

「別におもしろくなくていいもん。今何してるのかなーって。それだけだよ?」

 …………おい真堂、フォローしてくれ。聞こえてるんだろう? 頼む。

 どうでもいい話題をちょっと掘り下げただけなのに大変なものを掘り当ててしまった。屈託のない笑みを浮かべる紗綾から目を逸らし真堂を見遣ると、よく見れば揺れている程度に首を横に振っていた。何でだよ、助けてくれよ!

 空気を読みまくるみりるちゃんは明らかに様子を見ている。助けてくれそうにない。

「じゃあその、逆に考えよう。俺に透視能力があったとして私生活を覗かれたら嫌だろ? 俺は嫌だ。だからそういう考え方はやめよう、うん」

「別にいいよ?」

「うん?」

「私は、陸になら覗かれててもいいよ!」

 ちょっと頬を赤くして立ち上がり、紗綾は何かを待つように両手を広げた。

嫌ああああああ――――――ッ!

 完璧に墓穴掘った! 仁徳陵古墳ばりにでかいの掘っちまった! 

ちょろいちょろいと舐め過ぎていた! 完全に裏目に出た!

 頼む真堂! 助けてくれ! もうお前の株落としたりしないから! 頼む!

 ナチュラルボーンストーカーが怖くて目を離せず、俺は祈るように手を組んでいた。神様仏様真堂様、どうか俺を助けてください。確かに株を上げたいとは言いました。でもこういうのじゃないんです。もっと普通の関係でいたいんです。

祈りが届いたのか、天使のように温かい眼差しをしたみりるちゃんが微笑みかけてくれた。みりるちゃんの信仰する宗教は無神論者にも寛容らしい。助かった。

「お二人は仲がいいですねー。羨ましいのです」

 テメエ火に油注いでんじゃねえ――――――ッ!

「そうですね。もう付き合っちゃえばいいんじゃないかな?」

 お前らこういう時だけ結託してんじゃねえ――――――ッ!

 何だこれは。あってはならない状況だ。俺がいじられるなんてあってはならないんだ。俺は常にいじる側に立つべき人間なんだ。それに触れちゃいけない一線ってあるだろ。ここはいじっちゃだめなとこだろ。お茶の間も俺の心も凍り付くわ。

 脳は既に最適解として紗綾に顔面ストレートを要求している。だがそれには応じられない。フェミニストを気取るつもりなんて毛頭ないが暴力はだめだ。だって紗綾泣いちゃうだろ。

 どうして真堂は助けてくれないんだ。

 どうしてみりるちゃんは空気を読み違えているんだ。

 もしかして、これが真堂の言っていた状況なのか? 天才がいるとうるさくて読心術が機能せず、読心術者がいると天才が不具合を起こすとか。

 だとしたらこいつら基本的に無能過ぎる。無能過ぎて草も生えんどころが焦土と化すわ。

 理由はどうあれ、この状況を俺だけの力で切り抜けないといけないらしい。

「……紗綾。前から言いたかった事があるんだが」

 紗綾に手を伸ばす。小刻みな震えが抑えられない。

「うん、私もっ!」

 違う、違うから。俺とお前の言いたい事、完全に真逆だから。全然噛み合ってないから。

 頭を軽く撫でると、くすぐったそうに笑って、これ以上ないほど幸せそうに目を細めた。

 まったく、かわいいやつだ。

 これからこいつのちょっとした勇気とか胸いっぱいの期待を裏切らなきゃいけないなんて、この世界は本当にクソッタレだ。

「お前のアホ毛は、おかしい」

「……えっ?」

 はてなマークのようにくねったアホ毛を掴もうとして――掴めなかった。

 よけた!? このアホ毛、よけやがった!

 再び捕えようとすると、今度は側頭部までアホ毛が逃げた。エクスクラメーションマークのようにピンと立ったアホ毛は自在に紗綾の頭部を動き回っている。どうなっているんだ。一体全体何がどうなっているんだ!

「アホ毛がおかしいって、どういう事?」

「いや、何て言えばいいんだろうな……?」

 両手で頭をがっちりホールドした。徐々に狭めていく。これなら逃げられまい!

「陸、恥ずかしいよ。みんなの見てる前で、そんなの……」

 沈み込んだ、だと!?

 アホ毛は虹模様のゴムごと髪の中に沈んでしまった。これでは捕えようがない。

 俺は諦め、よろめくようにカウンター席に腰を下ろした。額を押さえながらちらりと目を遣ると、アホ毛はいつもの定位置でゆらゆらと揺れていた。だめだ、まったく意味が分からん。

「そっ、そうだよね! こういうのは二人きりじゃないとね!」

 恥ずかしさをごまかすように笑いながら意味不明な事を言っていたが、俺の頭は謎のアホ毛でいっぱいだった。

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